裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

190話



よく喋る女だ。

これがマルチに抱いた感想だ。もともと思っていたことではあるんだが、一緒に馬車に乗って再認識したというべきか。

もう3時間くらい馬車に乗っているはずなんだが、一度も会話が止まっていない。よくもそんなに話のネタがあるものだ。しかもただ一方的に喋っているわけではなく、相手を退屈させないように話しているのは偶然ではなくこいつの能力なんだろう。素直に凄いと思う。俺もこの馬車の揺れがなければそんな客観的に見てないで会話を楽しめたんだろうが、なんか疲れて途中から会話に参加せずに窓の外を眺めながら、他のやつらの会話をBGMにしてそんなことを考えてしまっていた。

レベルとともにステータスが上がってるからかケツが痛いということはないし、乗り物酔いというほどではないんだが、なんか気分が優れない。お世辞にも馬車の旅は快適とはいえないな。これだけいろいろ発展させてんだから馬車くらい全て改良しておけよ。
だが、他のやつらはたいして変化がないから、俺1人弱音を吐くのもなんかなと思い余計にストレスが溜まる。

外は雨が強くなっているからたいして風景を楽しめてはいないんだが、それでもなんとなく外を眺めていたら、ただでさえ遅い馬車が止まった。

到着したのかと思ったが、俺側の窓からは村なんて見えない。

「どうしたんスかね?村はもう少し先だったと思うんスけど。」

馬車が止まるのと同時に馬車内の会話も止まり、マルチが呟いた。
何度も来たことのあるマルチがいうならこれは村に着いたわけではないのだろう。ということは何か非常事態か?

本当なら外に出て確認するべきなんだが、雨だからな。いくら雨で音が消されるっていっても、御者の悲鳴も聞こえないし、戦闘の音も聞こえない。馬が暴れてる様子もないしこのまま待機でも問題ないだろう。

俺がなんの行動も取らないからか、アリアたちも何もしない。

「えっと…確認しないんスか?」

ただ、マルチは外が気になるらしい。気になる気持ちはわからなくはないがな。

「確認したきゃ好きにしたらいい。俺は濡れたくねぇし、悲鳴が聞こえるわけでもないんだからそのうち動きだすだろ。」

「そ、そうスか。」

納得はいっていないみたいだが、なぜか確認しに行くのをやめたみたいだ。

あらためて窓の外に視線を向けると、誰かが走ってこっちに向かってくる音が聞こえた。
その音がかなり近づいてきたと思ったらドアが急に開いた。

急にドアが開いても、足音が先に聞こえていたからか誰も驚いてはいない。いや、今乗ってるやつらがそもそもあまり驚かないやつって可能性もあるな。マルチは斥候だから誰が来てるかわかってたかもしれねぇし。つっても俺の勝手な斥候のイメージだが。斥候のイメージのもとがセリナだから、普通はそんな能力はないかもだが。

「村がゴブリンに襲われてる!助けに行くぞ!」

扉を開けたのはテンコたちと同じ馬車に乗っていた男だった。

「勝手に行きゃあいいじゃねぇか。」

「なにいってんだ?お前らも行くぞ!」

「嫌だよ。濡れんだろうが。」

「は?弱い者を護るのは強者の義務だろ!」

「ふざけんな。護りたいものがあるから強くなるんであって強いから護るわけじゃねぇし、そもそも義務なわけがあるかよ。それにゴブリン程度にやられる村だとしたら、襲われる可能性があるだろうになんの対処もしなかった村長や村人の怠慢だ。そんなやつらを助ける価値があるのか?どうしてもというなら依頼しろ。」

まだ邪龍やゴブリンキングみたいな生きる災害みたいなやつに急に襲われたならどうしようもないってのはわかる。だが、どこにでもいるようなゴブリンにすら対処出来ないほど弱いままでいる自分を許容し続けたならそれは自業自得だ。
それがまだそういったことがわからないようなガキなら理解できるし、助けてやってもいいとは思うが、いい大人が助けられて当たり前と思っているなら助ける気なんかさらさら無い。まぁ金で解決するつもりならそれはそれで1つの手段だとは思うがな。

「お前らはそれでも冒険者なのか!?」

「冒険者だが、なんか関係あるのか?お前の価値観を押し付けるんじゃねぇよ。」

「どいつもこいつも!もういい!」

男は説得を諦めたのか、扉も閉めずに走っていった。

そういやテンコたちも馬車から降りてこないが、あっちでも説得に失敗したのかもな。

「いいんスか?」

マルチが恐る恐ると確認してきた。

「さっきもいった通り自業自得だ。俺は行くつもりはないが、お前が助けに行きたいならべつに止めるつもりはないぞ。」

「いや…あそこの村に今夜泊まる予定なんで、なくなったら野宿ッスよ?」

マジか…。

雨の中の野宿は勘弁してほしい。

だが、あんなこといってすぐに助けに行くのもな…。

「そういうのは先にいってくれ。」

「申し訳ないッス。」

マルチは悪くないんだが、空気を読んだのか謝ってきた。

「…わたしが行きましょうか?」

俺がどうしようか迷っていたらアリアが提案してきた。
アリアだったら上手いこと話をつけてくれるとは思うが、いくら雑魚のゴブリンでも雨の中乱戦してるところに1人で行かせて何かあったらマズい。

