廃クラさんが通る

おまえ

021 転禍為福

 昨日TFLO内で合宿への参加を辞退することについて言いそびれてしまった俺。 日中の授業にも身が入らず、いったいどう断ればいいのか? その言い訳ばかりを考えていた。 そしてついには放課後となり生徒会の活動時間となった。
「奥原、どうしたの? ぼーっとしちゃって。はい、この資料、文化祭の実行委員会に渡してきて」
 と、長田さんから印刷された資料を渡される。
「あ、いや、何でもないよ。ちょっと考え事してただけだから」「ダンスの振り付けのこととか? 合宿に向けて気合い入ってるね!」
 無邪気に喜ぶジル。
「え? あ、うん……」
 いや、振り付けの事なんてまったくこれっぽっちも考えてはいなかったんだけど……。 このジルの一言によりさらに断りづらい雰囲気になってしまった。
「それじゃ、俺はこの資料渡してくるね」
 と、俺は席を立ち生徒会室を出ようと扉を開けたところで
「きゃあ!」
 という声が聞こえる。 ん? 誰の声だ? と声の主を探してみると俺の目線の下にいた。
「あれ? 先生どうしたの?」
 そこにいたのは百川先生。 先生も戸を開けようとしたところで俺が先に開けたからそれにびっくりしたのかな? しかしこうしてあらためて見てみると小学生程度の背丈しかない。
「あなたたちに知らせなくちゃいけないことがあって。急に決まったことなんだけど……」
 言いにくいことなのか口ごもる先生。
「何があったのももちー?」
 長田さんが促す。
「あなたたちの合宿が取り止めになったわよ」「あー、なんだ、そんなこと……」
 ん? 取り止め? 合宿は中止? 撤回?
「ええええーーーー!!!!!?」
 驚きの声を上げる生徒会室にいる一同。
「なんで? ももちー? 昨日ちゃんと許可取れたじゃん?」
 長田さんが先生に詰め寄る。
「柔道部が合宿所を使うことになったのよ。秋の全国大会に出場するはずだった学校で不祥事があって、急遽うちの学校が繰り上げで全国大会に出場することになったから、それで合宿所を使わせて欲しいって申請が今日あったのよ」「だからってあたしら生徒会のが先に申請してたよね? それなのになんで後から申請した柔道部なんかに……?」「どっちがこの学校にとって大事なことなのか、あなたにもわかるでしょう? 長田さん。あんなダンスと全国大会、どちらの合宿のほうがこの学校のために有益なのか? 会長のあなたならわかってくれるわよね?」「でも……会長の権限でそれってどうにか出来ない?」「長田さん、残念だけど会長にそんな権限なんてないわ。生徒会の会長なんて学校の『顔』でしかないの。学校の『顔』として指針を示し、模範とならないといけない。あなたにはその役割が求められているのよ」
 長田さんの目を見てきっぱりと言い切る百川先生。
「……生徒会の会長にこんなにも権限がないなんて……。就任してから一ヶ月くらいの間、あたしには力なんてないってうすうす気づいてはいたけど、ここまで権限がないなんて……」
 下を向き、唇を噛む長田さん。 会長に権限があるなんて漫画マンガやアニメの中でしかありえない。 実際は会長も含め、生徒会の仕事は学校の運営を円滑に進めるための潤滑油のような存在でしかない。 それによって何か見返りがあるわけでもない。 ボランティアのようなものなのだ。
「はあ、合宿は中止なのか。折角合宿のための買い物までしたというのに」
 肩を落とす美麗さん。
「ミリーも本当は合宿楽しみにしてたんや? 決まったの昨日なのに、その日のうちにわざわざ買い物しに行くくらい」「いや! 違うぞ! 決して楽しみではないが、合宿をやると決まった以上は準備は万端にしておかないといけないからな!」
 ジルの指摘に必死に弁解をする。
「そうかー、合宿中止かー。せっかくなにかうまいもん食べれると思ったのにー」
