裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

202話



偽物に案内されたのはスラムの一画だった。

死にかけの人間が倒れてたり、生ゴミや血やらが道を汚していたりとアラフミナよりもさらに近寄り難い状態のスラム街を奥に進むと急に表通り程度の綺麗さに戻った一画があり、その広く開けたスペースの真ん中にはスラムに入ってから見てきた中で唯一崩れたところのない三階建の石造りの家が建っていた。

その家がこいつらの拠点らしい。

偽物の案内のもと建物内の金目になりそうなものを全て回収しながらアイテムボックスにしまっていく。

食材も結構あったんだが、なんか食べるのに躊躇しそうだからと放置した。置いておけば他のスラムのやつらが見つけて食べるだろう。

3階から下りながら全部屋見てきたが、人が1人もいなかった。不用心だなとも思ったが、他の仲間がいないことよりこいつらは子どもを誘拐しているような話を聞いていたのにその子どもが1人もいないのは意外だった。
こいつらも俺と同じで勝手に噂に尾ひれがついただけか?

「リキ殿、地下は調べぬのか?」

俺らが外に出ようとしたところでアオイが声をかけてきた。

「は?」

「ぬ?」

「いや、どういうことだ?」

「気づいておらんかったのか。リキ殿にしては珍しいのぅ。地下に人がたくさんおるよ。確証はないが妾の感覚では子どもだと思うんじゃがのぅ。」

地下室があるってことか?そこに子どもを隠していたと。

「おい、ノモセニー。俺は案内を頼んだはずだが、てめぇは隠そうとしたのか?」

俺が偽物に確認を取ると、偽物はまた顔から血の気が引いた。

「わ、わざとじゃないんだ。あそこは金目のものがないから必要ないかと思ってしまって…。」

「勝手に判断するんじゃねぇよ。ガキどもに親がいれば助けたお礼に金がもらえんだろうが。」

「え?…いや、すみません。すぐに案内します。」

偽物は一瞬呆けた顔をしてから、慌てたように案内を始めた。



偽物に連れられてキッチンに行き、敷かれていたマットをどかすと隠し扉があった。その蓋のような扉を開けると地下に下りる階段があり、階段を下りた先には金属でできた扉に閂がされていて中からは開けられないようになっていた。

偽物が閂を外して扉を開けると目に染みるような異臭が漂ってきた。公衆トイレに腐敗臭が混じったような臭いというか、スラム街の臭いを個室に押し込めたようなというか、形容し難い臭いが鼻をつく。

偽物は中に入り、それについて俺たちも入った。
中に入るときに扉を軽く触ってみたが、これなら仮に閉められても壊せそうだな。……金属でできた扉を普通に壊せそうと思っちまうとか、俺もだいぶ化け物になってるなと苦笑しながら偽物についていった。

10メートルくらい石造りの細い道を進むと急に部屋のような開けた空間になり、そこには20人ほどのガキたちがいた。女しかいないところを見るにこの偽物は子どもが好きなんじゃなくて少女が好きなだけのロリコンやろうだろう。

偽物は案内は終わったというかのように無言で壁際によっていった。あとは好きにしてくれってことか。

子どもたちを見ると、全員が俺らを怖がっているようだが、意識はしっかりしているように見える。痩せすぎてるやつはいるみたいだが、体の部位を欠損してたりぱっと見でわかるほどの傷を負ってるやつはいない。
服装は普通の私服っぽいものを着てるやつもいれば布切れしか着てないやつもいる。風呂には定期的に入らせてもらえていたのか、それとも全員が連れてこられたばかりなのかそこまで汚いやつはいない。この臭いの原因は奥にあるバケツや壁際に集められている食べ物だったっぽいもののせいみたいだな。

全体的に見た感じ、これなら自分の意思で動いてくれそうだから、とりあえず希望者だけスラム街から出してやればいいか。ここに残りたいやつもいるかもだしな。
いや、金をもらうためにはちゃんと家まで送ってやるべきか。

「全員立て。」

俺が声をかけると、ガキどもはビクリと反応して即座に立ち上がった。動けないやつもいなそうだな。

「ちょっと用があってここまで来たついでに希望者は家まで連れてってやろうと思ったんだが、ついてきたいやつはいるか?」

ガキどもはパチクリと瞬きを繰り返してから、何人かが顔を見合わせるだけで希望するやつは出てこなかった。

「そうか。なら好きにすればいい。」

「待ってください!」

そういって俺が帰ろうとしたら1番年長者っぽい12歳くらいのガキが声をかけてきた。

「なんだ?」

「助けてくれるんですか?」

ガキはチラッと偽物を見てから俺を見て、聞いてきた。

「お前らが何を求めてるのか知らねぇから助けてやるつもりはねぇよ。ここから出すのも見返りにお前らの親から金をもらうためだからな。だからついてくるかここに残るかはお前らが自分で選べ。」

