裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
139話
3回戦が全て終了し、次がセリナの4回戦目となったとき、アリアがピクリと何かに反応した。
何かと思って見てみると、指輪が反応しているから誰かからの連絡だろう。
「…リキ様。ソフィアさんから報告がありました。ルモーディア第三王子様が村にいらしたそうなのですが、要件はリキ様に直接話したいとのことで、明日の夕方頃にまた来るとのことです。なので、この大会が終わってから帰ると間に合わない可能性があります。できれば今すぐに帰るべきかと思いますが、判断はリキ様にお任せします。」
ルモーディア第三王子って確か魔王戦の時にいたアラフミナの王子だよな?魔王戦の報酬は既にもらってるし、今さら何の用だ?
王族がわざわざ直接足を運ぶってことはかなり重要なことだろう。嫌な予感しかしないからあえて帰らないって手もあるが、それで村を取り上げられでもしたら今いるガキどもが住む場所を失っちまうしな。話くらいは聞くべきだろう。
次がセリナの試合だからそれが終わったらにするか…いや、そうすると次は準決か。準決に上がっといて棄権するよりは今させた方がいいな。
ちょうどセリナが会場に入ってきた。
セリナの耳なら聞こえるだろう。
「悪いが俺は用事が出来たから帰る。カリンとラスケルは今後の参考までに決勝まで見ておけ。もう会うことはないだろうが、頑張れよ。」
イーラを膝からどかしながら、カリンとラスケルに一応別れを告げておいた。
「もう帰っちゃうんですか!?」
予想外にカリンが食いついてきた。
「あぁ。ちょっと呼び出しがかかったから、急いで帰らなきゃならなくなった。じゃあな。」
「「ありがとうございました!」」
カリンとラスケルが立ち上がって頭を下げてきた。
俺はそれを手で制してから立ち上がった。
「セリナ、帰るぞ。」
セリナは耳をピクッとさせてこちらを向いて、両手で頭の上に丸を作った。了解の意味か?
「審判さん。私、棄権します。」
ちゃんと俺の言葉は伝わっていたようで、セリナが審判に棄権の意を告げた。
観客は突然の棄権にたいしてどよめいている。
「ちょっと待てよお嬢ちゃん。さんざんいい思いしといて、いざ本当に強い相手との対戦になったら棄権するとかダサ過ぎんだろうよ。」
遅れて入ってきた対戦相手の男がセリナの棄権に納得いかないらしく、口を挟んできた。
「本当に強い相手?誰のこと?私が棄権するのはリキ様の命令だからだよ?リキ様の命令は絶対だから、あにゃたに負ける可能性にゃんてほとんどにゃいけど棄権するしか私には出来にゃいんだ。ごめんね。」
セリナは初めは本当に疑問だったみたいだが、男が自身をセリナより強いと勘違いしていることに気づき、クスクスと笑いながら挑発するように謝罪した。
案の定、男の顔が歪んだ。
「審判。早く始めろ。」
男が審判に怒りを込めた声で開始を促した。
「言葉が通じにゃい人だにゃ〜。…リキ様、少しだけいい?」
セリナがこっちを向いて小首を傾げた。
まぁこのまま棄権する流れではないかもな。
「ダメだ。」
だがそんな空気は知らん。俺はもう立ち上がってんだ。
それにそいつに勝っちまったら準決で棄権することになる。その方が面倒そうだ。
セリナはブー垂れた顔をしたが、命令が絶対なのはわかっているようだ。
「審判さん。やっぱりダメだって〜。だから早くリキ様のところに戻らにゃいと置いていかれちゃうから棄権にしてください。」
セリナが顎に握った両手を当てて、うるうるした瞳で上目遣いで審判にお願いしていた。
もともと棄権するってのはルールとしてあるのにそんなことする必要があるのか?
