裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
206話
窓から斜めに差し込んでくる光に照らされ目が覚めたが、マナドールとの約束には時間的に早そうだ。まだ少し眠いし二度寝するかなと思いながら寝返りをうったら、ベッド脇にいつのまにか用意されている椅子に座ったアリアと目があった。
なんでアリアが俺のベッド脇にいるんだ?
「…おはようございます。準備は出来ています。」
たぶん俺のベッドの横にわざわざ椅子を持ってきて座っていたのだろうアリアが声をかけてきた。
「あぁ、おはよう。…準備ってなんのだ?」
この窓は東を向いてたはずだから、窓に光が差し込んでる今はまだ昼じゃないはずだし、角度からして昼まではまだけっこう時間があると思うんだが、もう準備して待ってたのか?そんなに楽しみな予定だったのか?
まぁ確かにマナドールは見た目的にはアリアと歳が近そうだったし、楽しみで待ち遠しそうにしているのがアリアにしては珍しいと決めつけるのも悪いか。
なら昼からじゃなくて朝からにすれば良かったんじゃねぇか?まぁ今さらな話だが。
「…アラフミナ王都の武器防具屋に行くための準備です。」
…あぁ、もう出来てるんだったか?すっかり忘れてたわ。だからマナドールとの約束を昼からにしたのか。
「ありがとな。それじゃあ俺も準備するわ。」
とりあえず顔でも洗って目を覚まそう。
前回と同じく、森の出口に『超級魔法:扉』を設置して扉を開けると、また獣人の子どもが2人いた。顔はうろ覚えだが、前回とは違う2人組っぽいな。
「警戒ありがとな。」
「「はい!」」
相変わらずかなり緊張しているみたいだから、余計なことはいわずに早々に立ち去ることにした。
今回同行しているのはイーラとニアだけだ。
今回はただ防具を取りに来ただけですぐ戻るから2人もついてくる必要はないんだが、ついてきたいといわれたから連れてきた。断る理由もとくにないしな。
「そういや今日もセリナはダンジョンに行っているのか?」
アリアには準備が出来てるってことしかいわれなかったが、そういやなにも確認しなかったな。
「いえ、今日は村の中にいると聞いています。」
「大丈夫なのか?」
今のところ追いかけてきたりはしてなさそうだが、セリナの知覚範囲がどの程度かわからないから心配ではある。
「近くにリキ様がいても我慢できるか試す意味もあるらしいので、大丈夫だと思います。今日一日セリナさんがちゃんと仕事が出来たなら、数日後には合流しても問題ないかと思います。」
ニアのいうことも理解できないわけではないが、なんかセリナの扱いが酷い気がしなくもない。だが、それよりも俺が使われている感じなのが解せないな。まぁセリナが俺以外には反応を示してないみたいだから仕方がないんだけどさ。
「黒龍探しに行く前には合流したいからな。セリナには耐えてもらいたいところだ。」
その後も話しながら歩いてアラフミナ王都に向かったが、到着するまでにセリナが追ってくることはなかった。我慢したのか、そもそも知覚できてないのかわからないが。
門番にそれぞれの身分証を見せて中に入り、真っ直ぐにおっさんの武器防具屋に向かった。今日はそれほど時間がないからな。
おっさんの武器防具屋に入ると、おっさんはカウンターで何か書き物をしているみたいでこっちに気づいていない。
声をかけようとカウンターまで近づくと、その前におっさんが気づいて顔を上げた。
「おう、坊主か。チェインメイルなら出来てるぞ。」
おっさんはそういって、書類の束をまとめてカウンターの下にしまい、立ち上がった。
おっさんには悪いが、おっさんが書類整理してるとか似合わなすぎて、もの凄い違和感がある。
「ありがとう。出来は?」
「皮の剥ぎ方は雑だったが、状態はすごく良かったから、もとのチェインメイルよりはかなりいいのが出来たぞ。もともと魔鉄で出来たチェインメイルだから魔力を通しやすいだろうし、慣れればかなり使い勝手がいいだろうよ。ただ、戦闘中に防具に魔力を流したりするのは慣れなきゃ難しいとは思うが、まぁ魔力を流さなくてももとと同じ程度の防御力はあるから安心しろや。」
あのときはペリペリと綺麗に肉から皮が剥がれたからうまく出来たと思っていたが、プロからいわせると雑だったらしい。まぁ皮の剥ぎ方なんて知らねぇからしゃーない。
おっさんがカウンターに置いたチェインメイルを受け取ったが、肌触りがだいぶ滑らかだな。毛は全部取ってあるからぱっと見なんの革かわからない。たった3日でここまでやわらかくなる技術をおっさんが持っているのか、そもそもあの犬の革が柔らかいのか。
とりあえず魔力を流す感覚を知るために羽織ってみてから魔力を通す。
腕はスキルをよく使うからか魔力の放出が感覚でわかったが、背中や腹は意識しないと難しいな。まぁMPは大量にあるし、今日は練習のために放出し続けてみるか。
魔力を流しながら腕を動かしてみても特に関節部への抵抗はない。硬くなるというより強度が上がるのか?いや、あの犬は硬くなってた気がするぞ?
