風神さん。
ギルド『天使の誘惑』~4
「それから私は逃げた先で人身売買者に騙されて捕まって…」
ひとつ、ひとつ思い出すように語っていたカンナヅキはそこで言葉を紡ぐのを止めた。
「うん、まぁ、そっから先の私の話は関係ないよね」
そこから先、彼女がどうなったかすぐに察した少年は余計な詮索はしなかった。
「どう?記憶の手がかりになりそう?」
少し重くなった空気を切り替えるように、カンナヅキは柔らかい笑みを浮かべてそう尋ねた。ギルド中の騒がしさはもはや二人にとって心地の良いBGMとなっていた。
「んー…今は特には思い出せそうな事はなかったかな」
最後に「ごめんね」という少年に、カンナヅキは首を横に振る。
「お!風坊!かわいい嬢ちゃん連れて。デートか?」
少しだけしんみりした二人の空気を割いたのはとっても元気な男の声。
少年は顔を少し赤くしながら慌てて否定するその先を見ると。
派手なピンクの髪を刈り上げにした赤いスカーフを身につけた三十代程の見た目をしたその男の手にはビールの入ったコップが握られている。彼は「ネリー!」と呼ぶ女性の声に振り返る。
「なにやってんの、邪魔になるだろ、アンドレアとあっちで飲んでな!」
ネリーにそう叱ったのは彼と同じ髪色、同じ髪型をした二十代程の女性。親しげな間柄なのだろう、粗暴な口調にネリーは「はいはい」と面白くないと言った顔でふらりと歩いて、青い髪の上品そうな女性の隣に座り手に握っていたビールを飲み始める。
「ごめんね、邪魔して。なに?新しく入る子?」
女性が眉を下げて笑う。カンナヅキは親しみやすいその女性の問いに「そうなんです、ここでお世話になろうと思って」と答えた。
てっきり風神が目当ての人物では無いと知ったので天使の誘惑には入らないばかりと思っていた少年は大きな声を出して驚く。その反応に女性もカンナヅキも驚く。
「おねえさん、入ってくれるの!?」
喜びと、驚きの入り交じるその言葉に「初めから決めてたことだから」と答えた。
その答えを聞いて「そうか…」と呟くと複雑そうな表情を浮かべて黙ってしまった。
「なんだい、あの子。まぁいいや、あたしはレーヌって言うの!これからよろしくね」
にこりと微笑むレーヌに、カンナヅキも自己紹介をする。
「そうそう、さっき割って入ったあのおっさんがあたしの双子の弟、ネリーっていうの。あいつもよろしくてやってね」
双子、という単語にカンナヅキは驚くとレーヌはその反応に慣れたように笑う。
「私が邪魔しちゃったわね。じゃ、ごゆっくり」
白いを手をひらひらと振りながらネリーの元へ歩くレーヌ。カンナヅキも手を振ってそれを見送った。
すると。
「はじめまして、レディ」
甘く囁くような声がカンナヅキの耳を溶かす。
驚きと共に声の方を見れば新芽のような髪色をした端正な顔立ちの美青年がそこには居た。
「ラナー!」
少年はすかさず不機嫌そうな声でその美青年を呼ぶが、ラナーと呼ばれた彼は聞こえていないのか聞こえないふりなのか無視して言葉を続ける。
「僕はラナー。天使の誘惑に所属する魔導師だ。お近づきの印に…」
緑の瞳にカンナヅキを閉じ込めたまま、ラナーは左腕をそっと差し出すと魔法陣を展開する。「クリエイト」というわずか一文だけの詠唱で、ラナーの大きな男らしい手のひらいっぱいの花が現れる。
「美しい君の前では見衰えてしまうかもしれないけれど、この花をーーーー」
たらり。
ラナーが口説き文句を全て言い切る前に、彼の額から一筋の真っ赤な血が垂れる。すると、まるで糸が切れた人形のようにばたりと倒れてしまう。
カンナヅキが反射的に抱えようと腕を出す手前で、ラナーは細い腕によって抱き抱えられる。
「すまぬ、主が迷惑をかけた」
細い腕でラナーを軽々と抱き抱えた、藤色の髪と瞳を持つ女性はカンナヅキに淡々とした口調でそう言うとラナーの頭に刺さったクナイを引き抜くと抱えたままどこかへ行ってしまう。
突然の事に開いた口が塞がらないまま呆然としていると、少年が口を開く。
