裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

196話



おっさんの武器防具屋にいつ行くと約束してるわけではないし、そこまで急ぐことでもないからとマルチのお勧めだという店で一緒に昼飯を済ませてから、俺らは宿の部屋に帰ってきた。

今はアリアが以心伝心の加護で門番に辺りの状況を確認させてるようだ。

「…確認取れました。今は誰もいないそうです。」

「セリナは大丈夫なのか?」

「…はい。セリナさんには村の人とダンジョンに潜ってもらっています。リキ様が一度アラフミナに帰ることすら知りません。」

「そうか。」

仕方がないことではあるんだが、なんか除け者にしてるみたいで可哀想だな。まぁ俺が帰るどうのなんて情報は聞かされたところで何かあるわけじゃねぇし、べつに平気か。

『超級魔法:扉』

部屋の中央に大きな扉が出現した。広い部屋を借りてたおかげでなんとか収まっているが、かなり邪魔なサイズだな。

「日が暮れた頃に帰ってくるから、このスペースは空けといてくれ。」

「…はい。」

アリアの返事を聞いてから扉を開けると、少し湿った風が入ってきた。そういや外は雨なんだよな。
数日ぶりにアラフミナに帰えるが、森の中だとそこまで懐かしく思えねぇな。
そんなことを思いながら扉越しに森を見ていたが、どうやらアラフミナの方はあんまり雨が降ってないみたいだ。

いつまでもここに立っていても仕方がないと扉を潜ると、足が地面に少し沈んだ。

雨は傘が必要ない程度しか降ってなくても地面はぐしょぐしょだな。

まぁ仕方ないとあきらめて先に進むとイーラとアオイとニアも出てきた。

「じゃあまたあとでな。」

「「「「「「はい。」」」」」」

扉を閉めて魔法を解除すると、扉を挟んで俺たちの反対側に獣人の子どもが2人いた。
俺と目が合う前から、かなり緊張してるのがわかるくらいにガッチガチに固まっていやがった。

「警戒ありがとな。それとそんなに緊張しなくていいぞ。一応俺が村長ってことになってるが、そんなに偉い立場ではねぇしな。まぁ好き勝手やってはいるが、そんな改まる必要はねぇよ。」

「「はい!」」

あぁ、これはダメだな。何をいっても緊張を解いてやれる気がしない。

「帰りは勝手に帰るから、2人は仕事に戻っていいぞ。」

「「はい!お気をつけて!」」

俺らが移動するまで動く気はないのか、2人は直立不動だ。

まぁ俺が移動してやればいいだけか。

俺はイーラたちを連れて町へと歩いて向かった。






「村人が門番をやるようになったんだな。」

霧雨ともいえないほどしか降っていないから魔法を使わずにしばらく歩いて、もうすぐ町の門に着くところで誰ともなしに声をかけた。

「はい。セリナさんが世話をしている獣人部隊が持ち回りで門番をしているそうです。獣人の方が人族より五感が優れている場合が多いそうなので適任だと思います。」

どうやらニアが知っていたようで答えてくれた。

「獣人部隊ってなんだ?種族ごとに纏めてんのか?」

「いえ、そういうわけではありません。セリナさんが選定をし、残ったのがたまたま獣人の方々だけだったので、獣人部隊と呼んでいるだけです。」

わざわざ部隊とつける必要があるのか?

