廃クラさんが通る

おまえ

007 〝真生〟制服製作計画

 ガラガラガラ! と、前方の戸が開く。
「何か怒鳴り声が聞こえると思ったら、ちょっとあなたたち、何をやってるの?」
 百川先生が戻ってきた。助かった……のか?
「申し訳ない、百川教諭。私は任務を遂行しようとしたのだが、この女の妨害を受けてしまっていたのだ」
 灰倉さんは確かに間違ったことは言ってはいない。 だけど、妨害は言いすぎかなぁ……う~ん。
「ちょっと、あんた、妨害してたのは……いや、確かに……あたし……だったかも……」
 急速にしぼむ風船のように勢いをなくす灰倉さん。 逆立っていた髪は勢いをなくし、色も鮮やかさを失う。 親切心で最初に見てくれてた長田さんだったけど、何かおかしな方向に行っちゃったのはやっぱり長田さんのせいなのかもしれない。
「そうなの? 奥原君?」
 ここは俺が助けてあげないと。
「いえ、最初に勉強を見てくれたのは長田さんなんです。そこに灰倉さんが来てくれて一緒に見てもらいました。見てもらっているうちに指導方針の違いで衝突して、言い争いになってしまったんです」
 うん、俺、間違ったこと言ってないし、誰も傷つけてないよね? 重要なのはその後の出来事なのかもしれないけど……。
「そうなの? 二人とも」
 と、二人を見上げる。
「……うん」「……間違ってはいない」
 灰倉さんはちょっとまだ釈然としない表情だけど、長田さんは少し笑顔を見せてくれている。 
「そうだったのね。元々私が見なければいけなかったのに、こんなことになっちゃって、一番悪いのは私ね」
 良かった。これで一件落着だ。……よね? と、長田さんの方を見ると口元がわずかに「ありがとう」と動いた気がした。 もしかしたら違うかもしれないけど、俺は勝手にそう解釈した。
「で、どこまで終わったの? ……って全然進んでないじゃない」「いや、それは……」
 うん、長田さんが解いてくれた一問しか進まなかった。
「はあ…、これはあれね、もう最終手段ね」
 最終手段? ひとつため息をついた百川先生からなにやら不穏当やばそうな言葉が発せられる。
「あなた、それはもう帰ってから家でやりなさい」「え? 帰っていいんですか?」
 これで終わり? 最終手段は?
「帰っていいけど条件があるわ」
 俺を見据える百川先生の目がきらりと光る。 条件? ほら、やっぱり来た。 百川先生は教卓まで歩いて行き、何かを探す。
「あら? ここにチラシなかったかしら?」「あ~、それってコレ?」
 長田さんが机に置いたノートの下からチラシを取り出す。
「そう、それ!」
 長田さんからそれを受け取り、表を向け俺に見せつけるように突き出す。 突き出されたチラシに描かれているキャラクターと同じポーズだ。
「奥原君、あなた生徒会の会計として立候補しなさい」「え?」「へ~」「ほう」
 時が止まり、先ほどんだかと思われていた蝉の声だけがやけに大きく響き渡る。
「いま、なんと?」「会計に立候補すれば、今回の赤点は免除してあげるわ」「~~~~ッッ!!!!」
 俺は吃驚仰天しおどろいて声も出せず周りを見渡した。 両側の二人はそれぞれにうすら笑みを浮かべている。 いや、二人とも助けて! どっちかでいいから助けて!
「せ、せ、せ、先生? 正気ですか?」「あら~、会計なんて高校レベルの数学どころか、掛け算割り算の算数さえ出来ればやれるんだから楽なものよ? それにあなた、前に学校にパソコン持ってきてたことあったわよね? パソコンが得意なあなたならきっと簡単なお仕事だと思うわ」
 狼狽うろたえる俺に得意げに答える百川先生。
「いや、あれは……」
 確かに俺は、一度パソコンを学校に持ってきたことがあった。 正確に言えば、アレは『MUSH』だ。 舶来のコーヒーショップで、勘違いしたサラリーマンがドヤ顔でひけらかしているアレだ。 俺は一度TFLOを学校でやろうとMUSHを学校に持ってきたことがあった。 しかしMUSHそれを鞄から出したところ、電源を入れる前にクラスのみんなに囃したてられ、計画は未遂に終わった。それ以来学校にMUSHを持っていったことはない。 実はMUSHアレはTFLO専用機なんです。 なんて言えない。 他の用途はネット巡回ウェブブラウジングくらいです。 なんてとても言えない。 動画サイトよーつべでかわいい子猫や子犬の動画を見るのが大好きなんです。 なんてとてもとてもそんなこと言えない。
「無理。俺に会計なんて絶対に無理……」「あら? 気が早いわね。もう会計に当選した気になっているの? あなたは『立候補』するだけでいいのよ? なにも当選しなさいと言っているわけじゃないんだから」
 片方の手を腰に当て、得意げに言うと眼鏡がきらりと光る。
「あっ、そうか…」
 そうだよ、他に立候補する人がいて、俺が落選すればいいだけじゃないか。 他に候補者がいれば俺なんかが当選するわけがない。
「ねえ、ももちー?」
 長田さんが少し腰を屈めると、百川先生目線の高さで悪戯っぽい笑みを浮かべ、覗き込むようにして尋ねる。 さっきまで怒ったり落ち込んだり忙しかったが、もうそんな様子はなくすっかり普段の長田さんに戻った。
「先生に対してももちーはやめなさい。長田さん」「ももちー先生。あたしも立候補してもいいのかな?」
 注意されたが、後ろに先生をつけただけで呼び方は変わっていない。
「え? あなたも会計に立候補するの?」「え? まじで? 長田さんが会計に立候補して助けてくれるの?」「じゃなくて、会長。生徒会長」「は?」「え?」「ほう?」
 再び時が止まる。風が教室内を駆け抜けカーテンが揺れる。
