廃クラさんが通る

おまえ

003 白い精霊

 …………? さっきから俺の後ろをちょろちょろと動き回る影が気になる。 いや、ちょろちょろと言うにはでかすぎるし、影と言うには白すぎる。 俺の後ろをついてくるのは体の大きなガルド族。 しかも禿げていて体全体が白い。 これはTFLOの中で所謂『精霊さん』と呼ばれている存在の姿だ。 こういうのはお祭りとかそういうときに有志のプレイヤーがこの格好で盛り上げたりするものなんだけど、この前の騒動はもう終わったのになんで俺についてくる? もしかしてそんなこと関係なく俺のことを慕ってくれるファン? ……いや、それはあり得ない。 名前は『Muto』? 何だよ? 『Muto』って? 怪獣の名前? ……いや、この名前、まさか?
Sky:お前柏木か?
 目の前の白い巨体が何度かジャンプをする。 肯定の意思を示しているって事なのか? 柏木のフルネームは『柏木かしわぎ夢斗むと』 こいつもジルと同じく本名をキャラ名にしているのかよ……。
Sky:チャットは? やり方がもしかしてわからない? スペースキーを押せばチャットできるぞ? スペースキーはキーボードの下の方にある長いボタンな
 しばらく動きが止まる白い巨体。 文字を打ち込んでいるのか?
Muto:やつとしやべれた。ずつとしやべれなかつたらどうしようかとおもつていたところだぜ
 ……? 何かおかしい。 どこかおかしい。 全部ひらがなってのもそうだが、この違和感。
Sky:お前チャットがおかしいぞ? なんだよ「しやべれた」って「しゃべれた」って言いたかったの? あと漢字に変換もしような?
 そう、拗音を使っていない。 つまりひらがなの小さな「っ」や「ゃ」が全部大きな「つ」や「や」になっているためだ。
Muto:そうだよ。ちいさいもじがつかえないからかんじにもできないんだよ。どうやつたらちいさいもじをつかえるんだよSky:え? 普通に使えない? 「しゃべれた」なら「syabereta」って打てば普通にMuto:えいごじやなくてにほんごだつての。ひらがなだつての
 ……? 俺だって日本語だって。 こいつの言っていることの意味がわからな――いや、まさか……。
Sky:お前まさか「かな入力」にしている? キーボードに書かれているひらがなをそのまま押している?Muto:あたりまえだろ。そうじやなかつたらおまえはいつたいどうやつてにほんごをかいているんだSky:いや、普通にローマ字入力でMuto:なんだよろーまじつて? ふらんすか? がいこくのもじか? おれはにほんごがかきたいんだよSky:いや、ローマはフランスじゃないって……。柏木、お前まさかローマ字を知らないの? 小学校の時とかに習わなかった? てかお前のその名前の『Muto』って夢斗をローマ字で書いたものだろうがMuto:え? これがろーまじなの? これえいごじやん。あめりかのもじじやん
 間違ってはいないけど英語がアメリカの文字ってのも微妙にずれている気がする。
Sky:だからそれがローマ字って言って、その名前のように日本語をアルファベットで打てばこうやって日本語でチャットできるんだよMuto:しらねえつての。にほんごをえいごでかくことなんてねえし、そんなのじぶんのなまえをえいごでかくくらいのときしかつかわねえつてのSky:……てことはお前、ローマ字が使えない? かな入力しかできない?Muto:そうだよ! だからはやくちいさいもじのかきかたをおしえやがれ!
 ローマ字を知らないって…、こいつは本当にどうやって俺と同じ高校に入学をしてきたんだ?
Sky:すまん、俺もかな入力のことはよく知らないんだ。てかお前、学校のパソコンでいろいろ検索してたよな? そのときだって小さい「っ」や「ゃ」を含む文字を検索することがあっただろう? その時はいったいどうしてたんだ?Muto:おおきいもじでもけんさくできたんだよ。だからちいさいもじがつかえなくてももんだいなかつた。
 ……なるほど、確かに多少の誤字ならやほーはその正しい文字を予測して検索し直してくれる。 検索エンジンが賢いというのも少し考えものなのかもしれない。
Sky:ところでお前、なんでガルド族選んだの? しかもその格好、精霊さんじゃんMuto:これ? このげーむのことけんさくしたら、せいれいさんがこのげーむをだいひようするきやらだって、そうかかれてたからSky:いや、たぶんその検索して引っかかったサイト、ちょっと間違ってるから…
 たしかにTFLOは精霊と共存する世界を冒険する物語だけど。 この目の前にいるガルド族の所謂『精霊さん』は普段目の前に現れることのない『精霊』という存在をプレイヤーが勝手に想像して具現化させた姿だ。 いや、そもそもは『禿げガル祭り』といって問題を犯したプレイヤーを懲らしめるためにこの格好をしたプレイヤーが集結したのが始まりだった。 それがいつしか平和的なものとなり、『精霊さん』と呼ばれるようになり微笑ましい存在になったんだ。

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