廃クラさんが通る

おまえ

034 虚飾の吐露

「おーつ」「それじゃまた明日」
 駐輪場で俺と長田さんは美麗さんに別れを告げる。
「ああ、またな」
 美麗さんも俺たちに別れを告げると駐輪場の奥へ消えていく。 そのまま俺たちは駐輪場の脇を通り過ぎる。 九月も残り少なくなり、日の落ちるのも早くなってきた気がする。 この時期は夕方になればほのかに涼しささえ感じられる。 生徒会に入る前は帰宅部なこともあり、とくに何かの活動しているわけでもなく、日のあるうちに帰路につくことがほとんどだったので、こんな些細な変化にもあまり気がつくこともなかった。
「長田さんもまたね」
 裏門で俺は長田さんに別れを告げる。 俺の帰路は左方向に埼谷駅へ、長田さんは右方向へ北埼谷駅だ。
「ねえ、奥原? 一緒に帰ってもいいかな?」
 突然長田さんに声をかけられる。
「え? いいけど、長田さん北埼谷駅じゃなかったっけ?」「たった一駅違うだけだし、話したいことがあるから」
 と、笑顔で俺に腕を絡めてくる。
「!?」
 突然のことに俺は絶句する。 柔らかい感触が俺の腕を包み込む。 え? ちょっと? どうしちゃったの長田さん? 一緒に帰るっていうのもこれまでなかったことだし…。 帰路につく他の生徒たちの目が俺たちに突き刺さるのがわかる。 それを意識すると柔らかい感触の中でさらに俺は堅くなる。 そんな俺には気を留めず、歩を進める長田さん。 俺もそれに引きずられるように歩き出す。 俺に絡めた腕とは逆の手に持つ鞄に付けられた銀色の小物シルバーアクセサリが楽しげにジャラジャラと音を立てる。
「最近涼しくなってきたよね?」
 笑顔の長田さん。
「え? うん、そうだね」
 それに対して困惑する俺。
「……」
 この状況に俺は思考停止し、何を話していいのかもわからない。
「そろそろ衣替えだね。奥原は新しい服、もう用意した?」「あ、そういえばそうだね。俺も用意しなきゃ」
 適当に相づちを打つが、俺も何か話題を振った方がいいのかな?
「…………」
 何を話せばいいんだ? なおも困惑している俺の腕を笑顔で引っ張って歩く長田さん。 話すとしたら普通にいつもしているTFLOゲームの話題? 生徒会の話? いや、まてまてまて、長田さんが話したいことがあるって言っていたんじゃないか。 まずはそれを聞いてあげないと…。 夕日の反射する川の水面を横目に橋を渡る。 川に沿って風が通り抜けると長田さんの髪が揺れる。 その髪は夕日に照らされキラキラと輝いていた。 橋を渡り少し落ち着いたところで
「どうしたの長田さん? 話したい事ってなに?」
 俺は長田さんに聞いてみる。
「……あいつ、あんな嫌がらせをされてもずっと無視を続けていたのに、やっと自分から動き出した…」
 正面を向いたまま、長田さんが語り出す。 先ほど俺に見せた笑顔ではない、真剣な顔つきだ。
「うん、自分の偽者はいなくなったけど、今度はセルフィッシュさんの偽者がせかちゃんにでてきて許せなかったんでしょ?」「自分がされてたことには頑なに無視を続けてたのに、あたしが標的にされたからなのか今度は積極的に介入しようとしている」「そういえばそうだね。やり方はともかく」「あたしもあれはどうかと思うけど、あいつがあたしのために動いてくれたってことが、そのことが嬉しかった」
 長田さんの表情が少し和らぐ。
「あたしのことなんて気にも留めていなかったあいつが、あたしのために行動を起こしてくれるまでになった。他人なんて気にしない、NPCと同じとまで言っていたのに」
 初めて会った時、美麗ミレニアムさんは長田セルフィッシュさんでさえNPC扱いしていた。
「やっぱりこんな事があったからなんじゃないかな? 何かされたとしてもそれがNPCだと思えば少しは気が楽になるのかもしれないし」「うん、あいつは昔にもこういうことがあったんだと思う。それがあったから他人に対してああいう態度になったとしたのなら…」
