全てを失った少年は失ったものを再び一から手に入れる
43話 つきしまたくみ
-月島学園第一訓練場、同校“BOS”校内選抜戦決勝戦当日-
「いよいよ、本日で一ヶ月以上続いた校内戦も終わりとなり、学内最強の座が決定いたします!会長がベスト16で敗れるというまさかの番狂わせが起きたことで、神代選手が余裕すら見せる戦いぶりで順調に勝ち進んでいき、決勝の組み合わせは無敗組決勝と同じ二人になりました。神代選手は先日の借りを返すことができるのでしょうか。月島選手の方が試合数が少ない分、体力も余っていて少し分があるようにも思えますが、神代選手はそこのところをどうカバーするのでしょうか。それでは試合を始めます」
『let’s strike on』フォーン
月島学園“BOS”校内選抜戦決勝『月島 幻舞vs神代 遥』の試合が始まった。
先日の無敗組決勝は見るに絶えなかった、という訳ではないが、遥が手も足も出ずに惨敗したのは事実だった。ただ、幻舞が一方的に試合を運んだ訳でもなく、二人が頑なに待ちに徹した、要するに相手が仕掛けるのを待つ時間が長かった訳でもない為、決して見るに絶えない試合ではなかった。見る価値のない試合だったのだ。
その日は用があった為、特に急いで試合を終わらせたかった幻舞は少し力を出し過ぎてしまい、結果、試合時間は0、2秒。急いでいたとはいっても、一試合目から通算しても幻舞の試合は全部で十数秒しかかかっていない。少しかかった楓との試合でも五秒程度。この五秒は幻舞が決着をつけた時間ではなく、楓が耐えた時間の方が正しいかもしれない。他の試合はといえば大体が一秒以下の世界だった。こんな試合を観せられ続け飽き飽きしていた生徒からは野次すら飛ばされる始末である。
校内戦は別に強制ではなく参加も観戦も任意の為、野次を飛ばすぐらいであれば観に来なければいい、というのが一般的な考えだと思われるが、人間の心理といった感情的要素はそう簡単にその土地を離れることはない。つまり、野次の数も一つや二つではないということである。
「なにやってんだ!」
「早く始めろ!」
「おい、なんかあれおかしくねぇか?」
「んぁ?」
「一体どうしたのでしょうか、月島選手。キョロキョロとしてるだけで全く動きません」
野次が飛び交っている。既に、試合開始から十秒も経っている。いつもなら、幻舞はもう帰路についている頃だが、今日の幻舞は一向に魔法を発動しようとしない。遥も自分からは動きたくないようである。まさに、見るに絶えない試合が続いていた。
-同施設、舞台-
「はぁ…タイミングわりぃなぁ。まぁ、関係ないけどさ…」
(なんのため息?そろそろ来るって事?)
遥の構えに一層力が入った。その時。
「<戦場全域の支配>」『ウィーン』
幻舞の詠唱を掻き消すように、無機質な機械音が響き渡った。舞台は次第に草木が生い茂り、遂には、テラスから二人の姿が視認できないまでに覆われた。
-同施設、特別展望室-
「誰だ!スイッチを押したのは。今すぐ戻してこい!」
「はい!」
『試合を行なっている選手の妨害を行なった者はたとえ無敗者であっても、強制的に二敗扱いとす』と月島学園全ての大会規定に記されている。この規約違反に十分値する行為を前に、軍の上層部として試合の観戦及び視察に来ていた鉢宮 紫羽が憤りを感じるのも当然の事である。
「落ち着いて、紫羽。多分幻舞君だよ」
「あいつがやったからなに?!」
「当事者が変える分にはルール違反にならないよ。言っちゃえばルールの穴だね。前から思ってたけど、そういうの見つけるの上手いよね。彼」
但し、第三者によってそれが行われれば、の話である。
「空羅が甘いだけだろ!勇からもなんか言ってくれよ」
「幻舞がなにも考えなしにこんなことをするとは思えん」
勇のその一言は『見逃す』と言っている事に相違なかった。
「勇もかよ!皆してなんであんなやつのこと…」
校内戦及び、学園内の公式戦において、試合前にフィールド選択が可能である。第一訓練場では無地、森林、またその両用、第二訓練場では第一での森林が池、など。試合会場が勝手に決められる為その分自由度は狭いが、様々な場所場面で試合を行うことができる。
フィールドを切り替える魔工具は舞台の外にあり、試合中にそれを作動させようと思っても普通に歩いていけば、棄権退場で失格となってしまう。試合中に離れた場所にある魔工具を行使する程の魔力制御は想定されておらず、その為、規定は曖昧に定められ、『試合途中での選手によるフィールド変更を禁ず』や、それに似通った言葉は全く記されていない。記されていない以上、規定違反で失格とも出来ない。
しかし、今回は許されても、これを機に新たなルールが追加されるのは間違いないだろう。
「“視覚補助”…早く月島君を見つけないと。それにしても、なんでいきなり<森林化>が発動したんだ。しかも、深度最大じゃないか…」
遥は思っていた。と。突然の事に戸惑いが無かったわけではないが、ただその一心で、中断など頭に過ることはなかった。
・
・
・
(やっと見つけた。けど…もう一人?誰?)
