廃クラさんが通る

おまえ

022 長田さんは前を向く

 舞台袖、演台が見える位置に戻ってきた俺たち。
「新しく作る制服は強制するものではなく、任意であるということにする予定であり、皆さんに負担をいることは決してありません」
 長田さんは冷静さを取り戻し、問題つつがなく演説をしている。 生徒達も騒ぐことなく静かに演説を聞いている。 だけど長田さんは目に力がなく、表情がちょっとうつろだ。 前を向かずに下を向いて原稿だけを読んでいる。
「私は、この計画が必ずや皆さんの……」
 そこで演説が止まる。 原稿を見つめたまま動かない。 暫くした後、長田さんは原稿を裏返し、演台に手をつき頭を下げる。
「ごめん! みんな!」
 長田さんの突然の謝罪に館内がざわつく。
「都合のいいことばっかり言ってるけど、はっきり言って自信がないです」
 頭を下げたまま続ける
「本当に制服を作るところまでこぎ着けられるのか。制服を作ることが出来ても、それがみんなに受け入れてもらえるのか。受け入れられたところで、それをちゃんと製品として量産するためにはどこかの会社にお願いしないといけない」
 さっきまでとは違う、原稿を読んでいるだけだった魂の抜けたような長田さんではない。
「そんなこと、ついさっきまで、みんなの声援を受けたあの時まで考えていなかった。制服を作るなんて軽い気持ちでしか考えていなかった」
 嘘偽りなく自分の心情をさらけ出す。
「一から新しいものを作るってことは大変で、そして新しく作ったものを受け入れてもらうことはさらに大変で、受け入れてもらえたにしてもそれをずっと続けていくことはさらにもっと大変で……」
 涙声になり、声のボリュームがだんだんと下がる。下を向いているため表情はわからない。
「実現できたとしても、あいつが、……灰倉さんが言うように自由がなくなるってことがもしかしたらあるのかもしれない……」
 …………
 そこで演説が途切れる。長田さんは下を向いたまま動かない。
「おさだあああああああ!!!!!!!!」
 声援が一つ飛ぶと
「おさだああああ!!!!!」「おさだああああああああ!!!!!!!!」
 次々と声援が掛かる。 下を向いたまま目のあたりを拭うと力強く前を向く。
「ありがとう。だから、みんなの力を貸してほしい。あたしの力だけじゃ絶対に出来ないだろうから。みんなの力があればあたしは前を向くことが出来るから」
 そう力強く呼びかけると館内からは割れんばかりの「おさだ」コールが鳴り響く。 それを先ほどのような遠くを見る表情で全身に浴びる。 しばらくして歓声が落ち着いたところで
「最後に、これだけは約束します。制服が出来ても自由が抑制されるなんてことはないってことを。あたしがそんなことは絶対にさせない」
 そう言ったところではっと気づく
「いや、ごめん、絶対なんて都合のいいこと言ったら駄目だった。もしかしたらくじけることがあるかもしれない。そのときはみんなの力を貸してください。お願いします」
 そして礼をして終わる。
「おさだあああああああ!!!!!!!!」
 声援にゆっくりと退出しながら笑顔で手を振る長田さん。 その表情はとても晴れやかで輝いて見えた。
「候補者の皆さん、生徒の皆さんお疲れ様でした。この後、投票がありますのでそのままお待ちください」
「お疲れ、長田さん」「セルフィーお疲れ」
 手を突き出すジルに長田さんは手を思いっきり伸ばして応える。
「セルフィーって呼ぶなって言ったっしょ……」「だっておさかなって嫌なんでしょ?」「はぁ……もういいよ、セルフィーで。おさかなよか幾分なんぼ上等マシだわ……」
 ため息をつき、あきらめ顔でジルの呼び名セルフィーを受け入れる長田さん。
「セ~ルフィー♪」
 とジルが長田さんに正面から抱きつく。
「ははははは……はぁ……」
 長田さんは重量感ボリュームのある胸から逃れて呼吸をするために顔を上げると力なく笑う。 いかにも精根尽き果てたって感じだ。 俺もそうだったけどやっぱりかなり体力使うからね。演説って。 そうでなくともあの騒動じけんだ。 俺だって見ているだけでハラハラしたのに当事者の長田さんはさぞや大変だったことだろう。
