裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
191話
昨日イーラがゴブリンを退治した後はすぐに宿をとって俺はやることもないから早めに寝た。
その後も起きてから馬車に乗ってダンジョン最寄りの村に来ただけだから、とくに何もなかった。強いて変化があったといえばアオイの服装が変わってたくらいか。
今朝会ったらずいぶん露出が高くなってたからさすがに気づいた。
どうやら雨の中わざわざ服を買いに行ったらしいんだが、着れそうなのがこれくらいしかなかったらしい。
下は長いスカート?いや、袴みたいな感じか?まぁだからほぼ露出はないんだが、上がサラシに法被のようなものだけだから鎖骨もヘソも見える。ただ、唆る肉体とはいい難いが。
本当は着物がよかったらしいから、次に服屋か防具屋に行く機会があったときにでも買ってやるか。
いわれるまで気づかなかったが、アオイはツノがあるから普通の服は着るのが大変で好きじゃないんだとさ。
そんな些細な変化くらいしか変わったことがなく、馬車の揺れに耐えながら到着した村ですぐに宿を取ろうと思ったが、他の冒険者たちが先に冒険者ギルドに行くと聞いて耳を疑った。
「冒険者ギルドは首都に行かねぇとねぇんじゃなかったのか?」
「え?酒場でも話したじゃないッスか。昔はそうだったんスけど10年くらい前にここの領主の兵士がダンジョンを発見したことで、そこから一番近いこの村にも冒険者ギルドを建てることにしたんスよ。小さいッスけどね。寄るッスか?」
そういやそんな話もしたな。
あんときは首都に行く途中にも冒険者ギルドが出来たといっていただけでダンジョンの近くとはいってなかったから、どうせ首都にも行くだろうし、わざわざ寄る必要はないと思って忘れてたわ。
「そうだな。ここで地図が買えるなら買っとくべきだろ。」
そうすれば首都に行くときに雨さえ降ってなければ馬車を使わず自力で向かえるしな。首都に行かずに他国に行くにしても地図があって損はない。
「じゃあ案内するッスよ。」
そういってカッパ代わりのフード付きローブを羽織ったマルチがフードを深くかぶって馬車乗り場の建物から外に出た。俺らはそんなものを全員分は用意してなかったから、イーラが昨日の俺を真似て『上級魔法:風』で全員が入れるサイズの屋根を作り、俺は『中級魔法:風』で自分に風の膜を作ってついて行く。
「…この規模で上級魔法を維持するとか凄いッスね。」
そういってマルチはせっかく深く被ったフードを外した。
まぁ魔法を使ってるのはイーラだが、風の屋根を一人分増やしたところで大差ないだろうからな。だからといって他の冒険者のやつらまで入れてやる気はないが。
ただ、走ると足もとが汚れるからと11人で歩いてるために目立ってる。いや、人数の問題じゃなく雨に濡れてないから目立ってるっぽいな。
「こんなのMPさえ大量にあれば誰でも出来んだろ。」
「いや、制御も難しいはずッスよ。そもそもそんな大量のMPを持ってること自体がおかしいんスけどね。」
それはまぁイーラだからな。
この村はだいぶ狭いようで、冒険者ギルドは馬車乗り場からそんなに離れていなかった。というより宿も村の入り口もそんなに離れていないみたいだ。
全員が冒険者ギルドに入った後に魔法を解除したイーラが入ってきた。
中は受付が3つと掲示板スペース、あとは6人がけテーブルが6つある。マルチは小さいといっていたが、村にしては十分な広さだと思うけどな。
「おう、マルチじゃねぇか!」
「久しぶりッス〜。」
1人の男がマルチに挨拶しながら近づいてきた。
筋骨隆々とした体つきで、要所だけ革鎧をしてる戦士風の男だ。背中に大剣と腰に手斧をつけている。見た目は強そうだが、ヒトミでも勝てそうな気がするから見た目ほどではないんだろう。
「あんたらはマルチのパーティーか?見ない顔だな。」
「俺は違うが、俺の仲間がこいつとパーティーを組むことになった。この国には来たばっかだから見たことなくて当たり前だ。」
男は俺を見る目を細めたあと、アリアたちをひと通り見てからまた俺に視線を戻した。
「そうか。マルチをよろしくな。」
そういって右手を出してきたから俺も右手を出して握手した。
「こっちも斥候がいなくて助かるのは事実だから、出来る限りは協力するさ。」
なんでこの男がマルチのことを頼んでくるのかは意味不明だったが、昔の仲間か何かだろうとてきとうに納得して話を終わらせた。
男もマルチとの関係を説明するつもりはないみたいで、話題を変えてきた。
「あんたはマリネットールには寄ってきたのか?」
「マリネットール?」
「その反応からして寄ってなさそうだな。それならちょうどいい。しばらくは近寄らないことをお勧めする。あとマリネットールはドルテニアの首都の名前だ。」
「何かあるのか?」
「ちょっと前に『少女使い』が来てな、ずいぶんとやりたい放題してるんだよ。そういや今は『歩く災厄』に変わったらしいが言い得て妙だ。あんたの仲間は女の子ばっかみたいだから近づかないことにこしたことはないだろ。」
ん?