「もしかして他にも部隊があるのか?」

「………知りません。」

ん?ありませんじゃなくて知りませんか。識別を使わなくても嘘だとわかるような反応だが、これはニアにいくら聞いても答えねぇな。

「アオイは知っているか?」

「妾は今は体があるが、それまではずっとカレンと一緒じゃったからのぅ。」

否定も肯定もしないのか。しかもだいぶ無理やりなはぐらかし方だな。

「イーラは知ってるか?」

まぁたぶんイーラは知らないだろうな。そういう部隊を作ったと聞いてたとしても理解してなさそうだし。

「殲滅部隊なら知ってるよ!イーラが隊長だし!」

「…は?」

「あっ、違う!知らない!」

イーラが慌てて訂正して目を逸らした。
今さら遅いが、イーラがドヤ顔でいった後にわざわざ訂正するってことは誰かに口止めされてんだろうな。

「それはローウィンスがかかわってるか?」

もし領主命令でやらされてるなら、俺が抗議しなきゃいけないことだろう。

「ん?なんでローウィンスが出てくるの?関係ないよ?」

イーラが不思議そうに首を傾げていた。これは本当に関係ないのだろう。じゃあアリアかセリナあたりが作ったんだろうな。じゃなきゃイーラが俺に嘘をついてまで従うとは思えない。いや、思いたくない。

「ならいい。無茶はするなよ。」

「大丈夫!」

楽しそうにしてるみたいだし好きにさせるか。
アリアにも考えがあるんだろうし、時期がくれば話してくれるだろう。いや、ただ聞くのが怖いだけなのかもな…。




門で身分証を見せて通り、まっすぐにおっさんの武器防具屋に向かった。
今日はアリアたちに小遣いを渡してないから、晩飯は向こうで食うつもりだ。だからおっさんの武器防具屋以外に寄る予定はないからな。
用件が早く済めば日が暮れるまで暇つぶしをしなければだが、それはその時考えればいいだろ。

おっちゃんの肉串屋の前を通る時に手を上げて軽く挨拶だけし、とくに寄り道することなくおっさんの武器防具屋に入った。

「おう!坊主、待ってたぞ。」

このおっさんはもう俺に対していらっしゃいをいうつもりはないみたいだな。まぁ仲良くなったと思っておくか。

「悪いな。昼過ぎまで用があって遅くなった。」

おっさんに挨拶したとき、この場に似つかわしくないやつが視界の隅に映り、つい顔を向けちまった。…気づかないフリをするべきだった。

「あら、偶然ですね。お久しぶりでございます。リキ様。」

いや、どう考えても偶然じゃねぇだろ…。
そこには笑顔のローウィンスと目を伏せて直立不動のエイシアがいた。

「こんなとこで何やってんだよ?」

「こんなとことはなんだ、おい!こんなとことは!」

おっさんがカウンターから怒声を上げてきた。今のは俺のいい方が悪かったのは認めるが、そんなに怒ることか?

「悪い、いい方が悪かったな。武器防具屋で何やってんだ?」

「リキ様がよく利用している武器防具屋があると伺ったので、エイシアに合う物がないかと見にきただけですよ。」

王族の近衛騎士団の装備より良いものが市場の武器防具屋にあるとは思えねぇけどな。
だが、エイシアは見かけるときはいつも軽装だ。もしかしたらローウィンスが王女じゃなくなったから近衛騎士団の正装は使えなくなったのか?それなら新しい武器防具を揃えようとするのもあり得ない話ではないか。
だとしてもここで会ったのは偶然ではねぇだろうけどな。

「そうか。いいのが見つかるといいな。」

「よければリキ様が見繕ってはくれませんか?」

「俺は武器防具の良し悪しがわかんねぇから、頼むなら店主に頼めよ。」

「そうですね。ではエイシアの分は店主さん、お願いできますでしょうか?」

「お、おう。だけど店にある出来合いの装備じゃ、今嬢ちゃんが身につけてる以上…いや、その装備と同等の物すらねぇぞ?坊主みたいに素材を持ってくるなら注文通り作ってやるが。」

「そうですか…。ではエイシアの分は素材が手に入ってから、またお願いすることにいたします。なので、リキ様。私の装備を選んでいただけませんか?私はもともと装備をしていませんので、リキ様がいいと思った装備であれば喜んで着けさせていただきたく思います。」