もしかして対戦相手はハナから眼中にねぇよっていう挑発か?いや、さすがにセリナはそういうタイプではないだろう。どちらかといえば、応援してくれた観客に悪い印象を持たせないためって方が可能性が高そうだ。だけどその場合は俺を悪者に仕立て上げているように聞こえる気がするが気のせいか?
まぁこの国にはもう来ないだろうし、どうでもいいな。
「セリナアイル選手が棄権により、勝者、ヴァンギラス!!」
試合をしていないのに盛り上がるわけもなく、会場からはなんの反応もなかった。
ただ、対戦相手の男だけは納得していないようだ。
「馬鹿にされたまま引き下がれるか!」
男が背中の大剣を取り外して振りかぶったが、その時には既にセリナはそこにはいなかった。
男は何が起きたか理解していないようだ。
それじゃあ実際戦ったとしても勝つのは不可能だっただろうな。
セリナは審判が勝者を告げた後、全速力で出ていっただけだ。フェイントもスキルも何も使ってはいなかったと思う。
それが目で終えていないなら、その程度というわけだ。
「リキ様、お待たせしました〜。」
会場の男が呆然とした状態から立ち直る前にセリナが俺らのところにやってきた。
少しだけだが息が乱れているから、よっぽど急いだのだろう。
じゃあ行くかと思ったが、その前にラスケルに挨拶くらいさせてやらねぇとな。
「さっきはいなかったが、こいつはラスケルだ。」
「よろしくね〜。セリナアイルだよ。」
セリナはニコッと笑顔をラスケルに向けて挨拶をした。
そしたらラスケルは顔が真っ赤になった。わかりやすいやつだな。
「よ、よろしくお願いします!ラスケル・ブランケットと申します!」
緊張でもしているのか、ずいぶん改まったいい方だな。
本当ならこのあと飯くらいは一緒させてやりたいが、今は時間がねぇからどんまいだ。
「行くぞ。」
「「「はい。」」」
「「ありがとうございました!」」
カリンとラスケルはその場に残して、俺らは闘技場から出ていった。
町から出て森に入り、辺りに人の気配がないことを確認してからイーラが龍の姿になった。
「…リキ様、これからほぼ丸一日全速力で移動することとなります。それでも到着したら既にルモーディア第三王子様がいらっしゃる可能性があるので、大事な話中に眠くならないためにもリキ様はゆっくり休んでいてください。」
アリアが心配して気遣ってくれたが、そんなこといわれずとも俺は遠慮なく寝たいときに寝るがな。
「ありがとう。まぁ空の旅に飽きたら寝るさ。」
そういってイーラの背中に飛び乗った。
続いてアリアとセリナも乗り、体がズブズブとイーラの体内に沈んで固定された後、イーラがウィンドウォールを発動させたようだ。
そして、イーラが羽ばたき始めると徐々に視界が高くなり、森から抜け出した。
さらに高度が上がり、雲と並び始めたあたりで急加速した。周りの雲が高速で逆走しているように見えるが、それでも下の景色はゆっくりと流れているように見える。
改めて見ても自然豊かで綺麗な景色だな。
ただ、どこも似たり寄ったりな景色だからすぐに見飽きるが…。
…うん、寝よう。
急な寒気とともに目が覚めた。
バッと起き上がって前を見ると、まだだいぶ遠くだが人間が空を飛んでいた。
まさに寝起きだから寝ぼけてるのか?
その人影は進行方向にいるため、徐々に近づいているが、近づけば近づくほど人にしか見えないな。
待て!あれはヤバい。あれがまさに寒気の原因だ。
まだこちらに気づいていないようだが、それでも冷や汗が止まらないほどの危険を感じる。
すぐに逃げたいが、下手な行動をとって相手に気づかれるのは避けたい。
どうすればいい?
とりあえずイーラに雲の中に隠れさせるか?
