廃クラさんが通る

おまえ

005 愚鈍な策謀

 ガラガラガラ…… と、静かに戸が開けられる。 怖々おっかなびっくりした顔で柏木が帰ってきた。
「遅かったな、柏木。何かあった?」
 俺は柏木に声をかける。
「……やっぱりみんな怒ってる? 俺遅かったから」
 美麗さんが作りだした室内の重苦しい空気を感じ取ったのか、柏木が恐る恐る入ってくる。
「いや、別に柏木に怒ってはねーよ。ただ、なんか疲れた……」
 長田さんが柏木に言いつつ美麗さんをちらりと見る。 美麗さんは無言で携帯電話スマホを操作している。
「とりあえず、買ってきたもんと、領収書、出しといて」
 長田さんが柏木に促すと
「うん……」
 柏木が重苦しい顔で鞄を開ける。 …お前に怒ってるわけじゃないってるのに何をそんなおどおどしているんだ?
「はい…」
 と領収書を差し出し、長田さんがそれを受け取る。
「それじゃ、俺はこれで」
 柏木は綺麗に回れ右をして帰ろうとする。
「いや、領収書はいいけど、肝心のモノは? USBメモリは?」
 体をびくつかせてゆっくりと振り向く柏木
「それがね……」
 再び鞄を開けて震える手でゆっくりと小さなパッケージを取り出すと、みんながそれに注目する。
「は?」
 そのパッケージに描かれていたイラストはここにいる全員が知っているものだった。 一人の冒険者が遙か向こうを指さし、こちら側の仲間に何かを呼びかけているイラスト。 そしてそのパッケージには次の文字ロゴが表記されていた。
 『Trueトゥルー Finalファイナル loreロア Onlineオンライン
「柏木、TFLOこれ買ったの?」「うん…、みんながTFLOこれやってるってこの前言ってたから、店に行ったら売ってるの見かけてつい……」「別にそれはいいんだけど、USBメモリは?」
 長田さんが少し声を荒らげて柏木を問い詰める。
「え~とね、これ買ったらお金なくなっちゃった……」
 精一杯、なんとか笑顔を作り出して声を絞り出す柏木。 一瞬の沈黙が流れた後
「はあ!?」
 とみんな一斉に驚く。
「なんであんた肝心なモノ買わないでこんなん買ってくるんよ!?」「お前は馬鹿か!? いや、馬鹿なのは知っていた。どれだけ馬鹿なんだ!?」「ごめんなさいいぃぃ!!!!」
 長田さんに殴られ、美麗さんには蹴られる柏木。
「柏木……」
 柏木のあり得ない行動に絶句する俺。
「あはははは、仲間が増えるよ!」
 と俺に抱きつくジル。
「やったね! ジルちゃん! ……じゃないよ! 喜んでいいことじゃないって。学校のお金で買うって横領だよ? これは」「そうだよ柏木! 今すぐTFLOこれ返してこい!」「え~と、……開けちゃった後だけど、これ、返品できるかな?」
 一瞬の沈黙が流れた後
「はあ!?」
 とみんな一斉に驚く。
「開封したら無理に決まってんだろ!」「この馬鹿が! なんでお前はそんなにも馬鹿なんだ!」「ごめんなさいいぃぃ!!!!」
 長田さんに蹴られ、美麗さんには殴られる柏木。
「レジストレーションコード入ってるからね。中古としても売れないよ。てかなんて領収書書いてもらったんだよ……」
 俺は領収書を確認すると
 『生徒会備品』
 と書かれていた。
「『生徒会備品』って……」「生徒会で使うって言ったらそう書いてくれたんだよ」「生徒会でどう使うんよこんなもん……」「生徒会のみんなで遊ぶんだから備品てことでいいんちゃう?」
 怒る俺たちに対して無邪気に喜ぶジル。
「そこなんだけどね……、パッケージ開けた後に気づいたんだけどね……」「なんだ? まだなにかあるの? 柏木?」
 俺は恐る恐る聞く。
「俺パソコンもCS4も持ってないからプレイできないんだ……」
 一瞬の沈黙が流れた後
「はあ!?」
 とみんな一斉に驚く。
「プレイするハードないのにソフトだけ買ってどうすんだよ!」「こんな大馬鹿はじめてだ! こんな馬鹿が存在するのか?」「あははは! 本当に阿呆やねえ」
 殴り、蹴り倒す長田さんと美麗さん。 そこにジルも加わり、為すがままに三人の攻撃を受ける柏木。
「……そうだ! これ使えないかな?」
 俺はある考えがひらめき、生徒会室に置かれたパソコンを指さす。
「これ廃棄するから、データを移行するためにUSBメモリを柏木に買いに行かせたんだよね? 廃棄するなら俺たちがもらっちゃってもいいんじゃない?」「いやいやいや、こんな古いパソコンでTFLO動かねえって」
 俺の考えに長田さんがあきれて否定する。
「え~、じゃあだめか」
 いい考えだと思ったのに
「いや、中を開けてみないとわからんが、拡張させることが出来ればあるいは動かせられるかもしれないぞ?」
 美麗さんの顔が突然ぱあっと明るくなる。
「拡張? 改造とかするの?」「改造と言うほど大がかりなものではないが、グラフィックボードやメモリなどを載せ替えればTFLOをプレイ可能なスペックにすることがあるいは出来るかもしれないということだ」
 目を輝かせて説明をする美麗さん。
「いや、できるにしても、こいつのためにわざわざそこまでしてやることねえって……あ~、なるほど」
 美麗さんの様子に何かを気づいた長田さん。
「あんたの使ってるパソコンのCPUは?」「7700だ」「グラボは?」「1080だ」「メモリはいくつ積んでる?」「32だ」
 目を輝かせながら長田さんの質問に数字で答える美麗さん。 え? なんなの? この数字は? 何かの記号? 二人はこれで話が通じて理解できているの?
「は~、あんた自作マニアでしょ?」
 答えを導き出した長田さんはため息をつく。
「自作? パソコンを自作ってこと? パソコンって作れるんだ?」
 俺の使っているMUSHも自作したりできるのかな?
「いや、マニアなどというほど大それたものではない。一から組み上げたのは、今使っているPC一台のみだ」「なるほどね~、それが楽しかったからまたパソコンをいじくってみたい。そういうことっしょ?」「……たしかにそういう気持ちは多少ある……」
 長田さんの指摘に恥ずかしそうに俯く美麗さん。
「は~、ならやってみればいいんじゃね? あたしは協力しないけど」「良かったね、柏木。TFLOできるかもしれないよ?」「え? まじで? ありがとう! みんな!」「ただし! TFLOコレ買った代金はあとでちゃんと返せよな?」「……うん! 絶対に返すから!」
 答えるのに少し間があったのが気になるが柏木は力強く答えた。 しかし、いきなりこんなことをやらかして、これから一年、生徒会の庶務として柏木はやっていけるのだろうか?

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