「帰れるの?」

「本当?」

「帰りたい!」

「帰りたいよぉ…。」

ガキどもが一斉に騒ぎ始めた。中には泣いてるやつもいてうるせぇ。

「じゃあもう一度だけ聞くが、ついてきたいやつはいるか?」

俺があらためて確認を取ると、今度は全員が希望した。

「じゃあとりあえず外に出るぞ。アリアは道案内を頼む。アオイとヒトミはこいつらが逃げたり他のやつらに…。」

「…どうしました?」

俺がアリアたちに指示しながら戻ろうと振り向いたところで違和感を覚えて黙ったため、アリアが心配するように声をかけてきた。

「おい、ノモセニー。そういや確認を忘れたが、もう他に案内するところはないか?」

「はい。これで全部です。」

「そうか。残念だ。誠意を見せるなら、俺の名前を二度と使わないと約束して衛兵に引き渡すだけで済ませてやるつもりだったが、お前はダメだ。」

「な、なんでですか!?ちゃんと全てお渡ししたじゃないですか!」

「全て?じゃあお前の後ろの壁には何もはいってないのか?」

「っ!?な、なな何をいってるんでっ!?」

偽物がすっとぼけている最中にニアが背後に回って取り押さえた。うつ伏せに倒された偽物は肺の空気が強制的に押し出されたせいか苦しそうに呻いている。

「アリア。そいつの後ろの壁を調べてみてくれないか?トラップがあるかもしれないから気をつけてくれ。何もわからなそうなら俺がぶっ壊すからいってくれ。」

「…はい。試してみます。」

アリアが偽物が立っていたところの壁を調べ始めたと思ったら、すぐに壁の一部を押し込み始め、ガコンッという音とともに壁が少し手前に動いた。
ずいぶん簡単な作りだったみたいだな。いや、すぐに仕掛けに気づくアリアが凄いのか?

アリアがその扉を手前に引いて開け、中を覗いてから俺の方を振り向いた。

「…お金を保管している場所のようです。」

完全にアウトだな。

「サーシャ。ノモセニーを魅了しろ。そして他に隠し場所がないか確認しろ。」

「我の出番か。仕方がないのぅ。」

サーシャに命令すると、ニヤニヤしながら偽物に近づいていった。セリフと顔が合ってなくないか?

「さて、リキ様を敵に回した愚かな人間よ。自分の犯した過ちを後悔しながら我のしもべとして死ぬまで生きるがよい。」

「お前は魔族だっ………。」

サーシャが偽物の髪を掴んで何かを話しかけていたら、偽物の顔が驚愕に歪み、すぐに無表情になった。
鑑定で確認するとまたノイズがかかったが、少し強めるだけで状態異常が魅了になっているのが見れた。

「他にまだ案内しておらん場所はあるかの?」

虚ろな目をした偽物はサーシャの質問に首を横に振った。

今度こそ本当に最後だったみたいだな。そしたらこの金を回収して、偽物を衛兵に差し出してからガキどもを送り届ければ終わりか。

この後の予定を考えつつ、隠し扉の中の大量の銀貨と銅貨を回収し、偽物とガキどもを連れて建物から出た。



建物から出るとすっかり暗くなっていた。
この建物の周りは明かりがあるし、建物の周りは割と広い範囲で何もないからある程度先まで見えるが、それ以外のスラム街にはほとんど明かりがないようで、崩れかけた建物の陰なんかには光が届かず、かなり暗い。まぁ暗いだけで俺は見えなくはないんだけどな。それにここがわりと明るいから暗く見えるだけで、明かりがないところに行って目を慣らせば月明かりだけで見えるだろうとアリアの案内で進もうとしたが、前を見て咄嗟に俺はアリアの肩を掴んで止めた。

「…どうしましたか?」

急遽掴んだから少し力が入っちまったんだが、アリアは全く痛そうな素振りを見せなかった。この世界のレベルでの身体強化って本当に凄えな。

「どうやら待ち伏せされたみたいだ。」

「ずいぶん歪な相手じゃのぅ。存在は希薄じゃが強者の威圧を感じる。もしや上位のアンデッドかもしれぬな。」

隣に並んだアオイが刀の柄に手を添えながら目を細めて相手を睨むように見ていた。

その相手なんだが、どっかで見たことあるんだよな。

俺がそんなことを考えていたら、相手は崩れかけた建物によって作られていた影から光が届くところまで歩いてきた。

光が当たるところに出てきたにもかかわらず、一切光ることのない闇のように暗い眼をしたゴスロリっぽい格好をした少女。腕の中には継ぎ接ぎだらけの人形をかかえ、隣には狼のような魔物を引き連れている。いや、違和感が……よく見るとあれは魔物じゃなくて出来のいい人形だ。

あれだけ目立つ格好で目の前にいるのに意識していないと見失ってしまいそうな気がしてしまうような雰囲気をまとっているが、その少女から発せられるプレッシャーはなかなかに重い。敵意や悪意とは違う気がするが、怒っている?

