風神さん。

ぽんち

プロローグ2



「すごいね!おねえさん!」

 男達に絡まれていた女が路地裏から出るなり声をかけてきたのは頭一つ分小さな亜麻色の髪をした少年。大きな瞳の中に女を閉じ込める。

「私なんかした?ぼーや」

 可愛らしいその少年をぼーやと呼べば少年は口を尖らせて「ぼーやじゃないやい!」とまた可愛らしく反論している。どうやらそういうませたがりなお年頃らしいと気づいた女はくすりと笑う。

「そんなことよりも!おねえさんさ、とっても魔法の使い方上手だよね」

 少年のその言葉で女は理解する。あぁ、自分の先程のやり取りは見られていたのかと。女は先程銃口をあてがったものの、あの銃に弾丸は詰められていなかった。だからといってはったりブラフではなく弾丸は女が魔法で一瞬にして創る。
 なので女はうまく弾丸のつよさを魔法で調整することで男達は命を取られず、路地裏で気を失い伸びるだけで済んでいた。
 それほど器用なことを一瞬でしてのけた女に、少年は感動して話しかけて現在に至るというわけだ。

「ありがとう、本当に殺しちゃ捕まっちゃうしね。」

 にこりと笑う女に、そっかそっかと相槌をうつ少年。しばらく二人で並んで歩くと意を決したように少年は女にひとつの提案をした。

「僕の居るギルドに入らない??」

 ギルド。それは同じ志や特技を持つ集団が自身にあった仕事を見つけるための組織のこと。ヨハン王国には様々な種類のギルドがあり、工業系ギルドや漁業系ギルド音楽系ギルド、魔導士だけが集まる魔導士ギルドなどがある。ギルドはどんな種類のものであれ有名であればあるほど沢山の仕事が集まり自分に合った仕事に出会える確率も高くなる。
 少年はそんな、ギルドへの勧誘をした。
 けれど。

「ごめんなさい、私ね、入りたいギルドがあって」

  女はそう言って断った。なにしろ、身寄りの無い女はそのギルドへ入るためにこの町を訪れていた。

「…そっか、僕こそごめんね。ちなみにそのギルドってどんなとこ?」

  少年は残念そうに眉を下げると、そう尋ねた。

天使の誘惑ハニーエンジェルっていう魔導士ギルドなの」

  女はそう言うと少年は大きな目をさらに大きく開いて驚いた。「本当に?」と聞き返すものだから「本当に」とだけ返すと、少年は吹き出して笑ってしまった。
 少年の笑いの沸点にただただ理解が出来ない女は首を傾げることしか出来なかった。

  天使の誘惑ハニーエンジェル。魔導士のみが集まる魔導士ギルド。ヨハン王国内でもとても有名な魔導士ギルドである。
が、それは決して良い意味だけではない。
 魔法詠唱の省略に初めて成功した若い男の魔道士のように優秀な者も在籍している事が知られているが、なにより天使の誘惑ハニーエンジェルが有名な理由はそこではない。

 一番の有名な理由は誰にも手がつけられないこと。

 魔法の扱いに長けてはいるが人格が破綻したような者達ばかりで、仕事先でのいきすぎた破壊行動はよく知られており、あるのどかな山では竜巻がやまなくなってしまったり、あるひとつの町は侵入を阻む植物が今も覆うように生い茂っていたり、ある町はまるまるひとつ水の中に沈んでしまったり、またある町は一晩で焼けて無くなってしまったこともあった
 これらの行き過ぎた行動は通常ならば魔導士だけを相手に秩序を正す機関、魔導会と呼ばれる者達が相応の制裁を与えるものなのだがこの天使の誘惑ハニーエンジェルギルドの長ギルドマスターが魔導会の幹部に座しており、大抵の事は有耶無耶にしてしまう。
 このことからこのギルドに所属する魔導士たちは手が付けられないという評判でヨハン王国に名を馳せている。

「うんうん、天使の誘惑ハニーエンジェルか…いいんじゃないかな?じゃあ僕はこのあと仕事があるからバイバイするね」

 意味深な笑顔を浮かべた少年はそう言うと女に踵を返し、人の流れに逆らいどこかへ向かおうとする。

「あ、待って」

 そう言って手を取ったのは女の方。

「そういえばさ、ぼーやの名前聞いてないから教えてくれない?」

 少年とはここだけでは終わらない縁を感じた女は名前を尋ねた。
 すると。

「たとえばさ」

 少年の見た目は十三歳ほどだろうか。やんちゃで無垢な年頃だろうが、今の少年は大人びた、悲しい表情を浮かべている。

「おねえさんの頬を撫でる風が吹いたとしよう」

 途端に脈絡もなく例え話を始めるがそれを制止しようとは思えない程に、その例え話には不思議と聞かせる力が込められていた。
 女はただ相槌に、ゆっくりと首を縦に振ることしかできなかった。

「おねえさんはその風にいちいち名前をつけたりするかい?」

 とても寂しい笑顔を向けられた。
 女は次に否定として、首を横に振ることしか出来なかった。

「僕って、そんなものなんだ」

 女の鼓動が徐々に。徐々に…早くなってゆく。この言葉を知っている?この表情を知っている?けれどありえない、この少年があの人・・・であるわけがない。

「ね!そういうわけだから、こんどこそバイバイ!」

 自らの手をするりと抜けた小さな手をもう一度握れるほど女には勇気が無かった。
 女はただその場に立ち止まった。五年間絶えず再会を願ったあの人の面影を強く残す少年に心が震えた。


あの人…………風神と呼ばれた男。




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