廃クラさんが通る

おまえ

016 浮海月の侵食洞

 長年、潮の力により侵食を受けた薄暗い岩窟の中、壁面や潮溜まりから所々色鮮やかな光が漏れている。 光の正体は珊瑚。 一般的な珊瑚とは種を異にするこれらの珊瑚類は、光の届かない岩窟の奥で独自の進化を遂げている。 光合成に頼ることなく繁殖をし、己が光を発することにより微小生物を呼び寄せそれを糧としている。 浮海月の侵食洞と呼ばれるこの洞穴は、名前の通り空中を浮遊する海月くらげが棲息する洞穴である。 陽光の下ではおそらく美しく光り輝くであろうその透き通った形貌は、珊瑚が仄かに輝く彩光のみの洞穴内において見えざる暗殺者たらしめる存在である。 珊瑚を採ろうと一儲けを企む迂闊な冒険者がこの洞穴内に安易に足を踏み入れようものなら、毒針の一刺しで体の自由を奪われ、あっという間に捕食されることであろう。 珊瑚を採りに来る人間が浮海月の餌食となりその繁殖の手助けをし、浮海月の幼生体プランクトンは珊瑚の糧となる。 欲深い人間が多ければ多いほどこの洞穴内の珊瑚は光り輝くのである。 そしてその戦慄の食物連鎖の存在を知ってか知らずか冒険者が新たに四人、この洞穴に足を踏み入れようとしていた。
Millennium:さて、さっさと済ませようではないか
 ミレニアムさんが呪文を唱えると全員に防御力アップの効果バフがかかる。
Selfish:いつもならこんな所、何の問題もなく踏破できるんだが…Muto:みんながんばってSky:いや、お前が一番がんばれ。他人事かよ
 そういえば柏木の『精霊』の名前は「Muto」って自分と同じ名前をつけていたけど、ミレニアムさんの精霊の名前はなんて言うんだったっけかな? と、俺はミレニアムさんの近くを羽ばたく小さな精霊の名前を確認してみる。
『Fairy』
 ……まんまかい! あまりにも名前が自然そのまますぎて道理で今までその名前Fairy頭に入ってこ記憶できなかったはずだ。 セルフィッシュさんが先頭に立って足を踏み出すと他のメンバーがそれに続く。 道中、目の前に現れたのは浮海月や蟹の一団。 セルフィッシュさんはそれら三匹いるうちの先頭の浮海月に攻撃を加えると俺もそれに続き攻撃をし、ミレニアムさんも無詠唱の魔法を一発入れる。 そしてみんなで一斉にそれに攻撃をしかけ……ない。 ムトとその精霊ペットのMutoがセルフィッシュさんが敵視タゲをとっている敵とは別の敵に殴りかかっている。 その攻撃を受けている敵にもセルフィッシュさんが攻撃を加え敵視タゲを取り返そうとするが、精霊のMutoが手強くなかなか敵視タゲを手放さない。 そうしているうちにMutoが範囲攻撃を繰り出し、さらにもう一匹からも敵視タゲを奪い取る。 必死に敵視タゲを奪い返そうとするセルフィッシュさん。 必死にMutoを回復するミレニアムさん。 いったいどれを攻撃すればいいんだ? と必死に右往左往あたふたする俺。 みんな恐慌パニック状態に陥りながらも俺はHPの減りの多い奴から攻撃を加えて行き、なんとか三体とも撃破する。
Selfish:いきなり何やってんだ!? お前は!Muto:怒られてるぞ? スカイ。お前がじたばたと挙動不審な行動してたおかげでSky:怒られてるのお前だから。セルフィッシュさんが攻撃している相手以外を殴ったら駄目だよ?
