廃クラさんが通る

おまえ

026 旧友と泪

「はい、いっちにっさんっしっ! いっちにっさんっしっ!」
 ジルの元気なかけ声に合わせてステップを踏むジャージ姿の俺たち。
「ほら、そうじゃないって、こう」
 柏木はリズムよく足を交差させ「すっすっすったっ」とステップを踏んでお手本を示す。
 いつもと立場が逆転している。 普段はこの二人は生徒会の中でも誰かの指導を受けつつ仕事をしていたものなんだけど。 昼食を食べ終えた俺たちは庭に出てジルと柏木の指導の下ダンスのステップを基礎からたたき込まれている。 ジルは先ほどまで着ていた丈の短い体操着にブルマは庭の草を引っこ抜いていたときに泥だらけになってしまったため、家に来るときまで着ていた学校用の制服を着ているけど。 ちなみに俺はジャージと体操着をそれぞれ二着ずつ用意していたため予備の方を着ている。 そのジルが除草をしてくれた庭だが、今まで見たこともないくらいに綺麗に地面が真っ平らになってしまっている。 野球場のグラウンドだか陸上のトラックだかを一部分だけそのまま切り取ってきたかのようだ。 ローラーとか整地用の道具とか用意してなかったはずだし、おそらくジルはこれを踏み固めるとかで普通に人力でやったんだよな……。 俺たちとは別に時折家の中から笑い声が聞こえてくる。 初めこそ嫌々酌に尽きあわされていた百川先生だがチューハイを酌み交わしているうちにすっかりお姉ちゃんと意気投合したようだ。
「きゃあ」
 と、俺の隣で悲鳴が上がる。 美麗さんが足をもつらせて尻餅をついたようだ。
「大丈夫? 美麗さん」
 俺が手を差し出すとそれに掴まり立ち上がる。
「ああ、すまない、蒼空」「あんたそんなかわいらしい声も出せるんだ」
<a href="//24076.mitemin.net/i305480/" target="_blank"><img src="//24076.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i305480/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
 長田さんが俺の横から顔を突き出し美麗さんをニヤニヤと覗き込む。
「咄嗟に出る声にかわいらしいも何もないだろう」
 顔を赤らめた美麗さんは土の付いた尻をはたきつつ長田さんから目を反らす。
「こんな簡単なステップも出来ないとか、あんた本当マジダンスの才能ないわ~」
 と、美麗さんの前でステップを踏んでみせる長田さん。
「お前も似たようなものだろう。そんなぎこちない足の動きで、よくもそんな大口がたたけるものだな」
 たしかに長田さんのステップは先ほどお手本を見せてくれた柏木なんかに比べたら、余計な針金が何本か入っているんじゃないかってくらいなぎこちなさだった。
「う、うっさい! 踊れるだけましっしょ?」
 俺を挟んで小さな戦争が繰り広げられる。
「こういうのなんて言うんやったっけ? 『どんぶりの背比べ』? だっけ?」
 首をかしげて上から俺たちを見下ろすジル。
「違うよ『目くそ鼻くそを食べる』だったような気がする」
 ジルには遙か及ばないが俺たちよりもわずかに・・・・背の高い柏木も俺たちを見下ろす。
「いや、二人ともちょっと違うから、『どんぶり』じゃなくて『どんぐり』、『食べる』じゃなくて『笑う』だから」
 どちらも程度の低いものを競い合っているという意味だ。
「あ~、そうなんや……てかどんぐりってなに?」「どんぐりは木の実だよ。何の木の実かまでは知らないけど」「どんぐりうまいよね。俺も何の木の実なのか知らないで拾ってるけど」「どんぐりまで食ってるのかよ。柏木おまえは……」
 どんぐりなんて栗鼠りすとか森の動物が食べるようなものじゃないのか? いや、そういう動物が食ってるわけだし人間だって食べれないこともないんだろうけど…。
「しかし私たちが出来ないようなことなら、それを振り付けになんてとても出来ないのではないか? 生徒達が全員踊れるようなものを作らなくてはいけないのだから」「それはさっきも言ったっしょ。ダンスの基礎もわからないあたしらみたいな素人が何一つ踊れないそんな状態で、みんながみんな納得できて気持ちよく踊れるダンスなんて作れるわけないって」
