社会適合

ほっちぃ

社会適合

ぬらぬら。ぬらぬら。ここは地獄だ。ぬらぬら。ぬらぬら。よく描かれる地獄のイメージとはかけ離れていて、業火もなければ鍋もない。悪魔もいないし、閻魔えんま様もいない。その代わりといってはなんだが、おろろおろろとした霊のような存在がうろついている。想像しやすいのはホラー映画だろうか。見てはいけないものの気配しかしない。
少しこだわりが強いくらいで、全くといっていいほど特徴も個性もない私がここに来たのは、つい先日のことだ。
あろうことか、1時間ほど寝坊してしまったのだ。そんなとき、勤勉な日本人のすることといえば、会社に連絡を入れて、全力で出社する姿勢を見せることだ。なに、必要なのは姿勢と謝罪ただこれだけだ。他にすることもあるまい。
朝のルーティーンは崩さず、省略できる行動は省略していく。効率的に、合理的に、能率重視。会社員など、馬鹿の一つ覚えのようにそれだけをこなしていれば良いのだ。
支度を終えると、通勤用の車に乗り込んだ。普段ならば自宅から会社までは車で30分少々だ。少し急げば、25分足らずでつける。よいこのみんなは、ゆっくり行くが。
見慣れた道を、右、左、右……。青信号を過ぎ、抜け道の住宅街を45km前後の速さで進む。
「大丈夫。いつもより少し速いくらいさ」
我ながら見事なまでのフラグ回収だった。交差路に差し掛かったときに、壁の向こうから、登校中の小学生が飛び出してきた。未熟な果実と衝突した瞬間、その果実は儚く散ってしまった。
慌てた。焦った。どうしていいか分からなくなった。自分が何をすればいいのか、何をしてしまったのか、一瞬、わからなくなった。
我に返ると、唖然としていたのは私だけではなかったことがわかる。別の小学生が持っていたのであろう手提げカバンが直立していたり、へたり込む女の子や、泣きながらこちらを見つめる子もいた。

今思えば、あのときに素直に出頭していれば自分の罪は償えただろうし、救急車を呼んでいれば、引いた子は助かったのかもしれない。しかし私は、なんということをしてしまったのだと。急に怖くなって、その場から逃げ出してしまった。

すぐに警察の方に通報が入ったのか、私は、警察にサイレンを鳴らされながら追いかけられていた。何度も止まれと命令され、それでも止まってしまうと人生が終わってしまう気がして、ひたすら路地や公道を爆走した。

そこからはなぜか記憶がない。だが、気づいた時にはここにいたし、案内人らしき人からは、よそ見をしたときにハンドル操作を誤り、電柱に激突して即死だったらしい。
「そりゃあ、地獄に来るのも当然だよなぁ」
生前の私と性格は変わっていないはずなのだが、地獄に来たことでひとつ安堵感が出たのか、過去の出来事を客観視していた。



「41番、来なさい」
私は41番だ。番号で呼ばれるのは囚人のようで、気が進まない。しかし、地獄で指示に従わなかったものは拷問に合うというから、従わざるをえないのだ。
地獄とは、刑務所のようなものだ。決まった時間に与えられるクサい飯を食し、決められた時間だけ運動する。ただ、地獄には自由時間がけっこうあって、その間は何をしていてもいい。文字通り、何をしていても……。
私は武闘派というわけではないから喧嘩には参加しないし、アグレッシブに働くタイプでもないので、どこの放送局かもわからぬラジオをひたすら聞くことにしている。ときどき流れるエッチな放送とお笑い番組で気が休まるくらいだが、普遍的な社会人として生きてきた私にとっては、このくらいがちょうどいい。
ラジオを聞くのは気を休める以外にもうひとつあって、実はこのラジオが現世と通じていたり、地獄からの脱出のヒントや、地獄というものの仕組みについて語られることはないか? と思っているからだ。まあ、そんな有益な情報が入ってくることはなかったのだが……。社会人たるもの、次に起こることを予測して動くことや、常に勉強し続けるのは当然だろう。すくなくとも、私はそう考えている――



――おっと。つい深慮してしまった。そろそろ自由時間も終わりだ。私はまた今日も、この終わりのない日々を過ごさなければいけない。せめてもの願いだが、どこの誰ともわからぬ者でいいから、このメモを読み上げて、世間に広めてほしい。そうするとおそらく、はじめから終わりまで自己中心的な奴だと非難されることだろう。冷酷非情で、慈悲の欠片もない。非人道的だと。だが、それでいいのだ。私を心の底から憎み、私で負の感情を埋めつくされ、私が皆から精神的に集団リンチされればいいのだ。
そうすることで、私は救われるのだ。これが私なりの罪の償い方だ。これが私の最後のプライドだ。


さあ、地獄の始まりだ……。

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