裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
189話
昨日はアオイの体を手に入れた後は町をぶらぶらしていたんだが、途中で雨が降ってきたから急いで帰ることになり、ほとんどを宿の中で過ごすことになった。
せっかくの旅行ではあるが、だらだら過ごすのもアリだろう。ただ、俺はそう思っても他のやつはそうでもないらしい。
アリアとニアは本を読んでるから静かだし、アオイとヒトミとサーシャとヴェルは雨でも関係なく外に出てるから俺に害はないが、あまりに暇だからかイーラとテンコが物理的に絡みついてきて鬱陶しい。ウサギはさっきからチラチラとこっちを見ながらなんかソワソワしてるし、雨でも楽しめる室内遊技場でもねぇかな?…さすがにねぇよな。
雨も少しずつ強くなってきてるし、しばらく止む気がしない。こんな中で町を散策する気は起きねぇし、雨にあたりながらイーラに乗ってべつの町に行くのも俺は嫌だ。遠い国に行けば雨は降ってないかもしれないが、それまでの間濡れながら空を飛ぶのはさすがに嫌だ。
ほとんど寝転がっていただけなのに腹が減ってきた。太陽が見えないときってこの世界のやつはどうやって時間を判断しているんだろうと思いながら腕時計を見たら11時24分だった。そろそろ昼飯の時間みたいだから絡みついてるイーラとテンコを引き剥がしながら起き上がったら、ちょうどアオイたちが帰ってきた。当たり前だがびしょ濡れだ。
せっかく帰ってきたなら一緒に昼飯に行くか。飯の前にアオイたちはシャワーを浴びるだろうし、もう少し寝てるか。ともう一度横になろうとしたらアオイが話しかけてきた。
「リキ殿、ダンジョンに行かぬか?」
横になるのはやめて、アオイの方に体を向けた。
たしかにダンジョンなら雨でも関係ないし、深く潜るわけでなければ暇を持て余してるやつらの暇つぶしにはちょうどいいかもしれないが、雨の中イーラでの移動は遠慮したい。
「ずいぶん急だが、なんかあったのか?」
「いやの、この体での戦闘に慣れておきたくての。軽い訓練だけだとどうもしっくりせん。雨でやることがないのならちょうど良いかと思ったんじゃよ。ダンジョンまでの馬車も出てるらしいしの。」
馬車か。イーラがいるから金の無駄遣いでしかないが、たまにはいいかもな。イグ車なら村にもあるが馬車に乗ることなんてそうそうないだろうし、雨に濡れずに済みそうだしな。
「その馬車はいつ出てるんだ?」
「馬車は確か昼過ぎに北門からじゃったかの?」
アオイは自信がないのかアリアを見た。
アリアは見られてることに気づいたのか、本から顔を上げた。
「馬車は昼過ぎに出発し、途中の村で一泊してから早朝出発して、ダンジョン最寄りの村に昼前到着予定です。イグ車であれば早朝に出発し、昼前にダンジョン最寄りの村に到着予定の便と正午に出発して夕方にダンジョン最寄りの村に到着予定の便があります。全て北門からの出発です。」
なんの話かを伝えようと思ったら、その前に説明された。
本を読みながら俺らの話も聞いてたんだな。さすがアリアだ。
それにしても馬車とイグ車ってそんなに違うのか。確かにイグ車は体感速度で原付以上だと思うくらいに速かったけど、馬車ってけっこう遅いんだな。馬は競馬のイメージしかないからもっと速いと思ってた。しかもこの世界の馬は魔物らしいから、もしかしたらこれでも日本の馬よりは速いのかもしれない。元を知らんから比べられないが。
べつに急いでるわけではないし、正午のイグ車の便には間に合わないだろうから、昼飯食って昼過ぎの馬車に乗るか。到着予定は明日の早朝のイグ車に乗るのと変わらないみたいだしな。
「じゃあ昼飯食って昼過ぎの馬車に乗るか。雨が止むか飽きるまでダンジョンに潜って、その後またてきとうに違う町か国にでも行くとするか。まぁアオイたちはまずはシャワーでも浴びてこい。」
アオイたちは4人一緒にシャワー室に入っていった。確かにここは大人数用の部屋だからシャワー室も広かったが、シャワーは2つしかなかった気がする。まぁ仲良いことは良きことかな。