『ウィーン』
中の様子が全く伺えず、元々、幻舞の試合に興味が無かった展望テラスの生徒を筆頭に、試合開始直後は少なかった談笑の声もいつしか、体育館を埋め尽くさんとしていた。そんな時にまたもや、今度は幾つも飛び交う笑い声や話し声を掻き消すように、無機質な機械音が鳴り響いた。
五分程していつもの姿を取り戻した体育館の舞台には、遙と幻舞、そしてもう一人立っていた。
「ふふ、ふははは!やっとだ。やっと俺の復讐が始まる」
魅鵜瑠だ。
「あいつ…とっとと追い出せ!」
「は!」
特別展望室では案の定、紫羽の怒りが頂点に達していた。
「勇!今度こそあんなやつ除名にすべきだ。軍も。この学校も」
「幻舞は信頼に足る人間だ。無駄なことはしない。きっと、彼女を軍に入れたのもこの学校に転校させたのも、なにか理由があるはずだ」
「それならもう聞いただろ!近くに置いといたほうが見張りやすいだかなんだかって。出来てねぇじゃねぇか!」
「落ち着いて。紫羽」
「おい、空羅。あれどう思う?」
「あれって…?」
「幻舞だよ。なにかおかしくないか?」
「いや、いつもの『早く帰りてぇ』って顔してるようにしか見えねぇな」
「楠木 魅鵜瑠。早くここから出て行きなさい」
魅鵜瑠の連行を命じられた礎生 蘭子は舞台上を、魅鵜瑠に話しかけながら歩いている。魅鵜瑠と幻舞、両方の恐ろしさを知っている為か口調は強気に出ているが、その足は半歩ずつしか進んでいない。
そして、約十メートルという距離まで近づいた時、少し体勢を低くした幻舞が“蒼天”を展開し、柄に手をかけた。
「礎生流固有魔法“花弁”より、<剪定鋏>“玉龍扇”」
曲がりなりにも、軍所属の魔法闘士である紫羽の部下は咄嗟に一歩引き、自身もまた髪の毛を手にした。
「幻舞!」
「幻舞君!」
続々と、大人達が体育館に集まってきた。視察に来ていた軍の者は当然の事ながら、琉や海凪も己の“武器”を幻舞に向けた。
「月島君?私はそっちじゃ…」
「大丈夫?怪我はない?遥」
「隊長!?なんでここにいるんですか?」
「紫羽さんの付き添いでね。ってか、さっきからいたんだけど…」
『月島君と戦いたい』ただそれだけだった。前回のリベンジでもなく。楓と戦った時でさえ味わえなかった、圧倒的な敗北感、それに悔しさ。もう一度、いや、何度だって戦いたい。
「月島君。私との試合はまだ終わってないよ」
この時の遥は『今を逃せば、もう二度と戦えないんじゃないか』と直感的に思っていた。
「落ち着け。遥。挑発なんてしてどうする」
「挑発?違います。これは私と月島君の正式な試合です。私はまだ負けていません」
「試合なんか、もうとっくに終わってる。いいから落ち着け」
「終わってませんよ。まだ決着は…」
「決着ならついた。あいつの負けだ」
「なんで…」
「当たり前だろ。楠木 魅鵜瑠を庇った時点で失格だ」
「蘭!早くしろ!」
幻舞と戦う事に拘泥し、周りの状況が見えていない部下を宥めていところ、蘭子は上司から容赦の無い叱咤を受けた。
「チッ…<百花繚乱:蘭の舞>、二の型<花手裏剣>、魔法扇術<進葉宴花>」
鋭い刃と成り襲い掛かる、数多の草花。その悉くを幻舞は難なく薙ぎ払った。『キン キン キン キン』。幻舞との一対多を幾度も経験したその場にいた大半の者は、重なり響く金属音を心地良いとさえ思っていた。
