裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
200話
イグ車から景色を眺めながらジェル状の携行食を口に含み、わずかな咀嚼の後にゴクリと飲み込んだ。
マルチと別れた翌日、俺らは早朝発のイグ車に乗ってマリネットールに向かうことにした。
ダンジョン探索の終わりとともに都合よく雨がやむなんてことはなく、ダンジョン最寄りの村から首都までの便に乗って行くことになった。首都までの移動手段は馬車で休み休みの10日間かイグ車で夜以外休みなしで2日間の2つがあり、俺らはイグ車を選んだ。既に太陽は真上に昇っているようだが、ドールンから乗った馬車ほど揺れないおかげでまだケツは痛くない。あれと比べたら快適だ。料金は馬車の4倍近かったが、速いうえにこれだけ揺れのない車体なら納得できる。
ただ、さすがに何もやることがないと暇だな。
外を眺めているが、さっきから山か森か草原しか見えない。雨は小降りになっているから、もうすぐ止みそうだなくらいしか思うところがない。
馬車の中に視線を向けると、アリアとニアは本を読んでいて、アオイは刀の手入れをしている。他は足をパタパタさせながら暇そうにしている。たまに言葉を交わしてはいるが、既に7時間くらい乗っているからネタが尽きているのか、会話が長く続くことはないみたいだ。
イグ車は馬車の倍近いサイズだから、今回は全員乗れているんだが、かなり静かだな。
寝るか。
やることないのに無駄に起きてる必要ねぇしな。
俺はそのまま壁にもたれかかって目を閉じた。
体がゆっくりと揺れているのを微睡みの中感じつつ、徐々に意識がハッキリとしてきた。
目が覚めてきたことにより、腕を誰かが掴んで揺さぶっているのだと気付いて、薄眼を開けるとアリアと目が合った。
寝てる俺に不快感を与えずに起こすとかさすがはアリアだなと意味不明なことを考えてしまうくらいにはまだ寝ぼけているみたいだ。
「…リキ様。村に着きました。今日はここで宿泊するようです。」
アリアが話しかけてきたから、重たい瞼を無理やり開いてから両腕を上げて背筋を伸ばした。
どんだけ寝ていたかはわからないが、ボキボキと骨を鳴らして少しの開放感を味わった。
「そうか。起こしてくれてありがとな。」
なんとなしにアリアの頭を撫でたら、髪がサラッサラだった。出会った頃はヌトヌトだったのに変わるものだな。…死にかけ時代と比べるのはおかしいか。
「…はい。」
アリアの頭から手を下ろして周りを見るが、まだ誰も降りていないようだ。既にイグ車は止まっているのに俺が寝てたせいで待っていたのか。
俺がアリアたちの間を突っ切ってイグ車を降りるとアリアたちも続いて降りてきた。
どうやら雨は止んだみたいだ。さすがに地面はぬかるんでいたり水たまりが出来ていたりで歩きづらいが雨が降ってないだけでもだいぶマシだ。
到着したのはそこそこ大きな村のようだが、夜だからか静かだ。
イグ車の御者からは明日の夜明けとともに出るから遅れないようにとしかいわれなかったから、宿は自分で探せってことか。
宿もだが、その前に腹減ったな。朝は夜明け前に宿を出たから飯を食ってねぇし、昼はイグ車の中だったから携行食しか食ってねぇ。
だが、これだけ静かなところを見るに酒場とかなさそうな気もするな。
いや、宿に行けばだいたい夕飯付きだから、食い物屋を探す必要はねぇか。
とりあえず宿を探そうと村に入って、てきとうに歩く。当てもなしに探すのは面倒だなと思っていたら、この辺の建物はほとんどが宿屋じゃねぇか。しかもちょっと高そうな宿だ。
村には不釣り合いだが、俺らみたいに立ち寄ったやつらが主な客だから、無理やり雰囲気作ってるのかもな。だからこの辺りは静かなんだろう。高級宿だから騒ぐやつがいないのと立ち寄ったやつ用の宿だから客自体が少ないっていう2つの意味で。
「お兄さん!宿を探してるんならウチに来なよ!安いしご飯美味しいよ!」
高い宿に泊まるのはもったいねぇけど、一泊くらいならいいかと目についた宿屋に入ろうとしたところで、腕を引かれて声をかけられた。
「あ?」
「っ!あ、あの…ウチの宿屋に…。」
急に引っ張られたから何かと確認しただけなんだが、怖がらせちまったみたいだ。
まだ10歳にも満たなそうな子どもがこんな時間に客引きとか危ねぇな。よっぽど不人気の宿屋なのか?
