廃クラさんが通る

おまえ

007 風との語らい

「どごん!」
 二人がぶつかり合う度に空気が弾けビリビリと震える。 実力は伯仲、いや、わずかに笑みを浮かべ余裕の表情の男に対して、歯を食いしばり必死な形相のジル。 ジルの方が押されている? いつも笑顔で楽天的おきらくなジルのこんな表情を俺は今まで見たことがない。
「ばしいっ!」
 男の回し蹴りを威力を殺すため体を浮かせて両腕で受け止めると、ジルの巨体が後ろに吹き飛び、わずかに距離が開く。 お互い一歩や二歩踏み込んだくらいでは届かない距離。 激しく繰り広げられていた攻防は一旦休止状態となる。 相手を見据えたまま肩を上下させ息を整えるジルに対し、仁王立ちで余裕を見せる男。 男が左腕を振り上げる。 素早く身構えたジルだが、男の方へ引き寄せられるかのように大きくよろめく。 何だ? いったい何をしたんだ? 魔法でも使った? いや、そんなことがあるはずがない。 きっと何かを投げたのだろう。 その見えない攻撃に引き寄せられたジル。 一歩踏み込めば十分攻撃の当たる距離だ。 そのジルに対して一撃を加えるのかと思いきや今度は大きく右腕を振り上げる。
「ッッ!!?」
 俺たちは目の前の光景に目を疑い、息を呑んだ。 ジルの体が勢いよく跳ね上がったのだ。 触れてもいないのに。 物理法則も何もあったものではない。 重力って何? ジルの体は決して軽くはない。 それは俺が身をもって体感している。 女の子に対して軽くないっていうのも大変失礼ではあるけど…。 たとえ軽かったにせよ人間の体なんてこうも簡単に軽く跳ね飛ばせるようなものではない。 それも触れさえせずに、だ。
 跳ね上げられたジルの体はまるでなにかに投げられたかのように男を中心に弧を描き、頭を越えたところで逆さまになる。 男は右手に拳を作ると、脇を締め、拳を返し、ゆっくりと落ちてくるジルを見据え、腰を落として身構えた。 そして男は全身の力を込め、落ちてくるジルの顔面めがけてその拳を打ち込んだ。
「ジルーーーーー!!!!!!」
 絶体絶命のジルに俺は絶叫し、長田さんは目を覆い、美麗さんは鋭い目を大きく見開き、ただ呆然とその光景を見つめる。
 ジルの目に光が宿り、ニヤリと笑ったかのように思えた。 そして男の拳がジルに到達したかに見えたその瞬間、男は内側に回転する。 ジルが男の拳を受け止め、拳の返る方向へ自ら回転を加えたのだ。 二人はそのまま半回転し、男は腰から「どすん!」と落ち、ジルは「すたっ」と片膝で着地をする。 片膝をついたジルの膝元にある男の頭を見下ろし、追撃を加えるために拳を固めるジル。 そして狙いを付け拳を振り下ろすと
「まいった! ジルちゃん! ワシの負けや!」
 その声にジルの拳は鼻先で「ぴたり」と止められる。
 ……終わった? ジルの勝ち? 良かった。 柏木を殺し、ジルにまで襲いかかったこの暴漢を撃退することができたんだ。 ん? ちょっと待て。 ジルのことを「ジルちゃん」と呼ぶとか、もしかしてこの二人は知り合いだったりする? いや、この声、つい最近どこかで聞いたような……。
「おとーさん。もうちょっと周りの迷惑考えてよ。みんな怖がってたやん」
 頬を膨らませ、眼下の男に対して怒るジル。
「……え?」
 呆気にとられる俺たち三人。
「この人、ジルのおとーさん!?」
 俺たちは顔を見合わせる。
「はっはっは、ちーっとは緊張感あった方がジルちゃんも本気出せるやろ? それからジルちゃん。パンツはもちっとおとなしいの履こな」
 地面に寝ころがったまま自分の上、ジルの下の方に視線を向け、豪快に笑うジルのおとーさん。 そういえばこの二人が格闘したたかっている間、ジルのスカートが翻る度に面積が小さい少し大人びた黒い下着がちらちらと見えていた。
「どこみてるん!? おとーさん!」
 と、膝をついたままだったジルは素早く立ち上がりおとーさんの頭を蹴り上げる。
「あいた!」
 ピンと体を伸ばし、蹴られた勢いで起き上がり小法師のように一瞬で起き上がるジルのおとーさん。 それを見たジルが腹を抱えて笑い転げる。 ……なんだ、この人は? 怖い人かと思ったら本当はおもしろい人だったりするの?

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