裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

199話



扉を少し開けてから警戒しながら中を覗いた。
入ってすぐに部屋全体を観察眼で見て、部屋内に危険なものがないかを確認するつもりだったんだが、広い部屋のど真ん中に異様なものが鎮座していたせいで、それ以外が視界から消えた。

俺が動かなくなって邪魔だったからか、ニアがもう少しだけ扉を押し開けたことによって、全員が中を見れるようになった。

やはりありえない光景だったようで、俺だけでなく全員が一瞬動きを止めた。

「あれがボスなのか?」

「…わかりません。」

俺は部屋のど真ん中にあるものを顎で指してアリアに確認を取ったが、アリアもわからなかったようだ。

ボス部屋のど真ん中には透明度の高い巨大な宝石のようなものがあり、その中には俺と歳が変わらなそうな女が入っていた。

何故か裸でだ。

透き通った金色の綺麗な髪が腰あたりまで伸びているようだ。髪は癖のない綺麗なストレートだから本来なら後ろ髪の長さなんてわからないはずなんだが、曲線美とはこれのことだというかのように腰がくびれているため、正面からでも後ろ髪の毛先が見えていた。
瞳が閉じられているからなのか、それともスタイルが整いすぎているからなのか、どこか作り物のようにも見えてしまう。
これが美術館に並べられていたら、美しいと評価される作品だろう。

芸術的センスのない俺ですら見惚れてしまったくらいだからな。決して裸だから目が離せなかったわけではない。この女ならドレス姿でも視線を外すにはそれ相応の意思が必要になるだろう。

いや、何いってんだ俺は。

これだけの距離が離れていてもそこまでクッキリと見える今の俺の目にも驚きだが、ボス部屋だということを忘れてしまうほどに見入ってしまったことに驚いた。

ボス部屋で油断していいわけがない。

「とうとう来てしまったか。」

急いで部屋の確認をしようと思ったところで声をかけられた。
声の方に視線を向けると、地面を盛り上がらせて作った椅子に、顔の一部に骨が見えているローブを着た男が座っていた。

「ここのボスか?」

「…どうやら普通に探索してきた冒険者のようだね。あのトラップや魔物を退けてここまで来れたことには素直に称賛するよ。それで、どうだい?美しいだろう?」

男は宝石のようなものに入っている女を見て、微笑んだ。

あれが美術品であり、この男の作品であるならば、微笑みながら自慢しているんだろうと納得できる。だが、俺はあの女を鑑定してしまった。だからあの女が名前のある人間だということがわかっているためにこの男からは狂気しか感じない。
いや、もしかしたらこの男はたまたまこの女を見つけて美術品だと勘違いしているという可能性もあるのか。

「お前がやったのか?」

「あぁ、私の最高傑作だ。永遠に最高の状態でいられる彼女は幸せだろう。」

やっぱり狂っていやがった。

「マルチ、悪いが一つ確認したい。“フルーリャ・マルクローネ”を知ってるか?」

俺が男から視線を外さないまま、マルチに目の前の女を鑑定したときに出てきた名前を確認したら、マルチではなく男が目を見開いた。

「確か、だいぶ前に病気で亡くなったといわれてる、マルクローネ領の現当主の姉ッスね。急にどうしたんスか?」

俺がバカっぽいキャラのままでいてくれと頼んだせいか、マルチが緊張感のない声で俺の質問に答えてくれた。だが、緊張感がないのは声だけで、既に戦闘体勢になっているような雰囲気を背中に感じた。

「…鑑定持ちか!」

なんで俺があの女の名前がわかったのかに男が気づき、どこからか取り出した鎌を振りかぶりながら近づいてきた。
ローブを着ているから足もとが見えないこともあり、浮いているんじゃないかと思うほどに音もなく滑るように近づいてくる。

男が手に持つ柄の長い黒い鎌から赤黒い靄が溢れ始めた。そこまで速い敵じゃないから受け流してカウンターを決めようと待ち構えたのは失敗だったかもしれねぇ。

後ろにはアリアたちがいるから下がれねえし、扉が邪魔で横にも大きくは避けられねぇ。その分相手も長い武器では戦いづらいと思うんだが、男に止まる気配がない。
こんな微妙な位置で待つくらいなら戦いやすいように前に出るべきか。

