裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

207話



マリネットールに戻ったあと、俺たちはアリアたちと一緒に昼食を済ませ、マナドールと約束している東門へと向かった。

東門から町の外に出ると、既にマナドールが来ていたみたいで、門から少し離れた何もない草原のところで1人ポツンと立っていた。
ぼーっとどこかを見ているみたいだが、どこを見ているのかわからない。ここが日本であれが男だったら危ない人だと通報されてるレベルだが、女児だからかそこまで危険な感じはしない。まぁでも近づきたい類ではないがな。

そんなこといったところで、約束しちまってるから放置するわけにもいかず、歩いてマナドールに近づいていった。

あと15メートルほどまで近づいたところでマナドールが俺たちに気づいたみたいで顔を向けた。

「リキ、遅い。」

遅くはねぇだろうと思いながら念のため空を見上げてみたが、太陽はまだ真上にはきていない。

「まだ太陽は真上じゃねぇから、遅くはねぇだろ。」

俺の返事を聞いたマナドールは上を見上げた。手で影を作るわけでも目を細めるわけでもなく太陽をガン見している。

「ホントだ。マナが早かったんだね。」

マナドールは目を痛めた様子もなく俺に向き直ってニコリとした。

「ここでやるのか?」

不気味だったからスルーしてさっそく始めようかと周りを見るが、今いる場所は門番から丸見えだし、通行人にも丸見えだ。
俺の戦闘訓練だけならただの殴り合いだから見られても問題ないが、他のやつらはどうなんだろう。

「ダメなの?」

「…この辺りの草原地帯は見晴らしがいいので離れていても見られてしまいます。なので、ここで始めてもあまり変わらないと思います。マナドールさんに人形で囲んでもらえば、通行人からはよく見えないはずです。」

確かにここの草原はかなり広いが、背の低い草しかないから離れたところで丸見えだ。
壁の上にいる見張りのやつらはさすがに双眼鏡のような遠くを見る道具を持っているだろうから、これだけ見晴らしのいいところだと多少離れたところで無意味だろう。ただ歩いているだけならわざわざ見られはしないだろうが、今回は戦闘訓練だからほぼ間違いなく見られるだろう。

だから気にするだけ無駄か。

「そうだな。とりあえずもう少し離れて、広いスペースを使ってやるか。ちなみにマナドールは人形を何体まで同時に操れるんだ?」

「全部だよ。」

「全部?」

「リキにいっぱい壊されたから今は2036体だよ。」

「…は?」

「間違えた。リキたち・・にいっぱい壊された。とくにイーラがいっぱい。食べられたから修理も出来ない。」

「そこじゃねぇよ。2000体も一度に動かせるのか?」

俺は人形を動かしたことなんてないからわからないが、アオイみたいに勝手に動くわけではないだろう。だから何かしら操作しなきゃだろうにそれを同時に2000体だと?

「今はこの子しかいないから5000体くらいしか使えないけど、ベルとリキにあげた子を使ってたときは一番多くて8500体くらい使えたよ。これって凄いの?」

マナドールは自分の持つ小さな人形を持ち上げながら答え、首を傾げた。

間違いなく化け物だろ。

動かせてるといっても本当に動かしてるだけ程度ならまだわからなくもないが、普通に攻撃を避けるわ、隙をついて攻撃してくるような鉄でできた人形を8000体も動かせるとか、1人が持っていい力じゃねぇだろ。
そういや黒薔薇の棘はグループメンバー全員がSランクとかいう話を前に聞いた気がするな。
前に見た魔術組合の奴らのせいで勘違いしていたみたいだが、やっぱりSランクって化け物なんだな。ロリコンもこいつくらい強かったりするのか?絵面的に危ないから会わせようとは思わねぇけど。

「まぁ凄いな。」

「そうなの?じゃあ褒めて。」

マナドールが近づいてきて、俺の右手を掴んでマナドールの頭に乗せた。
頭を撫でろってことか?今日は戦闘訓練の予定だったから既にガントレットを装備してるんだが、これで撫でたら痛いんじゃねぇのか?

まぁ怪我したらアリアが治せばいいか。自分からねだっておいて文句をいいはしねぇだろ。

ガントレット越しだからか加減がうまく出来ず、俺が手を動かすのに合わせてマナドールの頭がグリングリンと動く。頭を強制的に動かされて首が痛そうなのに、なぜか嬉しそうにしてるのが怖い。

「その歳でこれだけ強いってことは頑張ったんだろうな。知らんけど。」

もういいだろうと右手をどけた。
なんか満足したみたいだな。こいつの感覚はアリアたちや他のガキどもよりもよくわからない。

「マナ頑張ったよ。強くないとドールンの人たちを護れないから。でもまだあいつには届かないから、もっと頑張る。」

「そうか。」

よくわからないが、早く戦闘訓練を始めたいから話をぶった切った。





とりあえずマナドールに1500体の人形で円を作ってもらい、俺らはその中にいる。

俺の前には人形が5体。いきなり大量だとボコボコにやられる未来しか見えないからな。

アリアとテンコ以外は全員参加したいといってきたから、他のやつらはとりあえず1対3で練習させることにした。

俺はべつに強がって他のやつらより多く相手にすることにしたわけじゃない。日本にいた時も5人を一度に相手したことがあったから、なんとなく5人にしただけだ。ちなみにあのときは負けたけど。いや、普通の人間が同程度の強さのやつ相手に1対5で勝てるわけがない。ただ、今の俺はこの目のおかげで見える範囲の危険がわかっちまうから、4体相手くらいじゃ観察眼のスキルのおかげだけで反射的に動けちまう気がする。だから5体なら必ず視界から外れるやつがいるだろうと思ってだ。べつに1対5をリベンジしてみたかったわけじゃない。

ちなみにマナドールは人形に武器を使わせることも可能らしい。今回は全員素手にしてもらったが。

既に始めの合図を出しているから、周りのやつらは戦いはじめているが、俺の前の人形たちは動く気配がない。俺の出方をうかがってんのか?