『パシン』
甲高い輪唱に乗じた人肌を叩く音は鈍く、鮮明に、皆の耳に届いた。
「なんだお前!?いつの間に来やがった」
驚いた様子の魅鵜瑠が大きく一歩後退した後、声を荒げて発した。
「あれ?勇は?」
「あそこだよ」
「ん?って、なんでお前がここにいるんだよ!」
「まぁ、ちょっと気になってね」
「総紀。お前と勇はなんでそこまであいつのこと気にかけるんだ?それほどの奴じゃないだろ」
「勇は知らないけど、まぁ、僕はゲンの教育係みたいなものだしね」
気配を完全に殺し、まるで背後霊の様に紫羽と空羅の後ろから現れた総紀は相も変わらずいつもの調子だった。
「それで、勇はどこにいるんだ?総紀」
「だからあそこだって」
総紀は再び、ある方向へ指を指した。そこに見える人影は三つ。一つは胸ぐらを掴み、一つは掴まれている。あと一つはそこから少し離れたところで眺めている。恐らくそのいずれかが勇のものだろう。
「なんであんなとこに…」
「お、おい。近づいてくるぞ」
「構えろ!」
紫羽達に近づく一つの人影。いや、先程胸ぐらを掴まれていた人影か、右肩に担がれている。
「連れてきたぞ…って、なにやってんだ?お前ら」
「はぁぁぁ…なんだ。勇かよ」
勇はもうやられているかもしれない。そんな相手をどうすればいいのか。最悪の事態が頭に渦巻き、必要以上に強張った身体が勇の姿を視認したことで、一気に解けて膝から崩れ落ちた。
「俺で悪かったな」
「勇。あっちはどうするの?」
「もう心配はない」
「そうか」
「お騒がせして申し訳なかった!これから閉会式を行う!で良かったよな」
「はい。しかし、順位はどうしましょう?」
「そんなもん、神代 遙君が優勝。幻舞は当然失格にして、三位以下を繰り上げればいいだろう」
-校内戦全課程終了後、帰路-
「んー、終わったー」
「…」
「もー。元気出して、千鹿ちゃん。そうだ。明日は祭りで疲れた心と体を癒しまくろー!おー!ほら、千鹿ちゃんも。おー!」
「お、おー」
-翌日、月島学園最寄りの境内-
「月島、どうだった?」
「行かねぇって」
「あと、楓も今日は用事があるみたいで来れないって」
「そうですか…なんか初めてのメンツですね」
「楓なしだとあんまり絡みないからねぇ」
「で…なんで椎名先輩もいるんですか?」
「べ、別にいいだろ。そんなもん」
「千鹿ちゃーん!こっち、たこ焼きあるよー!あ、焼そば!お好み焼も!」
「全部粉もんじゃん…」
-同刻、祭りが一望出来るとある丘-
「誰ですか?そこに居るのは」
境内を見下ろしていた幻舞は振り返ることなく、背後からした気配に背中越しに尋ねた。
「ごめんごめん。どうしたの?こんなとこで。みんなのとこには行かないの?」
「会長こそ行かなくてもいいんですか?」
幻舞は賑やかな祭りに視線を固定していた。
「うーん。ちょっとね」
「俺に話があるんでしょ?母さん」
「…やっぱり気づいたよね」
「あんなん、気づかないほうが難しいでしょ。で、どうしたの?」
「あの時。ゲンがいろいろ話してくれた時、頭の中に名前が浮かんだの」
「どんな?」
「つきしま…たくみ…って」
少年は、長きに渡り亡くなったと思っていた母親と再会した。
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