あの中に入っても死ななそうなのはイーラとサーシャとヴェルだろう。まぁ他のやつらでも死にはしないと思うが、万が一があったら困る。そういう意味でもその3人なら問題ないだろう。ただ、この3人は話をするには向いてないからな…。

「いや、俺が行くからアリアたちはここで待っててくれ。俺とイーラにマジックシェアだけしといてくれ。イーラ、MP使うぞ。」

「…はい。」

『マジックシェア』

「いいよ〜。イーラも行っていい?」

「好きにしろ。」

『上級魔法:風』

俺はガントレットを装着し、馬車の扉を開けてから、外に魔法で風の屋根を作ってその下に入った。思いつきでやったがちゃんと雨は防げてるみたいだな。

『中級魔法:風』

地面からの跳ね返りで汚れるのを極力防ぐために全身に風を纏った。これは前もやってるから感覚はわかっているが、魔法2つを使うのは集中が必要なのに効果は気休め程度だ。多少は防げるが強く踏みつけて跳ねてきた泥とかを防げるかは微妙だし、風の屋根をどかしたら間違いなく濡れる。

だから靴が汚れるのは仕方がないと割り切り、それ以外が濡れないように急がず歩いて村へと向かった。イーラは雨も泥も気にしている様子はないが、無駄に走り回らずに横に並んで俺の左手を右手で握って歩き始めた。
そういや前にもイーラが手を握ってきたことがあったな。どこで覚えたのかは知らんが、まぁいいか。こうしてるとイーラの見た目が似ているからか、小さい頃に歩と手を繋いで歩いていたことを思い出すな。いや、俺がこの世界に召喚される少し前にもそんなことがあった気がするから小さい頃ってわけでもなかったわ。

馬車から降りたときには既に見えていたんだが、近づくと色々な音が聞こえてくる。人間側の怒号やゴブリン側の叫び声、水たまりを踏む音や何かが潰れるような音。


まさにこういうのを乱戦だというような光景が目の前にあった。


ゴブリンの数がやべぇな。50はいそうだが、正直数える気にならない数だ。
人間側はさっきの冒険者の男と馬車の乗り場にいた6人組の冒険者、あとは見たことないと思う男が10人くらいか?人間側の人数を数えてみるとゴブリンは死んでるっぽいのも含めたら100体くらいいるんじゃないかと思える。だって人間の5倍はいそうだからな。

100体っていっても所詮はゴブリンだから、これだけ距離が保ててれば全滅させることは難しくないだろう。ただ、戦ってるやつらを殺さずにって考えると難しいな…ハッキリいって邪魔だ。

ここまで来たのはいいが、どうするべきか…。

無駄に時間をかけると、いくらイーラのMP量が馬鹿げてるとはいっても上級魔法を維持するためのMP使用量もなかなかに多いからそのうち底をつく。

「イーラはなんかいい方法ねぇか?」

対大人数の戦闘は俺よりイーラの方が得意だろうからなんとなく聞いてみたが、相手はイーラだからそこまで返答には期待はしてない。最悪『中級魔法:電』を使って全員の動きを止めてゴブリンを一体ずつ殺していくとかか。

「ん〜…。人間を殺さなければいいの?」

「ゴブリンを食べるのもなしだ。」

「わかった〜。」

俺はイーラに方法を聞いたんだが、イーラは意見を述べるわけではなく、返事をしてすぐに何かをしたらしい。

何をしたのかはわからないが、一瞬時間が止まったかのように乱戦していたやつら全員の動きが止まり、そのままほとんどのゴブリンが倒れ、10人ほどの男たちが膝から崩れ落ちるように座り込んだ。冒険者たちは膝をつくやつや立ってはいるけど顔色が悪いやつがいる。

ゴブリンの中では唯一人間サイズのやつだけが大剣を杖代わりのようにして立っていた。

「あれ〜。一体だけ弱くないのがいたみたいだね〜。ん〜…直接殺してくるね。」

そういってイーラは唯一立っているゴブリンに向かって一直線に走っていった。

その途中に倒れているゴブリンたちの上を10歳程度の少女に見えるイーラが避けることなく走っていく。
死体の上を走る少女というだけで違和感しかない光景ではあるが、イーラが踏んだゴブリンが潰れていく様は異常でしかない。あんな子どもが踏んだ程度で普通は頭蓋骨が潰れるなんてことはないはずだ。だが、イーラが踏んだ部分はゴブリンの頭だろうが腹だろうが足だろうが例外なく潰れて、水の代わりに血が跳ねている。

そんな異常な光景も長く続くことはなかった。
あっという間に立っているゴブリンの目の前に到着したイーラはいつのまにか持っていた鎌を振りかぶっていた。

ゴブリンはなんとか杖代わりにしていた大剣を持ち上げて攻撃を防ごうとしたみたいだが、イーラはそんなこと御構い無しに鎌を振り抜き、大剣もろともゴブリンを胸のあたりで横に切断した。