なんで俺に選ばせようとするんだ?もしかして俺の観察眼のことを知ってるのか?こいつならあり得るな…。まぁ選ぶくらいならいいか。

「俺らの用事が終わって、時間が余ったらでいいなら探してやるけど、いいのが見つからなくても文句いうなよ。」

「ありがとうございます!」

何がそんなに嬉しいのか、ローウィンスは満面の笑顔だ。まぁ装備を選ぶだけで満足してくれんなら、あとは放置でいいだろう。

ローウィンスとの話を終え、俺はおっさんがいるカウンターまで近づいた。

「邪魔が入ってすまん。」

「邪魔だなんて酷いです。」

俺はチラリとローウィンスを見た。
俺はおっさんに謝罪してるのにローウィンスが服の袖で目元を隠して悲しんでるような素振りを見せている。どうせ嘘だから無視だ。隣のエイシアも無反応だから問題ないだろう。

視線をおっさんに戻すと、おっさんは苦笑いをしていた。

「いいのか?」

「あぁ、気にするな。」

「…あの嬢ちゃんたちは知り合いか?」

「あいつらは王「私たちはリキ様のお隣さんですよ。」…。」

いつのまにか真後ろまで近づいていたローウィンスに声を被せられた。

まぁ確かにお隣さんだな。
といってもうちの村にはお隣さんと同居人しかいねぇけどな。

「そういや坊主は村長になったんだったな。奴隷ばっか連れてやがるから心配だったが、普通に仲良い嬢ちゃんもいるんじゃねぇか。いいことだ。」

「こいつは「仲良くさせていただいてます。」…あぁ、もういいや。」

ローウィンスは俺に余計なことを喋られたくねぇみたいだ。また声を被せられるのはウザいからこの話題は終わりだ。

「ガントレットはもうできてるか?」

「もちろんだ。あと、そっちの嬢ちゃんの防具と盾も出来てるぞ。今持ってくる。」

おっさんはニアを顎で示した。

「ありがとう。仕事が早くて助かる。」

「最高級の素材を使う機会なんてあんまねぇから、楽しくてつい夢中で作っちまったよ。だからむしろこっちがお礼をいいてぇぐらいだ。」

おっさんはニカッと笑ってカウンターの奥に消え、盾を持って戻ってきた。おっさんが頑張って運んでる姿を見るに、かなり重そうなんだが。

おっさんはカウンターの横にその大きな盾を丁寧に置き、カウンターの下から俺のガントレットとたぶんニアの防具だと思われる一式を出した。

ガントレットは前より色が薄くなった気がするが気のせいか?前はもっと禍々しいイメージだったんだが、少し和らいだ気がする…見慣れただけかもな。

「これが嬢ちゃんの防具だ。嬢ちゃんの要望通りに全身揃えたが大丈夫か?金属で作るよりは軽いがそれでもかなり重いだろうし、兜をしちまうと視界が狭まる。ただでさえ大盾を使うと見える範囲が限られるっていうのに厳しいんじゃねぇのか?」

どうやらニアは俺が知らないところで防具の要望を出してたみたいだ。
全身甲冑か。確かに顔まで守れるのは安全だろうけど、視界が狭まるのはデメリットが大きすぎねぇか?

「大丈夫です。この程度のものであれば自分の視界を遮る障害にはなりえません。重さも問題ないとは思いますが、念のため着てみてもいいでしょうか?」

「かまわねぇが、着方はわかるか?」

「すみません。教えていただけると助かります。」

「じゃああっちで着せてやる。ちゃんと中に着るのは用意してきたか?」

「はい。既に中に着ています。ただ、少し汗をかいてしまったので…。」

「ハハッ。そんなの気にしてたら鎧なんか着れねぇぞ。それに俺はそんなん慣れてるから気にすんな。」

ニアがチラッとこっちを見てきた。
ニアはうちでは珍しく服装とか気にしてるし、汗くさいのは恥ずかしいんだろう。戦闘中にそんなこといってたら殴るかもしれねぇが、普段は気にする女性らしさってのは持ってるに越したことはねぇか。