迷ってるほどの時間がないから、待つのは危険だという直感に従って前に出ようとしたところで、ニアが俺の隣をスルリと通って前に出た。

一瞬虚をつかれて俺が止まっちまった直後、金属同士がぶつかったとは思えないほど低い音が響いた。

そういやあの盾は金属じゃねぇのか。

俺がそんなどうでもいいことを思い出したときにはニアが盾を横に振って、男を吹っ飛ばしていた。いや、男は自ら後ろに飛んだみたいだ。

「装備品だけは良いものを持っているようだな。…面倒この上ない。」

「エルダーリッチ…いえ、それにすら成りきれてない出来損ないだと思っていましたが、見る目だけはあるのですね。これはリキ様が自分のために作ってくださった最高級品です。」

ヘルムをしているうえに俺の前にいるから顔は見えるはずがないんだが、ニアが喜んでいる顔を幻視しちまった。さすがにわかってると思うが、褒められてるわけじゃねぇからな?

「いくら良い装備品を持とうが、小娘ごときが扱ってもたかが知れている。もともと殺すつもりではあったが、良いものが手に入ると思うと少し楽しみだ。」

「そうですね。自分はもともと護るものがなかったので盾の使い方は不慣れですが、あなた程度ならどうとでもなりますよ。」

なんか会話が成り立っているようで成り立ってねぇな。互いにいいたいことをいってるだけだこれ。

成り立っていなかった会話が終わると男が再度鎌を振り上げ、左右に分かれて回り込むようにニアに高速で近づいた。ってか当たり前のように分裂しやがったぞこいつ。だが、ニアは何を思ったか左側の男にだけ対応して盾で攻撃を防いだ。
そのガラ空きのニアの背中に右側の男が鎌を振り下ろしたが、変な位置で固まった。
ここから見るとよくわかるが、左側のやつがニアの盾に鎌をぶつけた状態と同じ…いや、鏡写しのような状態で固まっていた。

ニアの目はそんなことまで見分けられるのかよ。

左側の男が距離を取ると、右側の男が蒸発するように消えていった。

「ほぅ。このスキルを知っているのか?」

「知りません。アンデッドごときのスキルを知る必要があるのですか?」

「…生意気な小娘だ。死んで後悔するといい。」

男は懐から何かを取り出し、ばら撒いた。
小石のような黒い塊は地面に落ちると溶け出して、一つ一つが魔法陣のような模様を描いて光りだした。

一つの光りから1体の魔物が現れ、合計10体ほどの魔物が現れた。

「僕も参加するよ。」

そういってヴェルが飛び出していったことにより、イーラたちも俺の横を通ってどんどんボス部屋に入っていった。

扉付近に残っているのは目の前のニアと隣にいるアリアとテンコ、あとは後ろで構えてはいるが戦闘に参加する気がなさそうなマルチだけだ。

「みんな元気ッスね。お兄さんはいかないんスか?」

マルチから視線を外して、あらためてボス部屋を見ると全員楽しそうに戦っていた。
そういやイーラとサーシャはダンジョン内ではほとんど戦闘に参加してなかったから余計にハッチャケてんのかもな。

もう魔物は10体とも動いてないのにさらにミンチにするくらいにはストレス溜まってたみたいだ。

「なんなんだ貴様らは!私がこのダンジョンの魔物を使って何年もかけて作り上げた最高傑作のキメラをまるでゴブリンのように簡単に殺すだと!?」

男は顔が物理的に崩れているから表情が分かりづらいが、驚いているみたいだ。
あんな強敵のような雰囲気で現れたくせになんだこれ?

「そうだな。このままじゃ俺は必要なさそうだが、何もしないのもつまらないな。」

だいぶ遅れてマルチに返事をし、俺は『一撃の極み』を発動して右手に集中させながら歩いて男に近づいていく。

男は俺の右手に集まる黒い靄を見たあと、警戒するように鎌を構えた。だが、ここには6人の戦闘狂がいるのに俺に意識を集中するなんて愚策としかいえない。

案の定、男の背後に回ったイーラに首を切られた。だが、淡い光の糸のような何かが男の頭と胴体を繋いでいるようで、切り離されても体を動かせるみたいだ。

男は遅れて背後のイーラに反撃しようと体を動かしたが、振り向き切る前に近づいてきたウサギに蹴られて胴体が横にくの字に曲がり、そのウサギを捕まえようととっさに伸ばした右手はアオイに細切れにされた。

今度は少し離れたところから飛んできたモーニングスターが男のケツに当たって何かが粉々に砕けたような音が鳴り響き、支えがなくなって崩れた上半身をヴェルが殴り飛ばした。

そして動かなくなった体はイーラが捕食し始めた。

…あれ?俺の出番なくね?

