裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
51話
今日はいつも以上に目覚めがいい。
なんかすげぇスッキリしてる。
昨日あまり動いてなかったから、体は疲れてなかったとかか?
それとも今日はなんかいいことがある予感的なものか?
後者なら大歓迎だけどな。
フロアボスが金になる素材を持ってるとかな。
まぁ初めてのフロアボス戦ってのが楽しみだったのは間違いないが。
ゲームでもボス戦が一番好きだったし。
気分もいいし、シャワーでも浴びようと起き上がると、既に全員起きているようだ。
まだ朝の6時だというのに、皆さんお早いことで。
べつに今日の予定は告げてないから、待たせることになろうがシャワーを浴びるけどな。
「…おはようございます。」
「「「おはよ〜」」」
「あぁ、おはよう。」
一番に気づいたアリアと、あとの3人揃った朝の挨拶に返答して、シャワー室へと入っていった。
全員の準備を終えて、宿屋で朝食を済ませたあと、さっそくダンジョンに向かった。
ぶっちゃけやることもないしな。
最初はカレンの戦闘訓練も考えたが、今日はフロアボス戦だから疲れない方がいいだろ。
つっても最初は見学させると思うから疲れててもいいんだけど、なんとなくだ。
ダンジョンに到着したらリスタートで一気に地下30階に下りる。
魔物は昨日全滅させたばかりだから、まだ一体も生まれてはいなかった。
だからあっという間に下り階段のところに到着した。
「これからフロアボス戦だ。どのタイミングで始まるかわからねぇから、俺から離れるなよ。あと、気も抜くな。」
「「「「はい。」」」」
全員に注意を呼びかけたあと、扉手前の空洞に入った。
…何も起こらない。
扉に入らなきゃ大丈夫な感じか?
なんとなしにアリアを見ると、不思議そうな顔をして首を傾げた。
「…リキ様?フロアボスはこの扉の中です。」
そりゃそうだよな。
「それはわか…。」
アリアの背後の壁に違和感がある。
ここはマップの端だから、マップ自体に違和感はなかったが、もしかしたら隠し部屋か隠し通路があるのかもしれない。
おもむろに壁に近づいていくと、間にいたアリアが後ろに下がり道を開けた。
無言で伝わるとかさすがアリアだ。
そのまま俺は壁に手を当て、ズブズブと中に入っていった。
「リキ様!ダメです!危険です!」
セリナが叫びながら慌てて俺を止めに走ってきているようだが、もう遅い。
戻れないとこまで入ってしまったようだ。
だから無視して中に入った。
中に入ると何かが刀を抱えて体育座りをして、膝に顔を埋めている。
寝てるのか?
魔物もいないようだし、ただの隠し部屋か。やることねぇし、先に何かがいるみたいだし、早く出るか。
何かから目をそらして壁の違和感があるところを探すことにした。
「久しぶりの客じゃのう。」
ずいぶん変わった喋り方をするやつだと思い、視線を戻すと、人間の男が立ち上がって刀を鞘から取り出していた。
は?戦う気満々か?それとも警戒してるだけか?
「邪魔して悪いな。すぐ出て行くから気にすんな。」
「妾が見逃すと思うのか?」
「は?」
ぱっと見この男は俺より弱いが、こんなデカイ態度を取るってことはなんかヤバいスキルを持っているのか?
相手はやる気、俺もちょっとイラッときたし、とりあえずボコるか?
そんなことを考えていたら、アリアたちが入ってきた。
この男に止められてなければアリアたちを待たずに外に出てたかもしれねぇ。
そこだけは感謝かもな。
「ほぉ、今日は4人もの来客とはのう。それに種類に富んだ珍しいパーティーじゃな。一体魔物が紛れているようじゃが、逃げ切れずに連れてきてしまったのか?」
なにいってんだ?
イーラを一発で魔物とわかったのは凄いと思うが、敵じゃないってのは見りゃわかんだろ。馬鹿なのか?
男のことは無視してアリアたちの方に目を向けると、セリナが震えながら短剣を構えていた。
「どうしたセリナ?」
「あいつは危険です。早く逃げましょう。」
あらためて男を見るが、べつに強そうな感じはないんだけどな。むしろなにも感じない。
刀はいい武器なのか観察眼に反応ありなんだけどな。
でもセリナの勘って意外と当たるからな。
念のためトンファーを装備する。
「じゃあお前らは壁沿いに歩いて出口を探しといてくれ。俺が警戒しとくから。」
「「「「はい。」」」」
とりあえず狙いがアリアたちに向かないように男に近づいて行く。
「そんなに俺らと戦いたいのか?それとも話し相手が欲しいのか?」
「確かに長いこと話し相手がおらんから魅力的ではあるが、人族を選ぶつもりはないわ!」
まだ10メートルくらいは離れてるんじゃないかという距離だったのに、気づくと男が目の前に現れ、刀を振り下ろしている最中だった。
この世界に来てからこの目でついていけないってのは初めてじゃねぇか!?