 いや、相手をまとめて範囲攻撃で倒すってやり方もあるにはあるが、それはレベルが上限に達カンストしてからの話だ。 カンスト前のスキルが揃っていない間にその方法をとるのはこのゲームでは御法度だ。 ましてやこんな一番最初のIDならなおさらだ。
Selfish:このレベルじゃまだ俺の範囲ヘイトスキルがないからまとめて相手はできねえんだっての。ヘイトを上げるディフェンダースタンスもねえし
 低レベルIDに挑む際には、たとえレベルがカンストしていようがそこのIDに合わせてレベルが調整アジャストされる。 当然レベルが上がるごとに覚えるスキルもレベルが調整アジャストされれば使えなくなる。 ディフェンダースタンスとは、簡単に言えばそのスタンスにしているだけで敵視ヘイトをとりやすくなり防御力も上がる状態スタンスのことだ。 厳密にはもうちょっと複雑で、そのスタンスにしないと使えないスキルなどもあったりするのだが。 どのジョブでもそうだが、ある程度レベルが上がるとその役割ロールに特化されるようなスキルが追加される。 そのスキルが取得できてようやくそのジョブの真価が発揮できるようになるということだ。
Muto:え? 俺のせいだったの? ごめん。次から気を付けるからSelfish:とりあえずペットをオートで戦わせるのだけはやめろ。手動操作にしてお前が指示を出してやれMuto:え~、手動ってどうやるの? 俺、今までこれでやってきてたから操作の仕方わからないんだけど?Millennium:メインアクションのタブにペットの操作方法がある。そこでオーダーのコマンドを選べば自分でペットを操作できるようになるMuto:わかった、やってみる
 さて、これで精霊ペットも含め、ちゃんと戦ってくれるといいのだが
 再びセルフィッシュさんが先頭を走りだす。 また浮海月と蟹の群体だ。 そして先ほどと同じくセルフィッシュさんが先頭の一匹に攻撃を仕掛けると、今度はちゃんとムトとMutoも含め全員で一斉に同じ敵に攻撃する。 これで問題なく敵を倒すことが出来るな。 ――と思った矢先、精霊ペットのMutoが敵を吹っ飛ばす特殊攻撃をすると「じゃきーん」と、喰らった敵が豪快に吹っ飛び崖下に落ちていく。 そしてそのままMutoが崖下まで吹っ飛んだ敵を追いかける。
Selfish:おい! おまえ、何してるんだ!?Muto:あ~、むーたんだめー。戻ってきてーSelfish:なに?Sky:むーたんって…
 そういえば思い出した。 初めてセルフィッシュさんやジルがこの『浮海月の侵食洞』に挑んだ時、ジルは精霊ペットに名前をつけていて、それが『むーたん』だった、と。 そう俺は聞かされた。 それをなぜこいつが同じ名前で呼ぶ? いや、今はそんなことを考えている余裕はない。 ムトは崖下から『むーたん』を呼び戻す。 すると崖下からそのまま上に上がるのではなく律儀にも迂回をして坂を道なりに戻ってきた『むーたん』は大量の敵を引き連れてきリンクさせていた。
Selfish:バカ! 呼び戻すな!
 大量の敵に囲まれて戻ってきた『むーたん』は俺たちの所まで戻ってきたところで
「きゅ~…」
 と力尽き散華する。
Muto:むーたーん!
 そして『むーたん』が集めていた敵視ヘイトはその主人へと向けられ、ムトは一瞬にしてHPが尽きる。
Muto:あー、ごめん、みんな
 行き場を失った敵視ヘイトは次の獲物を定めると、セルフィッシュさんそれに対して一斉に襲いかかる。 必死に防御力アップのバフを駆使しつつ堪えるセルフィッシュさん。 ミレニアムさんと精霊フェアリーも必死にセルフィッシュさんを回復させる。 俺はセルフィッシュさんに群がる敵に対して全力で攻撃する。 ――が、その抵抗も長くは続かず、セルフィッシュさんもついに撃沈。 駄目だ、タンクが落ちて、なおこの敵の数。 ――いや、まだなんとかなる。 魔剣士にはいざというときにタンクのように敵視ヘイトを集められる特殊なスキルがある。 このレベル帯には相応しくなく、タンクよりもタンクらしいとさえ言われているスキル。 それを使えば――
Millennium:スカイ、お前は一匹ずつ確実に敵を倒せ