 長田さんの提案により俺たちはダンスの練習をすることとなった。 まあ、部屋の中に籠もってうんうん言いながらダンスの振り付けを考えるよりも体を動かした方が頭も働くだろうって事でもあったのだけど。
「それじゃもっかいいくよー。はい、いっちにっさんっし!」
 ジルのかけ声により再びステップを踏む俺たち。
「奥原! おーい、奥原ー!」
 庭の外から俺を呼ぶ声がする。俺はその声の方を向いてみるとそこには高校生くらいの男子が手を振っている。 え~と、誰だっけ……? 俺と同年代くらいで俺を知っているって事は多分小学校の時の同級生だよな。 もう何年も前だし顔貌かおかたちも多少変わってしまっていると思うけど、当時俺と親しかった友人だとするなら……。
「もしかして中沢君?」
 俺は当時の記憶をたどった末、面影のある名前を呼んでみる。
「おー、覚えていてくれたか奥原。母ちゃんから奥原んが賑やかだって聞いたから来てみたんだよ」
 当たった。 俺が小学生だった当時、近所に住んでいる中沢君とはよく遊んでいた。
「そうなんだ。中沢君は元気だった?」
 俺は中沢君のそばまで駆け寄る。 柵をはさんで向かい合う俺たち。
「ああ、俺のことなんかより奥原が元気で良かったよ。こんなに友達も出来て」
 目線を庭の方に移す。 中沢君の見つめる先には長田さんを初めとした生徒会の面々がいる。
「ああ、あそこにいるみんなは俺の学校の生徒会の役員なんだよ。俺も含めて」「え? 奥原、生徒会やってるの? すげーじゃん!」「いや、俺の役職の会計は選挙でも二人しか立候補してなかったし、それほどのものでもないと思うけど……」
 会計なんて立候補してまでなろうとすること自体稀だから選挙で争ったのは二人だけだったし、しかもその相手はすぐそこにいるあの柏木だ。
「いや十分すごいよ。あの事故・・・・のあと、奥原元気がなくなっちゃって、急に転向したもんだから俺たち心配してたんだけど、生徒会に立候補したり、その中にいてちゃんとやっていけているみたいだしもう安心だな」「え……? うん、俺はもう大丈夫だよ」「本当にごめんな、あの時俺たち気を遣ってやれなくて。……そうだ! みんな呼ぼうか? みんなに連絡するから、久しぶりにみんなで遊ぼうぜ」
 中沢君の何気ない言葉にちょっと引っかかるものを俺は感じとった。
「いや、ちょっとそれは……。俺たち遊びで来ているわけじゃないんだから。生徒会の仕事のために合宿で来てるんだから。今俺たちがやってることも、もしかしたら遊びに見えたかもしれないけど、これも俺たちの大事な仕事なんだから」「ああ、そうなんだ。……もしかして俺、邪魔だった?」
 ちょっとした俺の変化に気づいたのか中沢君の語調トーンも少し低くなる。
「邪魔……とまではいかないけど……ごめん……」「ごめんな、奥原。やっぱり気を遣ってやれなくて。……それじゃ、またな!」「こっちこそごめん。せっかく来てくれたのに」
 手を振る中沢君に俺も手を振り返す。 そして俺から離れると背を向けて歩き出した。 それを俺は無言で見つめる。
 ……違う。 そうじゃない。 あの時・・・もそうだったけど、中沢君は、そしておそらくあの時の他のみんなもやっぱり気づいてはいなかったんだ……。
「ごめん、みんな、中断しちゃって。続きをやろうか」
 俺はみんなの方を振り向く。
「……奥原……?」
 ……ん? なに? 俺がどうかした?
「スカイ……泣いてる?」「え?」
 俺は目の辺りに手を当てて確認してみると、確かにわずかに温みのある濡れるものを感じた。 なんとか堪えきったと思ったのに、気づかぬうちに溢れてしまっていたようだ。
「え~と、ほら、小学校の時の同級生に会ったから。それで懐かしくて涙が出ちゃったのかな?」
 ……自分ながら嘘が下手だと思う。 こういうとき・・・・・・の嘘は、なんではっきり嘘だとわかる嘘しかけないんだ。 おそらくここにいるみんなで、それで納得してるものは柏木くらいなものだろう。

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