廃クラさんが通る

おまえ

029 もう一つの出会い

 居間の隅っこで一人缶酎ハイをちびちびとすするお姉ちゃん。 俺の『最終兵器リーサルウェポン』によってすっかり意気消沈した様子だ。 そのお姉ちゃんと先ほどまで意気投合して一緒にチューハイを酌み交わしていた百川先生はノートパソコンをテーブルの上にセッティングし電源をつける。 美麗さんにTFLOの指導を受けるためだ。
「ももちー……もしかしてこのパソコンでTFLOやってるの?」
 そしてなぜかその傍らには佳奈子さんもいる。
「ええ、何かおかしなところがあるかしら?」
 卓上テーブルには小型のコンパクトなビジネスノート。 俺のMUSHマッシュに比べれば幾分薄く、小さい。
「私も、もしやとは思ってはいるのだが……」
 何か二人には不安事があるようだ。
「スカイ、こっちの皮も剥けたよ」
 パソコンを囲んでいる三人とは別にこちらは夕食の下ごしらえをしている。 ジルは俺の傍らでジャガイモやら人参やら、夕食の料理に使う野菜の皮を剥いてくれていた。
「ありがとう。じゃあ今度はこれ揉んでおいてくれる? あ、力を入れすぎて潰さないように気を付けてね」「うん、わかった」
 鶏肉を一口大に切ったものを醤油やみりんなどの調味料、ニンニクやショウガなどの香辛料を入れて漬け込んだボウルをジルに差し出す。 この人数分だから大きめのボウルを選んだが、それでもボウルの中身はぎっしりとギュウギュウに詰め込められている。 これを俺一人の力で揉み込むのは相当骨が折れる。 ジルがいてくれて本当に良かった。 そのジルだが、先ほどの光景が目に焼き付いてしまっている俺はまともにジルを見ることが出来ない。 どうしてもジルが着ているいつもと変わらぬこの制服越しに、先ほど目に激しく焼き付いた鮮烈な裸体が透けて見えてしまう。 しかもあの顔黒ガングロメイクじゃない素顔すっぴんのジルだ。 この容姿端麗な美人べっぴんさんがあのジルだと思うとなおさらまともに見ることが出来ない。 俺が今までジルに対してそういった・・・・・気持ちを抱かなかったのは、ジルが俺に対して好意とか恋愛感情を持っておらず、友人の一人とか、もしかしたらそれ以下のぬいぐるみとかペット的なものとしてしか見ていないからという理由を勝手に探してつけてはいたが、ただ単にジルの顔黒ガングロメイクに対して俺が拒否反応を示していたというだけなのかもしれない。 まあ、俺が何かしらの感情を持ったところで、当人は裸を見られても平然としていたし、やっぱりジルは俺のことなんか何とも思ってはいないんだろうけど……。 もう一人、夢斗には夕食を作るにあたり、足りない材料があったので近所のスーパーに買い出しに行ってもらった。あいつが言うには
「俺、買い物得意だよ」
 とのことなのだが、生徒会で買い物を頼んだときにやらかしたあの事件を俺たちは決して忘れてはいない。 USBメモリを買いにいったはずが、なぜかTFLOのゲームソフトを買ってきてしまった事件だ。 だから夢斗を買い物に行かせるのは俺たちはちょっと不安ではあったのだけれども、頑なに夢斗に頼まれたため結局買い物に行かせてしまった。 まあ調理に関しては柏木が一番戦力外だ。 美麗さんがリアル調理スキル0(自称)なら夢斗はマイナスだ。 先ほど持ってきた毒々しい野草を俺が調理しているこの夕食に入れようものならどんなとんでもないものができあがってしまうかもわからない。
「な……? これは……」「……まじか……」
<a href="//24076.mitemin.net/i309359/" target="_blank"><img src="//24076.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i309359/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
 俺の後ろで二人が驚きの声を上げる。
「え? なに? やっぱり何かおかしいの?」「百川教諭は今までコレ・・でプレイをしていたのか?」「コレ・・重すぎっしょ……何fps出てんの? 5くらいしか出てないんじゃないの?」「え? もちろん私はこのパソコンでプレイしているんだけど……。何? 長田さん。fpsって」「『frameフレーム perパー secondセカンド』一秒間に何コマ動いてるかって意味」
 5fpsだと一秒間に5コマしか動いてないという意味だ。
「こんな環境でプレイしていたとは……。すまないが操作を替わっても良いだろうか?」「うん、別に良いけど……」
 パソコンを操作していた百川先生に代わり美麗さんがパソコンの前に座る。
「オプションを開くにはどうすればいいのだ……? マウスもパッドも繋いでいない、しかもこんな重いパソコンでプレイをしていれば当然まともなプレイが出来るわけはなかろう……」「えーと、たしか通常状態でESCキーでコマンドが開くと思うけど」