そんなことを思っていたら、イーラが自然な流れで雲の中へと移動し、その場でとどまった。
とくに指示は出していないにもかかわらず、全員が息を殺している。
体がイーラに埋まっているからわかるが、珍しくイーラが震えていやがる。
今までスキルだか魔法だかで相手が強いと勘違いしたことは何度かあるが、その時イーラは何も感じていなかった。なのに今回は震えているということはこの寒気はスキルによるものじゃないってことか?
アリアとセリナを見ると顔が真っ青で震えている。
これで俺まで恐怖にやられたら、こいつらは耐えられなくなっちまいそうだな。
「安心しろ。いざとなったら俺がなんとかするからよ。ただ、一応声は出すなよ。」
俺は念話を3人に対して送った。
俺が念話を使えるのが予想外だったのか、アリアとセリナがバッとこっちを見た。
「念話はSPで取れる。だからそんな驚くな。それより、いざとなったら俺が戦うが、フォローは任せたいから今のうちに落ち着け。」
できればこのまま何事もなく過ぎ去ってほしいと思ったが、世の中そんな甘くはないみたいだ。
隠れていた雲が一瞬で消えた。
雲が流れて俺らが外に出てしまったのではなく、文字通りに雲が消えたのだ。
そして目の前には人間と呼ぶにはあまりにも化け物じみた存在がいた。
人の形をしていて、黒いスラックスに黒シャツ、そして暗めの赤いコートを羽織っている。
髪は短髪で、基本は黒だが毛先が真っ赤に染まっている。
目は黒く、両目の下に横から生えてる牙のような形の三角形のへんなマークが描かれている。
性別があるならば男だろう。
黒い翼が生えているわけでも尖った尻尾が生えてるわけでもないが、こいつを目の前にして思ったのは“悪魔”だった。
「同族の気配がしたと思ったが龍族だったか。この高度を飛ぶ同族は珍しいと思って見にきたんだが、雲浴びしてる邪魔をして悪かったな。同族と龍族の気配を間違えるとは疲れているのかもな。…ん?人間も一緒とは珍しいな。」
いきなり話し出した男は俺らの存在に今気づいたように話しかけてきた。
「仲間と一緒に空の旅をしていたんだが、ちょうどいい雲があったものでな。紛らわしい真似してすまなかった。」
雲浴びとこの男がいっていたということはきっと龍は雲浴びをするのだろうと思い、それを言い訳にさせてもらった。あくまで逃げたわけではないと。
「ほう。人間が私と普通に話せるのか。これは面白い。こちらこそ邪魔して悪かったな。お前の名前を聞いてもいいか?」
こんなやつに名前を教えたくねぇが、答える以外の選択肢はねぇよな。
「俺か?俺は神野力。力が名前だ。」
「家名が先?もしかして勇者か?」
「いや、俺は勇者ではない。アラフミナ王国のただの村人だ。」
男は一瞬悲しげな笑みを浮かべてボソッと「アラフミナか…。」と呟いたが、すぐに元に戻った。
「嘘ではないみたいだが、龍の背中に乗っているやつにただの村人といわれても冗談としか思えん。久しぶりに喋った人間がお前のように面白いやつとはな。本当ならもっと喋りたいんだが、これ以上私がとどまるとお前の仲間2人が耐えられそうにないようだから行くとしよう。私もクルムナに向かっている最中だったしな。」
いわれてアリアとセリナを見ると何もしてないのにもう死にそうだ。
正直俺も虚勢を張るのは限界だ。
だから早く行ってくれ。
「悪いな。こいつらは人見知りが激しくてな。まだ子どもだから許してくれ。」
「ハッハッハ。やはりお前は面白い。大の大人でも私を見ただけで失禁するやつもいるのに子どもが耐えれているというだけで私は嬉しいよ。それに人間と冗談を交えた会話ができるとは思ってもなかったしな。カンノ・リキ。覚えたぞ。また会いたいものだ。」
「あぁ。」
俺は2度とごめんだがな。と心の中で返しつつ手を上げると、男も手を上げて、上機嫌で去って行った。
何かに握りつぶされそうだった心臓がやっと解放され、力なくうな垂れた。
