廃クラさんが通る

おまえ

032 姉と弟

「あんな軽そうな攻撃だったのに……ジルがまだ立てないなんて……」
 佳奈子さんの言うとおり俺の目にもお姉ちゃんの手の先チョップがジルの顎辺りをかすめたくらいにしか見えなかった。
「脳震盪を起こしたのね……。直接頭部に打撃を与えるよりも顎を掠めるように打った方が頭を揺さぶり脳震盪を起こしやすくなるのよ」「なるほど、ボクサーが顎を引いて、顔のすぐ前でガードの姿勢をとるのはそうされないように顎を守るためなんだね」
 しかし先生の蘊蓄まめちしきに感心している場合ではない。
「くっ……」
 ようやくジルはがくがくと膝を笑わせつつもゆっくりと立ち上がる。 膝に手をつき、立っているのもやっとの様子だ。
「あら? まだ這いつくばっていても良かったのに。足がまだ踊っているわよ? …そういえばこの合宿はダンスのための合宿だったわよね? 私があなたに対してもう少し踊りを教えてあげようかしら?」
 不敵な笑みを浮かべつつジルを見上げるお姉ちゃん。 右腕をゆっくりと高く上げて構える。
「くっ」
 それに何かを察知したジルはそのお姉ちゃんの仕掛けを阻止すべく一歩詰め寄りその腕を抑えようとする。 ――が、またもやお姉ちゃんはその場から素早く消えると後ろに回り、ジルの膝の後ろを
「とん」
 と軽く足先で蹴りを入れる。 するとバランスを崩し
「ずしぃぃぃん……」
 と再び片膝をつくジル。 所謂『膝カックン』だ。 不意にこの・・場所を蹴られたらいかにジルでも体勢を崩されることは不可避だ。 まして足腰がまともに立っていられない状況のジルに対してのこの攻撃はこれ以上ないくらいな的確な手段だ。
「あら? その程度なの? もう踊ることすら出来ないのかしらね? だったら今、引導を渡してあげるわね」
 膝をつくジルに対して薄ら笑みを浮かべつつ再び右手を上げるお姉ちゃん。 お姉ちゃんのあの細い腕でジルに対して何かすることが出来るとは到底思えないが、オリンピック候補の柔道選手を再起不能にだってしたんだ。 何があってもおかしくはない。
「お姉ちゃん! やめて!」
 俺は咄嗟に二人の間に割って入る。
「……スカイ?」「退きなさい。蒼空くん」「退かないよ。お姉ちゃんがやめるまで」「蒼空くん。このはあなたにとって危険なの。あなたにはまだわからないかもしれないけど、きっとこのは蒼空くんを駄目にする」「ジルの何が危険なの? 確かにジルは後ろから近づかれたら咄嗟に手が出ちゃったりするけど、俺に対してはそういうことは一切なかったし、全然危険なんかじゃないから!」
 少なくとも俺に対してだけは。
「あなたこのとはどこまでいって・・・いるの?」「え? いっているって? どういう意味?」
 お姉ちゃんはさらに一歩ずいっとにじり寄ると
「肉体関係はあるのかしら?」
 ぎろりと目を光らせて俺に尋ねる。
「に、に、に、肉体関係!?」「あら? 純情な蒼空くんには肉体関係の意味がわからなかったのね……。肉体関係っていうのはね、SEXをするということ、性交渉をするということ、……う~ん、そうね、純情な蒼空くんにはただこんな言葉だけを並べてもわからないかもしれないわね……。蒼空くんのお▽▲▽▲自主規制をこのに突っ込んだことはあるのかしら? 激しく突き立てたことは、ずぽずぽと出し入れをしたことはあるのかしら?」
<a href="//24076.mitemin.net/i313630/" target="_blank"><img src="//24076.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i313630/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
「ッッ!!? 何を言っているの!? お姉ちゃん!? みんながいる前で! 先生だっているんだよ!?」
 わかってる。 肉体関係の意味くらい俺にだってわかっているっての。
「あるのね? 否定していないって事は、先生に知られたくないって事はそうなのね?」「ないって! そんなことをしたことは一切ないから!」
 俺はみんなの顔をぐるりと見回す。 一同目を丸くさせ口を開いたままぽかんとしている。 ドン引きを通り越して放心状態だ。
「そう、ないのね。でも、これから先もそんなことが起こらないとも限らない。だから蒼空くん。そこを退きなさい」「退かないって、退いたらお姉ちゃん、ジルに何かをするんでしょ?」「そうね、とりあえず蒼空くんのお▽▲▽▲自主規制に興味をなくさせることくらいかしら? だから大丈夫よ? 命まではらないから」「命まではって……何をするつもりなの? お姉ちゃん!?」