 俺はその様子を遠くから見つめている存在に気づく。 先ほど着替えをしていた美麗さんを長田さんが見下ろしていた場所。 そこで美麗さんが後ろ手に柵に寄りかかり俺たちを見つめていた。 ジルから解放された長田さんもそれに気づくと、美麗さんの方に歩き出す。 長田さんが近づいてくるまで目を反らさず睨みつける美麗さん 立ち止まると、少し間を置いて。
「……さっきはありがとう」
 と、長田さんの方から少し決まりが悪そうにむずむずと口を開く。
「なんのことだ? 私はお前に恨まれこそすれ感謝されるような覚えはないぞ? お前に対してあれだけひどいこと言ったのだから」
 憎まれ口を叩く美麗さん。 先ほどまでの落ち込んだ様子はない
「……はは…あはははは……」「なぜ笑う?」
 突然笑い出す長田さんに美麗さんは表情を変えずに問いただす。
「いや、あんたのこと、なんか結構わかってきたから。うん、ならあたしに謝って」
 悪戯を仕掛けた子供が相手の反応を楽しむかのように覗き込む
「誰が謝るか」
 少し恥ずかしそうに外方そっぽを向く美麗さん。
「やっぱり貴女あなたたちは共犯グルでしたのね。それもずいぶんな仲良しの」
 山名さんも俺たちに近寄り口を挟んでくる。
「いや、だから別にこの二人は示し合わせてああいったことやったわけじゃなくて……」
 俺はそれを否定するが
「否定せずもそうなのでしょう? あれだけ息の合った茶番ショーはなかなか拝めるものではございませんことよ。別に貴女あなたたちの関係が羨ましいとかそういうことを言いたいわけではないですからね!」
「こいつと息が合ってるとかないんですけど!」「そんな羨ましがられるような関係ではない!」
 二人は同時に一歩踏み出し山名さんに言い放つと、山名さんは顔を引きつらせつつ一歩退く。
「……ごちそうさま、とでも言った方がよろしいのかしらね……。全く付き合っていられませんわ」
 と、両掌りょうてをあげてあきれ果てる山名さん。
「本当に私は何を躍起むきになっていたのかしら? 選挙なんてもう、どうでも良くなってしまいましたわ……」
 山名さんはすっかりこの二人に毒気を抜かれてしまったようだ。 俺たちに背を向け山名さんは階段ステップを降り扉を抜け体育館内へと消える。 山名さんが扉から出て行ってから間を置かず入れ替わりで百川先生が入ってきた。
「きゃあ!」
 入ってくるなり悲鳴を上げる。
「誰かそこに倒れているわよ!」
 と指を指す。
「え?」
 先ほど美麗さんが準備きがえをしていた場所の少し手前。 遠目だと暗がりでよく見えなかったが、おそるおそる近づいてみると確かに人のようなものが倒れていた。
「!? 柏木かしわぎー!」
 そこには仰向けの柏木。なぜか笑顔で倒れている。
「ああ、そうだ思い出した。私が着替えていたところ、なにか気配がしたので振り返るとそいつがいた。蹴りを食らわせたら動かなくなったんだった」
 平然と表情を変えずに言いのける。
「動かなくなった? くっ……あたしの蹴りもまだまだ甘いか」「いや、そんなところ柏木を通して張り合わなくていいから」
 俺は柏木のそばに片膝を立ててしゃがみ込む。
「柏木―! 大丈夫かー!」
 逆さに柏木を覗き込み、頬を叩くと
「う~ん……」
 柏木が目を覚ます。
「ん……? 奥原……?」「柏木! 生きていたか!」「ふふ……、俺は見た……、見えたんだ!」「何を見た? 柏木」
 いや、美麗さんが着替えをしていたんだから多分そういうことだろうが。
「暗闇の中に浮かび上がる白い天国への扉ヘヴンズドアに描かれたあの紋章が……、くまさん゛ぐあ゛!!」
 なんだ? 何が起こった?
 俺が顔を上げると美麗さんが鬼の形相で柏木の鳩尾みぞおちに鉄拳を打ち下ろしていた。
「こいつは息の根を止めた方がいい」
 柏木は白目を剥きぴくぴくと痙攣し、口から魂が抜けかけている。
「ちょっと? 美麗さん?」「あー死んだ。こりゃ完全に死んだわ」「柏木ー! 死ぬなー! 戻ってこーい!」「あははは、ミリ―は容赦えげつないねぇ。うちでもここまでできないよ。一般人カタギ相手には」
 ジルでさえできないことを平然とやってのける美麗さん。 最後にちょっと不穏当なヤバい発言があった気がしたけど気のせいだ。 俺は断じて聞いてないし聞こえていない。
 こうして俺たちの大 騒 動 のなんやかんやいろいろあった選挙たたかいは終わった。

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