裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
115話
頭の中に声が響き、微睡の中から意識を引き戻された。
寝ぼけた状態で周りを見ると真っ暗だが、目を凝らすとここが森の中だということがわかった。
どうやら異世界初めての空の旅は出発時の夕陽以外を楽しむことなく到着してしまったようだ。
「…おはようございます。リキ様。」
アリアたちは既にイーラから降りているようだが、俺が起きたことに気づいてアリアが挨拶してきた。
「あぁ、おはよう。」
起き上がろうとするとヌルヌルと体がイーラの体から抜け出てくる。
そのままイーラの背中に立ち、地面に飛び降りた。
「…予定より早く着いてしまいましたが、町に向かいますか?」
「まぁ他に行くとこもないしな。それよりここはどこなんだ?」
辺りを改めて見るが、木しかない。
よくこんな気が密集しているところに着地できたな。
「…ここはグローリアの北東側にある森の中です。」
アリアがいつの間に用意したのか、クローノスト王国の地図だと思われる紙を見せながら、今いる場所を指し示した。
魔族領とは反対側の森か。
歩くには遠いが、まぁ人に見られないですみそうな場所としてはちょうどいいところだな。
…ん?
「なんかこの地図だと魔族領とクローノストが繋がっているように見えるぞ?」
「…はい。クローノストは唯一魔族領と陸路で繋がっている国になります。今回の魔王はこの陸路から正面切って戦争を仕掛けてきたようです。」
さすがに宣戦布告なんてものは魔族がするとは思えないが、こんな最も危険だと思われる場所の警備がザルな訳がないし、準備をしていないわけがない。
そんな場所に一番近い町が落とされてるのに深刻視していないのか?
「…リキ様がいいたいことはお察しします。この国は魔族領に近い領土を治めていた辺境伯のおかげで今まで平和だったのですが、王はそれを正しく認識していないようで、辺境伯が魔族に倒された今もこの国が危険に見舞われるなどないと考えているようです。」
ガンザーラといいクローノストといい、この世界は終わってるな。
いや、俺がこの世界で立ち寄った国はまだ4ヶ国だからその4分の3に問題があるからってこの世界が終わってるって決めつけるのも…十分決めつけていいレベルだな。
今さらながら俺が最初に来た国がアラフミナで良かったのかもな。
「…それにこの国には冒険者ギルドの本部があるため、いざとなったらギルドに頼めば解決できるという思いがあるせいでもあります。現にここ数十年の大災害でもこの国…正確には王都であるグローリアの被害はほとんどありませんでした。」
「もうこの国のことはどうでもいい。さっさと魔王を倒して帰るぞ。」
「…はい。それではイーラをドライガーにして近くまで向かいましょう。」
暗闇に紛れてグローリアの近くまでイーラで向かい、念のためイーラを短剣にした。
ヒトミはいいとして、サーシャはどうするか…置いて行くのもなんだし、ステータスチェックをされないことを祈るしかないか。
ダメだった。
さすがにトップがダメな国でも、その下までダメとは限らないみたいだ。
北東門から入ろうとしたら、さすがにこんなときだからなのか元々なのかはわからないが、門横に立っている門番に身分証やアリアたちの紋様を見せた後、少し先の小窓から顔を出している門番にステータスチェックをされた。
俺の後にアリア、セリナとされている。
しかもこの水晶はやけにデカいな。
間違いなく魔族ってことはバレるだろうし、吸血鬼ってことまでバレるかもな。
やっぱりサーシャには外で待たせるべきか?
もしくは後から壁の上から飛んでこさせるべきか?
いや、さすがに今は警戒してるだろうから無理だろうな。
なにより今後も連れ歩く度に小細工するのは面倒だ。諦めよう。
門番がヒトミのステータスチェックをしたさいに驚いた顔をしたら、ヒトミが微笑み返した。
あれ?いつの間にヒトミの表情が動くようになったんだ?
