全てを失った少年は失ったものを再び一から手に入れる

きい

42話 拓相vs楓

 

 -校内戦一日目終了後、帰路-


 いつもなら、多人数の賑やかな集団で帰っている幻舞と拓相だが、この日は、二人だけで暗い雰囲気のまま歩いていた。二人とも静寂な空気も喧騒な空気も嫌うわけではないが、普段の放課後とのギャップはかなりのものだった。

「まだ未完成だからなにが起こるかわかんないし、完璧に習得できるまで使うなって言ったよな。たまたま上手くいったからよかったとはいえ、万が一“魔力暴走”にでもなったら俺のが増えるじゃねぇか」

「すまん…」

 一昔前のSNSが発展し始めた頃、似通った言葉を造語も含め様々な罵詈雑言ばりぞうごんと共によく目にもし、当然の事ながら、耳にもした。実際、幻舞は上司であり、拓相を含め千鹿や撫子、更には、上級生である楓や遥までもを部下としている。その立場でのこの発言はさながらそれに当てはまるものだった。
 しかし、ここで幻舞の言った仕事がのことであるならば、その意味は一変する事になる。

「まぁ…とりあえずは<超速>オーバースピードで誤魔化せたからいいけど、もう二度目はねぇからな。前よりは大分マシになったとはいえ、成功確率はせいぜい五分だ。俺が許可するまでは絶対に使うなよ」

「わかってる」

「それと、そのおかげで<超速>使用も限定するぞ」

「え?なんでだよ」

「理由はあとで話すからとりあえず今から言うことを絶対に守れ。いいな」

「…あぁ」

「勿論わかってると思うが、次を使うようなことがあれば俺との修行は即中止だからな。それと、さっきも言ったが、基本的に<超速>の使用も禁止する。ただし、応急措置として、詠唱を口に出さなければ使ってもいいってことにしといてやる。感謝しろよ」

「まじで助かるわぁ…あれ使いやすいんだよ」

「そんなもんお前よりわかってるわ。いいから聞け。理由は一つ。お前の暴走が<超速>とは違う魔法だと悟らせないためだ」

「あぁ…なんとなくはわかったぜ。でもなんで悟らせちゃいけねぇんだよ。普段は加減して使ってるって言えばいいんじゃねぇの?」

「まぁ…確かに、そう言えればいいんだが、あんなスピードをどれだけの魔法力があればただの加速系魔法だけで出せると思う。咄嗟に出たとはいえ、苦しい言い訳にしかなってないんだ。正直、なんてのも出来ると思ってないが、これ以上怪しまれるわけにもいかないしな。出来る限りのことはなんでもやるしかねぇだろ」

「そんなに魔力消費やべぇのか…まぁ、とりあえず、“思考詠唱”すりゃぁ使ってもいいってことだろ?」

「確かにそうは言ったが、調子に乗って使いすぎるんじゃねぇぞ」

「わかってる。わかってる」

「…あぁ、そうだ。言い忘れてたんだが、もしお前と会長の試合が決まったら、始まる前に話があるから控え室でちょっと待ってろ。校内戦は二重トーナメント制だから、たとえ、二人とも俺と当たったとしても、お前がとっとと復活組で負けない限りはまず間違いなく実現する試合カードだ」

 幻舞の言い回しには、自分が復活組に行く事を想定されたものが一切なかった。通常なら強気とも思えるこの発言を何度も聞いてきた拓相には、もはや、これの方が普通にすら思えてきていた。