 何をすれば興味がなくなるのか。 いったいお姉ちゃんはジルに対して何をするのかは非常に気になるが、そもそもジルは俺に対してそういう興味を一切持ってはいない。 だって俺はジルに男として全く意識をされてはいないんだから。
「これは蒼空くんのためなの」
 お姉ちゃんは俺を押しのけるとジルの前に立ち、先ほどと同じく右腕を振り上げる。 ジルは膝をつきつつもそれを真っ直ぐと見据え反撃の隙を窺う。 お姉ちゃんは全身に力を込めると
「終わりね」
 その手はジルに振り下ろされ――
「わかったよ。亜希・・さん」
 ――なかった。 俺の言葉に反応し、腕がぴたりと止められた。
「……今、なんて言ったの? 蒼空くん?」
 今にもジルに襲いかからんとしていた目の前の亜希・・さんは青ざめた表情でゆっくりと恐る恐る俺に振り返る。
「そんなに酷いことをする人は俺のお姉ちゃんなんかじゃないから。だからもう『お姉ちゃん』なんて呼ばないからね。亜希さん」「そんなこと言わないで、蒼空くん……。ごめんなさい、『お姉ちゃん』が悪かったわ……。もうこのに酷いことしないから……。性行為だってしていいから……」
 涙目で懇願する目の前の『お姉ちゃん』
「せ、性行為はともかく、わかってくれたならそれでいいよ、『お姉ちゃん』。お姉ちゃんは俺にとって唯一人の『お姉ちゃん』なんだから」
 俺は目の前にいる泣き顔の『お姉ちゃん』を抱き寄せる。
「ありがとう、蒼空くん……。私にとっても蒼空くんは世界で唯一人の大切な蒼空くんなんだからね」
 お姉ちゃんも力を込めて俺のことを抱きかえしてくる。 俺はそのお姉ちゃんの頭を撫でつつ
(い・ま、ジル! い・ま!)
 とジルに口パクで促す。
「?」
 ジルは俺の呼びかけに対して怪訝に思いつつもゆっくりと立ち上がる。
(やっちゃって! ジル!)
 俺はお姉ちゃんを撫でている手とは別の手でお姉ちゃんを指差すとジルも理解したらしく一つ頷く。
「蒼空くん。ずっと私のそばにいてね……。私には蒼空くんしかいないんだ…くぇ!」
 お姉ちゃんの体が急に重く俺にのしかかる。 ジルがお姉ちゃんの首筋に手刀をたたき込んだためだ。
「はぁ……」
 張り詰めていた緊張感が解かれ、どっと一気に疲れが襲いかかってきた俺は、お姉ちゃんを抱えたままその場に膝をつく。
「蒼空ー!」「蒼空! 大丈夫か?」「奥原君? 亜希さんは大丈夫?」
 俺たちの成り行きを少し離れた位置で見守っていたみんなが近寄ってくる。
「大丈夫、ちょっと疲れただけだから。お姉ちゃんも……多分大丈夫だと思うよ?」
 いくらジルでもちゃんと加減は出来ているはずだ。
「スカイ、これで良かったの?」「うん、ありがとうジル。それにごめん、こんな危険な目に遭わせちゃって。初めから俺がこういう風にしていれば良かったのに」
 まさかビールを飲んだお姉ちゃんがここまで凶悪になるとは思いもしなかった。 このジルを圧倒するほどに。
「ジル、もう大丈夫だとは思うけど、お姉ちゃんを寝室にまで運んでくれる? ちょっと今の俺には二階まで運べそうにないから」
 こうやってお姉ちゃんを抱えているだけで今の俺にとってはもういっぱいいっぱいだ。
「うん、わかった」
 ジルは俺にもたれかかっているお姉ちゃんをひょいと拾い上げ抱きかかえる。
「私も一緒に行くわ。気絶しているとはいえ、さっきまでのアレを見ていたらやっぱり心配だから」
 体格的には小学生な先生が付き添ったとしても、もし何かがあったときに足手まといにしかならないような気もするけど。
「うん、ありがとう。でもこんなに酔っているなら多分明日まで起きないと思うから」
 お姉ちゃんを運び、居間から出て行くジルとそれに付き添う百川先生。 今までもビールを飲まないまでも酔っ払うことはあった。 そういうときのお姉ちゃんはぐっすり寝付いて次の日には何事もなかったのごとくすっきりけろっと朝を迎えるんだ。
「蒼空、あんたとお姉ちゃんの関係って……?」
 佳奈子さんが俺に問いかける。
「うん、俺と『お姉ちゃん』は厳密には『姉弟』じゃないんだよ。……ごめん、なんかもう疲れちゃって……。詳しいことは明日話すから……」
 急激に疲れとともに眠気が襲いかかってきた俺は
「おやすみ」
 と言い残すと振り返りもせずにその場を離れ、寝室となっている元書斎を目指す。 数えるほど歩けばたどり着く距離なのに、居間から書斎の廊下がこんなにも長いものだったとは昔住んでいたときには思いもしなかった。 そしてふらつく足でやっとたどり着いた書斎の扉を開くと夢斗の寝ている隣の布団に入り込み、その刹那、俺の意識は途絶えた。

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