 突然長田さんが絡めていた腕を引くと背中に手を回し、俺を正面から抱きしめる。
「え? ちょっと? 長田さん?」
 俺の胸に長田さんの胸が押しつけられる。 ジルほど豊満ではないが十分な質量ボリュームのあるその感触に俺はドキッとする。
「…怖かった…。あの書き込みを見た時、あたしに敵意を向けられてるってのがわかって…。こんな事、初めてだった…。あたしがそんな攻撃される対象になるっていうことがものすごく怖かった…」
 俺の耳元で吐露する長田さんから、高まる鼓動と細かな震動が伝わってくる。 それを俺は優しく抱きかえす。
「あいつもそうだと思う。あんなことされたら怖いに決まってる。そんなことが前にあったとしたら、その時あいつに寄り添ってやれる誰かがその時にいたのか…。もしいなかったとしたらあいつはそれを一人で耐えていたってことなのかな…?」
 俺は抱きしめている腕に少し力を込める。 現実世界のことはよく知らないけど、TFLO内で美麗ミレニアムさんは一人だった。 ミレニアムさんの仲間が、ギルドメンバーがいつまで一緒だったのかはわからないが、その時のメンバーが誰かミレニアムさんのそばにいてあげられたのだろうか?
「あたしはそんなの耐えられない。こんなこと、一人でとても耐えられそうにない。だから、一緒にいてくれる? 奥原?」
 俺の耳元で囁く長田さんの腕に少し力がこもる。 あの時見せた長田さんの鬼気迫る表情は、きっと強がって見せたんだな。 腹が立ったってのは事実だろう。 でも、嬉しいなんて事はきっとない。 あったとしてもそれに占める割合はわずかなものだろう。
「大丈夫、俺がついてるから」
 そして抱きしめたまま震える長田さんの頭を優しく撫でる。 TFLOゲームの中ではタンクでみんなを護ってくれる役割ロールだけど、実際リアル長田セルフィッシュさんはこんなにもか弱い存在おんなのこだったんだな。 そのまま無言で撫で続けていると長田さんの震えが徐々に収まっていく。 すると、突然長田さんの体が「ばっ」と俺から離れる。
「あははははは! びっくりした? 騙された?」
 突然笑い出し、俺の顔を覗き込む長田さん。
「あたしがたとえ思っていたとしても、あんなことあんたに言うわけないじゃん?」
 笑いながら目を拭う長田さん。 涙が出るほど笑えたって事なのか?
「え~? じゃあ今のって演技だったの?」
 嘘なの? お芝居なの? 俺は全身から力が抜ける。
「あたしの方がびっくりしたわ。「大丈夫、俺がついてるから」ってあんた、そういうキャラ違うっしょ?」
 俺の口まねをし、腹を抱えケタケタと笑う。
「ひどいよ、長田さん。俺は真剣に話を聞いてたのに」「でもちょっと『キュン』ときた。悔しい。奥原なんかにこんな気持ちにさせられてちょー悔しい。だから奥原、なんか奢って?」
 長田さんは手を差し出すと、俺の顔を覗き込む。
「え?」
 言っている意味がわからない。
「なんで俺が奢らなきゃいけないの? 騙されたのは俺なんだよ?」「なんかあんた、抱きしめて頭撫でるの慣れてる気がした。あたし以外にもこんなことしたことあるんっしょ?」
 俺を覗き込む顔がちょっと怖い。
「そんなことあるわけ……」
 と、そこで俺は思い出す。 ……ある。 何度もしたことがある。 『お姉ちゃん』相手に…。 固まったまま動かない俺に
「あー! やっぱりあるんだ! 悔しい! 奥原のくせに! 絶対奢って貰う! メックで一番いいのを頼む!」
 と、一気にたたみかける長田さん。 それに対して反論できない俺は長田さんの要求を不本意ながらみすみすと受諾するのむ。 こんな横暴が許されていいものか? どこぞのガキ大将でもこんな理不尽なことはしないだろう。

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