裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

107話



爆煙が風で流されると、イーラとサーシャを包んでいた魔法でできた透明な薄い膜もなくなった。

無傷であったイーラはゆっくりと周りを見渡している。


龍の死体。


炭化した黒い人型の死体。


爆風で倒された木々。


そしてイーラは登ってきたところとは違う崖でしばらく視線を止め、魔術組合の方に視線を向けた。


「お前らがやったのか?」


普段イーラと過ごしていた者からすると耳を疑うほど、感情のこもっていない声でイーラは魔術組合に確認を取る。

魔術組合は誰も何も答えない。
ただ、代表が唾を飲み込んだだけだ。

イーラの見た目は10歳程度ではあるが、安易に言葉を発するのを戸惑うほどの何かを感じ取ったのだろう。


「お前らはリキ様の仲間ではなかったのか?」


魔術組合からの返答を待たずして、イーラは次の質問を発した。

だが、魔術組合の人間は誰もイーラに答えはしなかった。
いや、答えられなかった。ヘタに答えたら死ぬというのが本能でわかっているのだろう。

判断としては間違っていないのかもしれないが、この場においては黙るのは愚策でしかなかった。


「これって裏切りだよね?」


イーラはそもそも魔術組合からの返答など期待していないかのように話を進めていく。
だから黙っていようが間違った発言をしようが結果は変わらないのだろう。

魔術組合に口が達者な者がいれば結果は変わったかもしれない。ただ、この場においてイーラをなだめることの出来る人間がいなかった。それだけのことだ。


「イーラは知ってるよ。裏切り者はどうすればいいか。だってリキ様が教えてくれたもん。」


イーラが歪な笑みを浮かべた。

普段は無邪気や純粋といった言葉が似合うイーラだが、今のイーラはまるで壊れたような笑顔をしている。

それだけで恐怖を覚える者もいるだろう。


「作戦B!私に構わず、出来るだけ遠くに!」

突然イーラの隣でセリナアイルが声を張り上げた。

イーラの隣にいたはずのサーシャがいつの間にかセリナアイルに入れ替わっていたようだ。

セリナアイルの指示に対し、神野力の奴隷たちは返事すらせずにすぐさま行動を起こした。

ソフィアランカが背中から羽を生やし、近くに寄ってきていたアリアローゼとサラクローサを脇にかかえて飛び上がり、セリナアイルと場所を入れ替わっていたサーシャも背中から血の羽を生やし、テンコとヒトミとウサギを血で作った布のようなもので包んで右手で持ち、左手で少女を掴んで飛び上がった。

残されたカレンは鬼のような姿へと変わり、超人的な脚力でその場を離れた。

指示を出したセリナアイルの姿もいつの間にかなくなっていた。

あっという間にイーラ以外の神野力の奴隷たちの姿がなくなり、そこに残っていたのは死体を除くとイーラと魔術組合の人間だけだった。


「足からゆっくり食べればいいんだよ。」

イーラの足元の影が一気に広がり、半径150メートルほどの地面がイーラを中心とした円形の影となった。


「大丈夫だよ。装備はちゃんと回収するから。」


何をいっているんだ?と魔術組合の人間は思っただろう。だが、すぐに全員が意味を理解した。


山頂に人間の叫び声がこだました。


影に飲まれた部分から伝わる痛みに耐えられず倒れた者は影に触れてしまった手や背中からも痛みが伝わり、さらなる苦痛に悶えている。

中には魔法を詠唱しようとする者もいるが、途中で痛みに耐えきれずに声をあげてしまい、最後まで詠唱できた者はいない。


「ハァ…ハァ…一気に食べたいよ〜…。でも裏切り者は少しずつ食べなきゃ…リキ様の命令は絶対だから…。」


影に触れる物を食べながらもイーラは独り言のように呟いている。


「ハァハァ…我慢しなきゃ…でも…食べたい…もっと食べたい…。」


イーラは先ほどとは違い、興奮しているかのように息を切らしている。


イーラが自分の欲望を取るか神野力の命令を取るかで葛藤をしていると、魔術組合の人間たちの叫び声の中に爆発音が混ざり出した。

どうやら苦痛に耐えかねて、所持している攻撃用アイテムを使って自殺をする者が現れたようだ。


「なんで勝手に死ぬの?ダメだよ。リキ様の命令は絶対だから!」


魔術組合の人間たちの足元の影から半透明の青いジェルのようなものが出てきて、絡まるように足から登っていき、ローブの中の両腕を包み込んだ。抵抗しようとした者も無駄だといわんばかりに例外なく全員の腕を。


「腕があるから抵抗するんだよね?」


イーラの言葉の直後、その場にいる魔術組合全員の腕が消失し、静寂が訪れた。
足の痛みに耐えられず叫んでいた者たちすら、何が起きたか理解できないことに戸惑い、叫ぶのをやめていた。

正確には違う。何が起きたか理解できていなかったのではない。自身の腕が一瞬でなくなったことを受け入れられなかったのだろう。

何が起きたのかもわからず、ただ自身の腕がなくなり、それが現実だと訴える痛みだけがある。

この事実を受け入れるのに数秒、そして受け入れた者からさらなる絶叫が上がった。


「もっと………そうだ。声を上げたら食べていいんだった。そうだよ。いいんだよ。ハハハハハ。」


イーラが焦点の定まらない笑顔で笑うと、半透明の青いジェルのようなものが魔術組合の全身を包み込み…自殺した者も含め消失した。


「ハァハァ…全然足りない…もっと…。」

イーラは振り返り、死んだ龍を見た。

死んでいるにも関わらず、まだ微かに黒い靄が漂っている。

龍を見て口角を上げたイーラに赤い手裏剣が当たり、貫通して影に飲み込まれた。

「痛いな〜。セリナ?何?」

イーラが手裏剣の飛んできた方に目を向けると、少し離れた位置にある爆風で倒れている木の上にセリナアイルが立っていた。

「何じゃないよ!リキ様がいないからってこれ以上好き勝手にはさせにゃいよ!」

セリナアイルは双剣を取り出し、イーラに対して構えをとるが、イーラは構えをとることなく、感情の読み取れない目でしばらくセリナアイルを見つめたあと、登ってきたのとは違う崖を向いた。

「そうだ。そんなことよりリキ様を探しに行かないと。」

ふらっとイーラが崖に向かって歩き出すと、イーラを中心として出来ていた円形の影が消えた。

影がなくなると、セリナアイルはイーラの隣に並び、肩を掴んで止めた。

「リキ様を探しにってどういうこと!?さっきの爆発に巻き込まれたんじゃ…。」

「リキ様があんなので死ぬわけないよ?セリナはわからないの?」

セリナアイルは可哀想なものを見るような目をイーラに向けた。
ショックのあまり現実を受け止められないのだろうとでも思ったのだろう。
だから、イーラにかける言葉に悩んでいるようだ。

しかし、それに対するイーラの反応は笑顔だった。

「やっぱりリキ様のことを1番好きなのはイーラなんだね。だからリキ様がそこにいるのわかるもん。」

そういって、イーラはセリナアイルの手を振り払って崖に向かって歩いていった。

あまりに確信めいたいい方に何かを感じたのか、セリナアイルは周りをキョロキョロと見回しながら耳と鼻をピクピクさせた。

「…リキ様の血の匂いがする。」

「じゃあ怪我してるんだね。セリナはアリアを連れてきてよ。」

イーラは振り向きもせずにセリナアイルに答え、崖から飛び降りた。

セリナアイルは少し迷った素ぶりを見せたあと、イーラとは反対方向に高速で走っていった。

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