「大丈夫だ。臭くねぇから気にすんな。」

むしろニアはいい匂いがするくらいだ。

「リキ殿…さすがにもう少しいい方をのぅ…。」

「そうか?まぁ羞恥心は持ってた方がいいが、そのくらいの汗なら臭いは出てないから気にする必要はねぇよ。隣を歩いててもわからなかったしな。」

「ありがとうございます。それでは店主さん、お願いします。」

ニアとおっさんはカウンターから少し離れた空いてるスペースに向かって歩いていった。

「リキ様。」

ローウィンスに呼ばれて振り向くと、ローウィンスはニコニコと上機嫌に微笑んでいた。

なんだ?………あぁ、この暇な時間で装備を選べってことか。

「わかったよ。装備の希望はあるか?」

「とくにありませんが、重すぎると私では持てないかもしれません。」

そもそも俺の観察眼に反応するのがあるかを見なきゃ選びようがねぇな。

とりあえず店内を一通り回ってカウンターに戻ってきたが、観察眼に反応した中でローウィンスが使えそうなものは武器が短剣かロッドか杖、防具はサイズが合うか怪しいが魔法繊維の肌着みたいなのくらいか。あとは革のグローブに小さな盾が付いたやつだな。

「ローウィンスは魔法は使えんのか?」

「少しは使えますが、戦闘経験はありません。」

「ん?それは魔法を使うか使わないかにかかわらず、戦闘経験皆無ってことか?」

「はい。」

「戦わねぇのになんで装備を欲しがるんだ?」

「今までは戦う必要性を感じなかったので、経験はありません。ですが、カンノ村では自分の身は自分で護るのが当たり前のようなので、私もこれから訓練したいと思っています。リキ様に余計な心配をかけてしまうのは本意ではありませんので。」

「べつに心配なんかしないが、努力するのはいいことだと思うぞ。」

「リキ様がとてもお優しい方だというのは知っていますよ。」

…。

とりあえず訓練するつもりなら防具はここでまとめ買いしたやつでいいだろ。いいのは後で自分で買うだろうし。
なら短剣かロッドがいいか。それなら訓練用と別で予備として持っておけるしな。

「リキ様。」

俺がローウィンスの装備について考えていたら、ニアが声をかけてきた。少し声がくぐもっているなと思いながらニアを見たら、兜までつけていた。形は洋風というかファンタジーっぽいから兜じゃなくてヘルムといった方がしっくりくるな。

龍の鱗を使ったからかほとんどが淡い緑色なんだが、関節部は濃い赤茶っぽい布…いや、革?が使われている。
目は横一線にスリットが入ってるだけだからかなり視界が悪そうだ。

「それで周りが見えるのか?」

「はい。自分の目は多少の遮蔽物であれば透かして見れるので問題ありません。」

「は?」

「悪魔の眼であれば、見ようと思えばヘルムや盾程度なら先が見れます。」

そういってニアは目を変色させた。
それが悪魔の眼ってこと自体、初めて聞いたと思うんだがな。

「壁とかも透かして中を見れるのか?」

だとしたらプライベートもなにもあったもんじゃねぇぞ。

「試したことはありませんが、薄い壁なら出来るかもしれません。」

男なら真っ先に試すだろうが、女はそういうことには興味ないのか?それともニアが興味なかっただけか?
…いや、そもそもの考えがおかしいじゃねぇか。興味あるなしじゃなくて、自分がされたら嫌なことを相手にするのは気が引けるものだろ普通。なのにやらないのは興味ないからっていう発想が真っ先に出てきた自分が残念すぎるな。

いや、男なら仕方がないはずだ。

「それなら村でなにかあったときに村人の安否確認がすぐに出来そうだな。だからといって何でもないときに人の部屋ん中を見るのはやめとけよ。」

「はい。もちろんです。」

自分が残念な発想をしてたことを悟られないように今思いついたことをいって誤魔化した。

「まぁ視界が確保できるなら、あとはそれを着て動けるかどうかだな。見るからに重そうだし。」

「重さは大丈夫です。強いてあげるのであれば少し関節部の動きが硬いのですが、これは使っているうちに動かしやすくなるとのことです。盾も問題なさそうです。ただ、実際に戦闘してみないとわからない点があるかもしれません。」