「『歩く災厄』ってのはリキ・カンノのことか?」
自分で自分の確認を取るのも意味がわからねぇが、国が違えばたまたま全く同じ二つ名を持ってる可能性もあるかもしれないからな。
だって俺はこの国の首都には行ったことすらねぇはずだ。
「さすがに存在自体は知ってるか。そうだよ。あいつが女の子を攫ったりしてるみたいなんだが確たる証拠もねぇし、そもそもあいつに喧嘩を売った高ランク冒険者が仲間に返り討ちにされたのを見てから誰も何もいえなくなって本当にやりたい放題だ。ギルドの職員も上から『歩く災厄』には関わるなといわれてるらしくて、犯罪の証拠が出なきゃなんも出来ねぇんだとさ。だから仲間を攫われたくなけりゃしばらくは近づかない方がいい。そのうち『人形』が帰ってくるだろうから、そしたら片付けてくれるだろ。王族が動き出したって噂もあるし、そこまで長引くことじゃないだろうが、それまでは気をつけな。」
誰かが俺の名前を使ってロクでもないことをしてるみたいだな。
写真がねぇから誰でも偽れるってわけか。まぁいいけど。
あと、人形が帰ってくるってのは意味がわからねぇけど、確認したら話が無駄に長引きそうだからやめておこう。
「情報ありがとう。気をつけるよ。」
「おうよ。じゃあ俺らはダンジョンに行くからまたな。」
そういって男は4人の仲間と思われるやつをつれて、冒険者ギルドから出ていった。
「そういえばお兄さんは『歩く災厄』と同じ名前なんスね。」
「同じ名前も何も『歩く災厄』ってのは俺のことだってアラフミナの盗賊にいわれたけどな。」
「え?」
「でも俺はマリネットールに行ったことはねぇから、そっちは人違いか同姓同名なうえに二つ名も一緒なやつだろうな。」
「いやいやいや!どう考えても勝手に名前を使われてるッスよ!」
「…先に片付けますか?」
「いや、せっかくここまで来たんだからダンジョンでアオイの体を慣らすのが先だ。べつに偽物を放置したところで俺の悪い噂がたつ以外に直接的な害はねぇしな。」
「器がデカいッスね…。」
「器がデカいのとはまた違うと思うがな。今さら変な噂が一つ二つ増えたところで変わらねぇだろ。まぁ俺らがマリネットールに行ったときにまだ偽物がいたらそれなりの対処はするがな。」
もちろん勝手に人の名前を使ってロクでもないことをするようなやつらを許すつもりはない。ただ、予定を変えてまで急ぐほどムカついてもいないから、とりあえずは放置でいいだろう。
その件はマリネットールに行ったときの楽しみに取っておこう。だからもし俺らが着いたときには逃げたあとだったとしても、探し出して勝手に名前を使ったことを後悔させるがな。
名前を使われてる本人の俺がいいといったからか、アリアたちもマルチもそれ以上何もいわなかった。
冒険者ギルドで地図を買い、マルチにいわれるがままチーム編成もギルドで済ませた。
そういや普通はギルドでチームを組むんだったな。いつもスキルでやってたから、マルチにいわれるまで忘れてた。
テンコはパーティーが組めないから俺、イーラ、ウサギ、ヴェル、ニアの5人とアリア、アオイ、ヒトミ、サーシャ、マルチの5人でパーティーを作り、チーム編成した。
まぁ一緒に行動するからパーティーの組み合わせにはとくに意味はなく、あくまで経験値を均等に分けるために5人ずつにしただけだ。でもアリアがメンバーを決めたから、もしかしたら意味があるのかもだが、真意は知らん。
冒険者ギルドでの用事を済ませ、念のため先に宿を取ってからダンジョンに向かうことにした。もちろん宿はマルチと別だ。
ダンジョンまでは歩いて行けるくらいに近いといわれたから歩いて向かったんだが、40分くらいかかった気がする。地味に遠かった。
やっと到着したダンジョンは森の中の岩場の陰に入り口があるようだ。今は入り口付近に仮設テントみたいなのがあったり、冒険者だと思うやつらがいるからわかるが、知らなければ気づかなそうな場所だ。うちの村の近場のダンジョンほどではないがわかりづらい。
「じゃあ入るか。」
「え?装備しないんスか?」
「何いってんだ?既にしてんだろ。」
村からここまでは冒険者が頻繁に通っているとはいえ魔物が出てもおかしくない。だから村を出るときには全員が完全武装だ。さすがに刀とかを抜き身の状態で持ち歩いてはいないが、俺はガントレットもちゃんとつけてるしな。
「え?…え?みんなほとんどただの服じゃないッスか!しかも半分くらいは武器すら持ってないじゃないッスか!」
