風神さん。

ぽんち

魔導士ギルド『天使の誘惑』




「…っわ、おっきい…!!」


 カンナヅキは大きな大きな門を前に感嘆の息を漏らした。
 目の前にそびえ立つのは魔導士ギルド天使の誘惑ハニーエンジェルの私有地へ入るための門。それは見上げる程の高さで、ギルド紋章も大きく描かれている。
 カンナヅキがこんなにも大きくて重そうな門、どうやって開ければいいのかときょろきょろ見渡していると少年が「こっちこっち」と手をこまねく。

「そのおっきいのは巨人族用だったんだよ。今ではもう威厳を示すための飾りみたいなもんなんだ」

 そう言いながら少年は大きな扉の端の方に付けられていた、人間規格の扉までカンナヅキを誘導する。

 扉を開けばまっすぐ伸びる白い石畳、手入れの施された緑広がる芝生、そこをずっと歩いた先に大きな、燃えるような赤レンガで作られた屋敷だと見まごうほどに大きな建物が見える。
 芝生では魔法の練習をしている子供とそれを教授する人の姿や、魔法で模擬戦闘を行っている人が居る。もちろん魔法をつかっている人だけが全てではなく、庭に植えられた木の剪定をしている人や設置されている小さなベンチで本を読んでいる人もいる。
 カンナヅキはそんな人たちを横目で流しながら少年のあとをついて石畳を歩く。


「ここが天使の誘惑ハニーエンジェルの本館だよ」

 本館の扉を開く。


 笑い声、叫び声、怒り声!長いテーブルを囲みながら談笑するひと、食事をするひと、日の高い時間から酒を飲む人、喧嘩をするひと。とにかく騒がしい、うるさい、やかましい!

「これがギルド?」

 あまりにもアットホーム、あまりにも緊張感がない、あまりにも、あまりにもカンナヅキの想像していたギルドのかたちとはかけ離れたもので思わずそう呟いてしまった。
 少年はカンナヅキの反応にくすくすと笑いながら「皆仲がいいんだよ」と言うとてきとうな空いている席へ座り、その隣へくるように促す。
 ギルドの中は端から端まで伸びるような長い木製のテーブルが並び、等間隔で椅子が置かれている。奥にある大きなカウンターではたくさんのお酒が飾られた棚がある。
 印象は酒場そのもの。

「僕たちは普段ここで食べたり飲んだりして…で、あそこ一面の壁なんだけど」

 少年はカウンターの両隣の壁を端から端まで撫でるように指をさす。壁にはたくさんの紙が掲示されている。

「あの紙が依頼書。あれをカウンターに居るイラーリっていう女の人に渡すと仕事を受けれるんだ」

 カンナヅキがへぇ、と声を漏らしながらそちらを見ていると確かにピンク色の派手な髪色をした男が壁から依頼書を千切るなりカウンターのほうへ持っていった。こうして仕事を選んでいるのか、と思うのと同時に壁一面に貼られた依頼書を見ると確かにここのギルドは相当有名なところなのだろうとも気づく。

「…まぁここの話はこれぐらいにしておいて。僕、おねえさんの名前まだ聞いてなかったや」

 名前を知らずにここまできていたのか、とお互いに驚くがそのままカンナヅキは自己紹介をした。

「そっか、おねえさんカンナヅキっていう名前なんだね…」

 少年は考え込むようにして彼女の名を聞いた。頭の中で何度も復唱するがその名は少年の記憶を呼び起こすトリガーとはならない。

「うん、それで…えっと、風神さんのことだったっけ」

 少年がもしかしたら記憶をなくす前の自分と関わりがあるかもしれない、とカンナヅキが語った『風神さん』のことを彼女は思い出したように話題に持ち挙げた。こくりと頷く少年。

