廃クラさんが通る

おまえ

021 長田さんが絶叫する

 美麗さんは俺の前に出ると、半身だけ振り返り、無言でこちらにてのひらを突き出して制し、そのまま舞台に踏み出す。 演台と舞台袖のちょうど中間あたりに来たところで
「まったく無様ぶざまだな」
 会場全体に響き渡る声で発したその一言に、長田さんを含め視線は一気に美麗さんに向けられる。
「威勢がいいのはやはりその身なりだけだったか」
 頭のリボンを解くと重力の影響を受けて広がり、本来の髪型かたちまとまったところで腕を組み仁王立ちをする。
「お前がこの舞台に上がってしたかったことは恥をさらすことだったのか?」
 その言葉に長田さんは演台に軽く寄りかかり下を向く。 泣いているようにも見える。
「そんなことでお前は上を目指せると思っているのか? 私と同じ土俵に立てるとでも思っていたのか?」
 美麗さんは場を収めるために俺を制してそこに立ったんじゃなかったのか? 美麗さんてこういう人だったの? 追い込まれている長田さんにとどめを刺すようなことをする人だったの? やっぱり俺が出て行かないと! と踏み出そうとするが、今度はジルが後ろから覆い被さって、俺の動きを止める。 肩から首のあたりが柔らかい感触に包まれるが、今はその感触を味わっている場合じゃない。
「ジル! 放してよ!」
 俺は胸の圧力に屈せず首を回す。
「大丈夫。きっと大丈夫」「何が大丈夫なの!? 元はといえばジルがいけないんでしょ! 長田さんのことおさかなとか言って」
 じたばたと抵抗してみるが、ジルの腕にしっかりと固定ロックされて動けない。 俺の頭を挟む柔らかい固まりだけがふよふよと形を変える。
「う~ん、でもなんだろう? ミリ―の目、すごく悲しそうだったし悪いことしたりするような目じゃないと思うよ?」「そう?」
 と、美麗さんの方を見るが俺の方からは後ろ向きで頭しか見えない。 さっき俺に手を突き出して制してた時のことを思い出してみたが、いつもと大して変わらない目だったような気もする。
「周りがお前をどう呼ぼうがお前はお前だろう? 一々いちいち呼び名などを気にしすぎるから余裕がなくなり、自由に動けなくなる。だが、確固かくたる自分おのれというものを持っていれば、そうはならないはずだ」
 嗚咽おえつしているのか肩をふるわせる長田さん。 美麗さんは一つ深く息をつき
「それが出来ないからお前はボンクラなのだよ」
 そして
「ナガタさん」
 と吐き捨てる。 その瞬間、ざわついていた館内が長田さんを中心に波が引くように静まりかえる。
 一瞬の無音状態。
 風がながれる音すら聞こえない。 ほんの一瞬ではあったが、誰も破ることができずに永遠に続くかと思われたその静寂せいじゃく
「……まったく、あんたは覚える気はねーのかよ……」
 長田さんの声によって切り裂かれる。
「あんたの言うとおりだよ、呼び名なんて関係ねーよ」
 肩の震えは先ほどの弱々しいものではなく、怒りに満ちたものに変わっている。
「『おさかな』だろうが『ボンクラ』だろうが、どうだっていい……」
 寄りかかっていた演台から体は放すが、美麗さんとは目を合わさず下を向いたまま続ける。
「だけどこれだけは譲れない! あたしは『ナガタ』なんかじゃ絶対絶対絶対ぜぇっっっっっっっったいにない!」
 下を向いたまま首を激しく振る。
「いいか、今度こそ、よーっく、覚えておけよ……」
 そのまま足を少し開いて握った拳を下に向けゆっくり発する。
「……あたしは、あたしの名前は……」
 そして顔を上げ美麗さんをまっすぐ睨みつけ
「『お さ だ』だああああああああ!!!!!!!!!」
 拳を返し肘を脇につけ絶叫する。 髪が逆立ち、色も鮮やかに輝く……ように感じられた。
「さっきから聞いてれば一方的にあんたは……」
 長田さんが美麗さんに詰め寄ろうとしたところで
「おさだああああああああああ!!!!!!」
 と、会場から声が掛かる
