廃クラさんが通る

おまえ

023 Grass reaper

「ねえ、奥原のお姉ちゃんってずいぶんと……」「ほら、そこ。無駄話をしない! 手が止まっているわよ?」
 長田さんが俺に小声で何か言いかけたところで突然脇から声だけ割り込む『お姉ちゃん』 酎ハイの缶を片手に縁側に座っている。 俺たちは庭の草刈り組と家の中の掃除組の二つのグループに分かれて作業をしていた。 草刈り組は俺とジルと長田さんの三人。 家の中の掃除は美麗さんと柏木と百川先生。 みんなジャージに着替え、それぞれの作業をしていた。 ジルのみ丈の短いぴちぴちの体操着にブルマだけど……。
「せっかくみんなに手伝って貰ってるんだからその言い方はないでしょ? あとお姉ちゃんも一緒に掃除してよ」「私たちの家で合宿をさせてあげるんだからそのくらいは当然でしょ? 蒼空くんだってわざわざみんなと一緒にお掃除なんてしなくてもいいのよ?」「いや、そういうわけにはいかないから……」
 俺がそんなお姉ちゃんにうんざりしていると
「ふん……」
 と、不満げに酎ハイの缶を口に運ぶお姉ちゃん。 俺はうんざりしつつ草刈りの作業を再開する。
「ごめんね。長田さん」「いーって。別に…」
 とは言ってはいるもののやはり俺と同じくうんざりな様子の長田さん。 俺とは少し離れた位置で草刈りを再開する。
「……見た感じ、この二人が一番危険ね……、しっかり私の目の届くところで監視してないと。特にあの大きいアレは蒼空くんを一発でKOおとしかねないとんでもない凶器だわ……」
 小声で呟くお姉ちゃん。 見た目こそたしかにこの二人は埼ヶ谷うちの高校がっこうでも一、二を争うくらいなギャルだけども。 でも二人とも見た目ギャルとは対照的な性格レディだよ? 作業をしているその二人にもそれが聞こえたのかわからないが、お姉ちゃんの一番近くで作業をしている俺にはかろうじて聞こえた。 俺はもうジルのおっぱいには慣れたし、ジルが俺のことをどうこう思ってるわけでもなく、抱き心地の良いぬいぐるみ程度にしか思ってはいないんだろうから、俺だってそんなジルに抱きつかれようがおっぱいを押しつけられようが挟みつけられようがKOおとされることなんてありえない。 そのジルだが、鎌を使って草を刈っている俺たちとは違い、ある程度まとめて草を掴んでは引っこ抜いている。 そして抜いた草を振っては根に付いた土を落とし、抜かれた後の地面を踏んでならす。 その作業が恐ろしく速い。 掴んでは引っこ抜き、土をならしては次の草を掴んで引っこ抜き、足を踏みしめ土をならす。 しかも徐々に慣れてきたのかそれがさらにだんだんと速くなる。 まるで学習機能AIを搭載した機械マシーンのようだ。
「やったー! おわったー!」
 庭の隅っこにうずたかく積まれた草の傍らで自分に付いた土の汚れも気にせず万歳をして喜ぶジル。 そんなに広くもない庭ではあるのだが作業を始めてからたいして時間も経ってないよ? この家から丁度公園の時計が見えるが、多分長い針が半分も回っていない。 俺と長田さんはほんのちょっと草を刈っただけであとのほとんどはジルが全部引っこ抜いてしまった。
「な、なかなかやるわね……」
 いつもは丸々一日かかって俺たち二人で庭の草刈りをするのに、あっという間にほぼ一人の力で綺麗になってしまった庭を呆然と見つめるお姉ちゃん。
「ありがとう、ジル。ジルのおかげでだいぶ早く終わったよ」
 俺はジルに近寄り労うと
「うん、これでいっぱい遊べるね」
 俺に抱きついてくるジル。
「ああああーーーー!!!!! 何をしているの!? この女は!? 駄目! 離れて! 今すぐ蒼空くんから離れて!」
 血相を変え、俺とジルの間に割り込むお姉ちゃん。 俺とジルを必死に引きはがす。
「ジル…あたしらは遊びに来たんじゃないから。ダンスの振り付けを考えに来たんだから」「振り付けもそうだけど、とりあえず家の掃除をしてる他のみんなの手伝いをしに行こうか?」
 ジルのおかげで庭の草取りは思いの外――というか異次元のスピードでありえないくらい――早く終わらせられた。 ……てか俺と長田さんはジルの1/10じゅうぶんのいちも働いてはいないのだけど。
「ああーー! 蒼空くんこんなに汚れちゃってる! この女に蒼空くんがけがされちゃったー!!」「え? けがされちゃったって……」
 俺はジルに抱きつかれただけでけがされるような行為は行って……
「あー、奥原、泥だらけじゃん」
 俺は自分の体を見ると服に泥というか土の汚れが付いている。 ジルに抱きつかれたときに付いたものだ。
「ごめん、スカイ。うち、こんなに汚れてるの気づかなくて」
 ジルは夢中で黙々と草を引っこ抜いてたからな。 土で汚れることなんてまったく気にも留めていなかったのだろう。
「はあ……とりあえず着替えないと……。てかジルはそんなに汚れてるなら風呂に入った方がいいかも? 俺が風呂掃除しとくから、ジルはその間に取った草をゴミ袋に入れといて。あとまだちょっと庭がでこぼこしてるからもっとよくならしといてね」「うん、わかった。スカイの家のお風呂、一緒に入るの楽しみー!」「いや、家の風呂なんて楽しくないから。多分ジルが入ると窮屈だろうし……ってか誰と一緒に入るの? 一緒どころか多分ジル一人しか入れないような狭い風呂だから!」「え~、そうなのー?」
 肩を落とし、がっかりした様子のジル。
「蒼空くんと一緒なんて絶対に駄目よ! 私が許さないから! 私だってもう何年も蒼空くんと一緒にお風呂なんて入っていないんだから!」「へー、奥原、いくつの時までお姉ちゃんと一緒にお風呂に入っていたの?」「え~と、たしか中学に入学してから俺に……てか言わないよ! 絶対にそんなこと言わないからね!」
 危ない。 迫力に押されてうっかり口に出してしまいそうになってしまった。
「いや、あんた。もうほとんどそれ、全部言ったようなもんだから……」
 いや、俺は言っていない。 絶対だ。 肝心なところはまだ言ってはいないはずだ。 大丈夫、長田さんも多分理解してはいない。 そう思うしかない。 ――そう思っておかないと俺は恥ずかしくて死んでしまうかもしれないから……。

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