全てを失った少年は失ったものを再び一から手に入れる
45話 非日常(にちじょう)と日常(ひにちじょう)
-三月某日、同境内墓地-
「いつの間に子供ができたんだか、今日、勇さんの娘さんに会った。その人から親父の話を聞いたよ。長い間悪いことしたな。すまん。それと、どことなく母さんの面影があったからかな、なんか色々喋りすぎたような気がする…今度は緋離も連れてくるよ。じゃあ、また…さてと、帰るとするかぁ…ん?あいつ…」
謝罪、報告などを一通り終えた幻舞が立ち上がり、固まった身体を伸ばしている時、二列程離れた墓で墓参りをしている少女が目に入った。少女の、風早 千鹿の後ろ姿に幻舞は覚えがある。後ろ姿だけではない、風早 千鹿という人物は『地球での幻舞』を語る上で避けては通れない。これまでも、これからも、幻舞とは深く深く関わっている。
「風早さん、こんばんは。さっきぶりですね」
柄杓の入った木製のバケツを片手に持ち、千鹿は貸出所へ返しに行こうと歩き出したところ、胸の内が全く読めない危険人物と再び出会った。
「っ!?い、一体なんの用?」
「そんなに警戒しなくても、何もしませんよ。ほら、この通り」
間を取り警戒態勢の千鹿に対して、その間をじりじりと詰め寄る幻舞は両手を上げて無害であることをアピールしている。
「こ、来ないで…」
「あなたのお父さんにはお世話になりました。なので、自分にも挨拶ぐらいさせてください。それと、こんなにすぐ再開できたのもなにかの縁ですので、昔話でもしませんか?」
千鹿にとっての幻舞との思い出は武術大会剣の部決勝。
一年前、“鏡写しの剣士”の名で、剣の世界では知らない者がいない程その名を轟かせた千鹿が無名の選手に惨敗を喫した。手も足も出なかった。
この出来事は大きくなくとも新聞に掲載され、更に千鹿へ傷を負わせる事となった。
「あんたと話すことなんてなにもないわよ。お父さんと話すのは勝手だけど、それが終わったらとっとと帰って」
「“orphan”。今更ながら、お前らのことを全く考えてない酷い名前だな」
「な、なんであんたがその名前を?!」
風早家の墓の前にしゃがむと、手を合わせながら話し始めた幻舞の昔話に千鹿が反応を示した。
「…お久しぶりです。波疾さん、母さん。あなた方の娘さんとは同じ高校に通うことになりました。これもなにかの縁でしょうかね……」
「なに無視してんのよ!」
「あの施設は俺と母さんで建てたものだ。ちなみに、名付け親は俺。知っててもなんら不思議じゃないだろ。てか、そもそも俺もあの施設にいたし」
幻舞は千鹿の方へ時折顔だけを向けるだけで立ち上がろうとせずしゃがんだまま、再び話し始めた。
「そんな…あんたみたいなのに私たちは助けられたってこと?冗談はやめて」
「安心しろ。俺は別に助けてなんかない。あの施設は俺に親を殺された奴らをぶち込んでおく、いわば鳥籠だったんだからな」
「鳥籠…?意味がわからないんだけど。お母さんが私たちを飼ってたとでも言いたいわけ?!」
「千鹿と白斗の父親、蓮と妖華の両親、琴音、朔久、稀佳の母親を俺は殺した。そんで、お前らを身内から拉致ってきて出来たのがあの施設ってわけだ」
「ちょっと赤ちゃんとか他にもいっぱいいた子たちもそうなの?」
「最初はその七人に俺と緋離の九人だけだったんだがな、母さんが次から次に拾ってくるからあんないっぱいになっちまっただけだ。俺は全く知らん。その点でよく懐いたのかも知んねぇがな。母さん、自分の子供が物心つく前に離婚したのを悔やんでたんだってよ。寂しい思いをさせたって。だからほっとけないらしい」
幻舞の話し方や話の筋道は口数が増えるほど迷走していった。
根底にある“守りたい”、“死なせない”という気持ちはそれと同時に孤独を意味していることを知りながら、それでも幻舞はそれを受け入れていた。受け入れることに一片の躊躇も持っていなかった。しかし、そう思えた者を何人も目の前で失い、時には自ら手放し、いつしか“孤独”に対して嫌悪感や恐怖抱くようになっていた。死の選択も、他人には見せることの出来ない様な身体の傷も、それに影響された為のものである。
幻舞も人の子だったのだ。悪魔やバケモノなどではなく、ちゃんと人の子だったのだ。
「そっか。お母さんらしいね」
そんな幻舞に影響されてか、はたまた感性が豊かと言うべきか千鹿も千鹿で情緒が不安定だった。
「てか、よく親の仇目の前にして落ち着いていられるな」
「あ、そうそう。そのことなんだけど…お父さんって事故死じゃないの?」
「は?事故死?おまえ、あの場にいて見てただろ。どこをどうやったら事故死に見えんだよ」