「無駄に会話を長引かせちまって悪いな。」
誰ともなしに謝罪をしたが、全員が首を横に振った。
「…悪魔と普通に会話ができるなんてさすがはリキ様です。」
「やっぱり悪魔だったんだね。私は怖すぎて呼吸もまともに出来にゃかったのにリキ様は凄いにゃ〜。」
「イーラもリキ様と会ってから初めての感覚だった!これが本当の“怖い”なんだね!」
俺まで怖がっちまったらこいつらの支えがなくなっちまうから我慢しただけで、出来れば会話なんかしたくなかったわ。
まぁいわんけど。
「というかあいつが悪魔だと?前にセリナがいってた黒髪で毛先が赤いってのには一致してたが、悪魔って200年くらい前にいたやつの話だろ?」
「…はい。クルムナに向かうといっていたのが時期的にも神託と一致するので悪魔で間違いないと思います。悪魔も魔族のため寿命はないかと思われます。悪魔とは種族名なので200年前の悪魔とは別個体の可能性もありますが、200年前の悪魔を討伐したという話は聞いたことがなく、これほど見た目が情報と一致し、イーラが恐怖するほどの実力があると思われる存在を他に聞いたことがないので、同一の存在だと思います。ただ今まで魔族領で大人しくしていたために情報がなかっただけかと思います。」
マジかよ。
確かケモーナの8割の土地を破壊したとかいうやつだよな?
それがクルムナに向かっているとかいってたか?
「なんで今さらになって魔族領から出てきた?」
「…理由はわかりません。ただ、神託によると“悪魔が再び現れ、クルムナ共和国を襲う”とのことでした。なので先ほどのが悪魔であり、今まさに向かっている最中だったのではないでしょうか。」
クルムナってアラフミナの隣国だったよな?
アリアは他人事のようにいっているけど大丈夫なのか?
というか今度クルムナに行こうとか思ってたが、その前になくなっちまうんじゃねぇか?
いろいろな疑問が頭を埋め尽くしそうになったとき、そもそもなんでアリアが知ってるんだと疑問に思った。
「なんでアリアが神託の内容を知ってるんだ?」
「…それはわたしが神託のスキルを使用したためです。」
「は?アリアも使えるのか?」
あれは選ばれた巫女長がなんたらかんたらで使えるとかいうやつじゃなかったか?
「…はい。巫女のレベルが100になった時に覚えたようです。1日1度しか使えないうえに自分に関わる大災害しか感知できないスキルですが、一月先までおおまかに知ることが出来ます。ただ、些細なことで未来が変わることがあるようなので、次の日に確認したら内容が変わっている場合もあります。」
神託ってのは大災害限定の未来予知なのか。
使えるような使えないような微妙なスキルだな。
だが、そのスキルでクルムナが襲われると出たってことは襲われるのだろう。
かりに今回の第三王子の依頼がそれを阻止しろだったら絶対に断ろう。
あんな化け物に勝てるわけがねぇ。
しかも今ここで出会ったということは俺が依頼を受けて向かったとしても後の祭りじゃねぇか?
というか寝てたからわからねぇが、今どこだ?
「アリア。あとどのくらいで村に着くんだ?」
「あそこに見えるのがゴブキン山なので、もうすぐです。」
思った以上に目の前だった。
まだ夜になってないんじゃなくて、もう朝になっていたのか。
予想以上に到着が早いってのもあるが、結構な時間寝ていたようだ。
そりゃ、魔族領からクルムナに向かってる悪魔と出くわすんだから、アラフミナに入っててもおかしくないというか、いないとおかしいわな。
まぁあの悪魔のことは考えたところで俺らにどうこうできる話じゃない。
だから第三王子に話をされた時に考えるしかねぇだろ。
「とりあえず村に行こう。」
「「「はい。」」」
イーラは念話で返事をすると、村に向かって下降を始めた。
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