せっかくスキルを発動させたから何かに使いてぇなと周りを見るとサーシャが男の頭を持っていた。
どうやらサーシャはミンチ…じゃなくて潰れたキメラで遊んでいるところに頭が転がってきたから拾っただけのようだ。

サーシャが男の頭を見て、そのあとに俺を見てから周りを見て、状況をなんとなく把握したみたいだ。

「トドメはリキ様が刺すべきじゃろう。」

そういってサーシャが男の頭を俺に向かって放ってきた。

サーシャにしては珍しく気がきくじゃねぇか。

男の頭が放物線を描いて飛んでくるのを見て、落ちてくる場所を予想しながらちょうどいい位置に移動して構えた。

「やめろーーーーーーーーー!!!!!!」

首だけなのにどうやって声を出してるのかは謎だが、男が叫んだ。

俺らを殺す気でいたのに殺される気はなかったってか?ふざけんな。

俺は落ちてくる男の頭を本気で殴った。

パァァァーーーンッ!

殴った瞬間に破裂するような音が鳴り、男の頭が粉々になった。

サーシャとは結構距離があったはずなんだが、そこまで血しぶきや骨粉が飛んだらしく、血まみれのサーシャが顔を歪めていた。

「痛いではないか。」

そういいながら顔についた血をペロリと舐めた。

「うむ。悪くはない。」

なんか勝手に機嫌を直したみたいだ。
そこで俺もサーシャも気が緩んだのがいけなかった。

「脳はイーラのだよ!」

イーラがわけわからないことをいってサーシャを後ろから抱きつくようにして全身で食いやがった。

「は?…おい!さすがにそれは笑えねぇぞ!」

俺が驚いて声をかけたときには綺麗になったサーシャがイーラの背中から出てきた。
終わってみればガソリンスタンドの車の洗浄みたいだなと笑えるが、今のはさすがにビビった。心臓に悪いから本気でやめてほしい。

「何をする!血は我に譲るという約束ではないか!」

「今のは脳だからイーラのだよ!」

「脳の破片など残ってなかったではないか!ならあれは血なのだから我に食す権利があるはずよ!」

「違うもん!脳だったもん!だってちゃんとスキルが手に入ったもん!」

2人で訳がわかんねぇ喧嘩を始めた。血はサーシャで他はイーラっていうのはなんとなくわかっていたが、そんなに細かく取り決めがあったのか。でも脳って血の塊みたいなもんだからサーシャのもんじゃねぇの?臓器自体はイーラのもんなのか?
いや、もう食っちまったんだからどうしようもねぇし、そんなくだらねぇことで喧嘩されんのも目障りだ。

「サーシャ!」

「っ!…な、なにかの?」

「血が飲みてぇならまた俺の血を少しやるからそんなことで喧嘩するんじゃねぇよ。俺の血じゃ満足出来ねぇなら、あとで「いや!リキ様のが良よい!」…そ、そうか。」

血ならなんでもいいだろって思ったから、俺のかあとで別の魔物の血でも飲んで我慢しろっていおうとしたんだが、俺のがいいといわれるとなんか変な気分だ。
相手が人間だったら間違いなく狂人だが、吸血鬼だからしゃあねぇか。
まぁ俺に怒られてると思ったから即答しただけかもしれないけどな。

「じゃあとっとと飲め。まだボスを倒しただけで終わったわけじゃねぇんだからよ。」

「うむ。では、いただきます。」

俺はサーシャが飲みやすいように左手のガントレットを外して袖をめくったんだが、サーシャは近づいてきて、俺の首筋に噛みつきやがった。

…この行き場を失った左手をどうしろと?