「そりゃそうだよな。まぁ明日もマルチと約束してるから、そこで試せばいい。」

「はい。」

俺らの話がひと段落したのを見て、おっさんが話しかけてきた。

「坊主のガントレットも修理終わってるぞ。」

おっさんがカウンターの上に置いていたガントレットを渡してきたから受け取って、なんとなく装着した。手首を動かしたり、グーパーしたりと動きを試すが、問題はなさそうだ。

「ありがとう。」

「そのガントレットのことなんだがよ、今回は龍の鱗での補修で強度が落ちることはなかったが、次も龍の鱗だけで補修をしたら劣化しちまうかもしれねぇ。」

「どういうことだ?」

「坊主が予備に使ってるガントレットなら基本が龍の鱗だから、修理は龍の鱗を使ってればほぼ劣化はしねぇんだがよ、これは坊主が討伐した魔物と龍の鱗で出来てるから、龍の鱗の割合が増えると劣化する………いや、いい方が悪いな。このガントレットの出来が良すぎるんだ。装備として使うんなら龍の鱗で作ったガントレット以上の出来だ。だからこれ以上龍の鱗での修理だと強度が下がることになる。」

「つまり現状維持するには最初の魔物の素材が必要ってことか?そうでなければこのままいくと龍の鱗のガントレットと同じ性能になるってことだよな?」

「まぁそういうことだ。もしくはもっと硬い魔物の素材を使うかだな。」

「ニータートの甲羅とかか?」

「確かに強度は上がるだろうな。だが、重くなんぞ?」

「それは却下だ。…他に硬い魔物が思い浮かばん。ミノタウルスとか?」

「ミノタウルスじゃあ間違いなく劣化すんな。このガントレットは龍の鱗以上なんだから、それ以上の素材じゃなきゃ意味がねぇ。」

それ以上っていわれても、素材の階級がわからねぇからな。でも確か龍の素材は最上級みたいなことを誰かがいってたな。じゃあそれより上はねぇからあきらめろってことか?

「そういや、魔力を流すと硬くなるとかいう素材があるんだが、これは使えねぇか?」

俺はふと思い出して、フォーリンミリヤのダンジョンで手に入れた、ドライガーより一回り以上大きかった犬型の魔物の毛皮をカウンターに置いた。

たしかこれは魔力を流すと硬くなるっていってた気がするから、素材の階級が龍の鱗より下でも使える可能性があるかもしれねぇ。

「これは………ガルシアンの毛皮かよ。久しぶりに見たぜ。アラフミナには滅多に流れてこねぇってのによく持ってたな。坊主らしいっちゃらしいけどよ。」

この辺りでは珍しいみたいだな。
フォーリンミリヤなら『超級魔法:扉』で行けるだろうから、使えるなら狩りに行くのもありだな。

「で、どうなんだ?」

「もしかしたら、うまい具合に合わさって良くなることもあるかもしれねぇが、十中八九劣化するだろうな。それよりも坊主のチェインメイルをガルシアンの毛皮で修復した方がいいんじゃねぇか?そのチェインメイルはもう防具として成り立ってねぇだろ?」

おっさんにいわれてあらためて確認すると、ところどころに修復の跡があった。俺が知らないうちに誰かが直してくれてたのか。しかもよく見なきゃわからないとか、ずいぶん裁縫がうまいやつがいるんだな。
表面の生地は誰かの修復のおかげでボロボロではあるがまだ使えるし、触った感じでは中の魔鉄で出来た鎖もちゃんと残ってるから問題ないはずだ。

「なにいってんだ?確かにだいぶボロボロではあるが、チェインメイル自体はまだ残ってるから、ちゃんと機能してると思うぞ。」

「…ちょっと貸してみろ。」

まだ疑っているのか、おっさんが手を出してきたから、チェインメイルを脱いで渡した。
チェインメイルを受け取ったおっさんはそれを一度羽織ってから、溜息をつきながら脱いで返してきた。

