廃クラさんが通る

おまえ

006 鬼神が如く

 一通り各々の思うままに遊び通した俺たち。 長田さんは名残惜しそうにしていたけど、渋々メダルを店に預けて店をあとにすることにした。 そんなにあのメダルゲームが気に入ったのか? 柏木は結局見つからなかったが、いったいどこにいったのやら。 店の人には見かけたら連絡するように言付けは頼んだけど。
 ジルは俺がクレーンゲームで獲ったぬいぐるみを嬉しそうに抱えている。 TFLOのキャラクター『でぶ馬鳥』のぬいぐるみ、ジルが抱えていてもでかく見えるくらいな大きさだ。 こんなものをよく一発で獲れたなと自分のことながら驚嘆びっくりしている。 あのぬいぐるみが抱えられているポジションにはいつもは俺が収まっていたりするんだけど、いい代用品ができて良かった。 ……でも、それはそれでちょっと名残惜しい気もするけど。 さて、あとは帰るだけだ――が、ぬいぐるみを抱えたままジルが駐車場の方へ歩いて行く。
「そっちは駐車場だよ? 車で帰るの?」「……」
 俺の問いかけには答えず無言で歩くジル。
「ジル? まさか免許持ってたりするの? オーストラリアだと高校一年生でも取れるとか? ああ、もしかしてバイク? でも校則でバイクに乗るのは禁止なんだけど…」「え? 埼高ってバイク禁止なんだ?」
 さすが会長と言ったところか? 長田さんは校則をしっかり熟知しているようだ。
「誰か待たせているのではないか? おおかた男とか。私たちの知らないところでそんな交遊をしていたりするのであろう?」「いや、それはないんじゃ……」
 ジルはこの派手な見た目でもそういうことをするようには思えないんだけど……。 いや、俺がジルを知らないだけか。 俺の知っているジルは学校でのジルとTFLOのジルだけでしかない。 俺の知らないそれ以外のジルがいたっておかしくも何ともない。
 ジルが突然笑顔で俺の方を向く。
「これ、ちょっと持ってて」
 と、俺に自分が抱えていた大きなぬいぐるみを差し出す。
「え? いいけど。なんで…」
 俺がそれを受け取り、理由を聞こうとしたところで、俺の頭の上を「ぶおん!」と風を切る音とともに何かが通り過ぎる。
「ばしっ!」
 と、いう音が俺の頭の上で鳴り響くと空気がビリビリと震える。 なんだ? 何が起こった? 俺は恐る恐る受け取ったぬいぐるみの傍らから覗き込むと、蹴り脚を腕で受け止めているジル。 その蹴り脚の主はスーツを着込んだジルにも劣らぬ大男。 金髪のオールバックで彫りの深い顔。 壮年の外国人だ。
「な…、なに…え?」
 突然の出来事に俺は思考停止となる。 ジルは蹴り脚をはねのけると大男に詰め寄りスーツの襟首を掴む。
夢斗ムトをヤった?」
 え? ジル、今なんて言った? 「ヤった」? 「った」ってこと? まさか柏木が殺された? この大男に? 男は無言でニヤリと微笑むとジルは掴んだ男をそのまま「ぶんっ!」と後ろへ投げ飛ばす。
「危ないからちょっと離れてて」
 ジルは俺に向かってにっこりと微笑む。
「え、うん」
 そうだ、ここにいたらやばい。 思考停止していた俺は逃げるということさえ失念していた。 俺は後ずさりをする。 それを確認したジルは男の方を向き、踏み込むとそのまま体ごと肘をたたき込む。
「ごっ!」
 と、岩同士がぶつかり合うような低く鈍い音。 膝をついて立ち上がろうとしていた男は両腕でジルの肘を受け止めガードしたようだ。 俺は少し離れた位置に止められていたワゴンタイプの車の後ろに逃げ込む。 そこには長田さんと美麗さんもいた。
「奥原! 大丈夫だった?」
 心配そうに俺を覗き込む長田さん。
「うん、俺は大丈夫」
 俺が抱えていたぬいぐるみが突然奪い去られる。 奪い去ったのは美麗さん。 それを長田さんに押しつける。
「よかった、お前に何かあったら私はどうしようかと……」
 と、俺の肩を抱き、体を寄せる。 美麗さんの胸が俺の胸に押しつけられる。 う~ん、でも多分この二人は俺を置いていち早く逃げてこの車の後ろに隠れたんだよね?
「だけど、柏木が……」「なに? あいつがどうしたというのだ?」「ジルがあの男に聞いたんだ。「夢斗をヤった?」って。そしたらそいつがにやりと笑って……」「まじで? あの男が柏木を?」「殺したというのか?」
 長田さんもぬいぐるみを抱えたまま俺の腕に自分の腕を絡め、体を寄せる。
 車を挟んだ向こう側では激しい格闘バトルが繰り広げられている。 男が後ろ回し蹴りを繰り出すとジルは上体をわずかに反らし、顎元を掠めたところで身を沈めてしゃがみ込み、脚を伸ばすと男の軸足を払い刈り取る。 男はそのままダウン――するかに思われたが、身を翻し両手を着いて倒れるのを防ぐ。 そのまま腕を軸に体を振り、回転しながらブレイクダンスのように立ち上がると、それによって生じた風圧によりジルの胸が大きく揺れる。 立ち上がった男がジルに向かって渾身の鉄拳を顔面めがけてたたき込む――がジルがわずかに体を翻し、その拳を交わすとそれを掴み体を密着、手首を捻るとそこを軸に大男の体が重力の法則を無視してふわりと宙に舞った。 そのまま男は吸い込まれるように地面に叩きつけられる――かに思われたが、男は空中で反転。 すると不思議なことに掴んでいたのはジルの方なのに、掴んだ手首を中心にジルが回転する。
「どっ!」
 と尻から落ちるジル。
「ッ!!」
 掴んでいた手を離すと素早く立ち上がり、男と距離をとる。 目の前で繰り広げられる異次元の格闘バトルに、俺たちは口をぽかんと空けたまま驚いて声さえ出せない。 こんなのテレビでやってるようなプロの格闘家の試合でも見たことがない。 何者なんだ? あの男は? いや、それよりも最近はすっかり慣れてしまって麻痺していたが、ジルだって十分常識外れだ。 ジルっていったい何者なんだ?

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