廃クラさんが通る

おまえ

013 見えざる悪意

Selfish:あれはあいつじゃなかったんだな?
 俺たちは家に帰ってそれぞれTFLOにログインした。
Sky:美麗さんは違うって言ってたんだけど、名前は確かにMillenniumだったような気がしたよ。
 先ほどのことを整理するとミレニアムさんによく似たキャラがベナリスの裁縫ギルドで木綿糸に群がる群衆PCに紛れていた。 だが、それはミレニアムさん本人ではなく、アカウントが乗っ取られたとかそういうことでもなかったらしい。 俺が声を上げたときに長田さんも画面を見に来たのだが、そのときにはすでにそのキャラクターは消えていた。 丁度そのタイミングでギルドが開いて争奪戦が終わったからだろう。 ちなみに俺は画面のそのキャラに驚いて争奪戦に参加は出来なかった。 その出来事に驚いた美麗さんは生徒会室を立ち去り、そのまま帰宅してしまったのだった。
Jill:うちもあれはミリーやと思ったんやけど、装備は初期装備だったんだよねSelfish:なるほど、なら別人だろう。名前もあいつによく似た名前を付けて誤認させたんだろうと思う。おそらく新しくキャラを作ってベナリスに潜ませたんだろう。Sky:なんでそんなことを?Selfish:ギルドが開く時間だけそのキャラでログインして木綿糸を買うためだろうなSky:わざわざそんなことまでするとか、たかが木綿糸を買うだけのことにそこまでする?Selfish:あの値段だ。そこまでする輩がいてもおかしくはない
 木綿糸はすでに10万GOLゴルを突破、その勢いは未だ衰えない。
Jill:あの掲示板で話題になってたのも、もしかしたらそのキャラやったのかもね
 この前見た掲示板『せかちゃん』でミレニアムさんの名前が晒されていたことがあった。
Selfish:そうなのかもな。実際、あいつがベナリスによくいることは事実だ。それを知った誰か他のPCが、あいつによく似た名前を付けてなりすました。と、そう考えるのが無難なのかなSky:でもそれってなんの意味があるの?Selfish:あんなに高値で売れる木綿糸の転売ってだけでヘイトを集めるには十分だ。あいつはそのターゲットにされたんだろう。Sky:そんな……Selfish:製作品と違ってNPCから買った物には銘はつかない。だからマケで誰が木綿糸を売ったかなんて知るよしはないんだが、あの場所で誰がそれを買ったのかを見せつけるためにあの名前のキャラを作ったんだろうなJill:陰湿なやつがおるもんやねえSelfish:あいつは俺と二人でマーケットの上位品を占めている有名人だ。それを快く思わないやつがあいつに何か一泡吹かせてやろうと、そんなことを考える輩がいても不思議じゃないSky:快く思わないって…Selfish:俺じゃねーからな!Sky:いや、そんなつもりで言ったんじゃないし、それはわかってるから
 まさかこんなことに美麗さんが巻き込まれるとは。 俺たちが何かしてあげられることは何かないのかな……。
Sky:とりあえずGMに連絡した方がいいのかな?Selfish:GMが動く案件なのかは微妙なところだな。明確に悪意があれば取り締まりの対象になるだろうが、今はただあいつに似た名前で木綿糸を買っているというだけでしかない
 うーん……、どうすればいいんだ? きっと美麗ミレニアムさんはこの件に関して快くは思ってはいないはずだ。 俺が美麗ミレニアムさんにしてあげられることは何かないんだろうか?
Sky:この前からちょっと思っていたことがあるんだけどSelfish:なんだ? 言ってみろSky:ミレニアムさんのこと、このギルドに入れてあげたらどうかな?Selfish:は?Jill:おおー! いいね! それ! 入れようよ! ミリー入れてあげようよSelfish:駄目だ、却下だSky:なんで? セルフィッシュさんがミレニアムさんのこと嫌いだから?Jill:えー、ミリー、ヒーラーだし絶対にこのギルドの役に立つよGuild Message:Cathedraがログインしました。Selfish:嫌いだからだとか、役に立つとか立たないとか、そんな問題じゃない。まずあいつはそれを望んでいるのか? 重要なのはそこだろう。ヒーラーだってカテドラがいるじゃないかCathedra:みなさんこんばんは。私のことを話していたようですが、何かあったのでしょうか?
 ……またやってしまった。 今度はセルフィッシュさんが。 今日はパーティを組んでチャットをすることをすっかり忘れてしまっていた。
Jill:おはよー、キャシーSelfish:いや、カテドラ、なんでもない。この件に関してお前には何の関係もないんだ。名前を出して済まなかったSky:おはよう、カテドラさん。じつはギルドに新しいメンバーを加えようって話をしていたんだよSelfish:スカイ、お前な……
 俺は正直にカテドラさんに話す。 嘘で取り繕うような問題でもないし別に隠すようなことでもない。
Cathedra:私は大歓迎ですよ? それはどなたなんですか?Sky:Millenniumさんって人なんだけど、カテドラさんと同じヒーラーなんだよCathedra:え? それって旧時代から続けている有名なクラフターの方じゃないですか? その人をこのギルドに迎えるんですか?Jill:うん、キャシー、ミリーのこと知ってるんだ?Sky:そういえばカテドラさんって旧時代からやってたんだっけ?Cathedra:はい、私が旧時代にやっていた時から有名な方でした。ジルがその呼び名で呼ぶということは、みなさんはもうだいぶその方とは親しいのですねSky:うん、一緒にIDにも行ったことあるし、もう何度も会ったりしてるんだよ
 リアルで――とは絶対に言えない。
Selfish:あれは俺たち三人でランダムで行った時に偶然マッチングしただけだがなCathedra:そうなんですか。でも意外でしたね。セルフィッシュさんの商売敵ではないですか。それがまさかギルドメンバーに招待するまで親密な関係になっているなんてJill:うん、すごい仲良しだよ! 毎日会ってるもん
 ジル! そんなこと言ったら……。 リアルでってことに感づかれなければいいけど……。
Cathedra:そこまでの関係になっているとは。わたしも是非ミレニアムさんにお会いしてみたいのですがよろしいでしょうか?
 よかった。 バレなかった……のかな?
Selfish:まあ、会うくらいなら問題はないかな。あいつは今ハウジングエリアか。家の中に籠もっているようだな
 家に籠もってるってことは、やっぱりあの件でベナリスには居づらくなったからなのかな?
Jill:みんなで会いに行こう。ミリーの家も見てみたいしSky:うん、それじゃ行こうか
 俺たちはセルフィッシュさんに誘われパーティを組む。 そしてギルドメンバー全員でミレニアムさんがいるであろうハウジングエリアに向かうのだった。

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