廃クラさんが通る

おまえ

042 限界突破(リミットブレイク)

 昼食を早々と食べ終えた俺は鞄からある物を取り出す。
「奥原、そんなん持ってきたの?」
 俺の出した『そんなん』を見て驚く長田さん。
「ほう、MUSHか。お前もTFLOをやるためか?」「うん、そのつもりで持ってきたんだよ」
 俺に続き弁当を食べ終えた美麗さんも鞄から携帯ゲーム機を取り出す。
「VOTA? まさかあんたそれ、TFLOやるために?」「そうだ、家にあるCS4にリモートアクセスでプレイ出来る」「家だけでなくVOTAそんなん使ってまで外でプレイかよ…」
 美麗さんの廃プレイぶりにあきれる長田さん。
「ここは学校の中でも電波状態が良く、TFLOゲームをするには最適な場所だからな」「そういう理由でここ選んだんだ?」
 俺はMUSHに電源を入れる。
「そうだな、逆に言えばここ以外では回線が遅くてまともにプレイはできない」
 なるほど、だから美麗さんがここ以外の生徒会室とかでプレイしているのは見たことがなかったんだな。 長田さんも弁当を食べ終わり、スマホを取り出し操作する。 俺はTFLOを起動させゲーム内にログイン。
「あんた、自分じゃ木綿糸買ってないのに製品は作りまくっているってのはいったいどういうことなんよ?」
 長田さんがスマホを操作しつつ美麗さんに疑問を投げかける。
「さて…、どういうことだろうな?」
 手元の携帯ゲーム機VOTAを操作しつつ長田さんに答える美麗さん。 お互い視線を合わせることはない。
「あの偽者じゃないとしても、別アカウントで別キャラをギルドに潜り込ませてるんじゃねーの? そうやってCS4も使えるならそういうこともできるだろうし」「そうか、その発想はなかった。言われてみればそういうこともやろうと思えばできるのだな」「てことは違うってこと?」
 俺も美麗さんに聞く。
「ああ、私はひとつしかアカウントは持っていない。CS4も外出中にリモートアクセスしてTFLOをプレイするくらいにしか使わない」
 せっかくのCS4なのに他のゲームはやらないのか…。
「でもおかしくね? いったいあんたはどこでどうやって糸を仕入れてんだよ? まさか他に入手方法があるとか?」「さて…な? 私がおまえに手の内を晒すとでも思うのか?」「何か人に言えないやばいことでもしてんじゃねーの? バグを使って増やしているとか?」「そんなことはしていない。私はまっとうな方法で木綿糸を入手し、使用しているだけだ」
 まっとうな方法って、今、木綿糸の入手方法はギルドで販売している物を買うこと以外にはないはずだ。 それを美麗さんは買っているってこと? そうじゃないとするならば他の入手方法があるって事なのか? まだ誰にも知られていないような。
 俺はマーケットボードの前に立つ。 さて、まだまだ使い切れないくらいにgolおかねはあるんだ。 何から買ってやろうかな…。
「ははは…、奥原、いや、スカイがやばいことになってんよ」
 スマホを見ていた長田さんが突然笑いだす。
「え? 俺が?」
 俺は長田さんのスマホを覗き込む。
─────────────────────────────21 無属性冒険者 20XX/09/2X(水) 7:43:32.23木綿糸の値段がやべーw在庫なしで最終履歴が50万?─────────────────────────────22 無属性冒険者 20XX/09/2X(水) 8:35:12.65まじで? 誰だよそんな高値で買ってる奴は? ─────────────────────────────23 無属性冒険者 20XX/09/2X(水) 8:55:34.36Skyってやつ履歴が全部こいつの名前で埋まってるんだけど─────────────────────────────24 無属性冒険者 20XX/09/2X(水) 9:22:41.56そんな高値で買っていったい何に使うんだ?装備作ってもそんなに高値で売れないだろ?─────────────────────────────25 無属性冒険者 20XX/09/2X(水) 9:38:11.76わからん、てか木綿糸ってどこで手に入るんだっけ?そんなに高値で取引されるほど品薄なの?─────────────────────────────26 無属性冒険者 20XX/09/2X(水) 9:51:32.82裁縫ギルドで売っている。ゲーム内時間で一日に6本だけ。それだけしか売られていないから最近は人が集まりまくってすごいことになってる─────────────────────────────27 無属性冒険者 20XX/09/2X(水) 9:56:51.91まじでw 俺が買いにいっても買えるかな?もし買えたら俺の糸も買ってくれw Sky様w─────────────────────────────
「……俺の名前が晒されている?」「あーあ、ついにスカイも晒されちゃったかー」
 スマホを見せながら喉の奥で「くっくっく」と笑いを堪えている長田さん。
「ほう、ついにお前もそのステージに立つこととなったか。どうだ? そこに立った気分は?」
 美麗さんも目を細めて俺の顔を伺う。
「え? いや、なんだろう? 恥ずかしい? 決していい気分じゃないっていうか、こそばゆいっていうか…」「そうか、私たちとは違って悪意のあるものではないからな。だが、こんな掲示板に晒されるなぞ、良しにつけ悪しにつけ、碌なことでは決してありはしない。お前はそこにさらに歩を進める覚悟はあるか? 今ならまだ踏みとどまることもできるのだぞ?」
 その言葉の意味するところって言うのはつまり…
「まだ木綿糸を買い続けろってこと?」「さてな、どうするのかはお前次第だ。…お? 丁度木綿糸が一束ほど出品されているようだ」
 美麗さんが手元のVOTAを見ながら俺に語りかける。
「え? 買えってこと」「さて、どうする?」
 俺はマーケットボードの木綿糸を見てみると…
「一本100万gol!?」
 それが一束いちダース分、つまり1200万だ。
「奥原! いっちゃえ!」
 横から長田さんがせっつく。
「う~ん……」
 たかが木綿糸だよ? それを一本1Mひゃくまんって…。 俺が持ってても対して役に立つ事なんてない。 そんな木綿糸だよ? でも、両脇の二人の期待の眼差しが俺の手を動かす。 俺は震える手で購入のボタンを押下クリックすると
「ちゃりーん」
 という効果音とともにgolが消費され、木綿糸は俺の手元に入る。
「買ったよ」「そうか、お前は進むことを選んだか。だとしたら行き着くところまで行ってやれ。もう誰も到達のできない、たどり着けはしない限界のさらにその先にまで」
 いや、この時点でもう誰もたどり着けはしない、誰もこの値段で買おうなんて思わないと思うけど…。 でも俺もふっきれた。 いくらだろうと買ってやる。 木綿糸が出品される限りこのおかねが尽きるまで。

コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品