昭和の浦島伝説

ほっちぃ

伝説のはじまり

 
「ようこそ、いらっしゃった」
 ゆっくりと家から出てきたご老人は、腰が極端に曲がっており、目尻まで白眉はくびが垂れ下がっていた。 腕には無数の火傷痕やけどあとと、縫製痕ほうせいこんが残っているのが痛ましい。修羅場をくぐり抜けてきた昭和の勲章だろうか。
「突然押しかけるような形になってしまって申し訳ありません。しかしお許しください。私は、あなたのように貴重な体験をなされた方々の話を、後世になんとか遺したいと考えているのです」
 そこまで言うと、言葉を遮るように、手で静止の合図を出した。 彼の奥さんが淹れたお茶をずずいっと口に含むと、一呼吸置いて、すぐに語り始めた。
「あれは……」

 時は1940年、横須賀じゃったかのう、浦 太郎と浦 次郎という、顔や背丈から動きまで、とてもそっくりな兄弟がいたのじゃ。よくお互いのマネをしよったかのう……。 ふたりは町内でも有名なまで仲良しでな、いつも一緒に行動しておった。 国民学校へ行っておった時も、ふたり並んでかよっとったのをいまでも覚えとる。
 そんなあるときじゃ。 ひとり砂浜で遊んでいた弟の次郎が、自分の身丈よりもそれはそれは大きな亀を見つけたんじゃ。 その亀は実にかわいそうでのう。よく近所でも盗っ人じゃ盗っ人じゃて日々騒がれておった悪ガキが、その頭で思いつく限りの悪行を亀にしておった。 つい見かねてしまって間に入り、亀を助けようとした。 が、やはり相手は高等科のヤツらじゃったから、初等科(――当時はまだ尋常小学校と呼ばれていたが、後に国民学校初等科となる――)の次郎の実力ではかなうはずがなかった。 しかし、亀を助けるために、身を呈してでも守っている姿を見て、ヤツらは亀をオモチャにすることを諦めた。 良かった良かったと胸を撫でおろす次郎に、亀が、大きくなってあなたに恩を返しますと、そう言ったように聞こえたんじゃ。
 まさか亀がヒトの言葉を話すとは思わんもんで、これはどうしたものかと、次郎は耳を疑った。 あのときからずっと、おかしな幻に侵されているのか? 昨日のように感じられた1939年から、長い長い夢を見ているのか?
 まだ幼い次郎は、そんな不思議な出来事を話したくてしかたなかったんじゃな。「兄ちゃん兄ちゃん!」 と、すぐに駆け寄ってった。「今日すんごいのを見たんだ! でっかい亀がいて、それをあいつらがいじめてて! 助けたら、喋ったんだ!」 たしかそんなふうに説明しおった。あのときは慌てておったのう。「次郎、もうそろそろ寝なさい」 と母親がなだめてからも、しばらくはヒートアップしておった。 陽が完全に沈んだあとも、次郎は気が昂っとった。 その日、次郎はよく眠れなかったそうじゃのう。

「昭和の浦島伝説」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く