五体とも視界に入れたまま、足で地面を踏んでみるが音はほとんど聞こえない。これだと後ろに回られたら場所を把握できそうにねぇな。

まぁ練習だ。
とりあえず今日はスキルは使わずにやってみよう。

俺が左から2番目の人形に近づくと、左側4体が攻撃動作に入り、一番右にいた人形が背後に回ったのを視界の隅で捉えた。

急加速してタイミングをずらし、左から2番目の人形の右腕を掴んで一本背負いのように投げて地面に叩きつけた。柔道の技術なんてないから完全に力任せだ。

これで残り4体が視界に入る位置にこれた。

俺の後ろに回ろうとしていた1体はまだ距離があるから問題ないが、両サイドの人形は俺が投げきった体勢が隙だらけに見えたのか、それぞれ蹴りと殴りにかかってきた。

先にきた蹴りを右手で受け止めながら軸足を蹴りつけてこけさせ、無理やり体を捻って反対側からきた人形のパンチを避け、次の攻撃に合わせてカウンターで殴りつける。

そして少し距離をとって体勢を整えた。

こいつら硬すぎるだろ。足を払うときに力任せにやったから左足が痛えし、殴った右手は痛くはないが、人形の鳩尾が少し凹んだだけで倒せてはいない。
人間なら蹲って動けなくなるかもしれないが、操られてるだけの人形はこの程度なんともないだろう。

俺が次にどう出るかと考えようとしたときには5体の人形が左右に広がって最初の状態に戻っていた。

一撃で倒せないやつを複数相手にするのはキツいな。なんでいきなり5体から始めたんだよと過去の俺に文句をいいたい。

俺が余計なことを考えていたら、人形から動いてきた。
横に広がったまま攻めてきたから、どれを相手にしても確実に後ろに回られる。いや、練習なんだから、多少痛い思いをしてでも体に覚えさせるべきか。


俺は諦めて真ん中のやつの飛び蹴りを避けながら、カウンターとして右拳を力の限り人形の右脇腹にめり込ませた。

吹っ飛んでいく人形を横目で見ながら、すぐに左の人形のパンチを左手で受け流し、続けて人形が左足で蹴り上げてきたのを右足をあげて受け止めた。痛え…。

痛いのを我慢し、その受けるために上げた右足を前に伸ばして片足立ちの人形の下っ腹を踏みぬくように押し込んだ。バランスを崩した人形が倒れないように後ろに数歩下がったことで空いた間合いを使って、体勢を整えながら踏み込んで顔面を殴りつけた。
人形の首が180度以上捻れたが、人形相手じゃ意味がないだろうと思って追撃しようとしたら嫌な予感がした。咄嗟に頭を下げたが、バンッと音がするとともに背中に衝撃が走った。
感覚的に背中を蹴られたようだ。めちゃくちゃ痛え。反射的に頭を下げたが、意味なかったな。

ここで後ろの人形に狙いを変えたら目の前のやつがすぐに戦闘復帰してくると思い、先に目の前の仰け反っている人形の鳩尾を左手で殴りつけ、そのまま力の限り振り抜いて吹っ飛ばした。

殴るために体を捻ったおかげで右側の死角にいた人形の右手が見えたから、咄嗟に体を捻って後ろに避けようとしたら、また背中に衝撃を受け、目の前の拳に勢いよく突っ込みそうになり、無理やり顔だけそらしたが、あの距離で避けられるわけもなく頰に衝撃を受け、視界がブレる。

地面を転がり一瞬平衡感覚を失ったが、止まったところで飛び起きて周りを確認する。
視界内に5体の人形がいることを確認してから大きく距離を取り、警戒しながら一息つくと、身体中に痛みが走った。

首を自分から捻ったおかげで歯は抜けずに済んだみたいだが、背中も右頬も痛いし、身体中に若干の痛みを感じる。だが、そんなことは些細なことだといえるくらいに首が痛い。曲がっちゃいけないとこまで無理やり捻らされたからネジ切れるかと思った。

『ハイヒール』

少し首に違和感がある気がするが、他の痛みは消えていく。

まだ体は動く。

アリアからの制止も回復もないならまだ問題ないと判断されたってことだろう。

なら問題ない。

俺は違和感の残る首を左右に傾げて骨を鳴らし、人形の位置を確認した。

余計なことを考えながら戦うのは性に合わねぇ。

俺がセリナにやったのと同じことをすれば良いだけじゃねぇか。

簡単なことだ。

痛みで覚えればいい。

相手の攻撃は危険だと。

痛いのが嫌なら必至に避けろと。

顔面殴られたおかげか妙に頭がスッキリするな。

そして思い出したよ。俺は頭で考えるより数をこなして体に覚えさせて強くなってきたことを。しかもそうやって少しずつ成長することに楽しさを見出していたことを。


俺は一度目を瞑り、戦闘体勢を整えながら目を開けた。

目の前には既に5体の内1体の人形が間合いに入り、殴る構えを取っている。

さて、戦闘再開だ。

俺は顔がニヤけていることを自覚しながら、目の前の人形を壊すために拳を引いた。

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