裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
184話
コンコンというノックの音で目が覚めた。
そこまで強く扉を叩かれたわけでもないのに目が覚めたってことはタイミングがちょうどよかったのだろう。寝覚めもいいしな。
…。
「…何してんだ?」
起き上がろうとしたら、ベッド脇でイーラがニコニコしながらこっちを見ていた。
「おはよ〜。リキ様の寝顔見てた〜。」
うん、わけわからん。
「あぁ、おはよう。というか俺の寝顔なんて見てたって楽しくねぇだろ。それよりちゃんと休めるときに体は休めとけよ。」
「楽しいよ〜。」
イーラの相手はてきとうに済ませてドアに向かうと、アリアも今のノックで起きたみたいだ。
「…おはようございます。」
「おはよう。」
今回は大部屋が空いていたから全員同じ部屋だ。
他にも起きているやつがいるかと見てみると、テンコとヒトミとサーシャが既に起きてたみたいで、ニアもノックの音で起きたみたいだ。
でもまだ早朝で寝てるやつもいるから小声でテンコたちにも朝の挨拶をして、静かにドアまで行って開けた。
「朝早くにすまない。」
「…は?二度と俺らに関わらないって約束したよな?」
扉をノックしたのは昨日の男だった。早速約束を破るとはさすがに驚いた。
「いや、重ねてすまない。今回は伝言を持ってきただけだから許してくれ。」
「…なんだ?」
「領主様が面会を希望している。」
こいつは何をいってんだ?
「嫌に決まってんだろ。じゃあな。」
「…え?いや、待ってくれ!」
扉を閉めようとしたら、男が足を挟んで閉められないようにしやがった。
「なんだよ。仲間が起きちまうだろ。」
「それはすまない。…じゃなくて!辺境伯様からの招集命令だぞ!?」
「だからなんだよ。俺に関係ねぇじゃねぇか。」
男は驚いた顔をした。
「…本気でいってるのか?」
「は?当たり前だろ。俺には俺の予定があるんだよ。用があんならそっちからこいよ。少なくともアラフミナの辺境伯は自分から俺に会いに来たぞ。」
嘘はいっていない。
アラフミナの辺境伯はスカウトで、ここの辺境伯は俺が門で問題を起こしたからだろうから、会う理由は全く違うだろうけどな。
「…あんたは何者なんだ?」
「ただのFランク冒険者だ。もういいだろ。帰れ。」
「…え?Fランク?」
こいつはまだ話を続ける気か?…うぜぇな。
「そうだよ。だから帰れ。」
「それは聞きたくなかった…。いや、そんなことより俺はあんたを連れていかないと帰れないんだよ。この町の全冒険者のためだと思って頼むよ。この通り!」
男が両手を合わせて頭を下げてきた。
全冒険者のためとかいわれても知らねぇよ。と思ったが、ここは新人が集まる町だったか。
俺が右も左もわからなかったときに見ず知らずの肉串屋のおっちゃんが良くしてくれたことをふと思い出した。
あれは本当に助かったし、感謝してる。
さすがにここの冒険者にそこまで親切にしてやるつもりはないが、俺のせいで新人冒険者が潰されるかもしれないといわれると気分のいいもんじゃねぇな。
…はぁ。
「わかったよ。ただ、俺は予定を変えるつもりはねぇ。だから会うなら今日の夜だ。それでもいいなら会ってやる。」
「本当に何様なんだよっていいたくなる態度だな…。もしかしてどっかの王族なのか?」
「そんなわけねぇだろ。嫌ならべつにかまわねぇよ。俺は会いたくねぇしな。」
「いや、わかった。領主様にはそう伝える。」
「じゃあ日が沈みきったくらいに行くから、そう伝えといてくれ。」
「わかった。くれぐれも不敬な真似はしないでくれよ。」
そういって、男は俺の返事を聞かずに去っていった。
面倒だが、もともとの予定に変更はねぇし、我慢するか。
けっきょくあの後は二度寝する気にもなれず、しばらくしてから宿で朝飯を食って人形探しに出かけた。