「お前はいつも一言余計なんだよ」

「事実だろ」

「…っ、それにしても、試合前に話なんて作戦でも立ててくれんのか?
「まぁ、そんなとこだ…まだまだこんな程度じゃ済まさない」

「お、おい。急にどうしたんだ?幻舞」

 恐怖とはまた違ったを感じた。

「あ、あぁ…すまん。気にすんな」


 -第三試合開始直前、第一訓練場選手控え室-


おせぇよ!で、作戦ってどんなんだ?」

「作戦って言っても、そんなに複雑なもんじゃない。この試合に限って、<超速>を乱用しろってだけだ」

「え!?使っていいのか?」

「あぁ…それを使って飛び回れ。千鹿みたいにな。あと、試合開始直後、詠唱を口に出してもいいから<超速>で突進しろ」

「“思考詠唱”もしなくていいのか?」

「その一回だけな。間違ってもテラスの奴らにまで聞こえるほどでけぇ声出すなよ」

「おう!あとはなんだ?」

「それだけ」

「それだけ?ほんとに?」

「あぁ、本当にそれだけだ。本来だったら、あれの使い所とかを教えるつもりだったんだが…」

「悪かったな。とろくて」

「まぁ、その方が教えがいがあって面白いってもんだ」

「そういうもんかねぇ…」

「そういうもんなんだよ。とにかく、出来ねぇもんうだうだ言っててもしょうがねぇし、俺の言った通りにやってみろ」

「…っし!とりあえず行ってくるわ」

 を千鹿に注意された楓を他所に、その裏で、それと寸分たりとも違わない作戦会議が行われていた。


 ・


 ・


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「よっしゃ。かすった。掠ったけど…」

(ほんとにあいつの言うこと信用してよかったのかよ)

 今の速攻において、ネルイダーラが服を掠めたのは楓が呆けていただけ。言わば、まぐれである。それでいて、まともな傷一つ与えることは出来なかった。
 今の拓相はこの魔法を実戦で使うまでには至っておらず、その原因の一つとして、ネルイダーラの存在が大きかった。
 幻舞と共に修行を行っていた際の拓相はネルイダーラを展開しておらず、の重量が修行中と実戦では雲泥の差だった。所謂、『修行の為の修行』だった為、はしたもののいきなりの実戦で使ことは出来なかった。

(なに今の!?今のが前見たのと同じ!?一体、どういうことなの…)

 楓が試合に集中できていない事。そこへ拓相が速攻を仕掛けるも、スピードが足らず間一髪のところでかわされる事。拓相が<超速>又は幻舞じぶんを疑う事。これを受けた楓がまだ集中できていないどころか、更に、拓相又は拓相の使った魔法について熟考する事。ここまでは全てが幻舞の思い通りに進んでいた。ただ、ここから先は無数の可能性が飛び交っている。それは、たとえ神と呼べる存在が実在したとしても、誰であろうと想像のつかない、ついてはならない。だからこそ、幻舞はそこを拓相の価値を推し量るとしたのだ。このまま、幻舞の言われた通りに飛び回ったのでは、随所に隙を晒しているだけに過ぎない。なので、幻舞はあえて具体的な指示を出すことはせず、拓相の発想力をみていた。

(とりあえず、幻舞の言われた通りにやるしかない…でも、攻撃は…最っ低っげn…)

「っ!」

「おぉっと、拓相選手。またもや、楓選手目掛けて突っ込んで行きました。これは先ほどと同じ魔法でしょうか。しかし、楓選手も先ほど同様間一髪のところで交わして、今度はカウンターを用意していましたが、これもしっかり読んでいた。しっかりガードしたのは拓相選手。それにしても、あんなに長い薙刀なぎなたを持ちながら、あんなスピードで走っていられるのはさすがというべきでしょう」

(あっぶねぇ…あいつのことだ。はなからカウンターだけ考えといて正解だったぜ)

 “無重力ホバリング”。地面に足がつく時間が極端に少ないことからこう称される戦術は、1on1一対一において最強とまで言われている。
 しかし、これを使える者は過去を遡ってみても数えるだけしかおらず、現在では絶滅したという声が大半である。最近では、月島 広代が得意としていたが、彼の死後十数年、使い手は誰一人として現れていない。その要因は使わない、のではなく、使えないことにある。この戦術は地面に足がつく時間が短ければ短いほど真価を発揮する為、移動速度だけでなく、魔法の発動速度も求められる。この二つの条件を満たす者は世界でも数える程しかいないのが現状である。そして、1on1となり得る状況が少ない昨今において、この戦術の必要性が問われているのもまた、現状である。
 もし、拓相のように未完成のまま使ったら大体カウンターが置かれるだけ。それを避けれたとしても、次の攻撃時にまた置かれての繰り返しにしかならない。そんな戦術を誰が好き好んで使うのか、というのが今の魔法闘士ストライカー全員の見解である。