「あぁ、見た目はな。でも魔法繊維とか使ってるから大丈夫だ。武器も魔物が現れてから用意するようなやつだったり、もともと素手での戦闘だから問題ない。」
そういやアオイとニアはただの服だけどな。
「そ、そうッスか…。いや、それが装備だっていうならもう何もいわないッス。」
なんか納得いってないみたいだが、普通の装備は違うのだろうか?とマルチを見た。
マルチは要所だけの革鎧をつけて、腰にはポーチとナイフと短剣を下げている。俺らとあんま変わんねぇじゃん。
先頭にマルチとサーシャ、その少し後ろにアリアとアオイがいて、あとはとくに隊列とかなくてきとうだ。強いていうなら俺とニアが最後尾なくらいか。
サーシャの立ち位置はよくわからないが、アリアはマルチの斥候の仕事を学ぶつもりらしく、アオイは今回の攻撃担当だ。そもそもがアオイの体を慣らすためだから俺らの出番は基本ない。
危なくなったとき用に戦闘準備はしてあるが、たぶんアオイ以外が戦うことはないだろう。
「ずいぶん緊張感がないんスね。このダンジョンは初めてなんスよね?」
「もちろん初めてだ。俺らはいつもこんなんだから気にするな。下の階に行けば変わるだろうが、最初から張り詰めた空気じゃ疲れるからな。」
「いいたいことはわかるッスけど…。」
そういってるマルチもあまり緊張してる風には見えない。まぁマルチの場合は慣れてるからだろうけどな。
そんな話をしながらアオイがバッサバッサと魔物を斬り殺しながら先に進んでいく後ろをついていく。
いつもならその魔物をイーラとサーシャが片付けるんだが、今回はマルチがいるから念のためそのまま放置している。
それにしてもやけに魔物が多いな。
1階の魔物は弱いからアオイにとっては邪魔にすらなってないように見えるくらい簡単に斬り殺してはいるが、これだけ数が多いとさすがに鬱陶しいんじゃねぇか?
経験値もたいして入らないだろうし。
俺がそんなことを考えていることに気づいたのか、マルチが振り返って俺を見た。
「地下30階までならリスタート使えるッスけど、どうするッスか?地下3階まではトラップすらないッスし、いい素材になる魔物もいないッスよ。だからみんな地下3階までは初回以外スルーするッスから魔物が多くて新人のレベル上げにはむいてるんスけど、アオイちゃんの強さじゃ、ここで戦う意味もなさそうッスし。」
「アオイはどうしたい。」
「出来ればこのまま順繰りに進めたいんじゃが。まだ体が上手く動かせんから慣らしに数を斬るのは都合も良いし、なにより慣らしの場でこの体を傷つけとぉなどないからのぅ。」
あれで上手く動かせてないのか。
アオイが本気を出してるわけではないからかもしれないが、側から見たら特に違和感はない。たぶんアオイがよっぽど高い位置を目標にでもしてるから納得出来てないだけだろう。
「ならこのまま進むか。マルチには悪いが、それでいいか?」
「べつにいいッスよ〜。あと、もう一ついいッスか?」
「なんだ?」
「討伐証明部位は取らないんスか?こいつらはたいした金にはならないッスけど、これだけ倒してれば多少の金にはなると思うんスけど…。」
そういわれてアオイにバラバラにされた魔物を見る。
1階は俺らの腰くらいの高さがあるアリのような魔物だが、どこが討伐証明部位なのかわからん。
というかむしろ俺が討伐証明部位を知ってる魔物はゴブリンとオークくらいだ。
それにいちいち取るのが面倒だ。大金になるような素材とかなら考えるが。
「欲しいなら持っていけ。俺らはいらん。もし欲しい素材が出てきたときだけもらうがいいか?」
「了解ッス〜。ウチが勝手についてきてるんスから雑魚の討伐証明部位をもらえるだけでも十分ッスよ。あっ!でも互いに欲しい素材のときは複数手に入ったらでいいッスから、ギルドの買取価格と同額で譲ってくれたら嬉しいッス。」
勝手にってアリアからも頼んでた気がするが、余計なことはいわなくていいか。
「わかった。売値が金貨1枚超える素材はギルドで売って、割合は半々でいいか?」
「半分ももらうのは申し訳ない気がするッスけど、くれるっていうならもらうッス!」
とりあえず決めとくのはこのくらいでいいだろう。
本当はダンジョンに入る前に決めておくべきことなんだろうが、他人とチームを組むことなんてまずないから仕方がないと1人納得して、俺らはダンジョンの奥へと歩みを進めた。
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