俺が手を伸ばすと女の子がビクッとして、大きな三つ編みにしている後ろ髪が小さく揺れた。
無視してその子の頭をガシッと掴んでから、屈んで目線を合わせた。
「怖がらせちゃってごめんな。別に怒ってるわけじゃなくて、お兄さんもビックリしただけなんだ。それで、安くてご飯の美味しい宿屋に案内してくれるのか?」
出来るだけ安心させるように声をかけた。
まだ親の庇護下にいるだろう歳なのに頑張って働いてるやつの邪魔はしたくないからな。
もちろん連れていかれた宿が高かったら泊まるつもりはないが。
「うん!お母さんのご飯は美味しいんだよ!」
「そうか。それは楽しみだ。」
「早く行こう!こっちだよ!」
子どもが袖を引っ張って急かしてくるから、引っ張られるままに歩いていく。
笑ったり怖がったり笑ったりとよく表情の変わる子どもだな。そばかすのある顔で無邪気に笑っているのを見るとなんか和む。海外の映画を見てる気分だ。まぁここは海外どころか異世界なんだがな。
子どもの案内に従ってしばらく歩くと、まだ営業している酒屋などがある通りを過ぎた先、店などは何もなさそうな区画にポツンと家があった。子どもがそこに入ろうとしているから、これが宿なのだろう。
「10名様ご案内!」
宿に入ると子どもが奥に聞こえるほど大きな声を出した。
宿は外装で想像した通りの内装というか、少し建物は古いが汚いという印象はない。むしろだいぶ綺麗な宿だ。土足で入るエントランス兼食堂の床に足跡1つないからな。客が来てないだけって可能性もあるが。
「どこ行ってたの!夜に外に……。失礼しました。いらっしゃいませ。宿泊ですか?」
奥から怒りながら出てきたのは子どもと同じ茶色い髪を後ろでアップにしてまとめている綺麗な女性だった。歳は20代前半だろう。
ローウィンスやセリナのような万人ウケするような美女ってわけではないが、どこか惹かれる雰囲気のある美人だ。
クリアナに似た雰囲気があるというか………俺は人妻が好きなのか?
俺が答えずに見続けていたから、女性はキョトンとした顔で首を傾げた。
可愛いな…いや、違う。
「悪い。宿泊で頼む。あと飯も食いたい。朝は早いから夜だけでいい。」
「かしこまりました。部屋は最大6名様となりますので、二部屋ご用意させていただきます。お食事込みですとお一人銀貨5枚になります。」
俺は銀貨50枚を女性に渡し、子どもに銀貨1枚を渡した。子どもは受け取りながらも不思議そうな顔で俺を見上げた。
「俺らをここまで連れてきてくれた対価だ。だが、これからは日が沈んでから外に出るのはやめておけ。お母さんが心配するからな。」
「こんなにいいの?」
「子どもなんだから遠慮せずにもらっておけ。」
「でも…あっ!じゃあ髪切ってあげる!」
子どもは困った顔をしながら俺を見て、俺の頭を見たところで閃いたような顔をしてから提案してきた。
そういやけっこう伸びてきたな。
ん?けっこう伸びた?いや、こっちの世界に来て数ヶ月は過ごしてるはずなのにこの程度しか伸びてないのか?この世界では髪が伸びにくいのかと思いながら、なんとなくアリアを見た。
アリアとは出会ったときに前髪をナイフでバッサリ切ったはずなのにちゃんと整えられた状態で長くなっていた。今まで意識して見てなかったから気づかなかったが、あらためて見るとだいぶ伸びている。伸びているのもそうだが、俺の知らないうちに髪を整えていたんだな。やっぱり8歳でも女の子か。
この世界で美容室なんて見てないから、こいつらは自分でやってるのか?それにしては上手いな。
せっかくだからこの子に切ってもらって、失敗したらアリアたちに整えてもらえばいいか。最悪坊主でもいいし。