「防具として機能してねぇじゃねぇか。これはチェインメイルを使ったただの服だ。」

「は?そんなの当たり前だろ?」

「…坊主、もしかして防具と服の違いがわからずに着てたのか?」

「そのくらいはわかる。同じ服でも受けたダメージを少しでも軽減出来るのが防具だろ?」

「ちげぇよ。…あぁ、だからそのガントレットも武器だっていって使ってたわけか。」

「このガントレットも防具だっていいたいのか?」

まぁガントレットについては俺は武器として使っているが、世間的には防具だといわれたら否定出来ないな。実際、ニアの全身甲冑にもガントレットが含まれてるしな。

「ちげぇよ。それはアクセサリーだ。まぁ坊主のために改良したメリケンを指部分に取り付けてるから今は武器ともいえなくないが、あくまで気持ち強化出来てる程度の性能だ。」

ん?わけがわからねぇぞ。

「どういうことだ?」

「坊主は目利きが出来るのにそんなことも知らねぇのかよ。最初から自分で選んでたし、そもそも常識だと思ってたから教えなかったが、しゃぁねぇな。一から教えてやるからよく聞け。」

「お、おう。」

「まず、自分のステータスを確認したことはあるか?」

「そりゃあるだろ。最近はあんま確認しなくなっちまったけど、最初の頃はレベル上げした後は毎回確認してたな。」

「冒険者になってまだ数ヶ月の坊主がベテラン冒険者みたいなことをいってることはいいとして、ステータスを見たことあんなら物理攻撃や魔法攻撃なんかの攻撃系、他にも防御系なんかがあんのはわかるよな?」

「あぁ。」

「それら攻撃系のステータスを上げるのが武器で、防御系のステータスを上げるのが防具だ。アクセサリーの特徴はサイズが勝手に合ってくれる。だから坊主のガントレットはもともとは防具でも武器でもなく、加護付きのアクセサリーだ。今は可変式のメリケンを付けたから一応武器といえなくもないがな。あとはステータスの上昇もなく、サイズも変化しない着るものが服って感じだな。」

「ちょっと待て!」

「なんだ?」

そんな違いがあることに驚いてなんとなく呼び止めたが、何をいえばいいのかわからん。

「いや、…じゃあ俺は今、硬いだけのものを着込んでるだけってことか?」

聞いといてなんだが、もともとそのつもりで着てたから、そこは問題なかったな。

「まぁそうだな。短剣は持ってるみたいだが、腰につけてるだけじゃ加護の恩恵はあってもステータスは上がらんしな。あぁでも、さっきもいったが一応そのガントレットも腰につけてるガントレットも今は武器だぞ。」

なぜ誰も教えてくれなかった!?
いや、そういや俺はガントレットを装着してるのに武器も使わずウンタラカンタラといわれたことが前にあった気がするな。あれは誇張してるんじゃなくてそのままの意味だったわけか。…ハッキリいってくんなきゃわかんねぇよ。

