風神さん。

ぽんち

シュベロ編~4



「…!………ッ!!」

 カンナヅキの固く閉じられた瞳は彼女の頬を撫ぜる優しい風によって徐々に開かれてゆく。懐かしいこの風はやっぱりあの人の。

「おねえさん、大丈夫?」

 瞳を開ければ目の前に居るのはあの人ではなくて優しげな微笑みを浮かべた少年。
 あぁ、分かっていたとしても。

「あいつらも自分の船でここまでの爆発をやるなんてね」

 少年の輪郭ばかり捕らえていたせいでカンナヅキはすぐには気づけなかったが、あたりは空色に包まれている。自分は空を浮き、目の前には煙を吐き不安定に飛ぶ船が。てっきり海の上だとばかり思っていた彼女は空の海を飛んでいたとは思わず驚きに言葉を失う。

「でもおかげであの厄介なマスク男から距離を置けたや」

 へへ、と力なく笑う少年の笑みに不安を煽られるとカンナヅキは少年と密着している体の部分からじわじわと熱が広がっていくのを感じる。慌ててそこを見るとカンナヅキのワンピースまで汚してしまう程血が溢れていた。
 少年のワンピースを汚してしまったことへの謝罪の言葉も全て聞かないまま「大怪我してるじゃない!」と手で傷を抑える。

「もう普通に動けるってことはおねえさんにかかってたあいつの魔法は解けたってことだね」

 少年の見た目から推測できる十二~三歳の子供であれば泣き叫ぶ程の大怪我を負っていながらも少年はカンナヅキの無事を安堵してみせる。
 私はシュベロという男の魔法にかかっていたのか。あの男の魔法は行動を麻痺させる作用のあるものなのか。と理解したのと同時に、どうして少し話しただけの私を爆発から助けるためにこんな怪我までして。怪我をしてもなお私の心配をしているのか。と疑問も強くなる。

「ごめんなさい、私回復魔法の心得は無いの」

 これほどまでに私はこの少年に優しくされる謂われは無いはずだと思いながらも優しくされたことへの恩返しが何も出来ずただ傷口に圧をかけるという応急処置のみ行う。
 少年はふわりと笑うと。

「じゃあ、僕に協力してくれる?」

 大怪我を負っているとは、沢山の血を失っているとは、今も絶えず風魔法で空を浮いてるぶんの魔力を消費し続けているとは。
 そうは思えないほどに優しい声で尋ねる少年。カンナヅキは何度も首を縦に振った。

「推測なんだけどおねえさんの魔法って自然を操るものだよね?」

 少年のその言葉に、カンナヅキの心に鉛のように思い何かが落ちる。例えこの少年があの人と同じ寂しげな笑顔を浮かべ、あの人と同じ風魔法を使っていたとしても別人なのだと思い知らされる。

「えぇ、私の魔法は全てと共にウィズ・ナチュラルという名前の自然のものなら大抵は操れる魔法。」

 あの人に教えてもらった魔法。友達がひとりも居なかったあの時、友達はつねにそばに居ると、自然は寄り添う友達だと教えてくれたあの人の魔法。カンナヅキが探すあの人なら魔法を教えてくれたことを忘れていないはずだ。

「といってもぼーやみたいに風を作れるものじじゃないの。既に発生している自然現象を成形するような魔法で….」

 少年のように風を魔法で作っていると魔力がいくらあっても足りない程に消費してしまう。
 なのであの人が教えてくれたのは発生した自然現象を操るもの。現象として起こすぶんのエネルギーは委ね、そこからの介入のみを可能とする魔法、それが彼女の全てと共にウィズ・ナチュラル

「うん、それでじゅうぶんだよ。僕の魔法の名前は分からないんだけど…風をおこすことは出来るから」

 魔法の名前とは必ずどの魔導士も知っているもの。否、知っているというよりも自身で名前を作るものだという認識の方が正しい。
 魔法とは学ぶ際に大まかな基本のものから学び、そこから魔導士と呼ばれる者達は基本から術式や詠唱や魔法陣に独自のアレンジを加えてその魔導士しか発動することが出来ない魔法を日々錬磨して創ってゆく。そこへ一人一人違う魔力を動力源として重ねることで完全オリジナルの魔法が出来上がる。ただ基本のものを使うだけでは一般人でもできるため魔導士とは呼ばれない。
 毎日の努力と研究の成果が『魔法』と呼ばれるものであるため魔導士たちは自分が創り出した世界に二つと無いそれに名をつける。
 それをこの少年は名をつけていないならまだしも、知らない・・・・と言った。