「もしかして失敗作?」
「ぶっ殺すぞ!」
どうやら疑問が口から漏れたみたいだ。それにしても客に対してのセリフじゃねぇな。
「すまん。魔力を流してるのに関節を曲げたりしてもなんの抵抗もないから、魔力を流すのに失敗したかと思っただけだ。チェインメイルに文句をつけたわけじゃねぇんだ。」
「いや、失敗作ってハッキリいってたじゃねぇか。」
てきとうに誤魔化そうと思ったが、俺の呟きはハッキリと聞こえてたみたいだ。なら話を流すのが一番だな。
「この革はなんでこんなに柔らかいんだ?」
「……それは俺の腕がいいからだ。普通に加工したら魔力を通せば魔力量によって硬くなる。だが、俺の腕にかかれば魔力を通せば通すほど強度が増すのに硬くはならねぇ傑作だ。もちろん通せる魔力の上限はあるがな。」
俺がスルーしたことにおっさんは苦い顔をしたが、一応質問には答えてくれた。やっぱり腕のいいおっさんだったんだな。
「ここで作ってもらう武器防具の出来がいいのは知ってるよ。じゃなきゃ毎回ここで頼んだりしねぇから。これからも頼ませてもらうつもりだ。」
調子のいいことをいっている自覚はあるが、おっさん自身嫌いじゃねぇし、ここの武器防具に不満がないのも事実だ。
だから怒らせたままにするのは悪いからな。
「お、おう。素材を持ってくればいつでも作ってやるよ。」
「よろしく。」
おっさんとの話も終わったし、他にやることもないから店を出た。
取りに来たのがガントレットなら毎回イーラで試すが、今回は防具だ。もしイーラに攻撃させて体が真っ二つになったらシャレにならないからな。アリアがいないところでそんな危険を冒すつもりはない。いや、アリアがいてもやらねぇが。
店から外に出ると、遠くで何かを叫んでいるのが聞こえる。悲鳴とかではなく、スローガンを叫ぶような、反対運動の叫びのような…言葉がハッキリ聞こえないから何かはわからないが、何度も繰り返して叫んでいるような気がする。
セリナがいたら何をいっているかまでハッキリ聞こえたかもな。
「なんか騒がしいな。」
「はい。ですが、リキ様が気にするようなことではありません。人に操られてることにも気づかないゴブリン程度の知能しか持たない生き物たちに構うだけ時間の無駄です。帰りましょう。」
「…そうだな。」
なんかニアが怒っているようだ。もしかしてニアにはハッキリと聞こえているのか?そんで叫んでる内容が不快だったのか?
悪魔の耳は地獄耳ってやつか?
