廃クラさんが通る

おまえ

017 舞踏強練

「できるかー!!!」
 長田さんと美麗さんが同時に叫ぶ。 ついこの間も同じような光景を見た気がする。 昨日はジルはTFLOゲームにログインしなかった。 なぜログインしなかったのか? ジルは再びダンスのビデオを撮っていたためだ。 そのダンスの内容はこの前ゲーセンやったあのダンスゲームを参考にしたものらしい。 画面に映るジルは地団駄を踏むような激しいステップで踊っていた。 ビデオにはこの前と同じくやはりスティーブさんの声も入っていたが、『お姉ちゃん』からスティーブさんのファンドが『ハゲタカファンド』ということを聞かされて以来、なんとなく俺の中でスティーブさんの見方が変わってしまった。 当然ジルにもスティーブさんのことを聞くのは気が引けるため、そのことを確認できないまま今に至っている。 ちなみに柏木ムトに頼まれて手伝うこととなり、スカイ長田セルフィッシュさん、そして美麗ミレニアムさんを加えて挑んだ『浮海月の侵食洞』は無事クリアできた。 あのあと事件ハプニングらしい事件ハプニングに遭遇することもなく、無難にあっさりと

「たしかに何らかの着想インスピレーションを得られるかもしれないって遊びにはいったけど……」「だからみんなができる振り付けを考えろっつーの…」「うん、これは俺も無理だと思う」「えー? 普通にみんながやるようなゲームだよ? みんなできるんちゃう?」「いや、最高難易度でフルチェインのパーフェクトなんて普通できないから。日本にも世界にもそんなのできる人間なんて多分数えられる程度しかいないから」「しかも出来たにせよ見栄えが非常によろしくない。前任の生徒会が作ったダンスの方が遙かにましな出来だな」「せっかく一生懸命考えてきたのにー」
 呆れる俺たちの一斉砲火を受けながらふくれるジル。
「でもマジにそろそろ振り付けどうにかしないと。中間テスト終わったばかりだけど再来週にはもう体育祭。文化祭はその翌週だから、せめて体育祭までには振り付けを完成させて発表して、みんなが文化祭の時までには踊れるようにしておきたいし…」
 その中間テストだが、今日答案が返された。 その結果だが、赤点はどうにか免れることは出来た。 他のみんなも、長田さんと美麗さんは当然だとして、ジルも柏木も赤点には至らなかった。 意外だったのはジルの英語の点数がそれほど良くなかったということだ。 ジルが言うには、出された問題が『赤ちゃんにする会話』みたいだということだった。 まあ、赤ちゃんは言いすぎかもしれないと言うことだが、普通に日常会話で使わない表現だったり、文法を細かく捉えすぎだとか散々愚痴をこぼしていた。
「言葉なんて意味が通じればええねん」
 と。 その上で日本語は便利だとも言っていた。 なんでもかんでも
「やばい」
 で通じるからだとか。 何か間違っているような気もするが、あながち間違いでもないのかもしれない。 美味しいものを食べては「やばい」 子猫を見つけては「やばい」 何か心が揺り動かされることがある度に「やばい」 と、その一言ですべてを表現できてしまう。 まあ日本には古来から趣のあるものを見たり感じたりしたとき、同じように『いとをかし』の一言で表現したりもしていた。 『やばい』にそれだけの意味を持たせてしまった日本語の奥ゆかしさや寛容ゆるさも、その頃からのものだと思えば間違いでも『をかし』くも何でもないのだろう。
「よし! 決めた!」
 頭を抱えていた長田さんが突然立ち上がる。
「何? 決めたって何を決めたの?」「合宿をする。みんなで合宿をして振り付けを考える」
 眼下の俺たちに胸を張って言い放つ長田さん。
「合宿!?」
 俺たちは一同に驚くがその中でも
「がががが、合宿だと?」
 美麗さんが殊更大げさに驚く。
「そう、みんなが個別に案を出すんじゃなく、合宿をしてみんなで一緒に振り付けを考える」
 胸を張り自信満々の長田さんに対し
「そ、そもそも合宿なんてどこでやるのだ? それなりの施設や場所が必要だろう?」
 ひどく怯えた表情の美麗さん。