「人族の子どもじゃと!?」

隣のアオイが驚いていた。姿が見えていたわけではなかったのか。

「リキ、悪いことはしちゃダメ。」

ゴスロリ少女は俺らと十分に距離を取って立ち止まり、声をかけてきた。
ぱっと見では武器を持っていないが、指先まで袖に隠しているところを見るに暗器使いか?

というか呼び捨てかよ…。あぁ、思い出した。こいつはフォーリンミリヤの冒険者ギルドで会ったやつじゃねぇか。

「お前はフォーリンミリヤにいたやつだよな?なにいってんだ?」

「…『人形』……リキ様は知り合いなんですか?」

アリアが何かを呟いてから、こいつと俺が知り合いかと聞いてきた。

「前にフォーリンミリヤに飛ばされたときに一度会っただけだ。」

「とぼけるの?悪いことしたら反省しなきゃダメだよ。」

俺がアリアに答えていたら、ゴスロリ少女がコテンと首を傾げながら答えた。
可愛らしい顔と仕草のはずなのに目が歪なだけでここまでホラーチックになるんだな。

「とぼけるもなにも悪いことってのはなんのことだ?確かに俺は好きに生きてはいるが、お前にとやかくいわれる筋合いはねぇぞ?」

「むぅ。その子たちをどうするの?」

ゴスロリ少女からのプレッシャーが増した。
見た目的には頰を膨らませて子どもらしく怒ってますとアピールしているだけなのにな。

もしかしてこのガキどもの知り合いなのか?それで助けに来たところに俺らがいたから誘拐したと勘違いしてるとか?
本当はガキどもの親からも金の回収をするつもりだったが、ここでこいつに渡さなきゃ面倒なことになりそうだな。それにもうけっこう遅い時間だし、こいつが引き取ってくれるっていうなら引き渡しちまう方が楽か。

「ガキども。こいつが助けてくれるらしいぞ。」

振り向いてガキどもに声をかけると全員がクエスチョンマークを頭に浮かべているような顔になった。

「…彼女は『黒バラの棘』の『人形』です。あなたたちに危害を加えることはないので安心して彼女に保護してもらってください。」

俺が「いいから行け!」といおうとしたところでアリアが補足した。
というかもうすぐ『人形』が来るとかいってたやつがいたけどこいつのことだったのか。確かにこのプレッシャー通りの実力なら偽物じゃ敵わないだろうな。

ガキどもはアリアの話を聞いただけで安心したような顔をして、俺たちに礼をいってからゴスロリ少女の方に歩いていった。ガキなのにちゃんと礼がいえるなんて偉いなと思っていたら、何人かはチラチラと俺たちの方を何度も振り返って見てきた。まぁけっきょくは全員がゴスロリ少女のところに行ったんだが。

「そういうことじゃない!」

さらにゴスロリ少女からのプレッシャーが増し、肌がピリピリし始めた。なんなんだこいつは?

「悪いことをしたらちゃんと反省しなきゃダメ!リキは悪い大人になっちゃダメなの!だから、マナがリキを反省させる!」

ゴスロリ少女がわけわからないことをいい始めたと思ったら、ゴスロリ少女の両隣に黒い空間が現れた。
嫌な予感がして即座に構えたら、その空間からぞろぞろと大人サイズの人形が大量に出てきた。
20体は子どもたちを1人ずつ抱えてどこかにいったが、そんな少数減ったところで問題ないんだろうなと思ってしまうくらいに空間から人形が湧き出てくる。

見ているだけで気持ち悪くなるほどウジャウジャといるから100体はいるんだろうな。数えちゃいないが。

そこまで精巧な人形じゃないが、ここまで買い集めたらかなりの金がかかりそうだ。
いや、そんな現実逃避してる場合じゃねぇな。一体一体には脅威を感じないが、数が数だからちょっとヤバいんじゃねぇのか?
イーラに龍に変身させて逃げるか?

「反省したら一緒に謝りに行ってあげるから、リキはまずは反省して!」

俺がどうするか迷っていたら、ゴスロリ少女の言葉と同時に大量の人形が走って向かってきた。

アリアが支援魔法を全員にかけれるだけかけたようで、俺らの体が淡く光った。

なんか敵意も悪意もないみたいだからやりづらい相手だが、加減なんてしてる余裕はない。相手はガキだが俺より格上の相手の可能性だってある。

悪いが殺す気でいかせてもらう。

『超級魔法:雷』

ズドンとゴスロリ少女の頭上に雷を落としたのが合図だったかのように、俺たちもそれぞれ武器を構えて走り出した。

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