「風神さんっていうのはね、背が高くて長い銀の髪をポニーテールにしていて…」

 カンナヅキは次々と覚えているかぎりの特徴を挙げていく。

「どんな人かっていうのは………私の過去をざっと話した方が早いかな」

 何から話そうか、困ったカンナヅキは眉を下げて笑いながらそう言った。少年は「話せる限りでいいから」と言うので本当に、本当にこの少年は大人びているなとカンナヅキは考える。
 そして、カンナヅキが自らの過去を語るために口を開いたーーーーー。








 時は今から十年前。カンナヅキが八歳の時のこと。彼女と『風神』と呼ばれる青年は出会った。
 カンナヅキはあるツキビト族の村の出身で、そこで彼女は孤立してしまっていた。

 ツキビト族とは傭兵部族と言われるように戦闘能力がとても高く、ただの喧嘩でも殺し合いに発展してしまうため古くから厳しい掟で生活を縛り付けることで秩序を維持していた。ツキビト族の者達が皆、横髪だけを伸ばしてくくっているのも自身を縛り付けている・・・・・・・という暗示のためだ。

 そんなツキビト族はその民族性として他民族との混血を望まない考えがある。彼女の母親は、他民族の男と恋に落ち、カンナヅキという子供を産んでしまったために村の掟を破った罪で村から追放された。
 残されたまだ産まれたばかりだったカンナヅキは産まれてきたことに罪はないという事で育てられはするが多民族との混血の子だと村の誰もが彼女を避けるようになっていた。

 なのでカンナヅキは年の近い子と遊ぶなんてことはした事がなかった。ただ子供たちが無邪気に遊ぶ様を見て憧れを潰しながらひとり、ふらふらとどこかへ毎日さ迷い歩いていた。
 遠くへ行き過ぎても、帰りが遅くなっても、叱る親は彼女に居なかった。


 そんなある日。カンナヅキが決まって遊びに行く、村のそばの森を抜けた先にある緑の丘に立ち寄った日のこと。
 カンナヅキの知らぬ誰かが、そこに居た。

 見えるのは背中だけ。太陽にキラキラと反射するプラチナの綺麗な髪は頭の高い位置でひとつに結われ風に優しく遊ばれている。黒いローブを羽織っているため体格は分かりづらいが大人だということは分かる。
 カンナヅキが静かに「誰?」と尋ねると振り返ったそのひとの顔は、とても美しかった。
 髪と同じ色の長いまつ毛、空のような澄んだ瞳、端正な顔立ち、それでいて儚さを感じるような美しさ。その美しさは見知らぬ人間だという事を忘れさせ恐怖や不信感を消し去る程のもので。

「おや、ツキビトの子か。」

 ツキビト族の特徴から大きくかけ離れたその青年は立ち上がるとゆっくりカンナヅキのほうへ歩み寄った。

「どうしてこんなところに?他の子は?」

 カンナヅキの誰だという質問には答えないまま、青年は質問をする。カンナヅキはただ首を横に振った。

「おにいさんは、なんでここにいるの?」

 カンナヅキも同じ質問を返した。たびたび訪れる場所だがこの青年が居たのは初めてで、何が目的なのか。

「僕?僕はねえ、そうだなぁ…。逃げたくなっちゃって。期待とか伝統とか義務とか責任から。」

 青年が並び立てる単語に理解が出来ずにぽかんとしていると、青年は「むずかしかったか」と苦笑いする。

「とにかく独りになりたくて」

 悲しそうにそう言う青年の言葉がカンナヅキには理解できなかった。言葉の意味としては理解しているが、独りになりたい理由が分からなかった。
 カンナヅキは誰かと一緒に居たいと願っても、ずっと独りだったから。

「へんね、わたしは、ほんとはひとりはいやなの」

 くすりと、カンナヅキは笑う。悲しげな笑みで。

「きみはどうしてひとりなんだい?」

 青年はカンナヅキの視線に合わせるようにしゃがみこむと、そう尋ねた。

「いらないがまざってるから、みんなはわたしをなかまはずれにするの」

 カンナヅキが答えると青年は合点がいったようにあぁ、と声を漏らした。そして青年の両腕は大きく開かれて。

 つよく、抱きしめられた。





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