北から回ることにしたが、一つ一つじっくり見ていると思いのほか時間がかかった。
これは確実に1日じゃ回れないから、北の3軒を見て回った後は昼飯を挟んでから東の1軒を見て、最後に領主館の近くにある人形屋を見ている。
男が紹介してきた人形屋以外にもけっこうな人形屋があったから通り道にあったとこだけ入ってみたが、紹介された店との人形の出来に雲泥の差があった。その分値段はかなり安かったが、今回は値段よりも出来を重視しているから軽く見る程度で済ませた。
紹介された店はどれも良く出来ていたんだが、アオイが特別気にいるものはなく、とりあえず保留にしてあるのが北側の店にあった2体だけといった感じだ。
そして、今見ている領主館前の人形屋は今まで見た人形屋よりもまた頭一つ抜きん出た出来栄えに感じる。
普通に店に並べられているのが今まで回った店と同じレベルくらいで、ショーケースのようなものに入れられている5体の人形ははっきりいって人間にしか見えない。
5体のうち3体が男型で残り2体が女型だ。俺は女型2体の内の1体を眺めながらふと思った。これは独身男性にも需要がありそうだなと。ただ、服を着せて飾られているからどこまで精巧に作られているかはわからないがな。
「ここの人形は作りが非常に良いのう。この人形も良いとは思うが、ちと胸が大き過ぎて動きづらそうじゃ。妾は隣の人形の方が良いの。」
俺が1つの人形をガン見していたら、アオイが隣に来て、感想を述べてきた。
アオイは体を選ぶのに目で見て確認したいとのことだったから、イーラに体を作ってもらっている。見た目は魔術組合のやつらしく、知ってるやつに見られても困るからとローブを着せてフードを深く被らせているから不審者っぽい。でもこの世界では大丈夫みたいだ。
「じゃあそっちの人形を候補に入れておこう。」
「リキ殿はこの人形が好みなのかのぅ?」
さすがにガン見し過ぎたか。
「あまりに作りが良かったからな。ただ、人形に好みもなにもねぇよ。」
「そうか。なら隣の人形が良いの。」
そういってアオイは他の人形を見るために歩いて離れていった。
今隣にいるのはニアだけだ。他のやつらはそれぞれ人形を見て回っているのにニアだけはずっと隣にいる。
まぁおかげで助かる部分もあるからいいんだが。
「ニア、これはいくらだ?」
アオイが選んだ人形の値段をニアに聞いた。
なんか文字のようなものが書かれた物が下にあるんだが、俺は読めないからな。
「金貨150枚です。こちらの胸が大きい人形は金貨200枚です。」
ニアが聞いていない方も答えてきた。
そんなに欲しそうな顔をしてたか?
というか出来が良いだけにクソ高いな。
今までの店で一番高いのでも金貨80枚だったのに約倍かよ。さすがに買えねぇぞ…。
まぁまだ残りの店に安くていいのがあるかもしれないから、とりあえず考えるのはやめよう。
アオイが一通り見て回ったときには既に夕方だった。もうすぐ日が沈むだろう。
あの金貨150枚のとは別にもう一体保留にしたのがあるが、どれも良さげなのを選んだだけでアオイがピンッとくるようなものはなかったみたいだ。
どうせなら《これがいい!》と思えるようなのに出会えるまで探してやりてぇから、王都に行くことも考えなきゃな。
「そしたら俺は領主に会いに行くから、アリアたちは宿に戻っててくれ。そろそろヒトミたちも戻ってくるだろうからな。晩飯は先に食べてくれ。俺はもしかしたらこの時間だと領主と食う可能性がないともいえないからな。」
領主と飯を食わずに済めば帰り道でてきとうに食べればいいしな。
アリアに宿の鍵と銀貨10枚を渡した。
昨日はあれだけ食べて銀貨10枚で済んでたし、俺がいない分もう少し安く済むだろうから足りるだろう。
「「「「「「はい。」」」」」」
アリアたちと別れて俺は領主の館まできた。館までといってもさっきの人形屋の目と鼻の先だがな。
