廃クラさんが通る

おまえ

018 勝利への布石

 舞台袖の奥には階段――というにはステップほどの段数しかないが――があり、降りたところの横に体育館内に出入りする扉がある。 その扉のある向かい側にはなにやら道具がうずたかく積まれていて陰になっているスペースがあり、そこまで俺たちは連れてこられた。
「すまないが二人にはちょっと見張りをしていてもらえないか? 転校生は私から手前側、奥原君? だったかは階段側で見張っていてほしい」「え? 何かするの?」「ああ、ちょっと見張っていてくれ」「うん、わかった」
 ジルは無邪気に返事をする。 見張るって着替えでもするのかな? てか俺って灰倉さんにまだ名前を完全に覚えてもらえてなかったのね……。 ジルの名前も覚えていないで「転校生」とか言ってるし。 他人に関心がないとは言ってはいたけれど、長田さんの名前くらいは覚えたんだろうか?
「ガチャ!」
 と、不意に扉が開き俺は扉にぶつかりそうになる。
「あら? ごめんなさい。奥原君、そこにいたのね」
 扉を開けたのは百川先生。
「やっほ~。ももち~」
 ジルが手を振り百川先生を呼ぶ。
「はぁ…、あなたも私のことをそう呼ぶのね……」
 と、ため息をつき嘆く百川先生に
「先生は何か用があってここに来たんですか?」
 俺は問いかける。
「あなたたちのおかげでずいぶんと演説会が盛り上がっているわね……」
 と、その瞬間にも山名さんの演説で館内が沸いている。
「うん、よかったね、ももち~。盛り上がって」
 ジルが笑顔で無邪気に答えるが
「逆よ! 選挙なのよ! これは!」
 振り上げた拳を勢いよく下ろし怒りを示す百川先生。
「たしかに私は盛り上げたいとは言ったけど、こんな笑いが巻き起こるような選挙にしようとは 微 塵 これっぽっちもも思わなかったわよ……」
 拳を振り下ろしたまま頬を膨らまし、怒り顔で俺たちを見上げる。
「心配しなくていい、百川教諭。私が黙らせる」「あら? 灰倉さん、そこにいるの?」「演説前にちょっと準備することがあって」
 と、それを身を乗り出してのぞき込むジル。
「あ~、なるほどね~」「すまない、転校生。覗かないでくれないか」
 こころなしか恥ずかしそうな声で注意する灰倉さん。
「何を準備しているのか知らないけど……。う~ん、あなたなら私が心配するようなことはないかしらね……。長田さんもお願いね!」「あたしも大丈夫だって」
 段の上から柵に手をかけつつ、こちらを見下ろし長田さんが返事をする。 それを確認すると先生は扉を「ガチャ」と開け出て行った。
「つか何を準備しているのかと思ったら、こっちから丸見えなんですけど」
 上の段奥の方、積まれた道具の隙間から下を見下ろす長田さん。
「なに!?」
 灰倉さんが驚きの声を上げる。
「え? 何かそこから見えるの?」
 柏木が長田さんのほうに近づいてくるが
「こっち来んじゃねーよ!」
 長田さんが蹴りを入れると
「はうあ!」
 避けきれずに喰らう柏木。 そのままよろよろと退散する。
「助けてもらったのか? すまんな」
 声色から安堵の情がうかがえる。
「いいよ、お礼言われたくて助けたわけじゃないから。でもこの前もちょっと思ったけど、あんたけっこう抜けてるとこあるよね」「ボンクラに言われたくはない」「前言撤回。今すぐ感謝の言葉を述べてもらっていいかな?」
 上の位置から灰倉さんをにやにやと見下ろす長田さんはすごく楽しげに見える。
「そういえば、うち灰倉さんのことなんて呼んだらいいかな? ミレニアムだからミリ―? レニー? どっちかかな?」
 唐突にジルが提案する。
「あんた、こいつのこともそういう呼び方すんの?」「呼びやすい方がええやん? それに「はいくら」さんだとクラフターの廃人さんのほう連想しちゃうし」「あ~、それは俺も思った。でも現実世界リアルでミリ―とかレニーはなぁ…。俺は普通に美麗みれいさんでいい?」
 ………… なかなか返事が返ってこないので
「やっぱりだめかな?」
 と俺が聞くと
「……お前達が呼びたい名前で好きに呼べばいい」
 少しうわずった声が帰ってきた。 よかった許可がもらえた。
「ありがとうミリ―」
 呼び方は「ミリー」に決めたらしい。
「こっちに来るな! 抱きつくな!」
 やっぱりジルは誰にでも抱きつくんだな。
「ジル、美麗さんの邪魔をしたら駄目だよ」
 早速俺は名前を呼んでみる。 うん、灰倉さんよりはよっぽど言いやすい。 その様子を仏頂面で眺めていた長田さん。
「ジル、こいつやスカイは別にリアルでそう呼んでもかまわないけど。あたしのことはセルフィーとか絶対に呼ぶなよ」「え? なんで?」
 背の高いジルが長田さんを見上げる。
「あたしの名前とセルフィー、どこに共通点があるんよ」「おさだかなこ……。うん、ないね」「わかった? 絶対に呼ぶなよ」
 しかめっ面で念を押す長田さん。
「うん! え~と、これってなんて言うんだっけ? フリ?」
 疑問はてな顔で首をかしげ腕を組む。
「フリじゃねーし! あたしは本気マジで言ってんだっつーの! まったく、どこでそんな余計なお笑い用語を覚えてくるんだか……」
 館内から拍手と歓声が聞こえてくる。 山名さんの演説が終わったようだ。
「山名さんありがとうございました。続きまして同じく会長候補、灰倉はいくら美麗みれいさんお願いいたします」「美麗さん呼ばれたよ」
 俺が声をかけると
「ああ、丁度準備が終わったところだ」
 と陰から出てくる。
「おお……」
 思わず声が漏れてしまった。 だいたい何をしているのかは予想はしていたけど、やっぱり着替えていたんだな。
「ふふ、わたくしの話術により会場は大盛り上がりでしたね。この日のためにストレートパーマを当てた上、少し明るかった地毛を黒く染め、制服も落ち着いたものに新調。極めつけはあの小娘もかけていなかったこの眼鏡! まあわたくしの天性のカリスマ性があれば普段通りのわたくしでも勝てるのですがこれで勝利は間違いにゃあにい!?」
 舞台袖に戻ってきた山名さんが灰倉さんとすれ違い様に雷に打たれたかの如く驚く。

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