昔、歩が髪を切りたいとかいい出したから切らせてやったら失敗して、修正しようがなかったから坊主にしたのが懐かしい。この世界にもバリカンがあるかは知らんが、ハサミはあったから探せばある気がする。
「じゃあせっかくだし頼もうかな。髪を切ったことがあるのか?」
「うん!お母さんの髪はいつもあたしが切ってるんだよ!」
あらためて母親を見る。
やっぱり可愛い…じゃなかった。前髪を見た感じでは問題なさそうだな。
「アミーユ、やめなさい。失敗したらどうするの?…ごめんなさい。嫌でしたら断っていただいてかまいませんからね。」
「いや、髪が伸びてたのは確かだし、切ってくれるのなら助かる。」
「そうですか?お気を使わせてしまい申し訳ありません。」
女性が申し訳なさそうな顔をして、ペコリと頭を下げた。その顔がだいぶ疲れているように見えたが、宿を経営しながら子育てとか大変に決まってるわな。
「気なんてつかってないから気にしないでくれ。とりあえず先に飯をもらってもいいか?」
「かしこまりました。それではお好きな席におかけになって、少々お待ちください。」
「じゃあ、ご飯終わったら髪切るね!」
「よろしく。」
「うん!」
そういって女性はキッチンの方に歩いて行き、その後ろを子どもがトテトテと小走りでついて行った。
一階部分は食堂になっていて、カウンターやいくつかのテーブル席がある。俺らは壁際に6人掛けテーブルと4人掛けテーブルが隣合わさっている席があったから、そこを利用することにし、席についた。
アリアたちとてきとうな話をしながらしばらく待っていると料理が運ばれてきた。
パンが2つにビーフシチューのようなものとサラダ……たしかにほどよい一人前なんだろうが、俺たちには絶対足りねぇな。
「追加注文は可能か?」
「はい。今メニューをお持ちしますね。」
女性がメニューを取りにキッチンに向かうと、入れ替わりで子どもが何かを持ってきた。
「これ、あたしが作ったの!たくさんあるから足りなかったらいって!」
そういってテーブルに乗せようとしてるのは大皿に山盛りになっているマッシュポテトっぽい何かだった。
さすがに10人前は重かったのか、頑張ってもテーブルの高さまで持ち上げられないみたいだったから、俺が受け取ってからテーブルの真ん中に置いた。
「ありがとな。」
子どもはニコリと笑ってキッチンに戻っていき、それと入れ替わるように女性が戻ってきた。
2人しか従業員がいないのか?大変そうだな。
「こちらがメニューです。」
女性から渡されたメニューを開きもせずにアリアに渡した。アリアもいつものことだからわかっているみたいで、メニューを見ながら注文を始めた。
女性はいきなり注文されると思ってなかったのか、慌ててエプロンのポケットからメモ帳を取り出してメモり始めた。
間違いなく10人前ではおさまらないだろう量をアリアが頼み終わると女性は苦笑いをしながら小走りでキッチンへと戻った。
大変そうだが、だからといって食う量を減らすつもりはない。作るのに時間がかかるのは仕方ないとは思うから、とりあえずこれらをゆっくり食べながら待つか。
「いただきます。」
「「「「「「「「「いただきます。」」」」」」」」」
先にビーフシチューっぽいものをスプーンですくい、口に運ぶ。うん、味はビーフシチューだな。
中にある肉をすくって口に運ぶが、とても柔らかく、味も牛肉に近い気がする。まぁ牛肉の味を忘れかけてるから本当に近いのかはあやしいが。
次にパンを食べようとしたところで、マッシュポテトのようなものを取り分けた小皿を前に置かれた。今回はアオイが取り分けてくれてるみたいだ。
「あんがと。」