「本当ならこの仕事は僕だけでこなさないといけないんだけど…」

 申し訳なさそうに謝ろうとする少年をカンナヅキは「私は助けてもらったんだから協力するよ!」と強く自分の意思を示した。
 安堵したような笑みを浮かべた少年は灰色の魔素をあたりに浮かべながら詠唱をする。

きっとこの風も忘却の彼方へフォガトゥン・ウィンド





「ーーーーっ、やったか?」

 少年の気をシリアルに引き付けさせているあいだにシュベロは引火性のガスをこっそりと部屋中に行き渡らせていた。そして頃合を見て爆発させた、というわけだがシュベロはもう何年も裏界隈での抗争から生き延びたので当然自分がその爆発に巻き込まれて死ぬことや、仲間を巻き込み殺すことなんてありえない。
 偶然ではなく必然として、爆発から生き残ったシュベロはタイムリミットが迫り揺れが激しくなる船の上でなんとか立ち上がりながら少年の魔力を探した。
 感じない。
 あの少年だけを的確に狙った爆発だ、きっと骨まで焼き尽くしてしまったのだろうと推測したシュベロは残る爆煙を魔法で操り割れたガラスから逃がす。

「シリアル、他の奴らは?」

 シュベロがそう言ってシリアルの方を向くと。彼は焦った顔をしてー顔などマスクで見えないのだがきっとその下ではそういう顔をしているだろうーシュベロに両腕を伸ばした。それは何かから庇うようなかたちで。
 一瞬の事に理解できずにいたシュベロでさえも、すぐに分かるだろう。シリアルの肩を目に見えぬ速さで貫く何かと、そこから流れ出る赤色を見れば。
 劈くような銃声が聞こえたのは少しあと。シュベロがそちらを見ると、上空を飛び銃口をこちらに向けるカンナヅキと右手に風を携える少年の姿が。

「次はちょっと弾丸を変えてみるわ」

 カンナヅキはそう言うと、少年が生み出した小さな暴風に右手をかざすと激しく渦巻いていたそれが一瞬にして消える。するとカンナヅキは右手に握った弾丸を銃に装填すると再び銃口を船の中の部屋で狙われるだけの獲物に向けた。
 まずい。分が悪すぎる。一瞬にして戦局が大きく覆された事をシュベロは実感する。自分の煙魔法が届きもしなければ、シリアルは空中を浮遊できる魔法など扱えない。それでいて遠距離からの射撃を待つだけしかできない。
 とりあえず引くしかない。この部屋を出て被弾しない所まで身を隠しそれから考え直すしかない。幸いシリアルの怪我は肩。逃げるには支障はさほどない。
 そう思い、一歩後ずさる。
 と。


 カンナヅキは躊躇なく引き金を引いた。全身の骨まで響く反動を感じるも感情など持ち合わせない。
 弾丸は逃げようとするシュベロを狙ったのではなかった。
 船の破壊を目的としたカンナヅキの弾丸は先程のように速さと一点に集中した破壊力を目的とした弾丸とは少し違った。
 弾丸の先が船の一部に当たる。瞬時に解き放たれたように現れる暴風。弾丸自体の破壊力はないものの、その暴風は船の装甲を壊すのにじゅうぶんすぎる程の威力だった。
 一歩後ずさったシュベロを襲ったのは目の前の壁の破壊と大きな揺れ。暴風が壁を広範囲に壊し何事もなかったかのように消える。

 そこから感覚を開けずにカンナヅキは同じような弾丸を連続で数発撃った。船は無作為に破壊され、シュベロたちの居る部屋はくずれて剥き出しになる。
 シュベロたちはというと破壊された衝撃と強力な風の力に傾く船から振り落とされないようにしがみついているので精一杯だった。無様にもいいまととなってしまったシュベロへ、カンナヅキは銃口を向ける。
 破壊が目的ではない。必ず殺す、必殺の一撃。

「シュベロさんーーーーー!!」

 シリアルはシュベロの前に立つことしか出来なかった。シュベロはシリアルを制止することも出来なかった。「やめろ」という言葉は銃声に破かれる。




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