「リキ様。我もこれをしてしまって良いのか?」
俺がヒトミに疑問を抱いていると、ステータスチェックの順番が回ってきたサーシャが確認を取ってきた。
「あぁ、いつかはバレるんだ。なら今バレても変わらない。だから気にするな。」
「リキ様が良いのなら良い。これで我は堂々と人間を恐怖させられるのぅ。」
「そんな許可は出してねぇぞ?」
「うぐっ…すまぬ。調子に乗りました。」
そんなやり取りをしながらサーシャが水晶に手を乗せると、門番は勢いよく俺を見た。
「…彼女はリキ様の使い魔です。なので余計なことさえしなければ人は襲いません。余計なことさえしなければ。」
門番が求めてることがわからないから無視していたら、アリアが代わりに答えた。
それにしても確かに余計なことをされたら面倒だが、なぜ二回いった?
門番はそのセリフを聞いて引きつった笑顔をして、サーシャに通る許可を出すのを迷っているようだ。
別の門番が異変に気づいてるっぽいが、ステータスチェックをしてるやつが何もいわないから声をかけるか迷っているようだ。
ステータスチェックをしたやつはどこからが余計なことかの判断に迷っているようで、次の行動に出れていない。
顔の血の気が徐々に引いているように見えるが、それ以外は身動き1つ取れていない。見てて哀れだ。
というかそんなに魔族って恐れられるものなのか?
「我はまだ通れぬのか?…リキ様。我が操れば良いのか?」
このバカは魅了を使う気か?
「…サーシャ。余計なことはやめてください。リキ様の迷惑になります。」
「だから確認を取ったではないか。」
アリアに制止をかけられ、サーシャは憤慨している。
「…門番さん。わたしたちは今回の魔王の討伐で呼ばれた者です。ここで無駄な時間を使わせるのは後々あなたの立場を悪くすると思います。なので、この場ですぐに判断が出来ないというのであれば、すぐに確認をしてきてください。リキ・カンノ一行もしくは“少女使い”で確認を取ればすぐにわかるはずです。ただ、サーシャについては余計なことをいわないことをお勧めします。」
「すぐに確認を取ってまいります!」
門番は走って中へと引っ込んでいった。
8歳の少女に脅される門番とか情けなさすぎるな。
しばらくして、身なりが少し違う男が出てきた。
太ってるわけではないのに顔の汗が酷いな。ハンカチで都度吹いてるのに拭ききれてないというか、次から次へと流れてる。
「大変お待たせいたしました。えーと…大変申し訳ないのですが、まだこちらの準備が整っておらず、カンノ殿を王城に連れて行くにはもう少し時間が必要といいますか…えーと…私も今確認を取ったばかりで状況を正しく把握出来ておらず…えーと…。」
そりゃ準備なんか出来てねぇだろうな。
昨日の今日っていうか、まだ日も登ってない時間だし仕方がない。
そもそもべつに門番に案内してもらうつもりなんてなかったしな。
「いや、俺らは昼に冒険者ギルドに来るようにといわれているから、それまでは適当に町の中で時間を潰すつもりだ。だからあんたらに何かを要求するつもりなんてさらさらない。ただ、早くここを通して欲しいだけだ。」
「左様でございましたか!それではどうぞ。」
門番の男は小部屋から急いで外に出てきて、俺らを手振りで見送ろうとした。
「まだウサギのステータスチェックが終わってないけどいいのか?」
「失礼しました!それではこの水晶に手をかざしていただけますか?」
俺が確認を取ると男は走って俺らの元まで戻ってきて、水晶を指し示した。
忙しないやつだな。
ウサギが首を傾げながら手を乗せると、今度は門番が首を傾げた。
そういやウサギはステータスエラーだったな。
水晶にはどう映ってるんだろうな。
「…壊れた?」
門番の男は小声でボソッと漏らした。
「あぁ、そいつはステータスエラーらしいから、名前くらいしか見れないだろ。」
「そ、そうでしたか。さすがは少女使い!そんな珍しい少女まで使役しているとは!」