パンをちぎって口に放り込み、マッシュポテトのようなものをスプーンで取って食べてみた。
マッシュポテトだな。
特別美味いわけではないが、ちゃんとイモを潰してあり、塩加減もちょうどいい。
サラダに何もかかってないことにちょっと物足りなさを感じるが、全体的に美味い飯を楽しんでいると3人の男が入ってきた。
チラッと見たところ、チンピラのような雰囲気を纏ったやつらだが、特に興味がわく相手でもないから食事を再開した。
女性が追加で頼んだ料理を持ってきたときに男たちを見て、目を見開いた。だが、すぐに表情を切り替え、俺らのテーブルに料理を置いてから男たちのもとに向かってっいった。
「お食事でしょうか?」
「はぁ?金の回収に決まってんだろ。」
「え?しかし、借金については全額お返ししたはずですが。」
「お前が払ったのは利子の分だけじゃねぇか。元手は一切減ってねぇよ。」
「え?最初の契約通り、利子を含めた金貨12枚を先日お支払いしたではないですか。」
「はぁ?当主が代替わりして契約内容も変わってんだよ。利子が月2割、当主が代わって5ヶ月で金貨10枚と先代がつけた利子分金貨2枚の金貨12枚で、あんたが払ったのはその分だけだ。利子を元手の金貨10枚で計算してやってるだけありがたく思えや。」
「そんなこと聞いてません!」
「てめぇが確認しに来なかっただけだろうが!」
うるせぇな。
借金の取り立てみてぇだが、やるなら裏口なりどっかの部屋なりでやれよ。
「あ、あの、他のお客様がいらっしゃるので、後日にしてはいただけませんか。」
「あぁ?」
女性が俺の視線に気づいたようで、とりあえずの引き取りを願ったようだが、チンピラどもは話を逸らされたことにイラついたような声を出し、睨みつけるように俺らを見た。
「何見てんだコラ!」
そういってチンピラは近場の椅子を蹴り上げた。
その椅子はほぼ直線的にこちらに飛んできて、サーシャの後頭部にぶつかり、上へと跳ね上がった。
『ルモンドアヌウドゥ』
そして、数秒滞空してから重力に従うようにテーブルのど真ん中に椅子が落ちてきた。もちろんテーブルの上の食べ物は無事ではなく、辺りに飛び散った。
俺は命の危険がなかったからか、とくに椅子を止めることも避けることもなく見ていたから、アリアが魔法で膜を作ってくれて助かった。
他のやつらも反射神経がいいからほとんどのやつは避けやがったが、誰も椅子をキャッチするという発想はなかったようだ。
イーラとサーシャに関しては避けてすらいないからガッツリと食べ物がぶっかかった。
イーラは体についた食い物の残骸をそのまま吸収して、なにもなかったかのようになっていたが、サーシャは不快げな顔をして自分の体を見下ろした。椅子が当たった後頭部は気にしていないようだ。
はぁ…。
借金なんてする方が悪いんだから、俺らに関わらなければどうでも良かった。だが、これは許せる範囲を越えている。特に食べ物を粗末にするやつは気にくわねぇ。
俺とアリアの周りはアリアの魔法のおかげで汚れていないが、それ以外は広範囲に飛び散っている。状況を確認してから男たちを見ると、ゲラゲラと笑ってやがった。
俺は立ち上がり、散らばったものを踏まないように飛び越えて、男の前に着地した。
「な、なん…。」
急に目の前に来られたから驚きつつも威嚇しようとした男の口を右手で塞いだ。
「うるせぇだけで謝罪も出来ねぇ口はいらねぇよな?」
右手に力を入れて全力で握り、かなりの抵抗と不快感を右手に感じながら男の頰から抉るように握りつぶした。
手を開くと男の歯や骨片や肉片が床に落ちた。ガントレットをせずにやるとかなり気持ち悪いな。それに全力でやらなきゃ潰れねぇし、指が少し痛え。