まぁそこまで気になってるわけでもねぇし、このことには触れぬが吉って感じだから、俺たちはカンノ村のある森に帰ることにした。
なんかおかしい。
ニアに先導されながら、カンノ村から離れた場所に向かって歩いている途中でさっきの光景を思い出してふと思った。
この森の中はカンノ村しかないはずだ。
正確にはダンジョンもあるが、あそこは誰にも教えていないから、知られてないはずだ。
なのになんでさっき森の中に入っていくやつや出てくるやつがチラホラいたんだ?
「ローウィンス様の領土になったことを知らずに川に遊びに来たのではないでしょうか。」
俺が眉根を寄せて訝しんでいたら、確認する前にニアが答えた。
よく俺が考えてることがわかったな。だが、その答えは冗談か?
「本気でいってんのか?」
確かこの森は危険視されていて、人が近寄る場所ではなかったはずだ。前にカレンを川の中に投げ入れようとしてガチ泣きされたことがあるから、スラムの人間でも知っている常識のはずだ。俺はもちろん知らなかったし、国外から来てるニアが知らない可能性もあるが。
「…申し訳ありません。たぶんカンノ村に向かっている方々や帰ってくる方々だと思います。」
「は?行っても何もないだろ?」
正確には俺らの家とローウィンスの家があるが、あとは空き地と外壁しかったはずだ。そういや土管みたいなのはあったな。それを見に行くやつがいるとは思えないが。
「詳しくは聞いていませんが、村はほとんど出来上がっていると聞いています。」
初耳なんだが…。
まぁ確かに俺から確認は一度もしてないが、聞かずとも教えてくれてもいい気がすると思うのは俺のワガママか?
「ならせっかくだし少し見ていくか。」
「待ってください。………今行くとセリナさんを刺激してしまうかもしれません。なので、アリアさんからの許可が出てからでお願いします。」
セリナの件はアリア判断なのか。
確かにアリアは優秀だが、色恋も知らなそうな8歳児に発情期の判断なんて出来んのか?
まぁ周りが納得してんなら別にいいんだけどさ。
「むやみに刺激して長引かせたら、セリナが可愛そうだしな。」
ニアと話しながら森を歩いていると、来たときにいた獣人2人組がいた。
感覚的にずいぶんとカンノ村から離れた位置だな。まぁ念を入れるのはいいことだと思うが。
「というかイーラは一緒に来てもやることなくて暇だったんじゃねぇか?案内はニアがしてくれたし。」
今日はイーラとはほとんど会話もしてなかったから、ほぼ空気だった。イーラもそれを気にした風もなく、ちょこまか動き回ったり、急に手を握ってきたりしていた。まぁ邪魔にならない限りはスルーしてたが。
「ん?リキ様と一緒にいたいだけだから暇でも気にしないよ。」
イーラは本当に気にしていないのか、なんでそんなことを聞いてきたのかと不思議そうに首を傾げている。
俺と一緒にいてもたいして面白くはないと思うが、まぁここまであからさまな好意を持たれるのは悪い気分じゃねぇな。
「自分もリキ様とずっと一緒にいたいです。」
俺が薄く笑いながらイーラの頭を右手でぐりぐり撫でていたら、ニアまでイーラと同じようなことをいってきた。
同じ言葉のはずなのにニアのは好意の種類が違う気がするから素直には喜べねぇな。べつに悪い気分ではないが、応える気のない好意はもらいづらい。
俺が苦笑いをするとニアが少し俯いたから、空いてる左手で軽くニアの頭を撫でた。
「仲間としてだが、ニアを手放す気はない。だからそんな顔すんな。」
「はい。」
「イーラもずっと一緒だよ!」
「そうだな。」
………………。
「んじゃ、見張りに来てくれてる2人が気まずそうにしてるし、そろそろマリネットールに戻るぞ。」
「「い、いや、そ、そんなことは…。」」
急に振られた2人は揃ってワタワタしだした。ちょっと面白いが、ガチガチに緊張してる2人をからかうのはさすがに可哀想か。
「冗談だ。だが、もうすぐ昼だしとっとと戻るぞ。」
「「はい!」」
『超級魔法:扉』
目の前に現れた扉を開いて、俺たち3人は獣人の子ども2人に別れを告げてマリネットールの宿屋へと戻った。
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