アリアは本をしまって準備を始めた。準備といってもたいしてすることはないと思うんだが、昼飯までは暇だから好きにすればいい。俺はやることもないし、それまで寝てるとしよう。
「奇遇ッスね!」
俺らが昼飯を済ませ、馬車の乗り場だという北門近くの建物に入ると、見覚えのあるやつが声をかけてきた。
このオレンジ髪と変な喋り方をする女は一昨日一緒に飯を食ったやつだな。
「ここで何してんだ?」
「何ってこれからダンジョンに行くんスよ。お兄さんもッスか?」
そういやこいつは冒険者っていってたな。
「あぁ。…お前は1人なのか?」
周りを見ると、ここの従業員っぽいやつ以外は他には離れたところに6人で固まってるやつらと1人で長椅子に座ってる男がいる。6人組はそれで1つのパーティーだろうから、仲間の可能性としてはあの男だけか。
「1人ッスよ。なんでかウチとメインで組んでくれる人がいないんスよね。だからいつも向こうについてから、臨時パーティーを組んでるッス。」
鬱陶しいから四六時中一緒にはいたくないと思われてんのかもな。もしくは弱いとか。
それにしても毎回臨時パーティーを組むってパターンもあるんだな。今まで会ったやつらは既にパーティー組んでるかソロだったから、臨時パーティーって言葉自体を聞いたことがないんじゃねぇか?
そういやフォーリンミリヤでカリンやラスケルと組んだのは臨時パーティーみたいなものか。正確には俺はパーティーは組んではいないが。
「お前も馬車待ちか?」
「そうッスよ。」
「この町に住んでるなら早朝のイグ車に乗らなきゃ日帰りは無理じゃねぇか?」
ダンジョン潜る時間も考慮したら、イグ車でも日帰りは厳しいとは思うが。
「日帰りのつもりはないッスよ。ダンジョンに行くときはしばらくの間はダンジョン最寄りの村を拠点にして稼ぎまくるッス。ある程度稼いだら帰ってきて、気が向いたらまたダンジョンに行くって感じッスね。」
まさに冒険者って感じだな。俺の中でのイメージだが。
「そうか。いい相手が見つかるといいな。」
「お兄さんたちって10人だから二組に分かれるんスよね?なら、せっかくッスから一緒にパーティー組まないッスか?」
珍しいな。俺たちは確かに10人だが、全員が戦闘できるとわかったやつって初めてじゃねぇか?
俺以外で武器が見えてるのはアリアが二の腕に付けてるロッドとアオイの腰の刀、あとはヒトミが腰につけてるモーニングスターだけだ。
あとはぱっと見ただの服なうえに武器も持ってないのによくわかったな。一昨日飯食ったときに話したっけか?
だが、どっちにせよ奴隷以外とパーティーを組む気はねぇけどな。
「…お姉さんは後衛ですか?」
俺が答える前にアリアが質問をした。俺が断ることはわかってるだろうになんでそんな無駄なことを聞くのかわからん。
「ウチの名前はマルチッスよ。お姉さんって呼ばれるのはむず痒いからマルチって呼んでほしいッス。質問についてはウチは斥候だから前衛ッスね。一応弓も使えるッスけど、主に使うのは短剣ッス。」
「…斥候?それで当日に臨時パーティーを組めるんですか?」
「あぁ…。そういえば、お兄さんたちはドルテニアの人じゃなかったッスね。じゃあこの馬車が向かうところにあるダンジョンは初めてッスか。そこのダンジョンは他と違ってトラップがあるんスよ。だから斥候は必須ッス。どうッスか?ウチは地下30階くらいまでなら何度か行ってるんで役に立つッスよ。それとも既に斥候出来る仲間がいるんスか?」
「…トラップ?」
「ん?あぁ、魔法の矢が飛んできたり地面が爆発したりする罠のことッスよ。ウチみたいな斥候はそういったトラップを見つけて、発動しないように解除したり避けるのを指示したりする役ッスね。」
アリアとマルチとかいう女が話しているのをなんとなく聞いていたが、ダンジョンにトラップ?それなら斥候役が必要なのはわかる。だからこそダンジョン前で自分を売り込んでパーティーに入れてもらうことも出来るんだろう。