まだ微妙に夕日が頭を見せているが、問題ないだろう。
「領主との面会に来たんだが、話は通ってるか?」
門の前にいた顔以外全身鎧の男に声をかけると眉根を寄せられた。
「…あぁ、南門で問題を起こしたやつか。ついてこい。」
返事が遅かったから、名乗るべきかと思ったが、よくよく考えたらそもそも名乗ってないから名前を伝えても意味なかったか。
まぁ伝わったみたいだしいいや。
いわれるがまま門番の後について屋敷に入っていった。
案内されたのは応接室だった。
これは晩飯を一緒に食うパターンではなさそうでありがたいが、可能性を考えて昼から何も食ってないから腹減ったな。
「まぁ、座れ。」
「あぁ。」
たぶん辺境伯だと思われるやつに顎でソファーを指されたから、てきとうに返事をして座った。俺を案内した門番はそのまま扉の横から動かなかった。
部屋の中にはテーブルを挟んで俺の真正面のソファーに座っている高そうな服を着た偉そうなおっさんが1人、その後ろに立っていて眼鏡をかけて俺を見下してるような目線を送ってきてるおっさんが1人、あとは壁際に間隔をあけて6人の鎧を着てるやつらと俺を連れてきた門番が立っているくらいだ。この部屋にいる門番以外の鎧のやつらはフルプレートで顔が見えないから年齢も性別もわからない。
「まずは名前を聞いても?」
俺がいざという時のためにそれぞれの立ち位置などを確認していたら、辺境伯が声をかけてきた。
人に名前を聞くときは自分から名乗るものなんじゃねぇのと思ったが、辺境伯と平民の俺だったら普通は俺が先に名乗るものか。
そもそもそんなことでいちいち突っかかったら無駄に時間を食うだけだから、余計なことをいうつもりはないし、念のため敬語を使っておくか。
「リキ・カンノです。」
今さらだが、神野力と名字が先のフルネームで名乗ったら、異世界人ですっていってるようなものなんじゃねぇか?
本当に今さらなんだけどさ。
もしかしたらこの世界にも家名が先の国もあるのかもしれないが、せっかく気づけたんだからこれからは極力、アラフミナでの一般的だと俺が思っている名乗り方で名乗ることにした。
「…リキ・カンノ……すまん、聞き間違えたかもしれん。もう一度教えてくれぬか?」
こいつは何をいっているんだ?ちゃんと聞き取ったうえで復唱してんじゃねぇか。
「間違えてないですよ。リキ・カンノです。」
俺があらためて名乗ると領主が訝しむような顔をした。
「…出身国を聞いてもいいか?」
「に……アラフミナです。」
危なく日本と答えそうになったが、アラフミナで身分証を作ったからアラフミナでいいはずだ。せっかく名前をこの世界に合わせたのにここで墓穴を掘ったら意味がなくなるところだった。
「……ドルテニアに来ているというのは本当だったのか…。」
辺境伯がわけわからないことを呟いている。
ドルテニアの国境がどこかはわからないが、ドルテニアに来たのは昨日だ。俺がドルテニアに来ているって情報が既に伝わっているんだとしたら早すぎないか?国境門を通って来てないんだぞ?…いや、南門で問題を起こしたときに俺を知ってるやつがいて報告が入ったってことか。
…ん?じゃあなんで俺に名前を聞いた?
そもそもが南門で問題を起こしたから呼ばれてんのに“南門でリキ・カンノが問題を起こしてる”って報告が入っていれば今俺に名前を聞く必要はない。確認として聞くならわかるが、二度聞く必要はさすがにないはずだ…たぶん。
他の可能性としては………人狼皇帝か?でもあいつにはちゃんとは名乗ってねぇし、魔族はMPがないから連絡方法がないんじゃねぇか?あいつはもう帰るっていってたからわざわざ戻って報告するとも思えねぇし。
…。
……もういいや。
いつ誰が知らせたかなんてどうでもいい。今知られちまったんだから、昨日既に知られてたとしても大差ないだろ。
というか、辺境伯が呟いたあとに黙っているんだが、俺はどうしたらいいんだ?
