廃クラさんが通る

おまえ

020 おさかな乱舞

「続きまして最後になります。会長候補、長田おさだ佳奈子かなこさんよろしくお願いいたします」
「長田さんがんばって」
 と、俺が声をかけるが無言で舞台に足を踏み入れる。 演台に向かう後ろ姿からは表情を伺うことは出来ないけど緊張しているのかな?
「がんばれ~、セ…」
 言いかけたところで、俺はジルの肩を押さえる。 ジルの肩は俺の身長と丁度同じ高さにある。
「だめだって! 今セルフィーって言いかけたでしょ? さっきそう呼ぶなって言われたの忘れたの?」
 押さえた肩をそのまま下げ、俺の口をジルの耳に近づけて小声で注意する。 体重を掛けてもなかなか肩が下がらないから俺は少し背伸びをした。
「え? だってフリでしょ?」
 黒い顔で蒼い目をキョトンと大きく丸くする
「違うって長田さん言ってたじゃん……」「え~? それ含めたフリちゃうん? う~ん、日本のわびさび……? っていうの? 難しいなぁ」「いや、わびでもないしさびでもないから……」
 長田さんは気づいているのか気づいていないのか、そのやりとりには動ぜず演台の前に立ち、礼をした後に原稿を台の上に置く。
「こんにちは、会長に立候補した長田佳奈子です」
 長田さんの会長候補者らしからぬその姿にこそこそと話をしている生徒も中にはいるが、前に演説していた美麗さんにより場が落ち着いたので館内はおおむね静まりかえっている。
「私が会長に立候補したのは、皆さんの普段着用する制服を新しく作り、同じ制服を着用することで全校生徒が一体感を持つことができるのではないかと思ったからです」
 長田さんは前をしっかりと向き、時折原稿に目を下ろしながらしっかりとした口調で演説をする。
「う~ん……う~ん……」
 横でジルが腕を組み、首をかしうなっている。
「どうしたの?」
 それに気づき、俺はジルに問いかける。
「リアルでのセルフィーのいい呼び方ないかなぁって」「そんなの後で考えなよ……」
 なおも唸るジルだが、はっと気づき、
「ももちーはなんでももちーってよばれてるん?」
 と、俺に問いかけてくる。
「ももちー? え~と……」
 長田さんが百川先生のことを呼ぶときの名前だけど、そういえばあまりよく考えてみたことはなかったな。
「多分名前が『ももかわちよ』だから名字の『もも』と名前の『ち』の部分を取って『ももちー』にしたんじゃないのかな? ほら、有名人が『キムタク』とか『マエケン』とか呼ばれてるでしょ? ってジルはあまり日本の有名人とか知らないか」
「ああ、『キムタク』は知ってるよ。なるほどね……」
 ジルは一つうなずいて長田さんの方に目を向ける。 と、長田さんが原稿をめくり、下のページと入れ替えようとしたところで手を滑らせ、原稿がひらりと床に落ちる。
「失礼」
 長田さんがそれを拾おうと屈んで手を伸ばしたところで
「おさかな~、がんばれ~」
 とジルの声が掛かる。
「え?」
 屈んで手を伸ばした状態のまま目を丸くした長田さんがジルの方向に顔を向ける。
 館内からは
「おさかな?」「おさかなって…」「ああ、なるほど、おさかなだ」
 という話し声とともに、クスクスと笑い声が聞こえてくる。 俺は横に立っているジルを見上げ
「ちょっと! ジル!」
 と、注意する。
「おさかな? おさかなって何? いや、『おさだ かなこ』だからおさかなってのはわかるよ? でもおさかなはないでしょ? いくらなんでも」「え? なんで?」
 駄目だ。ジルは『おさかな』の意味がわかっていない。
「おさかなって、あのおさかなだよ? 食べると頭が良くなったり体にいいあのおさかなだよ?」「ん?」
 首を傾げるジル。 いや、俺も何言ってるんだ? 冷静にならないと。 こんな説明だとジルどころか一般人いっぱんピーポーも理解できない。
「……海や川を泳いでる魚をちょっと丁寧に言うと『おさかな』でしょ」「おお、たしかに」
 やっとわかったか。 いや、言う前に気づけってそのくらい。 いくら日本人じゃないからって……。 ジルのその余計な声援により館内がまたざわつき、おかしな雰囲気に変わりつつあった。 しかし長田さんは何事もなかったかのように原稿を拾い、演台に置いて演説を続けようとするが…
「こんにちは、会長に立候補した…… じゃない! これ一ページ目!」
 動揺している。 平静を装ってはいるが激しく動揺しテンパっている。 長田さんの失敗ミスにどっと沸く館内。 ページを慌てて入れ替える長田さん。顔が真っ赤だ。 ああ……せっかく灰倉さんが場の空気を落ち着かせてくれたのに、またジルの一言がきっかけで館内がおかしな雰囲気に……。
「私は決してきょうきょう……興味本位きょうみほんいで制服を作りょうと提案しているいるいる…のではなく……」
 やっぱり動揺しテンパっている。 まともに原稿を読むことも出来ないで一杯一杯ひっしだ。
「がんばれ~! おさかな~!」
 ジルがまた声を掛けると
「おさかな~!」「おさかな~! がんばれ~!」
 館内の生徒も同調し、次々と声援が掛かる。
「み、み、みなしゃんが、いまちゃ、ちゃきゅようしていりゅしぇいふくもそ、そそ、そんちょうしちゅちゅ……」
 下を向き、顔が真っ赤で今にも泣き出しそうな長田さん。 もう原稿もまともに読めず、何を喋っているのかもよくわからない。
「がんばれ~、おさ……」
 ジルがまた声を掛けようとしたところで俺が慌てて止める。
「長田さん、おさかなって言われるのが嫌なんだよ! ジル! おさかなって言ったら駄目だよ!」「え? セルフィーがああなってるのってもしかしてうちのせいなん?」
 ジル……気づくのが遅いって……。
「とりあえずおさかなはすぐそこの元荒川にでも逃がリリースしてこよう。ね」
 しかしジルに注意したところでもう止まらない『おさかな』の大合唱。 『おさかな』はジルの元を離れ、その意に意に反し館内を縦横無尽に暴れ回り長田さんの心身HPを削りまくっている。 悪ノリで応援しているものも中にはいるが、大半は本気で応援しているから逆にそれがたちが悪い。 長田さんは下を向いて一言も発することが出来なくなってしまった。
「みなさん! 静かにしてください!」
 たまらず選挙管理委員会せんかんも生徒達に注意する。 ここは俺がなんとかしないと! と、舞台に一歩踏み出そうとしたところで肩を掴まれる。 肩を掴んだ主は美麗さん。 いつの間にか服装はいつも着ている普段の制服に戻っていた。 でも頭はポニーテールのままだ。

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