…切れ味良すぎだろ。

もともとそのゴブリンと戦闘していたっぽい冒険者は地面にケツをついたまま後退ってるし、なんかイーラをめっちゃ恐れてるように見える。

もちろんイーラはそんなことを気にするわけもなく、鎌をしまってまっすぐ俺の方に走ってきた。

「終わったよ〜。」

…褒めてオーラが凄い。まぁ俺の代わりに終わらせてくれたんだから、褒めるくらいはしてやるべきか。

「あぁ、凄いぞ。お疲れ様。」

イーラの頭をてきとうに撫でてやる。

「えへへ〜。」

「ちなみに最初は何をしたんだ?」

「ん〜?最初は威圧を使っただけだよ〜。ニアにしたときより少し弱めたから人間には効かないかな〜って思ったんだけど、みんな弱かったみたいだね〜。でもゴブリンは全滅するかな〜って思ったのに一体だけ生きてたのはなんでかな?」

あのゴブリンは見た目も違うし上位種か何かだろ。イーラからしたら雑魚に変わりがないから気にもならないのかもしれねぇけど。

それにしても威圧ってかなり使えそうなスキルだな。まぁ敵味方無差別ってのはかなりのデメリットだから使える場面は限られそうではあるが。
さっきのイーラを見る限り前方範囲内全て、もしくは目に見える相手全てが対象ってところか?

イーラが横に並んだから、ちょうどいいと思って視界にイーラ以外のやつが入らないようにして威圧を使おうとしたところでやめた。

イーラなら大丈夫だろうという根拠のない安心感があったが、さっき目の前でイーラの威圧を受けたやつらの状態を思い出し、もしもがあったら取り返しがつかないことになると思ったからだ。だから思いつきで使うのはやめた方がいいだろう。
威圧はこれから行くダンジョンで使えばいい。

「あれはゴブリンの上位種とかだろ。まぁイーラからしたら雑魚に変わりはないだろうから、そんな話はどうでもいい。俺は冒険者のやつらと話をつけてくる。まだ大丈夫だろうけど、MPが切れたら面倒だ。」

イーラのMP量はかなり多いが、さすがに若干ながらMPバーが減っている。なくなることはないとは思うが、無駄にMPを使う必要はないから、早く終わらせて屋根のあるところに行くべきだろ。

「は〜い。」

返事をしたからイーラは待つか馬車に戻るかすると思ったんだが、俺についてきた。
まぁ邪魔はしないだろうから別にいいか。

地面に散らばっているゴブリンを避けながら村の前の乱戦していた場所に向かう。
これだけ村から離れたところにもゴブリンの死体があるところを見るに馬車から駆けつけた冒険者どもの誰かが『ダズルアトラクト』のような敵を惹きつける魔法だかスキルでも使ったのだろう。じゃなきゃあれだけいたゴブリンが柵しかない村に入らず、わざわざ外で戦ってくれるとは思えねぇしな。

ちなみに一度だけ転がってるゴブリンの頭を思い切り踏みつけてみたんだが、陥没はさせられても潰れはしなかった。やっぱりイーラは何かがおかしい。

近づきながら確認した感じだと、一番まともに話が出来そうなのはあの男だな。

「獲物を横から奪うような真似をしてすまない。ゴブリン程度なら俺らが戦う必要はないと思ったが、思ったより時間がかかってたから手を出してしまっただけで、素材とかはいらないし、あんたらが討伐したことにしてくれてかまわない。代わりに倒れてるゴブリンどもの生死の確認や処理は任せていいか?」

冒険者6人グループのリーダーっぽい男の側まで近づいて声をかけた。
本当はただ濡れたくなかっただけだし、ここが宿泊予定の村だと知らなかったからどうでも良くて断ったんだが、さすがに雨の中野宿は嫌だし、それらを正直にいって反感を買う必要はないだろう。
それにゴブリンも多少の金にはなるだろうからそれを譲れば嘘だとバレてたとしても目をつぶってくれるはずだ。結果的に誰も死なずにすんでそうだしな。

「いいのか?」

6人組冒険者のリーダーっぽいやつが俺らを馬車まで呼びにきたソロ冒険者に一度目配せをし、ソロ冒険者が頷いたのを確認してから俺に再確認してきた。

正直にいえばこれだけいるゴブリンの耳を全て回収するのが面倒だから全部やらせるだけなんだがな。さすがにこんな多くのやつらに見られてる中でイーラに食わせていいのか判断に迷うから、ゴブリンの死体の処理をするのだって面倒だし。

「あぁ、好きにしてくれ。分配とかはそっちで勝手にやってくれ。」

「わかった。」

他の冒険者との話が済んだところで、アリアたちの乗っている馬車がこちらに近づいてきていることに気づいた。村は目と鼻の先だし、俺とイーラはこのまま歩いて先に村に入るとするかなと、ゴブリンの死体や戦っていたやつらを放置して歩き始めた。

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