とりあえず辺境伯の次に偉そうな男を見てみるが、こっちを見てすらいない。さっきまで俺を見下すように見てたくせに都合の悪いときは知らんぷりかよ。
「俺はもう帰っていいですか?」
「いや!待ってくれ、すまない。そうだな………ゴホンッ。単刀直入に聞く。カンノ殿は何しにドールンに来たのかね。」
話が進みそうになかったから、もう終わりでいいのかと思ったら、辺境伯が焦ったように止めてきた。
「主な理由は人形探しです。あとは観光でもしようかと思ってるくらいで何も決めてません。町を出て行けというんであれば従いますが、まだ人形屋を回りきっていないので、出来ればあと2日待ってもらえると助かります。」
面倒ごとになるくらいならここを出て違う町に行くつもりだが、せっかく教えてもらった人形屋くらいは見ておきたい。
まぁ今すぐ出て行かなきゃ戦争だとかいわれたら面倒だからすぐに出て行くけど、さすがに門で揉めたくらいでそこまではしないと思いたい。いや、このまま牢屋にいれられる可能性もなくはないのか。そしたらもちろん抵抗はするがな。
「…それだけか?」
辺境伯が疑うような視線を向けてきた。
「ん?そうですが。」
今度は辺境伯がその後ろの男と小声で何かを話し始めた。今度は聞こえないほどの小声で話してるみたいで、何を話しているのかわからない。
話が終わったのか、辺境伯が俺を見た。
「最後に1つ聞きたいんだが、なぜ南門から来た?」
どういう意味だ?
「アラフミナから来たので一番近い南門を使っただけですが?」
質問の意図がわからず、疑問系で返してしまった。
今度は辺境伯が理解できないという顔をした。
「ドールンまではどうやってきたんだ?」
そういうことか。
普通の手段で来る場合は南門から入ることはないのか。南門側は森や海しかねぇもんな。
というかさっきのが最後の質問じゃなかったのかよ。どう答えればいいんだ?飛んできたはありか?…そういや仲間にヴェルがいるんだから飛んできたっていっても大丈夫か。
べつにもうイーラの変身がバレてもいいっちゃいいけど自分からバラすのもなんか躊躇しちまうが、ヴェルがいるから飛んできたってのは不可能なことではないしな。
「アラフミナから最短距離を飛んできました。」
「…は?」
領主とその後ろの男が何いってんの?って顔を向けてきた。
龍に乗るってのもいっちゃいけないことだったか?…まぁもう遅いから諦めるか。
「仲間に龍族の者がいるので。」
いった後に気づいたが、国境門を通らないといけないとかあったか?だとしたら面倒なことになりそうだ。
「…ふっ。」
領主が鼻で笑った。
俺を馬鹿にするような感じではなく、なんかいろいろ諦めたような表情をしている。
「わかった。わかることにした。だから好きなだけ滞在するといい。ただ、あまり問題は起こさないでくれ。冒険者同士の多少のいざこざには目を瞑るが、一般の民や私の私兵たちに手を出したり町を破壊したりしないでもらえると助かる。」
とりあえず国境門のことには触れられなかった。べつに必ずしも通る必要はないのかもな。
それにしても領主は俺をなんだと思ってんだ?…あぁ、二つ名のせいかもな。俺は無意味に虐殺や破壊なんかしねぇよ。
「はい。俺は人形屋を見て回って、余った時間で観光などができればいいので、自分から暴れるつもりなんて全くありません。さすがに敵が現れれば戦わざるをえませんが。」
「その言葉を信じるとしよう。もう下がっていいぞ。確認のためだけに足を運ばせてすまなかったな。」
少ししか話してないからわからないが、ここの領主は嫌なやつではなさそうだ。まぁ他の領主を知らないがな。
それに門のことについては一切触れられてねぇけどいいのか?いや、余計なことをいって問題にされても面倒だし、とっとと帰るか。
「いえ、それでは失礼します。」
軽く頭を下げて、俺は最初の門番に連れられて屋敷の外に出た。
…あの程度の確認だったら、わざわざここまで来る必要はなかったと思うんだが。それこそ、朝呼びにきたやつを通して確認するだけで良かったんじゃね?
けっきょくなんだったんだろうな。
…。
もう終わったことだからいいかと考えるのを放棄して、俺は飯を食うために歩き出した。
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