そんなことを思っていたら、すぐに俺の左手に出番がきたみたいだ。

サーシャが調子に乗って凄え勢いで血を吸っていやがるせいで頭はクラクラしてきたし、体から血が抜けていく不快感が半端じゃねぇ。

だから左腕でサーシャを抱き、締め上げた。

「ぐえっ。」

上手く力が入らなかったから本気で締めたら、サーシャの背中からボキボキと鈍い音が鳴り、飲みかけの俺の血を盛大に吐き出しやがった。
自分の血をぶっかけられたのは不快で仕方がないが、強制的にやめさせたことでなんとか貧血でぶっ倒れずに済んだ。

「飲みすぎだ馬鹿野郎。」

「うっ…ごめんなさい。」

シュンと落ち込んだ様子のサーシャが静かに俺から離れた。どうせ数分もしたら元に戻るとわかっているからフォローをするつもりはない。少しの間でいいからそのまま反省しとけ。

「羨ましいですね。」

いつのまにか隣にニアがいた。

「ニアも血が飲みたいのか?」

「リキ様のなら飲んでみたいですが、自分が羨ましいと思ったのはリキ様に抱いてもらえたことです。」

いや、たしかに抱いたが、背骨と肋骨を折るために抱きしめたのが羨ましいとか狂気を感じるな。というか普通にいわれたから一瞬流しそうになったが、俺の血を飲んでみたいって発言も十分に狂人的だ。でももしかして、ニアは半分が魔族だから発作的に人間を食べたくなったりするとかか?だとしたら頭から否定するのは悪いな。こういうときはスルーに限る。

「あれは抱いてるように見えたかもしれねぇが攻撃だ。ニアは俺に攻撃させるために不快な思いをさせたいのか?」

「そのいい方はズルいです。」

「本当のことだからな。今回は諦めろ。」

「…はい。」

こいつらに悪気はないんだろうが、話が全然進まねぇ…。

簡単に倒せちまったボスよりもあからさまに異常な物体があるっていうのに、こいつらは本当にマイペースだよな。

「もしかしてなんスけど、お兄さんはあの女の人を鑑定したんスか?」

「ん?あぁ、さっきの名前のことか。そうだ。あの宝石…正式名称は“クリスタルシール”とかいうらしいが、その中にいるやつの名前がフルーリャ・マルクローネらしい。」

「錬金術師が状態保存によく使う方法と領主の姉…いや、この見た目からして前領主の娘といった方が良さそうッスね。ちょっと待ってほしいッス。」

さっき女を鑑定するときにミスって外っ側を鑑定しちまって、無駄にあの宝石の正式名称を知ったと思ったんだが、マルチの反応を見るに無駄ではなかったみたいだ。

ちょっと待ってといいながら、マルチは動く気配がない。どういうことかと思ったらマルチの指輪が反応してるみたいだからどっかと連絡を取ってるのかもな。

「確認したッス!フルーリャさんは10年ほど前に病気で亡くなったことになってるッスけど、前担当者の記録の閲覧許可をもらって確認したら、本当は誘拐されてたらしいッス。前領主が兵士を総動員して娘を探させても見つからず、代わりに見つけたのがこのダンジョンみたいッスね。あからさまに怪しいからって調べようとはしたみたいッスけど、他のダンジョンにはないトラップなんかがあるせいで攻略できずに一時諦め、冒険者に探索させればいいと冒険者ギルドを最寄りの村に建てたみたいッスよ。でも10年経ってもお兄さんたち以外は誰も攻略しきれなかったんスけどね。」

じゃあ今倒したのがその誘拐犯ってわけか。本当ならこの女と犯人を領主に渡して、いくらか金をもらって一件落着となるんだろうが、犯人を跡形もなく消しちまったから、女だけ連れてったら変に疑われて面倒なことになりそうな気がする。
ならここに放置が一番いいか。

「ならこのまま放置して帰るか。」

「え?」

マルチが驚いた顔で見てきた。

「俺らはダンジョンコアを手に入れるつもりもねぇし、この女を助ける義理もねぇからな。そのうち他の冒険者が見つけるだろ。」

「死体を届けるだけでもけっこうなお金が手に入ると思うッスよ?動かすのが無理ならここまで領主の兵士を連れてくるだけでもいいと思うッス。」

「そうかもしれねぇが、犯人を消しちまった時点で俺らが怪しまれる可能性が高いからな。例え10年前にこの国に来たことなんてないといっても信じてもらえるかわからんし、余計なことはしたくない。」

