廃クラさんが通る

おまえ

035 創の抱擁

「♪~~」
 満面の笑顔で大きな口をあけ、デラックスバーガーにかぶり付く長田さん。 その対面に座る俺は、セットメニューでついてきたポテトを一本ずつ、栗鼠が食べるかの如く一口一口細かく咀嚼し食べていく。
「奥原もなんか頼めば良かったのに」
 笑顔で俺に尋ねる長田さん。 口元にソースがついている。
「いいよ、俺はこのポテトだけで。てか長田さんがそんな高いの頼むから。この後買い物もしないといけないってのに余計な出費はできないよ」
 長田さんは俺のその一言に食いつき、身を乗り出してくる。
「買い物って何買うの? えっちな本とかっしょ?」「そんなの買わないって! 夕飯の材料とかだよ」「ふ~ん、そうなんだ。あたしもついて行っていい?」
 そう俺に聞くと、指に付いたソースをなめる長田さん。 口についたソースを指で拭い、さらにそれをなめる。
「え? 買い物なんてつまらないよ? 長田さんに買ってあげられる物もないし…」「え~? なに? あたしが一緒に行ったらなんかまずいことでもあるん? …あ~! やっぱりそうなんだ! Hな本を買いにいこうとしてたんだ! あたしを連れて行かないとみんなにHな本買いに行ったんだって言いふらすから!」「ちょっと! 長田さん! なんでそうなるの…」
 なんという理不尽な要求。
「大丈夫、一緒に行くだけだから。何か買って貰おうなんて思ってないから」「わかったよ。本当に余計なものはなにも買わないし、邪魔しないでよね?」「ありがとー奥原! はい、お礼にこれちょっとだけ飲んでいいよ」
 と、笑顔で俺に飲みかけのコーラを差し出す。
「……」
 俺はそれを無言で受け取り、ストローを思いっきり「ずぞぞぞっ!」と吸い上げる。
「あー! ちょっとだけって言ったのに!」
 文句を言われる筋合いはない。 もともと俺の金で買った物だ。 なんで今日はこんなに長田さんは俺に絡んでくるんだ? いや、別に俺だって嫌ってわけではないけど…。
 メックを出ると、もうすっかり日は落ちていた。 駅前はこれから電車に乗る人、電車から降りて帰路につく人、そのどちらかはわからないがたむろしている人たち等が大勢いる。 俺たちは駅前のスーパーまで歩いて行く。 その道中、先ほど同様、長田さんは俺に腕を絡めてきた。
「買い物するって、奥原が夕飯とかも作ってるんだっけ?」「うん、俺が毎日作ってるよ? 夕飯だけじゃなくて朝食も、あと弁当も」「あ~! あれそうだったんだ! あれも奥原作ってたの?」「うん、そうだよ」
 俺はいつもは柏木と二人で弁当を食べている。 たまに長田さんもそれに加わったりもするが、基本、教室内で俺と長田さんが絡むことはあまりない。 一学期中、俺と長田さんが話をするのは、集会などで並んだ際に出席番号順で俺と長田さんが前後になった時くらいなものだった。 長田さんは一学期それまでの通り、昼食は女子仲間と一緒に食べている。 いや、一学期と違うところがある。 そこにジルが加わったということだ。 まあジルは、俺たちの所に来たり他の所に行ったり、結構自由にしているところもある。 が、長田さんグループで昼食を食べていることが一番多いかもしれない。 美麗さんは一人で弁当を食べていることが多い。 二学期になってから気がついたのだが、昼休み中どこに行っているのか、姿が見えないこともたまにある。 二学期になって、TFLOでの俺たちの関係が明らかになり、生徒会の役員となってからもそれは変わらなかった。 現実世界リアルでは極力TFLOの話をしない――いや、公衆の面前、俺たちに関わりのない、非TFLOプレイヤーいっぱんじんの前でTFLOの話をしないといった方が正しいか。 俺たちがTFLOの話をするのは生徒会室の中でくらいだ。 生徒会室の中ではむしろTFLOの話しかしない。 日中、話したくてうずうずしていた鬱憤をこれでもかというくらいに思い切り吐き出す。 生徒会という存在――厳密に言えば生徒会室という空間は、TFLOを共有する俺たちにとって最高の捌け口となっている。 ……今はまだTFLOには無関係の柏木には大変申し訳がないが。
「何人分作ってるの? 毎日大変じゃない?」「二人分だよ? そんなに大変でもないよ。もう慣れたし」「ふ~ん。そうなんだ…」
 そう言うとしばらく黙り込む長田さん。 俺に絡めていた腕に少し力が加わった気がする。 スーパーに着くまで長田さんは黙り込んで俺の腕にしがみついていた。
 スーパーに着いた俺たち。 夕飯時で客の出入りも多い。 俺はカートを手に取るとそれを押して歩く。
「なんかいいよね? こういうの」
 黙りこくっていた長田さんが俺に笑顔を向ける。
「え? いいって何が?」
 俺にとって買い物なんていつものことだから、特に何がいいとか思える要素が何一つない。
「一緒に買い物するってことが。あたしたち、周りからどういう風に見られてるかな? 新婚さんとか?」「新婚さんって、それ以前に…いや、それよりも、俺たち制服着てるんだから、そんな風には見られることなんて絶対にないって」