咄嗟に右手を上げてトンファーで受け流そうとするが、少し角度があまかった。
普段ならそれでも受け流せるのだが、刀の軌道を少しずらすことができただけで、トンファーは切られて肘の先もたぶん切られた。
まだ痛みはないが、切られた感触があったからたぶんだ。
右腕に血が滴る感触があり、遅れて肘が熱くなり、激しい痛みが襲った。
『リジェネレイト』
『ハイヒーリング』
『ステアラ』
『アルムレンフォート』
『パワーリカバリー』
『スティミュレイション』
『マジックシェア』
『マジックドレイン』
出口を探しながらもこちらを伺っていたアリアがすかさず支援魔法をかけてきた。
今回はマジで助かる。
あっという間に痛みがなくなった。
すかさず両手のトンファーを捨て、鉄屑間際のガントレットを両手に嵌める。
「ほぉ、人族にしてはなかなかやるようじゃな。」
こいつは人族を見下してるように聞こえるが、どう見てもこいつも人族だと思うんだがな。
男がゆらっと不自然にぶれた。
咄嗟に頭を下げて左手を斜め上に伸ばして外に払う。
嘘だろ!?
正直目で追えていない。ただただ直感で動かした手でたまたま上手く受け流せただけだ。
今はステータスアップまでしてんだぞ?
これはマジでヤバい。
アリアたちが出口を見つけても逃げられる気がしねぇ。
「さっきから我はだんまりじゃのぉ。つまらん。悲鳴の一つでも上げさせたいところじゃが、我とは戦闘を楽しめそうじゃから、後回しにするわぃ。」
そういって刀を鞘に収めた。
本来なら危機が去ったと思うところなのかもしれないが、嫌な予感しかしねぇ。
いつもの危険アラームのような状態ではないが、俺の直感がバッドエンドを告げている。
「先に人族の女子から片付けるとしよう。」
「ふざけるな!」
咄嗟に殴りかかろうとするが、男はまた不自然にぶれた。
これは殴っても間に合わない。
何かないか?このふざけた野郎を殺せるなにか。
俺の魔法じゃ相手を殺す前にアリアが殺される。
ふと禁忌魔法が頭をよぎった。
だが俺の禁忌魔法は選べなくなっていたはずだ。
いや、感覚でわかる。今なら選べると。
『禁忌魔法:憤怒』
魔法を発動させようとしたところ、急激に力が抜けてその場に倒れた。
顔だけアリアの方に向けると、アリアの目の前に現れた男が俺の方を向いて腰を低くし、腰の位置で左手で鞘を持ち、柄に右手を当てていた。
居合の構えみたいな感じか?
しばらく無音だったが、男は低くしていた腰を上げた。
何も起きなかったということは不発だったのか!?
ステータスを見ると、マジックシェアをしているにもかかわらずMPは0になっていて、PPは1になっていた。
これだけ消費してもまだ足りねぇってのか!?
どんだけMPを必要とする魔法なんだよ。
そんなことはどうでもいい。
男が俺に意識を向けている間に攻撃を仕掛けなければ、アリアが殺される。
体はかなり重いが、軽量の加護のおかげで動けなくはない。それにマッドブリードのときに既にこの体の重さを経験しているから、死ぬ気になればまだ戦える。
「禁忌魔法というから警戒したというのに、不発とはのぉ。にしても我はなぜ死んでおらん?」
「お前を殺すまでは死ねねぇよ。」
「妾は精神論の話をしとるのではないのじゃが、まぁよい。先に女子を殺してから聞き出すとしよう。」
「ふざ…。」
ふざけるなと叫ぶ時間もなく、男は振り向きざまに刀を横薙ぎにし、アリアの首を切断した。
一瞬時が止まった感覚を得たあと、アリアが身につけていたピンキーリングが砕けた。
そうだ。アリアは身代わりの加護を持っていた。
だが次はない。
「セリナ!」
アリアの近くにいたセリナが一瞬ビクッとしたあと、俺の考えが伝わったようだ。
セリナと位置が入れ替わった。
「死んでない?切断しても死なぬ人族とは珍しい。ならば殺し方を変えようぞ。」
男は刀を外に払ったままだったのを手前に引いた。
突き刺すつもりなのだろうが、アリアは恐怖で体が震え、わかっていても動けないようだ。
重い体に鞭打ち、アリアにタックルをした。
男は既に刀を突き出し始めている。
アリアが軽いおかげですんなり場所を代わることができた。
男は入れ替わったのが見えているだろうに、突きをやめるつもりはないようだ。
だから、俺の腹に刀が刺さるのは当然の結果だな。
だがそれでいい。
ガントレットで刀を強く握る。
どんなに切れ味が良かろうと、動かせなければ切れないだろ。
「捕まえたぜ。」
「ん?我は耐性持ちかの?」
「血が出てんのを見ればわかんだろ。」
つい答えてしまったが、これはあまり喋るべきじゃない。
喋ると余計に痛い。意識がぶっ飛びそうなレベルだ。
身代わりのブレスレットが壊れてないってことは、死ぬほどじゃないってことか?