「あぁぁぁぁぁ…。」
口を抉られた男は崩れ落ちて膝立ちになり、呻きながら蹲った。
「兄貴!」
「な!てめぇ、何しやがる!」
「は?先に喧嘩を売ってきたのはお前らだろ?うるせぇだけならまだ我慢出来たが、喧嘩を売られて黙ってられるほど俺は大人じゃねぇんだ。」
俺が男2人を睨みつけると、2人はビクリと体を跳ねさせて半歩下がった。
「あぁぁぁぁぁ…。」
「うるせぇよ。」
蹲って呻いている男の腹を蹴り上げた。
男は1メートルほど転がり、血の混じった嘔吐物をまき散らした。
「や、やめてくれ!俺らが悪かった!」
「すまねぇ、許してくれ!」
男2人が俺と口を抉られた男の間に入り、膝をついて謝罪してきた。
飯食ってるだけの一般人に喧嘩を売るようなクズでも仲間は庇うんだな。2人だけ逃げようとしたら同じ目に合わせようと思ったが、悪いと思っているならとりあえず謝罪は受け入れてやるか。 よくよく考えたら床に散らばった料理もイーラなら気にせず食うだろうから食い物を粗末にせずに済むし、アリアのおかげで俺には一切被害がなかったしな。
元凶の男もこれだけやられれば反省しただろう。
こんなんで許してやれるなんて、俺も少しは大人になったみたいだな。
「本当に悪いと思ってるなら誠意を見せろ。」
それでも壊れた椅子や汚れた床の掃除に金がかかるから、それらはこいつらに払わせるべきだろ。俺が食おうと思ってた分の料理も食えなかったわけだし、もう一度頼む分の金もか。
「せ、誠意ですか?」
「何をすれば…。」
「そうだな。金で解決が一番楽だろ。だから料理代と掃除代と迷惑料で…。」
いいながら、俺はこの世界の掃除代とか迷惑料の相場がわからないどころか、この店の料理代がいくらかすらわからねぇことに気づき、いつも通りアリアを見た。
アリアは意味を察してくれたようでコクリと頷いた。
「…金貨10枚です。」
は?高くね?アリアにしては珍しく計算間違いか?それともこの世界だとそんなもんなのか?
「き、金貨10枚だと!?」
「バカヤロー!命に比べたら金貨10枚なんて安いだろ!お前は今いくら持ってる?」
「手持ちは金貨1枚もねぇ…。」
「マジかよ…俺と合わせても金貨2枚あるかだな…。兄貴が金貨8枚も持ってると思うか?」
「さすがにねぇだろ。…申し訳ねぇ。お金を取ってくるので少し待ってはもらえねぇですか?」
「…それならあなた方の首を置いていってください。それが出来ないのであれば今すぐ払ってください。」
「え?首を置いていく?」
男の確認に俺が答える前にアリアが答えるのはべつにいいんだが、無茶振り過ぎるだろ。男たちが理解できないのは仕方がないな。
「…出来ないのですか?サーシャ、見本を見せてください。」
「我か?まぁかまわぬが、首を離せば良いのか?」
サーシャは確認しておきながら、アリアが返答する前に首の横から細い針のような血を生やし、それを高速で一周させた。
そして、右手で自分の髪を掴んで持ち上げた。
首と胴体が離れた瞬間、息を飲む音が聞こえて男たちに向き直ると、男たちだけでなく宿の女性まで青い顔になっていた。まぁ普通に生首とか気持ち悪いよな。リアルじゃモザイクもねぇし。
「我には造作もないことだが、ただの人間には難しいのではないか?」
「…出来ないのであれば今すぐ払えばいいだけです。今すぐ払わない結果がどうなるかはこれで簡単に想像できるようになったと思うので。」
「お、お前はまま魔族だだだだったのか!?」
「魔族ってだけで絶望的なのに首を落としても死なない相手なんてどうしろと…兄貴はなんて相手に椅子を…。」
