サイコパス

ほっちぃ

サイコパス

 鉄サビの駄臭か血紅の薫香くんこうか。私にしか解き得ない謎だ。
 懸命に生けど、儚く散りゆくものこそ美なり。つまり、花というのは美しいということだ。花が美しく咲くというのは間違いだ。散らぬ花に美の概念は生まれないし、やがて散りゆくと知るからこそ美しくあれるのだ。
 私の目の前にも、美しい肉がいる。これを完膚なきまでに潰してしまうのは、芸術性の欠片も無い愚行で、審美眼のない猿にはお似合いだ。
「うん。実に素晴らしい」
 終える者、運ぶ者。両者がアーティストとなり、一つの作品を描きあげるのだ。これほどまでに完成度の高い芸術は、おそらく史上初だろう。
「ぐっ……もう、やめてくれ……っ」
 あぁ、もっと、もっとその声を聞かせておくれ! 命尽きるまでをじっくりと愉しみ、味わい、五感のあらゆる限りを尽くして焼き付けるのだ。
「んふふ。お前はいまからこの世の誰にも味わえない快感に悶え、悦び、その最後の瞬間まで浸り続けるのだ。私はお前が羨ましい! 私とお前とで作り上げる芸術を、私以外に理解出来る者がいないからだ。だからお前は幸せ者なんだ」
 鎖と壁が激しくぶつかり合う音がする……これは凡人には耳障りな音らしいが、私にとっては繊細で可憐なピアノに感じる。そのエロティックな囁きに、私はついに勃起してしまった。
「あぁ、そうだ。私を満足させてくれ……心ゆくまで抵抗してくれ。必ず天への道は開ける。苦しさなどひと塊もない世界へと、私がお前を招待しよう。さあ、まずはここからだ」
 刃渡りが腕の半分ほどある牛刀を使い、素早く右の脚を根元から断裁した。その瞬間に、パートナーは野蛮に声を荒げ、悲痛な叫びは沈黙に変わった。
 すると、私の内なる人格が私に語りかける。もっとやれ、さあ早くやれと! まだ、まだ足りない……。はじめのうちはあっさりと斬っておいて、その後にゆううううううっくり、ゆうううううううううううううううっっくりと、舐めるように落としていくのだ。事は急いではならないとは、孫子の時代から既に知られていることだ。焦るのではなく、焦らすのだ。
「さあ、次は選ばせてあげよう。叫びたがっているのはどこだ? んん? それとも、私の選択を待っているのか。それもまた良いだろう。私はお前と共に歩んでいくのだ。それがパートナーというものだろう」
 恐怖、憎悪、虚無、焦燥……。それらが痛みと混じり合うことで、次なる段階へとステップし、我々は昇華するのだ。
「……や…………でく……れ…………も……う」
「んん、なんだって? 私は耳がすごくいいのだが、なんせ声が小さいもので聞き取りづらいなぁ。よく聞こえるように言ってくれないと」
「やめ……て……くだ……さ」
「そうだ。理解してきたじゃあないか。やはりお前とはいいパートナーとして過ごせそうだ。あと何時間、何分間共に生けるかは不明だが、素晴らしき世界を共に見ようではないか」
 次は、心の臓がある方の腕だ。
 先程の牛刀とは別の、刃渡りが指ほどしかないナイフで、皮膚を削っていく。
 初夜を迎えたペアのように、ゆっくり、ゆっくり、確実にナイフを肩の奥へと挿し込んでいく。首の腱を切断してしまわないように、優しく丁寧に剥ぎ取っていく。
「どうした? もう叫ぶことすらできなくなってしまったのか。仕方のない奴だ。今宵はサイレントナイトだ。無音の中に微かに響く血滴の音と妖艶な香りで楽しもうではないか」
 この瞬間、まさに私は生きていると実感する。程度の低い、グロテスクホラーバイオレンスなどとは違う、れっきとした人体アート。私はその演者であり、観客であり、運命の共同体なのだと深く身に染みる。
「ただ、その悦びを真に理解しえないのは、非常に残念ではあるがな」
 苦しみ悶え、まもなく潰える命。その朧気おぼろげな瞳と無意識に反応する四肢の嘆きに、快楽の全たるものを感じ取った。
「さて、次は……おや? とうとう生き永らえることを諦めてしまったか。うーむ。彼とは良き人生を歩めそうだったのに、最後の最後で裏切られてしまうとは。情けないことだ」
 簡単な言葉で済ませてはいるが、私は心の底から嘆き悲しみ、泣き叫び、もがき、憐れんでいるのだ。
「だが、私はこんなことをしていられるほどバカではないのだ」
 早く次のステップへと移行し、本物のパートナーと巡り合わなくては。

 私が嗚咽するほど愉しませてくれる、本物の、パートナーに……。

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