良かれと思ってやったことで疑われたり、敵意を持って対応されたら我慢できる自信はない。前と違って禁忌魔法の影響が抑えられてるといってもべつに心が広くなったわけではないからな。場合によってはその場で戦闘になる可能性もある。
そこまでわかっているのに余計なことをして、無意味に敵を増やす可能性を作るつもりはない。

敵なんていないに越したことはないんだからな。俺は戦闘狂じゃないし。

「そういうことッスか。確かにお兄さんがその死体を持ってったら怪しさ満点ッスね。ただでさえお兄さんのこの国での評価は最悪ッスからね。」

そういや誰かが俺の名前を使って評価を下げてくれてるやつがいるんだったな。
ダンジョン探索も終わったし、お礼に行かなきゃな。

「わかっただろ。だから放置しとくのが一番だ。次に見つけた冒険者がなんとかするさ。最悪放置してダンジョンコアだけ持ってくやつがいても、こいつはダンジョンがなくなれば外に排出されるだろうから、誰かが見つけて報告するだろ。」

「ちょっと待ってもらっていいッスか?」

「は?」

…。

「確認とれたッス。それならウチでこの死体の引き渡しはしとくッスよ。今手持ちがないんで、後日必ず支払うッス。それでいいッスか?」

「は?」

なんか勝手に話が進んでいくな。どういうことだ?

「さっきフルーリャ・マルクローネに関して上に確認したところ、『道化師連合』は彼女が誘拐されてすぐに当時の領主から捜索依頼をされていたらしいんスよね。まぁ誘拐時の情報が少なすぎて見つけられない可能性が高かったから上は断ったらしいんスけど、その時の依頼が生死問わずで金貨50枚だったんすよね。だからウチらが引き渡す分には怪しまれないと思うんスよ。上に確認したら引き渡し代行もお兄さんに報酬を全額渡すことも許可がでたんで問題ないッス。その額で納得いかないんであれば値上げ交渉するッスよ?」

上に確認するためにちょっと待てといって沈黙したのか。

「なんでそこまでしてくれんだ?」

「そりゃもちろんウチとお兄さんの仲ッスから!」

マルチはそういってバチコンとわざとらしいウィンクをしてきた。

「…。」

「あ、…いや、もちろんこっちにも利点があるんスけどね。マルクローネ伯爵家に恩が売れて、未解決事件を解決したという実績を得れるッス。…あ、あの……全部話したんスからそんな目で見ないでほしいッス。」

互いに利点があるなら、遠慮する必要はねぇか。

「なら頼んだ。金額は上げる必要はない。家族を探してるやつの足もとを見るような真似はしたくねぇ。」

むしろ金はいらねぇといえたらかっこいいのかもしれねぇが、俺はヒーローでも勇者でもないからな。
何をするにも金は必要だから、最初に提示していた額くらいはもらっておく。今は村づくりで金が溶けるようになくなってるから尚更だ。

「貴族が嫌いってわけでも取れる金は取れるだけ取るって性格でもないんスね。」

「俺をなんだと思ってんだよ。相手くらい選ぶ。もしここの領主が最低野郎だっていう情報があったら対応も変わっただろうが、俺はここの領主を知らないからな。娘を想う親。いいじゃねぇか。感動の再会をさせてやれよ。」

「了解ッス〜。例え死体でも行方不明の家族が戻ってきたら嬉しいッスからね。あとはどうやって運ぶかッスね。」

死体で戻ってきたら悲しいと思うんだが、10年も見つからなかったことを考えれば死体だったとしても嬉しいものなのか?
…この世界は簡単に人が死ぬし、魔物に食われりゃ跡形も残らないから、死体があるだけマシなのか。それなら喜ぶやつもいるだろうな。

だが、俺は一度もあれを死体だとはいってねぇんだけどな。
さっき鑑定したときに状態異常が“仮死”になっていた。状態異常にかかってるなら死んでいないんだろうと思ってたんだが、マルチにこんなハッキリ死体だといわれると自信なくなってくる。
でも、死んだら状態異常“死”とはならないはずだから、まだ生きて…仮死も一応死んでるのか?だとしたらどっちにしろ死んでることになるな。