 がっかりする柏木。 合宿なんだし当然食事はあるんだろうけど、学食の上に合宿所があるんだし学食で出されてるメニューとか食べられたのかな? でも美麗さん含め、みんな合宿を楽しみにしてたんだな。 俺としてはお姉ちゃんから合宿を辞退しろって言われてどう断ろうか必死に頭を悩ませていたんだけど……。 う~ん、これは喜んでいいものか……。
「……仕方がない。だったら私の……」「ねえ、みんな、ちょっと提案があるんだけど」
 美麗さんが何か言いかけたが俺はそれを遮ってみんなに話しかけた。
「何? 奥原?」
 みんなの視線が俺に向けられる。
「合宿、俺のうちでやらない?」
 これがすべての事案やっかいごとを解決する最善の方法だと俺は思った。
「は? 奥原の家で合宿?」「うん、実は俺、お姉ちゃんに合宿を辞退しろって言われてたんだよ。辞退しなければお姉ちゃんも一緒についてくるって言われて」「ず、ずいぶんと過保護なお姉さんなのね」「あれ? でも奥原んマンションだって俺聞いてたけど、合宿が出来るほどそんなにでかいマンションなの?」「いや、今住んでるマンションじゃなくて芳川にある前住んでた家なんだ」「え? てことは家が二つあるってこと?」「うん、その家は二人で住むには広すぎるし、昼間空けっぱなしだと防犯上の問題もあるからって今のマンションに住むことにしたんだよ」「二人って……」
 ああ……、俺んの事情がこれでここにいるみんなにもバレちゃったかな? 長田さんにはこの前ちょっとだけ話したけど。 一応先生も知ってはいるのかな? 俺の事情はともかく家族構成くらいは。
「で、その家の掃除に今度の土日に行こうかって話があって、お姉ちゃんには合宿を辞退しろって、辞退しないならついてくるって言われて、だったらちょうどいいのかなって。お姉ちゃんがついてくるって言うのなら、合宿所が使えなくなったのなら、その家で合宿をすれば全部丸く収まるんじゃないかな? って思ったんだよ」
 俺の提案を神妙な顔つきで聞く一同。
「奥原はそれでいいの? 奥原が良くても、その……お姉さんがそれを許してくれない気もするけど……」「大丈夫、わがままなお姉ちゃんだけど、今度は俺がわがままを通すから。絶対にお姉ちゃんに反対はさせないから。みんなにも俺ん家の掃除を手伝って貰うことになるけど、それでお姉ちゃんも許してくれるんじゃないかと思う」
 そうだ、今回の件に関しては絶対にお姉ちゃんに文句は言わせない。 お姉ちゃんの目の届くところで合宿を行うんだから何の問題もないはずだ。
「そういえば美麗さん。さっき、何か言おうとしてたみたいだけど、なんだったの?」「いや、いいんだ。予定どおり合宿が行われるのなら」
 と、安堵の表情を見せる美麗さん。
「あれれ~? やっぱりあんた、合宿楽しみにしてたんだ?」
 長田さんが美麗さんの顔を覗き込む。
「いや、違う! 私はせっかく買った下着が無駄にならなくて良かったと……」「下着!? あんた下着って、そんなのを準備していったい誰に見せつけようとしてたん?」「ッッッッ!!!! 違う! 誰にも見せつけようとは思ってなどはいない! 私はただ単に清潔な身なりで合宿に臨もうとしていただけだ!」
 顔を真っ赤にして釈明する美麗さん。
「あなたたち? 合宿をするのならくれぐれも健全にお願いね?」「そういえばももちー? 監督する必要なくなったけど、どうする? あたしらだけで合宿していい?」
 と、俺の首に腕を回し、胸を押しつけ体を密着させる長田さん。
「ちょっと!? 長田さん!?」「あー、もう! 私も同行させて貰うわよ! あなた達だけの合宿なんて危なっかしくて黙認できないわ!」
 よかった。 これでよかった……んだよね? いや、心配事はまだある。 俺の家でやる合宿にお姉ちゃんも来るとしてお姉ちゃんが暴走をしなければいいんだけど……。 こればかりは俺がどうにかしないといけない。 大丈夫、俺にはがある。 それを使えば『お姉ちゃん』は黙ってくれるんだ。 何時いつどんな時だって……。

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