「このチェインメイルは修理に出せば防具に戻るのか?」

「あぁ、もちろんだ。それが俺ら鍛治師の仕事だからな。ガルシアンの毛皮を使っていいならもとよりいいものが出来るぜ。」

「じゃあ頼んだ。」

俺は返されたチェインメイルをまたおっさんに渡した。

「3日もあれば出来ると思うが、それまでの代わりはどうするよ?さっき嬢ちゃんと話してた感じだと明日も戦闘する予定なんだろ?」

「自分がリキ様を護るので、問題ありません。」

俺が答えるよりも先にニアが答えた。
まぁイーラにてきとうな防具を作ってもらえばいいか。

「3日程度なら代わりはいらない。それとこいつの防具になる着物を作って欲しいんだが、いくらで出来る?」

俺はいいながら、アオイの背中を押して前に出した。

「ほぅ。鬼族か。なら前にいった魔鋼糸の着物が残ってるぞ。」

カレンのときに高すぎて買えなかったやつか。

「いくらだ?」

「悪いがこれは値下げできねぇから、金貨20枚だ。」

今なら、この前の盗賊の懸賞金を使わずとも盗賊のアジトから回収した金だけで買えるし、アオイは前衛で戦うことが多いからいいものを着せた方がいいか。

「ならそれをくれ。一応サイズを確かめてもいいか?」

「即決かよ。わかった、今持ってくる。」

おっさんは苦笑いをしてから、裏に着物を取りに行った。

「イーラは準備万端だよ!」

イーラの声で振り向くと、いつものように腕をクロスさせて防御の構えを取っているイーラがいた。イーラの後ろに誰もいない位置どりも出来ている。さすがだな。

俺は既にガントレットを嵌めてある右手に力を入れて後ろに引き、スキルは使わずに力の限り殴りつけた。

ドゴッと重たい金属同士がぶつかる音がしたあと、イーラの両腕と顔が形を保ったまま吹っ飛んだ。
イーラを殴る瞬間に視界の隅でエイシアが半身をローウィンスの前に入れて警戒するように腰のレイピアの柄に手をつけているのが見え、殴った直後にローウィンスの呆けた顔が見えた。

吹っ飛んだイーラの破片はドロリと淡い青色のスライムに変化した。

肘から上の両腕と鎖骨から上の頭がなかったはずのイーラは既に元どおりになっていたが、唇を尖らせていた。

「驚かせようと思って表面を思いっきり硬くしたのに意味なかったじゃん。」

「意味はあっぞ。ちょっと腕が痺れた。」

「ホント!?じゃあ中まで硬くしてたらリキ様の攻撃に耐えられたかな!?」

「スキルなしじゃ今みたいにはならねぇだろうな。それよりもそんなことされたら俺の指が潰れるし、ガントレットをまた修理に出さなきゃならなくなるかもだからやめてくれ。」

「うん!」

何が嬉しいのか、イーラはニコニコしながら飛び散った自身の破片を回収しに行った。

「待たせたな。」

イーラが破片を回収してる姿をチラッとみたおっさんはそれだけで状況把握したのか、スルーして着物を渡してきた。

「アオイは自分で着れるか?」

「もともと着てたものじゃからのぅ。よっぽど変わった作りでなければ一人で大丈夫よ。更衣室を借りても良いかのぅ?」

「あぁ、好きに使ってくれ。」

アオイがおっさんの許可を取ってから着物を持って更衣室へと向かった。

とりあえずこれで終わりか。
あとはアオイの着物の確認が済んだら、日暮れまで時間を潰して帰るだけだな。

イーラの回収は終わったかと目を向けると、ニコニコしているローウィンスが視界に入った。

あぁ、忘れてた。

「ローウィンスは戦闘訓練はうちの村のやつらと一緒にやるのか?」

「よろしいのであれば、一緒にさせていただきたいです。」

「なら武器防具は支給されるだろうからそれを使え。それと別で予備武器もあった方がいいだろうから、今回はそれを選ぼうと思うんだが、短剣とロッドならどっちがいい?」

この2つはどちらも血避けの加護だったから、好きな方でいいだろう。

「ロッドがいいです。」

「わかった。ちょっと待ってろ。」

俺はさっき見かけたロッドと、革のグローブに小さな盾が付いたのを取ってから戻ってきた。

「とりあえず今この店で良さげなのはこの2つだな。血避けの加護付きのロッドと物理抵抗の加護付きの手盾。素材まではよくわからんが、初期装備なら十分だろ。」

「ありがとうございます!大事にします!」

ローウィンスは今日一番の笑顔を見せてから、おっさんのところにロッドと手盾を持っていった。

まぁ加護はアリアに頼めば付けられるだろうから、ここで加護付きを買うのは金の無駄遣いな気がしなくもないが、ローウィンスからの要望は装備を見繕ってくれだからな。ここにあるものの中で俺の観察眼に反応したものを選んだんだから文句はねぇだろ。
どうせ戦闘訓練が終わったら自分に合った武器防具に買い替えるだろうしな。