考えてもわからないから、とりあえずこのクリスタルシールとかいうのをぶっ壊してみるか。

殴って壊すことは出来そうではあるが、それをやったら中の女まで粉々にしちまいそうだ。さすがにその可能性があるのに試すのは躊躇われるな。

クリスタルシールへの鑑定を強めれば解除方法とか出てこねぇかな?前にムカデのときは出来たから可能性はあるはずだ。

物は試しと鑑定をした。

『クリスタルシール』

これはさっき見た情報だ。
一気に強めに鑑定をして脳が破裂とか笑えないから、少しずつ鑑定を強めていくことにした。

『対象の状態を維持したまま保存出来るため、素材の保存や鑑賞物の展示に使われることが多い。』

『魔力の含まれた土を使用して作り上げるスキル。硬度が高く魔法の干渉も受けづらいが、割れるときは対象ごと割れる場合があるため、取り扱い注意。』

どうでもいい情報しか出てこないな。
殴って壊すのはダメだってのがわかった程度か。

『スキル『クリスタルシール』を再使用することにより解除可能。』

やっとそれらしい結果が出てきたが、頭痛の予兆が出始めた。
ここからは集中しねぇとな。

「ねぇ、中の人間だけ取り出せばいいの?」

「ん?あぁ。」

人が集中しているときにイーラに話しかけられて、てきとうに返した。

「大きくなっていい?」

「あぁ。」

今話しかけるんじゃねぇよ。前に一回ぶっ倒れかけてるから集中してるってのによ。

こんなもんかなって強さで鑑定をかけようとしたら、目の前でイーラがクリスタルシールを飲み込んだ。

『個体名“イーラ”種族名“スライムクイーン”不定形の体を持ち、自身の意思でステータス変動や振り分けが可能。ただし、合計値が最高値を超えることはない。捕食により際限なくスキルや経験値を入手出来るため、他種族にとっては見つけ次第討伐すべき脅威。』

俺が鑑定を使うタイミングが遅れたせいでイーラを鑑定してしまった。
というかイーラは何やってやがんだ!?

「それは食っていいものじゃねぇぞ!それにマルチの前で何やってんだ!」

俺の声が聞こえたのか、巨大なスライムはプルンッと動いてから、徐々に小さくなると、その場にはクリスタルシールがなくなり、もとの人型のイーラと中にいた女だけになった。支えがなくなった女はその場にドサリと倒れた。

「食べてないもん!それにリキ様が大きくなってもいいっていった!」

「は?そんなこといっ……………たな。すまん。」

そんなこというわけないだろと思ったが、そういやさっきイーラに何か話しかけられててきとうに返事したことを思い出して、確認するようにアリアを見たらコクリと頷かれたから認めるしかなく、謝った。

「うぅ…。」

だが、イーラは謝罪されたところで理不尽に怒られたことに納得いかなかったのか、目を潤ませながら俯いた。

いくら集中してたからといって、てきとうに返事するべきじゃなかったな。 今のは完全に俺が悪かった。だから泣くな。

イーラのもとまで歩いて近づき、ガントレットをしたままイーラの頭に右手を置いた。

「今のは俺が悪かった。ごめんな。」

軽く頭を撫でると、イーラが俯いたまま抱きついてきた。

「イーラ、ちゃんと中の人間だけ取り出したもん。」

「そうだな。ありがとう。」

「えへへ〜。」

イーラは早くも機嫌を直したようだが、ひたいをグリグリと俺の鳩尾に擦り付けていて、離れようとしない。ちょっと苦しいんだが、今回は俺が悪いからしばらく好きにさせるか。

イーラに地味な攻撃をされながら、あらためて女を鑑定するが、変わらず状態異常が仮死だ。解説のスキルを使っても死体とは出ないから、やっぱ死んではいないのかもな。

アリアならどうにか出来るだろうかと目を向けると、目を細めてこっちを見ていたようだが、すぐに無表情に戻った。本当に一瞬だったから見間違いかもしれないが、何か気になることでも…あぁ、もしかしたらアリアもあの女が死んでないことに気づいてるのかもな。

「アリア、その女は仮死状態みたいなんだが、治し方わかるか?」

「…仮死というのがどういった状態かはわかりませんが、治し方ということは生きているということですか?でしたら、治癒魔法をいくつか試してみたいと思います。」

そういってアリアは女のもとまで歩いていき、確認を始めた。

その間も額をグリグリと押しつけてくるイーラがそろそろ鬱陶しかったから、頭を鷲掴みにして無理やり引き剥がした。思ったよりもイーラが力強かったから俺もけっこうな力で引き剥がしたんだが、イーラは笑ってるから大丈夫だろう。というか、セリナの姉の顎を握りつぶした時よりも強く握っちまったのに笑ってられるイーラは凄えな。