なんか勝手に絶望し始めたぞ。そういや魔族は本来は恐怖の対象なんだったか?イーラはスライムだしヒトミはほぼ人間だし、サーシャは馬鹿だから魔族が危険な存在っていわれていることを忘れてたわ。確かに化け物級の強さではあるが。
アリアは脅し的な意味でサーシャを使ったんだろうけど、ない金をどうやって払わせる気なんだ?内臓でも買い取るのか?いや、この世界は魔法でだいたい治せるみたいだし、移植手術なんかねぇから需要がねぇか。
「そ、そうだ!おい、ネイージュ!今すぐ金貨10枚払え!じゃなきゃお前もお前の娘も道連れにするからな!」
男が何かを閃いたみたいだと思ったら、宿屋の女性を脅迫し始めた。そういやまだ借金があるみたいなこといってたな。
「そ、そんなことをいわれましても…先日返済したばかりのため、手持ちがほとんどありません。」
「ふざけんな!金貨10枚くらいの蓄えはあんだろ?なけりゃ死ぬぞ!」
「死にたくはないですが、そんな大金をすぐに用意できるわけないじゃないですか…。」
べつに殺すなんて一言もいってねぇんだけど、大の大人が3人とも泣きそうな顔になってやがる。
「あんたはこいつらからいくら借りてんだ?」
「………金貨10枚です。」
ちょうどか。
なんか間があったが、嘘ではないみたいだな。
「じゃあお前らはその蹲ってる男を連れてもう帰れ。金はこの女性から回収する。だから借金は完済ってことにして、二度とここには来んな。」
「お、おう。」
「兄貴、すぐに治癒魔法師に診せるからもう少し我慢してくれよ。」
男2人は口を抉られた男を担いで、足早に去っていった。
「…あ、あの…ありがとうございます。」
女性がおずおずとお礼をしてきた。お礼をいわれるようなことは何もしてないんだがな。
「お礼をいわれるようなことはしてないから気にするな。あいつらは目障りだったから追い出しただけだし。それで、金貨10枚は今すぐは払えないっていってたが、どの程度待てば払えるんだ?」
「っ!?…5年…いえ、4年でなんとか払えるようになると思います。利子の割合によってはもう少しかかってしまうかもしれません。」
金貨10枚貯めるのにそんなに時間がかかるもんなのか?
そう考えると冒険者って命がかかってるだけあって稼げるんだな。
「じゃあ5年待ってやる。利子もいらんし、皿や椅子の修理代を引いて金貨9枚でいい。その代わり、俺の村まで持ってこい。届ける手段があるならそれでもいいけどな。」
「どちらの村でしょうか?」
「カンノ村だ。」
「カンノ村?」
「あぁ、アラフミナ王国の首都近くにある村だ。俺は一応そこで村長ってことになってるから、門番にリキ・カンノに借金返済に来たっていえば伝わるはずだ。」
「アラフミナのリキ・カンノ!?」
もしかして会ったことあったか?でも一度でも会ってたらこんな俺好みの女性を忘れるとは思えねぇし、そもそも俺はこの国に来たのは最近の話だから可能性はかなり低いだろ。
「俺を知ってるのか?」
「マリネットールにいらっしゃるお強い方という噂はこちらにも流れてきました。」
「あぁ…そいつと俺は別人だ。そいつが俺の名前を勝手に使ってくれてるみたいだから、今はそいつに会うためにマリネットールに向かってる途中だ。」
「そ、そうなのですか。かしこまりました。必ず5年以内にお届けいたします。老いた私でよろしければ好きに使っていただいてかまいませんので、どうか娘だけは…。」
なぜか女性が深々と頭を下げてきた。
「あんたを好きにしていいっていうのは魅力的な提案だが、ちゃんと金を払うっていってる相手にそれ以上を求めるつもりはねぇよ。ましてやあんな子どもに何かを求めちゃいねぇ。既に働いてる時点で立派だしな。それより金の話は終わったんだから、追加で飯を頼んでいいか?それまでに掃除はしておくからよ。」