「あの女の人はトゥーヴァ。ラナーの忍として仕えてる…みたいだけどすぐにナンパするラナーに対してはいつもああだよ」
少年は少しつまらなさそうに鼻をふん、とならす。カンナヅキはトゥーヴァの主と呼んだ人へ平然と怪我を負わせる斬新さが頭から消えず「そうなんだ」と返すことしか出来なかった。
「ほんと!ラナーはいっつもあんなかんじだからね!かっこいいからって騙されちゃだめだよ!」
口を尖らせてカンナヅキに念を押す少年。その可愛らしい姿に思わず笑みがこぼれる。
「そういえば、天使の誘惑に入るって言ったけど、どうやって入ればいいのかな?」
次々と天使の誘惑のメンバーと知り合う度に自分が本当にここに入るのだと実感した彼女がそう尋ねると、少年は「そうだね」と言うと椅子から立ち上がり付いてくるように促した。
少年が案内した先はカウンター。ウエイトレスらしき金髪をハーフツインテールにした女性はピンクが基調のドレスに身を包んでいる。その向かいの長い、長い黒髪を上に束ねた左目から縦断するような傷跡が目立つ眼鏡の男性が立ちながら女性と談笑している。
「ティア!」
少年がそう呼んで先に反応を示したのは眼鏡の男性のほう。つぎに女性も少年の方を見る。
「このおねえさんね、新しく天使の誘惑に入ってくれる人!」
そう紹介されカンナヅキはぺこりとお辞儀をする。それを聞くなり金髪の女性は「まじッスか!?」と声を上げ、眼鏡の男性はカンナヅキへ無言へ近づくと、満面の笑みでこう言った。
「新しい僕の子供だね!!」
は?という言葉をカンナヅキは舌に乗せて飲み込んだ。危うく間抜けな返事をしてしまうところだったのを回避したはいいが、その次の言葉を見つけられないでいると少年がカンナヅキの腕を引いて耳打ちをした。
「ティアはね、ギルドのメンバーの事が大切すぎて本当に子供だと思ってるんだ。悪い人ではないから、大丈夫」
カンナヅキはあぁそういうことか、と納得の反応は示してみせるものの一口で納得はいかないがティアから差し出される両手を握り返し、握手した。
「歓迎するよ!僕は天使の誘惑のギルドマスター、ティア。君は?」
にこにこと屈託のない笑顔を見ていれば確かに悪い人では無さそうだと、カンナヅキは安堵し自身も自己紹介をする。
「アタシはイラーリ!ここの受付嬢やってるッス!」
ティアがカンナヅキを独り占めしているのがもどかしいというようにカウンターから割って入る金髪の女性。とても元気そうなそのイラーリと名乗った女性にもカンナヅキは挨拶をすませる。
ティアはイラーリに「あれ持ってきて」とだけ言うとイラーリは「了解ッス」と言ってどこかへ行ってしまう。
「入ってくれるってことだから細かい説明は後にして、取り敢えずギルド紋章だね!」
ギルドに所属している事が目に見えてわかる、ギルド紋章のペイント。場所と色は自由に選べるという説明をうける。
少年が普段はマフラーで隠れている首を選んだと得意げに語っていると、ギルド紋章をペイントする道具をイラーリが持ってきた。
「…私は緑色の、ここで」
少しの時間悩んだあと、カンナヅキは右太ももの外側の付け根の場所を選んだ。少年のように普段は見えないけれどちらりと見えるその時のかっこよさに共感して選んだ。
イラーリがペイント道具のギアをキリキリ回すと、指定された場所に平らな面を浮かすようにしてかざした。そうすると印刷されるように上からゆっくりとギルド紋章が刻まれてゆく。
「これでおねえさんも僕たちの仲間だね!」
仲間ーーーー。
初めての響きと、太ももに刻まれた確かな証に心が強く揺さぶられる。
「歓迎するよ!ぜひ父と呼んでくれて構わないからね!」
「困ったことがあればアタシに聞くンスよ!改めて、よろしくッス!」
ティアとイラーリも歓迎の意を示す。
「よろしくお願いします!!!」
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