それでこの痛みはキツいな。
ってか痛みを紛らわせようと余計なことを考えてしまった。
早くしないと俺が死ぬだけだ。
「アリア!」
アリアの名前を呼ぶが何も起こらない。
横目でアリアを見ると首を横に振っている。
わからないって合図か?
マジかよ…いつもはこれで通じるのに、大事な時に限って通じねぇとか。
ガントレットで刀を強く握っているにもかかわらず徐々に抜かれていく。
どんな馬鹿力だよ。
「ルモンド…グフッ。」
ダメだ。中から血が溢れてきて喋れねぇ。
俺の無駄死にで終わるのかよ。
アリアは泣きながら口をパクパクしている。
いや、パクパクじゃない。嫌だを連呼してるみたいだ。
なんだよ通じてるのを拒否ってたわけか。
こっちの世界でも裏切られて死ぬってのかよ。
ふざけんじゃねぇ。
なんだかんだでこっちの世界での生活を楽しいと思ってたのにまたこんな最後かよ。
でも、なんで裏切ったアリアが泣いてんだ?
つられて俺まで泣けてきたじゃねぇか。
俺が諦めかけた時、アリアは何かを決心したように涙を拭い、アイテムボックスから薬っぽい物を取り出して、一気に飲んだ。
『ルモンドアヌウドゥ』
ふと力が抜けた瞬間、完全に刀を引き抜かれた。
血が吹き出るが、死ぬのはハナから覚悟のうえだから無視だ。それよりも男が構えに入る前に急いでアイテムボックスから、もう空じゃない空水晶を取り出す。
「我とは楽しむつもりだったが、まぁよい。」
『上級魔法:風』を2発とできる限り温度を下げた『上級魔法:冷』を圧縮して詰め込んだ、元空水晶を放る。
「今さら小細工を仕掛けたところでどうにもならんぞ。」
男はなんの躊躇もなく元空水晶を真っ二つに切断した。
俺は死ぬがタダでは死なねぇ。
お前も道連れだ。
自然と笑顔になってしまった。
それに気づいた男が警戒して構え直したがもう遅い。
死を悟ったからか時の流れがメチャクチャ遅い。
2つに別れた元空水晶から白い煙のようなものが溢れ出し、その煙に触れるもの全てを凍らせていく。
あれは煙ではなく冷気なのだろう。
空気を凍らせてるから白い煙のように見えるのか?
元空水晶を放った時に前に出した右手が指先から徐々に凍っていくのがわかる。
ガントレットをはめているから見た目的にわかるようになったのは肘まで凍ってからだが、感覚で徐々に凍っていってるのが伝わってくる。
男も凍り始めているが、微動だにしない。
さすがに冷気が溢れ出すより速くは動けねぇか。
まぁ動いたところでアリアのこの魔法から簡単には出られないと思うから凍るしかないだろうがな。
初めての死の感覚は「あぁ、死ぬのか。」って感じだったけど、2度目となるとけっこう違うもんだな。
最初は走馬灯を見たり、隼人への怒りがあったりと別に意識がいっていたせいかもしれないが、今回はただただ自分が徐々に凍っていくのを感じながら、そして見ながら死を実感していく。
純粋に怖い。
死ぬってこんなに怖いものだったんだな。
スロー再生で徐々に凍っていってるのがわかるからなおさらだ。
もう腕は肩近くまで凍り、鼻先も凍り始めてるようだ。
これだけの威力なら本来は何もわからず一瞬で凍りつくだろうな。
この元空水晶に名前をつけるなら『氷結玉』といったとこ…。
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