廃クラさんが通る

おまえ

007 毬(いが)の除去

「…げほっ! ぐぇーっほ!」
 舞い上がった埃が口内を通り俺の気管支に入ると、ざらついた粒子がへばり付き俺は豪快に咳きこんだ。
「おい、大丈夫か?」「スカイ大丈夫?」
 臙脂えんじ色のジャージ姿で三角巾にマスクをした美麗さんとギャル制服ファッションのジルが俺を心配して覗き込む。 ちなみに俺も体操着にジャージのズボンをはいている。 決まった制服の存在しない埼ヶ谷高校だが体操着やジャージは統一されている。 ジルはこの日はジャージは持ってきていないようだったので制服を着ている。 ちなみにジルの体では学校のジャージで合うサイズがなく、体育の時などは独自の体操服を着ているらしい。
「だいじょ……げほっ…うおぇっ!」
 喉にの奥に入った埃がいがいがと悪戯をして俺の意思とは関係なく気管支を蠕動運動させる。
「大丈夫じゃないじゃないか、そこの水道でうがいをしてこい」
 生徒会室の外を指さし、美麗さんは俺に促す。
「うん…行ってく…げほっ!」
 咳きこみつつ胸を押さえながら震える手で戸を開けて水道までよろよろと移動する。
 俺たちは生徒会室の掃除をしていた。 なぜ掃除をしていたのかというと、USBメモリを調達できたので、データの移行を完了させ、古い方のPCはお役御免ということになり晴れて柏木に譲られることとなった。 そして拡張が可能なのか、PCを詳しく調べてみようとPCを設置していた机の下から取り出そうとしたのだが、長年そのまま放置されていたらしく、手を入れられたことがない様子で埃まみれだったのだ。 そして生徒会室の中をよく見てみると、目の付かないところが所々汚れており、急遽掃除をしようということになったのだ。 ちなみに長田さんは昨日配りきれなかった分の資料を配りに部活参りに行っていた。 昨日美麗さんを連れて行ったことが裏目になったからなのか今日は一人で。 そして柏木は今日は用事があるからと早めに帰った。
 なんとか水道までたどり着き、蛇口を上に向け星形をした取っ手の栓を捻ると水が噴き出す。 捻る量を調整し丁度いい案配になったところで口に含み上を向いて喉の奥を転がし、下を向くと口の中のものを流しに吐き出す。
「げほっ…」
 なおも喉の奥に残る違和感を取り除くようにさらに咳きこむと、背中に何かが触れる感触があった。
「大丈夫か?」
 その声の主は美麗さん。俺の背中をさすってくれていた。
「うん、大丈夫。ありがとう、だいぶ楽になったよ」
 なおも背中をさすってくれる美麗さん。 俺は口元を手の甲で拭う。
「生徒会室の汚れがあそこまで酷かったとはな。私はたまたまマスクを持ってきていたので良かったが、お前もなにかした方がいいんじゃないか?」「いや、なにかって言われても……」
 俺は普段ハンカチすらろくに持ったことはないからなぁ…。
「しょうがない、これをするがいい」
 と美麗さんは自分がしているマスクを外して俺に差し出す。
「え? いいよ、俺は。美麗さんもそれしかないんでしょ?」「遠慮することはない、私にはこれがある」
 と頭の三角巾を指さす。
「これを口元に巻けばマスクの代わりになる」「いや、でもそれだと隙間とかもけっこうできない?」「大丈夫だ。だからこれを受け取ってくれ」
 と、手に持つマスクをさらに突き出す。
「う~ん…」
 だったら俺が三角巾を使った方がいいんじゃないかな? と思いつつそれを受け取ろうと手を伸ばす――が美麗さんは急にマスクを引っ込める。
「お…お前は何を考えてるんだ。この破廉恥が!」「え?」
 美麗さんの変化に驚き、顔を見ると赤くして横を向き少し俯いている。
「お前が私のマスクを受け取ることを躊躇していたのはそういうことなんだろう?」「え? そういうことって?」「とぼけるな馬鹿者め。私がただ厚意で貸そうとしていたマスクをお前はそんな風に見ていたとは」「ん?」
 そんな風って何だ? そもそも俺にマスクを貸そうとしたのは美麗さんじゃないか。
「もういい! 裏返して使えばいい。絶対に裏返しで使うんだぞ!」
 と俺にマスクを渡し生徒会室の方に向かおうとする。が、すぐに立ち止まり
「ところで、お前とあいつの関係はどういうものなんだ?」
 振り返らず、後ろ向きのまま美麗さんは俺に聞いてくる。
「え? あいつって?」「私に対していちいちつまらん対抗意識を見せるあいつのことだ」「ああ、長田さんのこと?」「そうだ、あいつとお前はいったいどういう関係なのだ?」「どういう、ってただ単に普通の友達? なのかな? ゲームではギルドの仲間でもあるし」
 友達って言えるのかどうかは微妙だけど。 今まで学校で話したりする以外はなかったし。
「そうか、…恋人…とかそんな関係というわけではないのだな?」「恋人!? 何言ってるの? そんなことあるわけないでしょ!」「そうなのか? あの時ずいぶんとお前たちは親密な関係に見えたのだが…」
 美麗さんが振り向く。心なしか顔が明るい。
「あのとき? …ああ、補習を見てもらってたときのこと?」「そうだ、あの時のお前たちは普通の友達の関係には見えなかったのだが……」
 少し俯き加減に俺に聞く美麗さん。
「あれは長田さんが美麗さんのことからかってただけだって。あの後本人がゲーム中でもそう言ってたよ」
 それを聞いた美麗さんは安堵の表情を見せる。
「そうか、そうだったのか。すまなかったな、おかしなことを聞いて」
 そう言うと美麗さんは生徒会室の方にむき直し歩いて行く。 美麗さんは今までそんなことを気にしていたのか。 もうちょっと早く誤解を解いておいた方が良かったのかな? しかし俺が受け取った美麗さんがしていたマスク。 これ中にワイヤがはいっていて顔に密着させるタイプのマスクで、裏返しに使えるように作られてないような気がするんだけど、どうすればいいんだ……?

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