「おさだあああああああ!!!!!」「おさださーん」「おさだあああああああああああ!!!!!!!」
 次々と連鎖し、爆発する「おさだ」コールに振り返るその名前の女生徒ギャル。 津波のように途切れることなく襲いかかるコールに打たれながら、眼下に広がる光景を目を丸くして呆然とただ見つめる。
「皆さん!静かにしてください!」
 と、選管せんかんが注意するも収まらない「おさだ」コール。
「おさだああああああああ!!!!!!」
 打たれるままに声援を浴びていた女生徒ギャルの表情がふっと和らぐ。<a href="//24076.mitemin.net/i289242/" target="_blank"><img src="//24076.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i289242/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>(そうか……、これがあいつ・・・が見ている風景けしき……)
 近いはずなのにはるか遠い存在。 近づいてみようと思えば思うほどさらに遠くに感じてしまうあの存在ひと
 なおも収まらない声援けしきの向こう側をじっと見つめ続ける。
 会場を見つめ続ける長田さんの後ろを美麗さんが通り演台の正面に立つと、長田さんはそれに気づき目を向ける。
「お前らは馬鹿か!」
 マイクを通して絶叫した声は大きく響き渡り「キーーーン」という余韻ハウリングを残す。
「ここは何をする場だ? 選挙だろう? 馬鹿騒ぎをする場では決してない!」
 会場は一気に静まりかえる。
「選挙は人気取りの場ではないと私は言った。ここに集まっている諸君しょくんらが中身を見ずに上辺だけで物事を判断するような馬鹿でないと、私は信じている」
 ゆっくりと落ち着いた声でそう言うと美麗さんはきびすを巡らし舞台袖に歩を進める。 その様子を長田さんは驚いた表情で大きく目を見開き、無言でじっと見つめていた。 舞台袖、幕の後ろにさしかかったあたりで美麗さんは下を向き唇を噛む。 そのまま俺とジルの脇を通り過ぎようとしたところで
「美麗さん?」
 と、俺は声を掛ける。 その声に美麗さんは立ち止まり
「すまないが一人にさせてもらえないか?」
 と、肩越しに答える。
「……」
 俺は堪らず声をかけてはみたものの、目の前の美麗さんに対して何て言葉をかけていいものか浮かばない。
「悪者になるのには慣れている……から」
 そう言い残し、俺の返事を待たず、美麗さんは奥に消えていった。
 慣れている? ってことは一度や二度ではないってことなの? こんな出来事は。 いや、それよりもあんな悲しそうな様子だったのに、慣れているなんてそんなはずないじゃないか。
「そっとしておいてあげなさいな」
 声の主は山名さん。 両手をパイプ椅子の座面の端につき、足を組んでやや浅く座っている。 そうだ、すっかり忘れてたけど山名さんも会長候補として演説してたんだよね。
「まったく、白けてしまいましたわ。良く書けた台本すじがきだとは思いますけど。こんな遊園地テーマパークで行われる子供向けヒーロー茶番ショー取っ組み合いプロレス見世物パフォーマンスのようなもので私が仮に負けたとしても悔しくも何ともありませんから。……負け惜しみでは決してありませんことよ」
 組んだ足の片方をつまらなそうにぶらぶらとさせる。
台本すじがきなんかじゃない……」
 この期に及んでなおも台本すじがきなんていう山名さんに詰め寄ろうとしたところで俺の肩が「ぽんっ」と叩かれる。 振り返るとジルの笑顔だった。
「セルフィーの演説最後まで聞こう」「……うん」
 美麗さんも気になるけど、今はそっとしておいた方がいいのかな? 何て声を掛けていいかもわからないし……。

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