(今のも全然…集中しなきゃいけないのはわかってる。わかってるけど…)

(だいたいわかってきた。カウンターが置かれるのはあいつの反射神経よりも俺のスピードがでかい。魔法があんま得意じゃない奴らにも、テラスからとはいえ目で追われてるぐらいだし…これ以上は“魔力暴走”の危険性が出てくるし、ってか、そう考えると、よくあの時暴走しなかったな…とにかく、他は加速系魔法の負担を減らすぐらいしかないけど、それも対象物の重量を軽くするのがセオリーだし。こいつがなきゃそれも可…能…そういうことか)

「いつまでボーッとしてやがる。行くぞ!楓」

「っ…」

「なんだなんだ?なにが起こったんだぁ?!いつの間にか楓選手の懐に忍び込んでいたのか。攻撃の瞬間だけ姿を現した拓相選手に意表を突かれた楓選手でしたが、これもうまくかわし…てません。さすがの楓選手でも避け切ることができませんでした。この試合の初ダメージはまさかの楓選手です」

 約百年前。大陸東軍や他諸国連合軍などは丸裸で戦場を闊歩する帝国軍に手も足も出なかったと言う。日本帝国が産み出した武器収納用硬貨《世界兵器》は長い間世界中を震撼させることになったが、停戦後、魔法の便宜性を高く評価し全魔法闘士の戦争時を除いて常用が許可された初の“魔工具ルーン”となった。
 ただ、全員が全員ルールを守るというのもまた、都合の良い話である。規定制定後直ぐに、これを悪用する輩が現れ、それを止める為にまたこれを使い、を繰り返し世界は衰退の一途を辿っている。

「はぁ…はぁ…」

(思ったよりもくるぞ、これ。何発もできねぇな)

「ふふっ…なるほど。やっぱりあなただったのね…いつまで私のことを馬鹿にする気?!とっとと本気を出しなさい!」

「チっ…まじかよ」

「おぉっと、楓選手が防御主体から攻撃主体にいきなりシフトチェンジです!これに素早く対応できるでしょうk…なんとなんと、さっきまで攻撃一辺倒だった拓相選手がこれを難なく捌いてます」

「難なく…か…これがそう見えるならもう病気だぞ」

 考えがまとまったのか、それともやめたのか。開き直った楓の攻撃はまさに、『攻撃は最大の防御』を体現していた。
 楓の攻撃の真っ只中に置かれた拓相はまるで、乱気流に飛び込んだ飛行機の様だった。正面からだけではなく、左右かも、真上からも、次から次に発生する大量の矢狂風とどまる事を知らず、段々と威力を増しながら拓相を襲った。カウンターを常に頭に置いていた為に直ぐ反応する事は出来たが、会場に鳴り響く音は甲高い金属音ではなく、鈍い音だった。

(このままじゃ時間の問題だ。もうあれしかねぇ!わりぃ、幻舞。守れなかったわ…)

「馬鹿っ!」

「拓相くん!?」

「「「きゃー!!!」」」

 絶えず矢が降り注ぐ中で、拓相はそれを凌いでいたネルイダーラをしまい目を閉じた。それを観ていた展望テラスの生徒達の今にも泣きそうな叫び声が響き渡った。矢が拓相に近づくほど声は大きくなっていく。

「月島流固有魔法“移動”ミグレイションより、<転移テレポート>」

「「「え?」」」

 会場を一瞬で静まり返らせた魔法はまさしく、瞬間移動。だが、結果は失敗。ただ、ネルイダーラだけが移動し楓が戦闘不能になったことで、締まりの悪い勝利となった。
 術者が倒れたことにより、魔力の塊である複製された矢は塵のように跡形もなく消え、拓相には傷一つなかった。しかし、魔力の過度な使用や精神的な疲労によって拓相はそのまま倒れてしまった。

「やれやれ…」

 舞台の脇でそれを観ていた幻舞は一つため息を溢すと、試合を行なった両者に向けられた惜しみない拍手と声援に背を向け、その場を後にした。

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