男は褒めたつもりなのだろうが、少女使いといわれてイラっときて、つい睨んでしまった。
「ヒィ!」
いや、ビビり過ぎだろ。
「悪い。少女使いって呼び方が好きじゃなくてよ。気にしないでくれ。」
「申し訳ございません!以後気をつけるのでお許しを!」
「許すも何もねぇよ。気にするなっていったよな?もう通っていいか?」
「は、はい!どうぞ!」
なんかいじめてるみたいで嫌な気分になるから、とっとと町の中に入ってイーラを人型に戻した。
町の中は日も出ていないのにもうやっている店がちらほらある。
壁の近くは冒険者向けなのか、武器防具屋や宿屋、安そうな酒屋が多いな。
他にもアイテムショップっぽいのがあるな。
なんか薬屋とはまた違う感じで武器防具ではなさそうな物が売ってるから勝手にアイテムショップと名付けたが、何が売っているかは遠目じゃよくわからん。
なんかこの辺の店を見て回れば昼くらいになるかもな。
腕時計を見ると4時過ぎか…さすがに12時までは無理だな。
まぁ突っ立ってても暇だし、店を回るとするか。
ちょっと後悔した。
店なんか回ってないで、宿をとって休憩すれば良かったと…。
6時間近く武器防具屋をハシゴして見てたら疲れた。
確かに良い物も買えたとは思うが、さすがに疲れた。
もう魔王討伐とか面倒だ。
そもそもあんな朝早くから店がやってたり、こんなにたくさんの店があるのが悪い。
そんな愚痴をこぼしていたらアリアが教えてくれたのだが、この町は冒険者の町といわれるだけあって、門の近くの店は基本が丸一日やってるらしい。24時間営業ってやつだ。
どこの門付近も冒険者用に武器防具屋や安い宿がたくさんあるとか。
今は質より量って感じの定食屋で大盛りパスタを食べている。いや、大盛りなんてレベルじゃなく、山盛り…爆盛りだな。
パスタなんて久しぶりだったからか、意外と食える。
この量がどうやったら胃に入るんだ?って感じだが、さすがファンタジーというべきかまだ苦しくない。っていってもまだ半分くらいしか食べてないけど。
まぁ最悪食べきれなくてもイーラに食べさせれば問題ないだろう。
「そろそろ時間もちょうどいいし、これを食べ終えたら冒険者ギルドに向かおうと思うが、何かまだやりたいこととかあるか?」
「…特にはありません。薬類は冒険者ギルドで買えるので、リキ様が寄りたいところがなければ問題ないと思います。」
「我はスラム街に行きたいぞ。死にかけなら血を吸っても良いだろう?」
「ダメに決まってんだろ。もうちょい我慢して魔王の血でも吸って我慢しろ。」
「良いのか!?」
なんだ?妙に食いつきがいいな。
ってかいつも討伐した魔物は食わせてんじゃねぇか。
「討伐した後なら好きにしろ。ただ、イーラと分けて食えよ。」
「リキ様!大好きじゃ!」
テーブルを飛び越えて抱きつこうとしてきたから、頭を右手で掴んでそのまま床に打ち付けた。
地面に顔をめり込ませたサーシャがピクピクとし、血だまりが出来たと思うと血が逆戻りするかのようにサーシャに戻っていった。
俺らは何事もなかったように食事を再開したが、すごく視線を感じる。無視だ無視。
サーシャも何事もなかったようにムクリと立ち上がり、洋服の埃を叩き落として、自分の席へと戻った。
「すまぬ。嬉しさのあまり我を忘れた。」
「あぁ、さっきのはマナー違反だ。反省しろ。」
「ごめんなさい。」
サーシャは冷静を装っているが、凄く嬉しそうにしている。尻尾があったらバタバタ振ってそうだ。
そんなに魔王の血ってのは美味いのか?…いや、さすがに血を飲んでみたいとは思わねぇな。
俺らが何事もなかったように振舞っているからか、最初はこちらを見ていた他の客も興味を失ったかのように食事を再開していた。
ただ、店員だけは最後まで俺らを警戒していたように思う。
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