ケーキなボクの冒険

丸めがね

その185


中は不思議な部屋だった。
右半分が古めかしい書物に覆われていて、左半分が最新のパソコンに覆われている。
パソコンの前の黒い影がもそもそと動いた。
「兵頭さん」小次郎が話しかけると、影はこちらを向いた。
「小次郎君!どうだい、会えたかい、キミのお姫様に!」兵頭は人の良さそうな色白の顔でニコニコと笑って言った。

「会えたのですが・・・。」「ああ、いいよ、だいたいわかっているから!」兵頭は忙しそうに歩き回ってお茶の準備をする。右から左にインスタントコーヒを運ぶだけでなぜか3往復。しかも2回はカップを床に落としている。「はは、ボクはこういう細かいことが苦手でね。でも大丈夫、心配しないで、落としても割れないように強化プラスチック製だから!」そう言ってまた元に戻りカップを洗い始めた。
小次郎はあえて手を出さない。下手に手伝うと兵頭が余計にパニックになるということを知っているからだ。
四苦八苦して入れてくれた珈琲は意外なほどおいしかった。「美味しいでしょう?インスタントでも、コツがあるんだよコツが・・・」
「兵頭さん。ボクは・・・」「あー・言わないで!分かってる分かってる・・・。つまり君はお姫様と出会うことができた。しかしなぜか君は神奈川美紀と結婚した。・・・なぜなら、お姫様がいなくなったから、と言うわけだね?」「はい、その通りです。」「お姫様は生きているんだろう?」「ええ。瞬君は身代わりの死体を用意したりカルテの偽造などをしていますが・・・」「そうだね!ほぼ間違いなくお姫様は生きているね!」
小次郎はその言葉でホッとしたように見えた。99パーセントの自信が100パーセントに変わったからだ。
”大くんは生きている”
「そのお姫様はこの世界ともう一つの世界をつなぐ”鍵”だからね。もし死んだのなら世界に何らかのほころびが出ているだろう。だが、今はそれがない。この世界は今のところセーフだよ小次郎くん。」
「あの日・・・。ボクが大くんに会わなければならないと教えてくれたのは兵頭さん、あなたでしたね。正直ボクは、大くんに会うまで、父が絶大な信頼を寄せているあなたのことを信じてなかった。世界を牛耳る多くの人物が、この世にあるべからざる力を頼っていることは知っていましたが、信じてはいなかった。だけど確かに存在しているのですね。人知を超えた力は・・・!」「そうだとも、小次郎君!過去の英知と現在の科学、そしてこのボクがいれば当然の結果として導かれるものなのだよ!人は目に見えないものを信じようとしないが、素粒子を超えた世界としてこの世界にはたくさんのヒントが隠されているんだよ!」
兵頭は一気に珈琲を飲み干した。「で?!」「大くん…お姫様が瞬に誘拐されました。世間に公表できない映像も握られています。2人の居場所の検討はついているのですが、こちらが強気に出た場合、瞬が何をするか分からず動けないままでいます。」
「うん、まあ映像は任せておいて。ネット上のことは何とでもなるから。」そう言いながら兵頭はイスをパソコンの前に引きずり、パチパチとキーパッドを打ちこんだ。「優秀な門下生が世界中にいるからね」とウインクする。「瞬君の居場所・・・海…船・・・ああ、今はこの辺りか。さてどうしたものか・・・。小次郎君、君のことだからまだなんだろう?だから探さなくてはいけないんだろう?」小次郎は困ったように微笑んだ。「まだなんだろな、お姫様を抱いてないんだろう?それがキミの使命なのに。」


その夜は嵐だった。「今夜は楽しもうね」夕飯の席で瞬が大ちゃんに言った。
部屋のベッドの上で膝を抱える大ちゃん。(また・・・瞬さんと・・・。今夜はあの薬を使われるかもしれない・・・。絶対に嫌だ・・・。)しかし逃げ出したくても周りは恐ろしい暗い暗い海。昼間、救命ボートはどうだろうかとこっそり見て回ったが、まず船から引き離す方法が分からないし、もしできたとしてもその後この大海原にポツンと漂うことを想像するだけでも恐ろしかった。夜の海は思ったよりずっと恐ろしく・・・。ちっぽけな人間など飲み込んでしまうかのような未知の力と恐怖を感じずにはいられなかった。

ガチャ

大ちゃんの部屋に瞬が入ってきた。手には、注射器を入れたステンレスの容器を持っている。その横にはあの五感を強めるパッチの薬もあった。「瞬さん・・・・?」「今夜は嵐になりそうなんだって、リーフ。少し揺れるかもね。まあ、僕たちには好都合かもね?いつもより気持ちよく感じるかも。」天使の笑顔でふふふと笑う瞬。
「瞬さん・・・お願いします、やめて下さい・・・!もう嫌なんです・・・!瞬さんも知っているんでしょう?ボクはそもそも男なんです・だから男の人と・・・したくない・・・」瞬は大ちゃんの言葉をまるで無視した。「さ、腕を出して、リーフ。今日はまず注射しなくちゃいけないんだ。」「嫌です!それ、なんなんですか?!」「これ?これはわが社の期待の新製品だよ。一回分、なんと500万円。かなりの確率で妊娠する薬だよ・・・」
大ちゃんは後ずさった。(なんとしても逃げなければ・・・!)

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品