「この学校の学食の二階が合宿所になってるんよ。あたしもまだ実際に見たことはないけど、結構な人数が寝泊まりできてそこそこ広い風呂なんかもあるみたいよ?」
 学食……そういえば昼食はいつも弁当だし、俺はまだ利用したことも入ったこともなかったな。 二階建ての大きな建物で一階部分は結構な人数が利用できるくらないな食堂だ。
「合宿ってあれだよね? みんなでお泊まりとかするんだよね?」
 ジルが無邪気にはしゃぐ。
「そうだ、みんなで寝食を共にするんだぞ? 枕を並べて他人と寝起きをするなど……無理だ! 私には無理だ!」
「いや、あんた、別にこのみんなが全員同じ部屋で寝泊まりするわけじゃないから。当然男女は分けるから。ってか林間学校や修学旅行みたいなもんだっての。あんただってそういうのは行ったことあるっしょ?」
 その言葉に俯く美麗さん。 しばらく沈黙が流れる。
「……ない」「は?」「私はそういった類いのものを経験したことがない…」
 俯いたまま言い放つ美麗さん。 髪で隠れていて表情は見えない。
「え? てことは美麗さん。修学旅行とか行ったことないって事?」「……」
 俺の質問に無言の美麗さん。 普通に学校に通っていれば最低でも小学校と中学校の二回くらいはそういった修学旅行や林間学校の行事イベントに参加する機会があるとは思うんだけど……。 それを美麗さんは経験したことがないっていうことは休んだって事なのかな?
「別にいーよ。あんたがやりたくないってんならあんたは参加しなくても。あんたなんかになにかを期待しているわけでもないし」「え~、ミリーも合宿やろうよ。うちもこういうみんなでお泊まりとか初めてだし一緒にやろうよ」「オーストラリアの学校には修学旅行とかってないの?」「う~ん、そういうのある学校もあるけどうちの学校にはなかったかな~」「おれは修学旅行とか楽しみだったな~。美味しいものとか食べられるし」
 ついこの間まで寿司さえ食ったことのなかった柏木。 普段家ではいったいどんなものを食べていたりするんだろうか?
「そっかー、あんたは不参加かー。残念だなー。あんたも参加していればきっと楽しいこととかあっただろうに」
 と、俺に近寄り横から俺の首に腕を回す長田さん。
「それじゃあたしらだけで楽しい思い出を作ってこよっかー。ねー、奥原?」
 俺に密着をし美麗さんを見下ろす長田さん。 柔らかい感触が俺の片耳の辺りに襲いかかる。
「ちょっと? 長田さん? 何? 思い出って? 合宿だよ? ダンスの振り付けを考えるための」
 俺は久しぶりに感じた長田さんの体温と煽情的ないかがわしい単語に戸惑う。
「うちもスカイと思い出作りたーい」
 と、後ろから俺に襲いかかるだきつくジル。
「俺も俺むおっ!」
 それにさらに加わろうとした柏木はジルが払い除けたと思ったら横方向に回転して吹っ飛ぶ。 いい加減お前は学習をしろ。
「……誰が参加をしないと言った?」
 顔を上げる美麗さん。
「あれ~? 無理なんじゃなかったっけ?」「無理だとは言ったが参加をしないとは言ってはいない。私の目が届かないところで不埒な行為を働こうなんて思わないことだ」
 長田さんを睨み付ける。
「よし! じゃあ全員参加ね!」「でもいつやるの? 再来週の体育祭までには完成させるとしたら……」「今週末の土日に合宿をする。その日に合宿所を使えないか担当の先生に聞いてみるわ」「そんなに急に使用許可が下りるものなのか?」「まーなんとかなるっしょ? 駄目ならそん時はそん時でまた考えればいーし」「まったく、振り回される私たちの身にもなってみろ。お前はいつも思いつきだけで行動をして…」「わーい、合宿! 合宿! みんなで何して遊ぼっか?」「いや、遊ぶんじゃないから。ダンスの振り付けを考えるんだから」
 かくして合宿を行うこととなった俺たち。 美麗さんが合宿などのみんなで寝泊まりするようなイベントをしたことがないっていうのも気にはなったけど、何の事情があって修学旅行などに参加しなかったのかは聞かなかった。 誰しも聞かれたくないことや思い出したくないこととかはあるものだ。 当然俺にだって……。

コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品