ローウィンスは初めての武器がよっぽど嬉しいのか、手盾を装備してロッドを握りしめながらニコニコしている。

「そういや、ガントレットの修理用の素材はけっきょく何を使えばいいんだ?」

さっき流れてしまった話をふと思い出したから、初めての武器防具に喜んでいるローウィンスを見て珍しく微笑んでるおっさんに声をかけた。

「あ?…あぁ、素材な。坊主が最初に持ってきたような俺が知らない素材についてはわからんが、パッと思いつくのは黒龍の素材くらいだな。」

「黒龍ってのは邪龍のことか?」

「ちげぇよ。堕ちた龍じゃなくて、生まれつき黒い龍だ。ステータスが普通の龍より格段に高い。」

「ん?でも龍って人間なんだよな?素材のために殺していいのか?」

「あぁ…まぁ坊主ならそうなるわな。そこは暗黙の了解のようなものがあってな。龍族との戦闘に関してはどこの国も何もいわねぇ代わりに返り討ちにあっても手を貸すことはない。でも龍族から侵攻してきた場合と邪龍に関してはまた別だがな。」

龍族とも人魔協定みたいなものがあんのか?
まぁ俺には関係ねぇか。
戦いになりゃ殺すしかねぇし、話し合いが出来るなら鱗をもらえるように交渉すればいい。

「どこにいるんだ?」

「知らねぇよ。そういうのは自分で調べるなり、ギルドに依頼するもんだろうがよ。」

そういうものなのか。
まぁ覚えてたらアリアにでも聞いてみるか。

「そろそろいか?」

俺とおっさんの話が終わるのを律儀に待っていたのか、アオイが声をかけてきた。

畳まれているときは黒一色の着物かと思っていたが、アオイが着たことにより全身が見えて印象が変わった。

俺は着物の種類を知らないが、形は振袖に似ている気がする。振袖ほど袖が下に垂れてはいないが。ベースは黒で足もとや袖下が赤く燃え上がっているような花柄をしている。
帯は黒と金で柄を作っているみたいだ。
シンプルだけどなかなか目立つな。似合ってるけどさ。

「なかなか似合ってんな。」

「そ、そうか?」

あまり褒められ慣れていないのか、少し恥ずかしそうにしながらも腕を広げてくるりと回った。

「あぁ、『和』って感じだ。」

「わ?」

「いや、気にするな。凄く似合ってるってことだ。」

「う、うむ。ありがとう。」

これで俺以外の装備も揃ったな。

「じゃあチェインメイルの修理よろしく。というかチェインメイルの修理はいくらだ?」

おっさんに別れを告げて出ていこうと思ったら、値段を聞くのを忘れてた。

「そうだな。銀貨20枚ってところだな。だからもともと貰ってる分から引いとくよ。」

「は?ガントレットの修理と値段が違すぎねぇか!?」

「あたりめぇだ!最高級の素材を使うにはそれに見合った設備や技術、その素材以外の必要な材料なんかが変わってくるんだよ。修理だけっていっても最高級の素材を使った特注品と魔鉄を使った出来合いのもので同じわけがねぇだろ。」

「お、おう。すまん。」

もの凄い剣幕でおっさんが詰め寄ってきたからちょっと驚いた。
鍛治師にとって失礼なことをいっちまったみたいだ。気をつけねぇとな。

「いや、俺も熱くなりすぎた。すまん。」

おっさんが苦笑いをしながら謝ってきた。
べつに俺は気にしちゃいないからいいんだけどな。

「じゃあ着物代の金貨20枚だ。チェインメイルの修理代は渡してある分から引いといてくれ。じゃあ俺らはもう行くな。」

「おう、またな。」

とくに気まずい空気にはならなかったが、用は済んだからと、俺は金貨20枚をカウンターに置いて店を出た。

ローウィンスたちも一緒に店を出たが、用事があるといってすぐに別れた。

偶然といい張ったから用事の途中のていをとったのか、本当に用事があったのかは知らないが、村に戻るつもりのない俺にはちょうどいい。

空は曇っているから太陽は見えないが、時間的にはまだ夕方に差し掛かったところだから、しばらく時間を潰すとするか。

晩飯は向こうで食べるつもりだから、俺らはとくに目的もなく市場をうろつき始めた。

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