 俺は思わず言葉を引っ込めた。 口に出していいものかもわからない、それを口に出してしまったら今までの俺たちの関係が変わってもしれない一言を。
「あはははは! そうだよね? せめて彼氏と彼女カレカノくらい?」
 屈託なく無邪気な笑顔で笑う長田さん。 …俺が口に出そうとして引っ込めたものをこうもあっさりと…。「カレカノ」ってそういう意味だよね? 多分。 お総菜のコーナーにさしかかった俺たち。 俺はあるものを見つけた。
「コロッケとか天ぷらとか揚げ物があるけど、これを買うの?」「いや、違うよ。これ」
 と、おれはコーナーの隅にある小麦色の粒が詰まったプラスチックのパックを手に取る。
「揚げ玉? これ買って食べるの?」「このままじゃ食べないよ。 キャベツとか使い切れずに残ってる野菜が冷蔵庫にあるから、今日はそれを使ってお好み焼きにでもしようかと思って」「ふ~ん、そうなんだ。……あ~、焼き鳥おいしそう」
 長田さんが物欲しげに山になって積まれた焼き鳥を見つめる。
「うん、おいしそうだね。買わないけど」
 俺はなおもそれを見つめる長田さんを置いて歩き出す。
「ちょっと? 待ってよ! 奥原!」
 買わないっての。 さっきそう言ったじゃないか。
 買い物を終え、レジで会計を済ませ、買った品物をリュックに詰める。
「部活とかもやってないのに、鞄のほかになんでそんな大きいリュック背負ってたのかと思ったら、買った物入れるためだったんだ」「入れ方にもコツがあるんだよ? 柔らかいものとか硬いものとかいろいろあるから。卵とか下に入れたら当然押しつぶされちゃうし、上すぎても不安定だからパックがひっくり返ったりすることがある。だからこうやってうまくほかのもので挟んだりして…」
 と、俺は実践して長田さんに見せる。
「へー、そうなんだ。すごいね、奥原。すっかり主夫だね」
 それを見つめる長田さんが感心する。
「しゅふ? いや、俺まだ学生だから。高校生だから」
 そんなものであってはたまらない。 いや、『そんなもの』って言ったら駄目だ。 世の中には立派な主夫さんもいる。 が、俺はまだ高校生だ。 将来何をするのかもまだ決めてはいないが、当然、主夫以外の選択肢もまだまだたくさんあるということだ。 今はまだそのしゅふを選択してしまう段階ではない。 俺には無限の未来が広がっているのだ。
 スーパーを出ると長田さんは笑顔でまた俺に腕を絡めてくる。 俺たちはそのまま無言で歩き出す。 人々の行き交う雑踏や話し声。 車のエンジン音やクラクション。 付近の店からは楽しげなBGMが漏れ聞こえてくる。 その中を俺たちはしばらくの間無言で歩き続ける。 …何か俺から話題を振った方がいいのかな…?
「俺、お姉ちゃんと二人暮らしで、食事作ったり、洗濯したり、家事とか全部俺がやってるんだよ」
 長田さんの方を向かずに前を見て俺は話す。 …口に出した後、自分でもちょっとびっくりした。 自然に俺の口から出てきた気がする。 このことは、俺、誰にも話したことないんだけど。
「……」
 それを長田さんは俺にしがみついたまま黙って聞いている。
「ほんと、駄目なお姉ちゃんで、俺が叱りつけては泣いたりして、それを俺が抱きしめて頭を撫でて慰めたりしてあげたりするんだけど、さっき長田さんに同じようなことをしたことが慣れていることだと思われたなら、きっと俺がお姉ちゃんにそういうことをしてあげてたからだと思う」
 言ってしまったこと、聞かれてしまったことはもう取り消せない。 だから俺はとりあえず先ほどのことを弁解しておきたかった。
「……」
 なおも無言の長田さん。
「だから、お姉ちゃん以外には長田さんにだけだから。あんなことをお姉ちゃんにしたってカウントに入らな…」
 長田さんが突然絡めていた腕を離し「ばっ」と俺の正面に出て、そのまま抱きついてくる。
「え? ちょっと? 長田さん?」
 ここ、駅前だよ? さっき抱きつかれた場所とは比べものにならないくらいの人が見ているよ? 俺たちの周りにいる人という人、いや、そこに存在するものすべて、360度全方向から、俺に向かって鋭利なものが飛びかかってきて、体の中を貫いていくような気がした。
「…今日はありがとう…」
 長田さんが俺の耳元で囁く。 そして離れ際、俺の頬に柔らかく、暖かいものが一瞬触れる感触があった。
「えへへへへ…。それじゃ、またね!」
 俺を見て恥ずかしそうな顔を覗かせた長田さんは、にかっと歯を見せ、俺に手を振り後ろを向くと駆け足で駅の中へ消えていく。 俺はふんわりとした感触の残る頬を押さえたまま、放心状態で立ち尽くし、長田さんが消えていった先を見つめる。 これって…、そういうことだよね? …そう思っていいんだよね? きっと俺は周りから見たら、気持ち悪いほど顔が崩れているだろう。 でも、周りからの突き刺さるような視線はもう気にならない。 それくらい俺は幸せな気分に浸かりきっていたからだ。

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