根暗勇者の異世界英雄譚Ⅲ 〜闇魔法を操る最弱な少年の話〜
Ep1/act.1 獣人の国
「ガゼル!早くしろよ!遅れるだろ!」
「ミカエル!早いよ待ってよ!」
キツネのような耳と尻尾がピョコピョコと動く彼らは、パタパタと走っていた。
「今日は大切な降臨の日だろ!獣人として遅れるわけにはいかないんだ!」
「大切な日なのは分かるけど、どうして遅れちゃいけない決まりなのさ」
「お前はまだ降臨の日のことあまり教えてもらってはいないんだもんな。いいか、降臨の日ってのは1000年に1度、強国9ヶ国に英雄様が降臨なさる日なんだ。ここパルテナもその9ヶ国の1つ。そして、冒険のナビゲーターを務めるのが五感に優れた獣人の責務なんだ。英雄様が誰か選択する際に、この国の全獣人が集まっていないのは万死に値するほどの失礼になるんだよ」
「そうだったのかぁ…。でも僕みたいな獣人が選ばれるわけないよな」
「そんなこともない、何千年も前にはガゼルよりも若い女の獣人が選ばれたらしいんだ」
「それはきっとその子に優れた何かがあったんだよぉ…」
彼らの走っていた繁華街を抜けると、パルテナの中心部に位置する城がある。城の中央には闘技場があり、そこに豪華な装飾品とお供え物を設置して英雄の降臨を待つ。まるで、大規模な祭りのようにも見える。
「よかった!まだ降臨されてないね!」
「そうだな!早く観客席に行こう!」
闘技場をぐるっと一周する形に観客席があり、闘技場の中には王族と進行係しか立ち入れない。
進行係は英雄が降臨した際に何をどうすればいいのかを説明をする。
辺りが暗くなる。太陽は出ているはずなのに暗黒に包まれるかのように光が閉ざされ、煌々と光を放つ悍ましい扉が現れる。そして扉が開かれ、英雄がこの世界に降り立った。
「なんだ…ここは……」
金色に輝く頭髪に綺麗な青色の瞳、真っ白な肌に細身の長身の男。
闘技場に足を踏み入れた途端、世界が光を取り戻すかのように太陽の光が降り注ぎ、扉も消えてなくなってしまった。
「英雄様が降臨なされたーーー!!」
進行係の掛け声と共に観客席の獣人がアピールをする如く声を上げる。
英雄は何が何だか分からないような顔で辺りを見渡していた。
「英雄様、思考が追いつかないのも致し方ありませんが、どうか私めの話に耳をお傾けください」
「英雄とは俺のことか。言語は通じるようだな。この世界のことを教えてくれ」
「はい。この世界は英雄様の世界から見たら言わば異世界。別の次元に位置する世界となります。そしてここは獣人の国パルテナ。私めはこの国の王に仕える者です。あちらに見えるお方がこの国パルテナの王にございます」
「そうか。ならば獣人ではない他の種族の国もあるわけだな」
「左様でございます。他の主な強国は、精霊人、天人、竜人、そして魔法に優れた五国にあらせられます。そして、その各国に英雄様のような存在が同じタイミングで現れております」
「俺だけではないのだな。しかし何故英雄と謳われているのだ。俺はこの世界では力もなければ知識もない、姿形も前の世界とは変わっていないように思える。何もない俺のような人間がこの世界で英雄になれるような所業が出来るとは到底思えないのだが…」
「ご安心ください。各英雄様は先程の転移陣をくぐる際に何か1つ特殊な能力を授かったはずです。ここは獣人の国なので、獣人の如き、いや、それ以上の力が英雄様には備わっているはずです」
「そんな力…扉をくぐっただけでそんな…何も変わっていないように思うが…」
「英雄様が力をお試しできるよう、我々は転移場所をこちらの闘技場に指定しております故、お時間かかっても構いませんので、お試しなさってください」
「そうか。それならば色々やってみよう」
そう言い英雄は腕に力を込める。するとメキメキと腕が獣のように変わっていく。
「本当だ…。これが英雄と謳われる力か」
「さすが英雄様でございます!猛獣の如き腕!」
また腕に力を込める。今度はスルスルと細く柔軟な腕に変わった。
「ふむ、決められた獣人に変身できるのではなく、自分の必要に応じた身体に全生物から変身が可能、と言った具合だな。それなら…」
細い柔軟な腕を維持したまま、脚に強固な筋肉が膨らみ、口元からは巨大な牙が現れた。
「やはり。身体の各箇所を別の動物に変身させることが出来るようだ。これは確かに獣人以上の力と言えるのだろう。しかし、この世界にこの力を駆使してまで倒さなきゃいけない相手でもいるのか」
「左様でございます。この世界は1000年に1度、生き残りの魔族が呪術を駆使してサタンを蘇らせます。かつてサタンと対峙した各国の部隊がボロボロにやられていく中、最後の手段に禁忌とされた転移陣を召喚したところ、貴方様方のような英雄様が現れてサタンを封印してしまうと言った伝説があります。それからかつての英雄様は転移陣を各国の決められた場所に移し、1000年に1度、こうして降臨されておられるのです」
「それならまずは、他に転移してきた人間を探すところから始めるべきか」
英雄は肉体をライオンのように巨大に変え、一息にこう言った。
「この場にいる全獣人たちよ!この私がサタンを打ち倒す!私は獣人の力を手にした英雄シルヴァ・レオンだ!!」
一瞬静寂に包まれ、辺りが歓声に包まれた。
全獣人が、英雄シルヴァ・レオンに喝采を送った。
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