「そんな!お客様に掃除をさせるなんて!」
「汚したのはあいつらだが、この辺の血溜まりは俺のせいでもあるからな。それに俺らは腹が減ってんだよ。掃除し終わってから料理を始めるんじゃ時間がかかるだろ?それに掃除代はあいつらからもらってるから、気にせず料理してくれ。追加のメニューはあっちにいるアリアから聞いてくれ。」
「…はい、かしこまりました。申し訳ありません。」
女性は頭を下げてからアリアのもとに向かい、オーダーを取ってキッチンへと戻っていった。それを見てたら物陰にいた子どもと目が合い、すぐに逃げられちまった。
さすがに子どもにはグロかったか?これじゃ髪切る約束はなかったことになりそうだな。
まぁ、やっちまったもんは仕方がねぇ。とりあえずここの掃除だが、赤の他人のゲロ掃除とか嫌だな。
触らずにやる方法とかねぇか?水魔法を操作すれば外まで流せるか?試してみる価値はあるか。
その前に。
「イーラ。そっちの散らばった食いもんの処理は任せていいか?」
「は〜い。」
イーラは嫌な顔1つせず、ドロドロと新たなスライムを生み出して、そいつらにテーブルや床に散らばった食べ物を吸収させ始めた。
向こうはこれで大丈夫だろう。
『上級魔法:水』
まずは空中の水をそっと床に落とし、それを床を這わせるようにしながら嘔吐物を拭った。その瞬間何かが混ざった不快感を得たが、気にしたら負けだ。直接は触れてないんだから気のせいだと思っておこう。そしてそのまま混ざった水を外まで運ぶ。
入り口にぶちまけるのはさすがにまずいだろうから、俺も外に出て、路地裏まで運んで魔法を解除した。思ったより上手くいったな。
宿に戻って、念のためもう一度『上級魔法:水』を発動し、アイテムボックスから固形石鹸を取り出して、石鹸を持つ右手を水に突っ込んで、水を回転させた。
思ったように泡立たなかったから、右手を水の中でじゃぶじゃぶと振ったらちゃんと泡立った。
その水を操作して床を這わせると、綺麗になった気がする。石鹸は偉大だな。使うだけで綺麗になった気になれるのだから。
そんなことを考えながら、入り口まで水を持っていって外にぶちまけた。石鹸水だから入り口にぶちまけても文句はいわれないだろ。さっきまで雨が降ってたから地面はもともと濡れてるんだし。
MP残量をチラッと確認したが、さすが魔王というか、上級魔法をこんだけ使い続けてんのにあんま減ってねぇ。これならまだまだ大丈夫だろうから、血溜まりも同じ方法で片付けた。
床を見て、泡が残ってないのを確認してから、『上級魔法:風』を弱めに発動して床を乾かした。
魔法はやっぱ便利だな。MPの消費だけで汚物掃除が終わっちまった。念のために石鹸も使っちまったから正確にはMPだけじゃねぇけど、雑巾がけするより気持ち的に何百倍も楽だ。
俺の掃除が終わったからイーラの掃除の進み具合を確認しようと目を向けると、既に終わってこっちを見ていた。というかイーラだけじゃなくて全員がこっちを見ていた。
「…今のは上級魔法ですか?」
「ん?あぁ、そうだ。水で洗って風で乾かしただけだ。」
「…さすがリキ様です。掃除に上級魔法を使うという発想がわたしにはありませんでした。ありがとうございます。」
「お、おう。」
なんでお礼をいわれたのかはわからないが、アリアの役に立ったならいいか。
俺が席に着くと、それを待っていたかのように料理が運ばれてきた。
んじゃ食事を再開するとするか。
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