 俺も夕食を作る手を止めて居間でパソコンを囲んでいるみんなの輪に加わる。
「すまないな。私はいつもゲームパッドでプレイをしているのでそんなことすら知らなかった」
 オプションを開くなんて一番基本的な操作だとは思うんだけど……。 多分この中では一番TFLO歴が長いと思われる美麗さんでも知らないことがあるんだな。
「グラフィック設定は……――!!。やはりそうか……。すべての項目が最高品質になっているではないか」
 画面に映る項目を見ると、たしかにあらゆる項目が一番高い設定にセットされている。
「こんなものすべて最低設定だ。なぜこんなパソコンで最高設定にしてプレイをしようなどと思ったのか」「え~、綺麗な画面でプレイしたいじゃない?」
 そんな百川先生の訴えは意に介せずキーボードとタッチパッドを操作し設定項目を次々最低設定に変えてていく。
「SSDが結構な容量積まれているからそれなりに高スペックなパソコンなんだろうけど、やっぱりノートだとどうしてもね……」
 俺もノートパソコンで、ほぼすべての項目を最高品質に設定してプレイしているんだけど……。 てことはMUSHって結構な高スペックパソコンなんだな。
「よし、これで良いだろう」
 すべてを最低設定に変えた美麗さんは最後にOKのボタンを押す。 すると……
「おー、すげーfps上がった」
 画面に映るキャラクターや背景は非常に貧弱にはなったが、それに比例して非常にスムーズにすいすいと動いている。
「ああー、私のケイティちゃんがこんなのっぺりとした姿に……」
 画面の中の『Katy』ちゃん。 猫耳で尻尾のあるニャウ族の女性だ。 たしかに俺がいつも見ているTFLOのキャラクターよりは陰影が少なくのっぺりした印象を受ける。 背景も影が全くなくなってしまった。 このゲームは地面に落ちる木漏れ日とかが綺麗で印象的なんだけど。
「スカイー、ほら、言われてたもの買ってきたよ」
 ゲーム中の名前を呼ばれて俺は振り向く。 声の方向、居間の開け放たれているドアに立つ男の姿。
「柏…いや、夢斗。お帰り」
『スカイ』と呼ばれて一瞬何のことだと思ってしまった。 そういえばさっき生徒会の仲間はみんな名前かニックネームで呼び合おうと決めたばかりだった。 俺が柏木に『スカイ』と呼ばれることにちょっと違和感があるし、俺が柏木を『夢斗』と呼ぶことにもまだ慣れていない。
「これでいいんでしょ? 安く買うことが出来たよ。はい、これお釣り」
 そう言うと夢斗は買い物袋と千円札一枚、それに小銭を手渡す。
「あれ? ずいぶんとお釣り多くない? 全部買ってきた?」
 俺は夢斗に二千円を渡したが、俺の計算ではこんなに余るはずはない。 俺は買い物袋の中身を確認してみると…… ――ある。 俺が買ってこいと言いつけたものは全部揃っている。
「あのスーパー安かったね。今度から俺もここに買いに来ようかな?」「いや、夢斗んからここまでどんだけ離れてると思ってるんだよ。……って、たしかに『ジュンペイ』は格安スーパーで有名ではあるけど、こんなに安いはずがないでしょ? ……まさか万引きとかしてないよね?」「するわけないだろー。スカイ、俺のこと疑うの? ほら、レシート見てみなよ。ちゃんと買ってるでしょ?」
 夢斗に言われ俺はレシートを見てみる。 俺が言いつけ、この買い物袋に入っているものは全部記載されている。 そしてその値段なのだが、すべて50%引きやら80%引きやら値引きの記載がある。
「今日って特売の日だった? こんなに値引きされて……」「いや、交渉したんだよ。消費期限が迫っているの見つけて」「まじで? もしかして夢斗って普段からこういうことしてたりする?」「当たり前だろ、そんなこと。でも最近じゃ近所のスーパーに目をつけられちゃって、なかなか交渉も難しいんだよね」
 さも当然の如く言ってのける目の前の夢斗。
「あんた、意外な才能があんのね……」
 感嘆する長田さん。 こういうのを才能と言って良いものなのか? しかしなるほど、買い物が得意っていうのは嘘ではなかったようだ。 近所のスーパーから目をつけられるほどならこんなに離れているスーパーにだって来たくなるはずだ。
「ああ、そうだ。これも。お姉さんから頼まれてた酎ハイはやっぱり買えなかったよ」
 と、部屋の隅っこでちびちびと呑んでやっているお姉ちゃんにも千円札を渡す。
「あら、駄目だった? ごめんなさいね。わざわざ」「お姉ちゃん、夢斗にそんなこと頼んでいたの? 未成年なんだから酎ハイが買えるわけないでしょ?」
 学校のジャージ着て買い物に行ってるんだし見た目からしてまず買えるわけがない。
「……ふん、使えないわね……」
 聞き取れないくらいな小さな声で呟くお姉ちゃん。 駄目元とはいえせっかく頼んだのにその言い草はないんじゃない?