「え、え~と、あ、あなた、会長に立候補したいの?」
 『あなた』のところで長田さんを上から下、下から上と見廻したのを俺は見逃さない。
「うん!」
 長田さんは満面の笑顔で頷く。 百川先生は腕を組んで、少し考え込む。
「生徒会役員の任期は選挙のある二学期から翌年の選挙までの一年間で、三年生が立候補することができないから一年生の立候補は歓迎するところではあるけれど……。でもどうしてあなた会長に立候補しようと思ったの?」「この学校に入ってから今までずっと疑問に思ってて、それを変えたいな、と思ったから」「へぇ、で、どんなことなの?」「あたし、制服を作りたい。学校指定の制服を作りたい」「は?」「え?」「……なん……だと……!」
 三度みたび時が止まると、風が強まり、木の葉が擦れ合いざわざわと音を立てる。
「この学校って服装自由で制服なんて着なくてもいいんだよね? でもみんな制服着てる。なんかおかしくない? だったらみんな一緒の制服作って着たらいいんじゃないかなって思って」
 埼ヶ谷さきがや高校、通称埼高さきこうに学校指定の決められた制服はない。 服装については自由で生徒の自主性に任されている。 つまり私服で学校に来たとしても何ら問題はないのである。 だが、それにもかかわらずほとんどの生徒は何らかの『制服』を着用している。 それは、中学校時代のものであったり、なかには他校の制服を着ている生徒もいる。 上がTシャツなどの生徒も多く見受けられるが、下は間違いなく制服のズボンやスカートである。
「制服? え~と、生徒会長に制服を作ってそれをみんなに着させるまでの権限はないと思うんだけど……」「だから、もちろんそんなのあたしだけじゃ出来ないって」
 長田さんは崩れていた服装を正してから続ける。
「とりあえずあたしが会長になって学校指定の統一した制服について全校生徒に訴えかける。それで全校生徒に理解が深まれば制服を作ることが出来るんじゃないかなって思って」
 百川先生は少し考え込む。
「う~ん、生徒総会で議案を提出してそれが通れば、もしかしたらってこともあるかもしれないけど……。相当ハードル高いと思うわよ?」「じゃあ、やろうと思えば出来んだよね?」「だめだ!」
 今まで少し輪から外れていた灰倉さんが突然叫ぶ。
「自由と生徒の自主性を重んじる埼ヶ谷高校において、自由な服装はその象徴だ! 統一された制服なぞ作ったら、その自由が脅かされることになる」
 さっき言い合ってたときよりもさらに切迫した形相で長田さんに迫る。
「は? なにいってんの? 自由ったってあんた含めてみんな制服着てるっしょ? それをただみんなが一緒の制服着るってことの何がいけないっつうの?」「なぜお前は簡単にそんなことが言えるのだ? 蟻の一穴という言葉があるだろう? お前のその軽率な行動が、九十年を誇るこの埼ヶ谷高校の長き伝統を崩すきっかけになるやもしれんのだぞ?」
 再び繰り広げられるバトルに百川先生は右往左往はらはらしながら成り行きを見守っている。
「逆になんであんたはそんな深刻に考えるかなぁ。あんたも着たくない? そんなんじゃなくもっと可愛いカワイイ制服とか」「き、きさま、私の制服をそんなん呼ばわりだと?」
 ……一瞬想像してしまった。 灰倉さんが長田さんみたいな制服を着ている姿を。 ……なかなかイイかもしれないと思ってしまった。 しかし、派手で自由すぎる制服を着つつ、統一された制服を訴える長田さんに対して、地味でお堅い制服を着つつ自由な服装を訴える灰倉さん。 う~ん、なんか逆なんじゃない? という気がしないでもない。
「よし、わかった。お前がそうしたければそうするがいい」
 これ以上ないくらい怒髪天を衝いおこっていたと思われた灰倉さんがあっさりと引き下がる。
「だが、私も会長に立候補させてもらう」「は?」「え?」「へ~」 もう止まることのない時は音を立てて動き出す。 風がいっそう強まりカーテンがばたばたと音を立てる。
「お前が制服を作るというのならば、私は逆に伝統を守り抜く! 必ずや私が会長に当選して、お前の野望を打ち砕いてみせる!」<a href="//24076.mitemin.net/i289244/" target="_blank"><img src="//24076.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i289244/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a> 腕を組み、仁王立ちをし、その鋭い眼光で長田さんを睨みつけると、灰倉さんの長い髪が風で激しくなびく。
「やれるもんなら、どうぞやってみてくださいな」<a href="//24076.mitemin.net/i289245/" target="_blank"><img src="//24076.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i289245/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a> 同じく腕を組み、笑みを浮かべつつ睨み返す長田さん。
 長田さんのノートが風でパラパラとめくられるとそこには「あたしのかんがえたさいきょうのせいふく」の文字とともに可愛らしい制服を着た女の子のイラストが描かれていた。

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