「お兄さん、ちょっといいッスか?」

「なんだ?」

「いや、今フルーリャさんが生きてる風に聞こえたんスけど?」

「俺は生きてるとはいってない。だが、完全にも死んでないみたいだから、治るかもな。」

「え?10年も経ってるんスよ?」

「そんなこと知らねぇよ。治るかもしれないからそういってるだけで、死んでた方がいいならアリアに止めるようにいうぞ。」

さすがにわざわざ殺すつもりはないが、そのままがいいならそれでも俺はかまわない。仮死状態から復活できるのかが気になっただけで、この女を助けたいという気持ちはとくにねぇし。

「いや、助かるなら助けてあげてほしいッス。ちょっと気になっただけッス。余計なこといって申し訳ないッス。」

マルチが慌てたように謝ってきた。
べつに俺はどっちでもいいだけだから、謝る必要はないんだけどな。

「…リキ様。」

なぜか以心伝心の加護でアリアに呼ばれた。

「治ったのか?」

「…いえ、ちょっといいですか?」

「かまわないが、どうした?」

「…魔法の種類まではわからないのですが、時間を止める類の魔法が使われているようで、今のわたしでは治せません。無理をすれば治せる可能性はありますが、結果にかかわらずわたしはしばらく動けなくなってしまうと思うので、迷惑をかけてしまいます。それでもよければ試してみます。」

「いや、そこまでする必要はない。」

「…はい。もしかしたらですが、イーラが『禁忌魔法:暴食』を使えるのであれば、無理せずとも治せるかもしれません。」

「そんな簡単に禁忌魔法って使えるのか?」

「…イーラのMP量なら問題なく使えると思います。それにリキ様がいるので暴走することもないと思います。あとはイーラの食欲次第ですが…。」

さすがアリアというべきか、仲間のスキルやそれを使えるかどうかまで把握してるのかよ。しかも禁忌魔法の使用条件もわかってるみたいだな。そういやアリアも禁忌魔法を持ってるからわかるのか。この世界の人間は自分の持ってるスキルのことはなんとなくわかるらしいし。俺はわざわざ解説や鑑定をしないとわからないってのにな…。

「禁忌魔法がどんなものか見てみたい気持ちはあるが、マルチがいるんだからやめとけ。」

「…はい。では、この方はどうしますか?」

「女の状態を伝えて、そのままマルチに渡しちまえばいいんじゃねぇか?」

「…はい。」

話が終わると以心伝心の繋がりが切れた。

「…マルチさん。この方の状態を説明したいので、来てもらってもいいですか?」

「了解ッス〜。」

呼ばれたマルチはアリアのところに小走りで近づいていった。

これでダンジョン探索も本当に終わりだな。
こんなに簡単に最深階まで行けるダンジョンならもっと無名であってくれてもいいと思うんだがな。そうすればダンジョンコアをもらってもバレなかっただろうし。まぁダンジョンコアが何に使えるのか知らねぇんだけどな。



アリアとマルチの話し合いが終わったみたいだ。

マルチがアイテムボックスから大きな箱を取り出して地面に置き、次に不気味な笑顔の形をしたお面のようなものを取り出して、それを顔に付けようとした後になぜか付けずに腕を下げた。

地面に置いた箱はよく見ると棺桶のようだ。なんでそんなものを持ち歩いてるのかと思ったが、もしかしたらこの事態を想定していたのかもな。

「あとはウチがやっておくんで、お兄さんたちは先に帰って大丈夫ッスよ。」

「一緒に行かねぇのか?」

「ウチはここまでッスね。お兄さんの前ではマルチでいるって約束ッスからこれ以上は一緒に行けないッス。今までありがとうッス!楽しかったッスよ!」

「そうか。俺も楽しめたよ。ありがとな。気をつけて帰れよ。」

「お兄さんたちこそ気をつけてくださいッス。サヨナラ・・・・ッス〜。」

大きく手を振るマルチに背を向けて、俺も背中越しに手を振りながら扉の外に出てからマルチをパーティーから外し、リスタートで1階に戻った。

二度と来ることがないだろうダンジョンを一度だけ振り返り、俺らは村の宿へと帰っていった。

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