「そんなこと言われたって、あの時はお父さんが…痛っ!あれ?お父さんがどうしたんだっけ?」
「そんなん俺に言われても知るか。一回しかやんないからちゃんと見とけよ。んで、もう二度と忘れんじゃねぇぞ。おまえの親父を殺した人間を…永劫か…いき…ない!?」
「ん?ないってなにがないのよ」
永劫回帰。対象とする人物の記憶を映像として具現化する。幻舞が千鹿に対して、正しくは千鹿の記憶に対して使おうとした魔法。
後に、幻舞はこの魔法を用いて自分の秘密を明かすこととなった。
「いや、それがな…」
「なによ」
「まぁ、千鹿にまたあんなグロいとこを見せなかっただけよしとするか。って、見せようとしてたのは俺だったな…」
幻舞は呟いた。頬杖を付いた右手で口元を千鹿から見えないように隠しながら。
「さっきからなんなのよ。なにか見せてくれるって言ったと思ったら私の顔をじろじろと」
「記憶がねぇんだよ。波疾さんが亡くなった時の」
魔法の発動条件として必要なのは魔力、魔法式構築の技術、そして対象物への理解。
千鹿の父、風早 波疾が亡くなった時、千鹿と幻舞はその場にいた。つまり、二人は同一の記憶を所持している為発動できるはずの魔法が発動しなかった。それだけで断定できたものではないが、千鹿の記憶は本当に飛んでいた。その上で、後から『事故死』という偽りの記憶を植え付けられたのだろう。
「はぁ!?ないなんてそんなことあるわけ…」
思い出そうとすると頭が痛む。事故死という文字が腕を組んで扉を塞いでいるようだ。そこをこじ開けようとすると激しい頭痛に襲われる。
いつ死んだのかはなんとなく分かる。なんで死んだのかも分かる。ただ、どこで死んだのか、どうやって死んだのか、千鹿には何も分からなかった。
「千鹿、お前に記憶を見せようとしたんだが、やめた。その代わり、あの日なにが起きたのか全部話すから今度は忘れるんじゃねぇぞ。仇のこと」
月島 幻舞は大嘘つきである。その嘘により誰かが幸福になるわけでもなければ、不幸になるわけでもない。しかし、不幸の連鎖を断ち切らなければ平穏は訪れない。そういう意味では、人知れず幸福を得ている者も少なくはないのかもしれない。平穏が誰かの犠牲の上でしか成り立たないものならば、その誰かは間違いなく月島 幻舞だろう。
風早 波疾を殺したのは風早 千鹿だ。
そして、幻舞は千鹿がどういう人間か、この時はまだ知らなかった。
「ねぇ、本当に行くの?」
「なんで?」
幻舞は紅葉の顔をうまく見れなかった。それが親の情だと分かっていたから。そして、一度でもそれを貰ったら縋りたくなってしまう気がしたから。
「…やっと!やっと親子として、家族として話ができる。手放した私が言うのもおかしいけど、これからはずっと一緒に、緋離と三人で暮らしていこう!」
「千鹿達にもよろしく言っといて。あとこれ、千鹿に。それじゃ…今までありがとう…」
口が上手く回らないながらも確かに愛惜する紅葉を前に、無造作に並べられた文字の羅列を淡々と言葉にして紅葉に背を向ける幻舞。その肩は小刻みに震えていた。
「まっで!いがないでぇ〜!」
紅葉が嘆いている間にも、幻舞の姿はもう紅葉の目の前から消えていた。
「「「なんだ?」」」
「痴話喧嘩じゃない?」
「行ってみようぜ!」
普通じゃない叫び声に、視認出来ないまでも境内の墓地の方を見上げる参観者達は困惑の表情を浮かべたと思ったら、次の瞬間には目を輝かせて心拍も上がっていた。
「月島…」
その中で、ただ一人光の点らない目で反対側の何も無い空を見上げる千鹿。何を感じたのか幻舞の名を静かに呟いた。
「会長ぉ!おはようございます!」
「…」
「会長!」
「え!?わ、私?」
「どうしたんですか?」
「そうだ。今は会長だった」
「熱でもあるんですか?昨日の祭りで風邪でも引いちゃっいました?」
「おはよう、千鹿ちゃん。心配してくれてありがとね。私は大丈夫だから。行こっか」
「…はい!確か一時限目は一緒でしたよね」
「えぇ」
翌日、翌月と幻舞がいないことを除けば、千鹿達は変わらぬ日常を送っていた。寧ろ、幻舞がいることの方が少なかった為たまに幻を見ていたのではないか、あれは夢だったのではないかとすら思えた。日が経つにつれ、それは確かなものになっていくような気がした。
更に時は経ち、一年後。
「とうとう、なにも起きずに二度目の“BOS”まで来ちまったな…」
「月島君どころか魅鵜瑠ちゃんまでいなくなっちゃって…」
「本当になんだったんだろーねー」
それは非日常から取り残された者達の集まりだった。
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