そんなことを考えていたら、アリアが俺を見ていた。
「どうした?」
「…どんな仕掛けで罠が発動するのかはわかりませんが、そういったのを見つけられる可能性のあるセリナさんが今はいません。なので………リキ様とパーティーは分けて一緒にダンジョンに行きませんか?」
アリアが言葉を選ぶようにマルチと同行することを提案してきた。
確かに今まではセリナが危険察知をしてくれてたが、今はいない。俺も観察眼が反応するのであればトラップを見つけられるとは思うが行ってみないことにはわからないから、アリアがいいたいこともわかる。
一昨日一緒に飯を食ったときに話した感じでは悪いやつではなかったんだが、アリアにとっては初対面のはずだ。それでアリアがそんなことをいうのはなんか意外だ。むしろ初対面のやつでも仲間にする提案をしなければならないほど必要なものだと判断したってことか?それなら少しでも知ってるやつにした方がいいってことなのかもな。
あらためてマルチを見ると、ニヤニヤしながら俺の返事を待ってるみたいだ。まぁこいつからしたら俺らがダメでも斥候役は需要があるから他とパーティーを組めるだろう。だから本当に「せっかく会ったんだから一緒にどう?」程度の誘いなんだろう。
「…好きにしろ。」
「…はい。それではマルチさん。わたしとパーティーを組んでくれませんか?」
「いいんスか!?喜んでッス!」
そのままの流れでアリアとマルチがパーティーを組むについての話をし始めた。
こう客観的に見た感じでは既に打ち解けてるようにも見える。やっぱりマルチとかいう女はコミュニケーション能力に長けてるのかもな。
馬鹿っぽいキャラも初対面で受け入れられやすくするための演技で実は計算高いとか……ねぇか。まぁ話した感じでは喋り方が馬鹿っぽいだけで中身は馬鹿ではないと思う。…たぶん。
「馬車がきたみたいッスよ。」
何いってんだ?と思ったが、意識して耳をすませば馬の蹄と石畳がぶつかる音っぽいのとカタカタという何かの音が聞こえる。
ここからは馬車が見えないし、マルチはアリアと喋っていたにもかかわらず気づくのは凄えな。これは斥候としての能力を期待してもいいのかもしれない。
しばらくしてから建物に入ってきた男に1人銀貨2枚払い、その男に指示された馬車に乗り込んだ。
馬車は全部で5台あり、内2つは荷台に荷物を乗せているみたいだな。
残り3台の馬車は全て6人乗りらしいから、俺らはアリアが決めた組み合わせで5人ずつに分かれることになった。
俺が乗る馬車の席順は入って右側奥から俺、イーラ、アオイ、左奥からアリア、サーシャ、マルチとなった。なぜマルチを俺と同じ馬車に乗せたのかはわからんが、アリアがダンジョンまでに話したいことでもあったのかもな。
窓から外を見ると、ヒトミ、テンコ、ウサギ、ヴェル、ニアがさっきの男の案内で別の馬車に乗り込んでいるところだった。どうやらあっちにも相席者がいるみたいだな。さっき長椅子で座ってた男だ。
全員が乗り終えたのか、とくに合図もなく急に進み出した。
俺が乗る馬車が進むにつれ、嫌な予感がし始めた。
馬車に乗ったまま北門を出たあたりで予感が確信へと変わった。
この馬車はウチのイグ車より性能が悪い。
石畳の上を走ってるときは気のせいかなですんでいたんだが、この国は町の外の道が申し訳程度にしか整備されていないせいか、けっこう揺れる。
ウチのイグ車よりスピードが出てないのにこの揺れは酷いな。合計銀貨20枚も払ったのにこれは…。いや、王族のコネ様様と思うべきか。先にこっちを体験してれば素直にそう思えたんだが…なんだかなぁ。
まぁまだ酔ったわけでもケツが痛いわけでもねぇし、そのうち慣れるだろう。今さら文句をいったって仕方がないしな。なにより、ここで降りて雨の中町に歩いて戻る方が嫌だ。
だから、これも現代日本では味わえない旅の醍醐味だろうとポジティブに考えることにして、窓の外の移り変わる世界を眺めた。
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