 !? ミレニアムさんは俺の考えを読んでいた? てか一匹ずつ? ミレニアムさんはタンクが落ちたっていうのに、どうこの敵の数を捌くっていうんだ? すると精霊フェアリーが輝き、全体回復魔法を発動させる。 それにより敵視ヘイト精霊フェアリーへと向けられ、群がる敵の攻撃を一身に受ける。 それを必死に精霊自身とミレニアムさんで回復させるが、当然回復よりも減る量の方が多い。 ――これはやっぱり駄目か。 と、俺も敵に対して必死に攻撃しつつそう思った。 ――が、ミレニアムさんが中程度の回復魔法を唱えると今度は敵視がミレニアムさんに向けられる。 敵視がミレニアムさんに向けられている間に精霊フェアリーの体力を回復、今度はミレニアムさんが敵の攻撃に対して必死に耐えている。 そしてミレニアムさんの体力HPが限界になったところで精霊フェアリーが再び全体回復魔法を発動。 敵視ヘイトはまたもや精霊フェアリーに向けられる。 タンクでもないというのに、なんという見事で無理矢理めちゃくちゃ敵視ヘイト掌握術コントロール。 俺はそれに感心しつつも、敵を一匹一匹処理していく。 代わる代わる敵視ヘイトを取り合う精霊フェアリーとミレニアムさん。 そしてあれだけの数の敵に囲まれ、タンクも落ちたというのに、たった二人で――いや、精霊フェアリーも含めれば二人と一匹で――ついには全部の敵を倒しきってしまった。
Sky:やった…。やったよ!Millennium:いつまでお前たちはそこに寝転がっているんだ? このレベルではまだお前たちを生き返らせてやれる魔法がないんだ。さっさと開始地点に戻ってリスタートしてくれ。
 ミレニアムさんがそう促すと「ぼしゅん」という効果音とともにそこから消える二人。
Selfish:あれだけの数を捌ききるとか、もうお前がタンクやれよ…Millennium:馬鹿を言うな。このレベル帯だからできた芸当だ。さすがに上の方のレベルになるとこうはできんSelfish:そうだ! それよりお前! 「むーたん」はなんだっつーの? お前まさかあの事件のこと何かで知ってた?Muto:え? あの事件てなに? むーたんはむーたんなんだけど?Selfish:ジルも初めてここに来た時は精霊使いでお前と同じ失敗をやらかした。そしてお前と同じ事を叫んだんだ「むーたんだめー」ってMuto:え? ジルちゃんも? そうか、やっぱり俺とジルちゃんはそういう所で気が通じ合っているんだなSky:「Muto」だからむーたんなの?Muto:そうだよ、悪いか? ジルちゃんの精霊も「Muto」なの?Selfish:いや、そのまま「Mutan」だった気がする。あいつは最初にもらえる精霊が無属性の精霊だから「無」を拾い上げてそう名前を付けたとか言ってたな
 そんな話をしていると二人はようやく自分たちがゆか噛んだなめた場所まで戻ってくる。
Selfish:まったく、あの時のタンクの気持ちがわかったわ…。くそっ、そんな気持ちになる自分がすごく腹立たしい
 そういえばセルフィッシュさんはあの時組んだのタンクのようにはならないようにって、そう思ってタンクになったとか言ってたんだよな。
Sky:ムトはやっぱりこの前ここに挑んだ時も、今回みたいな失敗をしたからクリアできなかったの?Muto:いや、しなかったし俺が怒られることもなかったよ? 怒られてたのはヒーラーの人だったし、その人も俺と同じで初めてだったみたいだからクリアできなかったんだと思うよMillennium:なるほどな、さすがに回復が疎かだとこんな最初のIDでも苦労をするだろうからな。私が最初に挑んだ時も攻略には難儀したSky:え? ミレニアムさんが? さっきのヒールで敵をコントロールしてたのとかすごかったのに?Millennium:私が最初にこのIDに来た時は名目上ヒーラーではなくDPSで、ヒーラーなしの四人で挑んだのだ。呼び出せる精霊もこいつと同じ無属性の精霊のみで回復のできる精霊ではなかった。精霊使いは初期の段階で回復魔法を覚えるが、その回復だけではさすがにこの初期のIDでも厳しいものがあったということだ
 そうか、精霊使いは初期段階では攻撃職DPSって扱いなんだよな。その後レベルが上がると特化をし、いずれかの役割ロールを選択することとなる。
Selfish:しかし、攻略失敗の原因がこいつじゃなくて他のメンバーにあったとは…。おい! 精霊の操作方法をオートに戻せ。それから絶対に俺が攻撃した敵に攻撃しろよな?Muto:うん、わかったMillennium:それがいい。初期のダンジョンで無理に慣れないことをしようとするから失敗をするのだ。精霊使いが挫折をする最初のポイントだな。この浮海月の侵食洞は
 そして再び攻略を再開する俺たち。 俺もてっきりこいつが原因で攻略ができなかったのだろうと、そう思い込んでいたんだけど…。 その原因になったヒーラーの人はこんな初期段階で挫けてこのゲームを辞めてしまおうなんて思わなければいいのだが……。

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