廃クラさんが通る

おまえ

018 指導教官

「あ、ももちーだ。ももちー、学校の合宿所使いたいんだけど?」
 長田さんと俺は合宿をするために合宿所の使用許可を貰うために職員室へ行こうとした道すがら、百川先生の後ろ姿を発見し声を掛けた。
「は? なに? 長田さん? 合宿所? あなたたち、合宿なんてやるの?」
 振り返った百川先生は心なしか疲れているようにも見えた。 目の下に隈のようなものも見て取れる。 そういえばここ最近の百川先生はちょっと疲れ気味な気がする。
「埼高ダンスの振り付けを考えるから。文化祭までには完成させたいからみんなで合宿しようと思って」「え? アレを考えるためにわざわざ合宿? そこまでしなくてもいいんじゃない?」
 百川先生の頭の中にはおそらく去年のダンスを含めた歴代のダンスを思い浮かんでいたのであろう。 生徒会のパソコンで俺も過去の埼高ダンスの映像を見たが、どれも似たり寄ったりな奇妙なものだった。
「いや、さすがにあんなんじゃなく、もっとかっこよくて見栄えのいいものを作りたいから」「でも埼高ダンスはみんなで踊るものよ? 私のクラスだけ見たって運動の苦手な生徒もいるし当然ダンスが苦手な生徒もいるはず。そんな生徒達も含めて全員が踊れるようなダンスならああいうダンスになってもしょうがないんじゃないかしら?」
 確かに俺たちがダンスを考える上でもそのことは指摘された。
「それでもやっぱり作るなら恰好いいもの作りたいし……だから生徒会のみんなでそんなダンスの振り付けを考えたいから合宿所使わせて」「う~ん…、そういうちゃんとした理由があるなら許可は下りるかもしれないけど……いつ合宿するの?」「今週末の土日にやりたいんだけど」「今週末? 今週末って…、え? 今週末? ちょっと急じゃない? だれか監督してくれる先生は見つかっているの?」「監督する先生!? そんなのいるの?」「当たり前じゃない。生徒達だけで合宿なんて出来ないし、許可なんて下りないわよ?」「どうする長田さん?」「どうするって……、目の前にいるじゃん」「目の前……?」
 俺は辺りを見回す。 視界の中にいる先生は俺の目線の下にいる一人しかいない。
「え? わ、わ、わ、私? 私が合宿の監督をするの? 無理よ! 急すぎよ!」「ももちー土日に何か予定でも入ってるの? デートとか?」「そんなのあるわけないでしょう……。長田さん、もしかしてあなたわかってて言ってない? 特になにも予定はないけど、あるとするなら冒険の旅が……」「冒険? 先生どこかに旅しに行くんだ?」「え~と、それは……。実際にどこか行くわけじゃないっていうか……」「……?」
 どこかに行くわけでもない冒険の旅?
「ももちー、それってもしかして…?」
 長田さんは何かに気づいたようだ。
「はあ……」
 と、ため息をつく百川先生。
「もういいわ。あなたたちには知られたくはなかったんだけど……私もTFLO始めたのよ」
 小声でぼそりと言う百川先生。
「そうなんだ! ももちー、TFLO始めたんだ!」「長田さん?」
 いつもは現実世界リアルでTFLOをプレイしていることを気づかれないようにって長田さんが一番気を付けていることじゃないか。
「ちょっと、長田さん。声が大きいわよ!」
 俺たちの指摘に気づき
「あ!」
 と声を上げる長田さん。
「でもなんでやってるのを俺たちに知られたくなかったの?」「知られたくないっていうか……、ゲーム内であなたたちと遊んでいたらあなたたち以外の出会いが少なくなるでしょう…?」
 それの意味するところっていうのはつまり……。
「ももちー……、TFLOはそういうゲームじゃないって前言ったっしょ……」「でもこのゲームのこと調べてみたら、『Himechan』はモテるって、『あなたもHimeプレイをしてモテモテになろう』ってそういう記事を載せてるサイトを見つけたから……」「……」
 絶句をする俺たち。 この百川先生も柏木と同じようにTFLOに関する間違ったサイトを参考にしてしまったらしい。
「……で、先生、ゲームの中ではモテモテなの?」
 俺は恐る恐る聞いてみる。
「モテてなんかいないわよ! ヒーラーはモテるなんて全くの嘘じゃない! 『失敗してもドジっ娘アピールで誤魔化そう』ってその通り実行したのに罵詈雑言を浴びせられたわよ!」
 モテるってかヒーラーは貴重な存在だから『もてはやされてる』って事だと思うんだけど……。 そういえば柏木が『浮海月の侵食洞』をクリアできなかったときもヒーラーが怒られてたとか言ってたな。 あれってまさか百川先生のことだったんじゃ……?
「ならよかった。ももちー暇なんだよね? 合宿の監督してよ」「いや、あなたたち。だから私は……」「TFLOゲームくらいしかないんでしょ? ならいいじゃん」「……それはそうだけど……他の先生には頼んでみたの?」「監督必要なの知らなかったし、ももちーうちらの担任だからいいじゃん」「なんで私がお給料にもならないあなたたちの監督を……」
 そういえば百川先生は俺の補習の時も給料が増えないとか散々愚痴を言ってたな。
「そーかー、ももちーは監督したくないのかー。しょーがないなー。なら監督のいらないうちら二人だけの楽しい合宿をしよっか?」
 と、横から俺の首に腕を回して体を引き寄せる長田さん。 長田さんの柔らかい感触が、体温が直に伝わってくる。
「ちょっと!? 長田さん!? 二人だけって? みんなでやる合宿じゃなかったの?」「長田さん!? 生徒どうしの…そういういかがわしい行為は認められていないはずよ!? 会長のあなたがそんなことをしたら他の生徒に示しが付かないわよ!?」「だったら監督してくれる?」「わかったわよ! …もう…わかったから……。ああ、私の貴重な休みが……」「ありがとうももちー! お礼にももちーにもTFLOの指導をしてあげるから」
 と、俺から離れて百川先生の手をとり喜ぶ長田さん。
「百川先生はヒーラーって言ってたけど、長田さんヒーラーのことも教えられるの?」「あたしじゃないって、ヒーラーはほかにいるっしょ?」「他のヒーラー…? 美麗さんのこと?」「そう、あいつ教えるの好きみたいだしいいんじゃない?」
 たしかに俺が最初に美麗ミレニアムさんに会ったとき製作クラフトについての指導はされたけど。 ……半ば押しつけ気味に。

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