「ところでこれ、美麗ちゃんが動かしてるのって先生のキャラクター?」
 夢斗がパソコンの画面を指差す。
「ええ、そうよ。灰倉さんにいろいろと教えて貰おうかと思って」「そうなんだ。でもこのキャラ、どこかで見たことあるような……」「え? 私、このゲームの中のどこかであなたと会ったことがあるのかしら?」「最初にいったパーティを組んで行くダンジョンで会ったような気がしたんだけど、猫耳のキャラで名前も同じだったような……。俺は精霊使いだったんだけど『Muto』ってキャラを覚えていない?」「え!? あれが……!? い、いや、どうだったかしらね……覚えていないわ……」
 一瞬驚いたようにも見えたが、すぐに夢斗から目を反らす百川先生。
「そうかー、じゃあ違うのかな? その人失敗ばかりでその度にドジっ娘アピールしてたんだけど、他の人に『そんなことしたって可愛くなんかねーんだよ!』とか、『そういうのはちゃんと出来るヒーラーがたまにやらかすから可愛いんだ。お前は何一つ出来てねーじゃねえか!』とかすげー怒られてたんだけど……」「ああー!! やめてー!! その話はもうやめてー!! あれをもう私に思い出させるのはやめてーー! 私は今日を境に生まれ変わるんだからー!」
 そう絶叫をすると頭を抱え込む百川先生。
「てことは、あの時夢斗とパーティを組んだヒーラーってのはやっぱり先生のことだった……?」「……」
 頭を抱え込んでいた百川先生は俺の指摘にその体勢のまま無言で両手で耳をふさぐ。
「まあ、さきほどの有様を見ていればそれも納得だな。あんなまともに動くことも出来ないような状況でインスタンスダンジョンを攻略なんて出来るはずがない」「あとももちー、マウスかゲームパッド買った方が良いよ。こんなタッチパッドにキーボードだけじゃまともに動かすことなんて出来ないと思うから」
 たしかにさっきのあんな低fps状態の上、マウスやゲームパッドなどの操作機器もない環境ならこのゲームをまともにプレイすることなんて出来ないだろう。
「わかったわ……それだけわかっただけでも十分な収穫ね……。ありがとうね、みんな」
 顔を上げると俺たちに礼を言う百川先生。
「でもよかったよね、ももちー。ももちーも出会えたじゃん。あたしらみたいにゲームの中で夢斗と」「私が期待していたのはそういう『出会い』じゃないから。もっと素敵な白馬に乗った王子様が……」
 と、遠くを見つめつつ自分の世界に入り込む百川先生。 ――ああ、やばい。 俺は一人百川先生と相対して補習を受けたときのことを思い出す。 こうなった時の百川先生は長いんだ。 そして蕩々と一人語りを続ける百川先生の横で俺は思った。 このゲームは意外なところでやっぱり『出会い』があるものなんだな。 俺たちがゲーム内で出会ったように先生と夢斗も偶然出会うとか……。 次はいったいどんな出会いがあるのか。 ――いや、さすがにそう頻繁にしょっちゅうこんな事があるわけなんてないよな……。

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