ケーキなボクの冒険

丸めがね

その148

ジャックはリーフを抱きかかえてミナの宿屋に戻った。
すでに夜も遅かったが、二人を心配していたミナは入口近くのイスに腰かけて待っていてくれた。
「ジャック!お帰り!それにリーフちゃんも・・・・大丈夫だったかい・・・ああっ・・・」
ミナは二人の姿を明るい場所で見て声が出なくなった。
ジャックは全身血だらけ、その腕に抱かれたリーフはぐったりとして青ざめている。
「・・・あんたたち・・・」「ミナさん、こんな時間に悪いが、風呂を使わせてもらいたい・・・。」「風呂?!風呂より医者だよ、すぐにクロード先生を呼びに行くから!」「・・・クロードはもうこの町にはいない・・・。」クロードの名に反応してビクッと震えたリーフを、さらにギュッと抱きしめる。
すべてを察したわけではないが、勘のいいミナは「どうして?」などとそれ以上追及することはなかった。
「わかったよ。すぐに湯の支度をしよう。・・・何か他に必要なものがあれば言っとくれ・・・。」ミナはただうつむいて目も合わせないリーフの濡れた髪をそっとなでた。

リーフはずいぶん長い間バスタブの中に浸かっている。
布を張ったついたてを隔てて、ジャックはリーフを待っていた。血だらけの服は捨て、新しい服に着替える。ミナがくれた軟膏を裂けた傷口に塗り、包帯を巻き終わっても、リーフはお風呂から出てこなかった。
「リーフ、お湯ももうずいぶん冷たくなってしまっただろう・・?そろそろ出ておいで」「・・・」返事がない。「リーフ?」「・・・」「大丈夫か?リーフ!」
ジャックは心配になってついたてをどけた。バスタブの中で、リーフはさなぎのように丸まっている。
「リーフ・・・。」涙か、お湯か、濡れているリーフの頬をジャックはそっと両手で挟んだ。
「お前と初めて会った日の夜も、オレはお前を風呂に入れてやったんだ・・・。」「え・・・?」リーフが口を開いた。「今は覚えていないだろうが。ヒルの沼に落ちて泥だらけのお前を、こんな感じで宿屋の風呂に突っ込んだ・・・。あの時はアーサーが・・・」「アーサー?」記憶を失っているリーフの頭の中に何かの糸が光る。(アーサー・・・)
「いや、何でもない」ジャックは、アーサーのことを思い出させたくなかった。他の全てのことも。(こんな時にまでオレは・・・。卑怯者だな・・・)
リーフの細い糸はすぐに頭の片隅に隠れた。「ジャックさん・・・。」、「なんだ?タオルか?」「ボクを、抱いてください」「えっ・・・・」「もう、ボクはジャックさんの妻である資格なんてないことは分かっているんですけど・・・。一度だけ・・・。このままじゃ、ボクは・・・。」
「リーフ・・・。ダメだそんなことは・・・。」ジャックは戸惑った。リーフが記憶を失い、夫婦だと嘘をついたまま、弱っているときに抱いてはいけない、と。あまりにも卑怯だと。
「そうだよね、嫌だよね・・。こんなボクを・・・。」「そうじゃない、そうじゃないんだ!」
ジャックはリーフをバスタブから抱きあげて抱きしめる。リーフの濡れた肌がジャックの乾いた服に張り付いた。
「ジャックさん・・・」悲しく、でも美しく潤むリーフの瞳がジャックを捉える。「一度だけ、ジャックさんと夫婦だった思い出が欲しいんです。」小さな手がジャックの胸にすがる。「だが・・・オレは・・・・」ジャックの理性が欲望を押さえる。「・・・おねがい・・・。あんな・・・体に残るのがあんな事じゃイヤだ・・・」
ジャックは返事ができないまま抱きしめるしかなかった。もし、リーフの記憶が戻ったら、ひどく悲しむだろう。記憶のないリーフをだまして抱いたと分かれば軽蔑されるだろう。
でも、今ここにいるリーフは自分を求めている。
ジャックの戸惑いに諦めたリーフは、その腕から離れようと体をねじった。「やっぱり、ダメですよね・・・。ごめんなさい・・・・・・。」ポロポロと流す涙がリーフの乳房に零れ落ちで白い肌を伝っていく。「あやまるな、なにも・・・!」
ジャックはリーフをベッドに押し倒し、激しいキスをした。「いいのか?リーフ」「・・・はい・・・」
その時、リーフの頭にパッと紅い髪の男の人が浮かんだ。太陽のように笑っている。(だれ・・・?)でもその一瞬の記憶は、ジャックの熱い体温で溶かされるように消えていった。


翌日は朝まで眠ることはなく、リーフが起きたのは昼もだいぶ過ぎてからだった。
目覚めると、ジャックがベッドの横にある小さな二人掛けのテーブルに腰かけて窓の外を見ていた。
「おはよう、リーフ。」「ジャックさん・・・。」
「お腹すいたろう?サンドイッチを作ってもらったから、服を着たら食べるといい。」「あ・・・」リーフは裸の自分に気付いて顔を赤らめた。照れ笑いをする。
「・・・リーフ、そんな顔をされると・・・」ジャックはリーフをまた押し倒す。「ジャックさん、ああっ」
「実は一睡もできずにお前を見ていたんだ・・・。」
リーフがサンドイッチにありつけたのは夕方になってからだった。


夜になって、宿屋の食堂でリーフたちはミナの家族と食事をとっていた。
「だいぶ、元気になったみたいだね、リーフちゃん。心配したんだよ。」「はい・・・。ありがとう、ミナさん。」赤ちゃんは相変わらずリーフが大好きで、リーフの膝の上でご機嫌に笑っている。
「さ、ジャックもいっぱいお食べよ!今夜も頑張らないといけないんだろう?」ミナが冷やかしている時、ガヤガヤと外が騒がしくなった。
「なんだい?こんな時間に・・・」ミナが外をのぞくと、数十人の集団がこちらに向かって歩いてきている。
先頭には1人の男がいて、何かを叫んでいた。
「リーフ!ジャック!」
ミナはリーフたちの方を見ていった。「アンタたちのことを呼んでるよ!紅い髪の男が。」

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