全てを失った少年は失ったものを再び一から手に入れる
41話 休憩を挟んで
一会場全四試合の内、半分の二試合が終わった。その後の余った時間で行われた親善試合も終わり、現在時刻、11時32分。三試合目開始十分前までの約一時間は昼休憩が設けられている。この時間、大半の生徒は家から持ってきた自前の弁当や学食で腹ごしらえをして過ごす。
「千鹿。総紀おじさんが…って、あれ?千鹿は?」
本校舎の屋上に顔を覗かせてみると、千鹿を除いたいつもの面々が昼食をとっていた。
「今日はいないよー。声はかけたんだけど…」
撫子は両手のひらを上に向けながら、首を左右に振った。『そっとしておいてあげたほうがいい』正直、そう言いたかったが、自分の入る余地もない何かが二人の間にあることは随分前から勘付いていた為、少し真面目な雰囲気を漂わせるだけに留まった。
「幻舞。お前、俺たちがいつもここで食ってんの知ってたのか?」
まるでここにいるのを分かっていたかのように千鹿の名前を呼びながら屋上の扉を開けた幻舞に、拓相は改めて不気味さを感じ、けれど、敵ではなくてよかったと安心もした。
「まぁな」
去り際の幻舞の後ろ姿にそれまでもが見透かされているように思えて、先程から背中を伝うひんやりとしたしずくが更に身体を冷やし、震えさせた。
-千鹿達が入学してから程なくしたある日、月島学園の屋上-
「あぁ…お腹空いたぁ」
千鹿は、時代を感じさせる使い古された風呂敷の結び目を解いた。広げられた風呂敷の上に置かれていたのは現代風の弁当箱ではなく、重箱だった。風早家ともなれば持ってないことはないだろうが、この時期、本来であれば食器棚の奥で埃を被っているはずの代物がごく普通の昼食時に広げられていた。初めてそれを見た時は『包んでるのも包んでるのなら、中身も中身だな』と意味もなく口調だけは平静を装いながら驚きの声を漏らしていた拓相も、何度も見た今となってはそれが普通の光景のように、千鹿の弁当にはたまに目だけを向けるぐらいで、発声する暇がないほど必死になって自分の弁当を頬張っている。
しかし、毎回、蓋を開けてみれば眼前に現れるのは不格好な弁当。使われている具材は包みや箱に合わせた豪勢なものというわけではなく、近くに広げられている拓相や撫子達のそれと大差はない。それを米粒一つ残さず丁寧に食べ終えると、合わせた手の親指と人差し指の間に箸を挟んで、『ごちそうさまでした』と口を動かしながら会釈までしてみせる。それは、入学式の翌日から、さらに遡れば、入試の時からも毎日の千鹿の習慣となっていた。もしかしたら、中学生の時も、小学生の時も、そうだったのかもしれない。
しかし、今日の千鹿はその一連の流れ全てを忘れているようだった。
オープンカーのような開閉式の天井が、今回のようなイベント事の時に限り開かれる。しかし、そこから見える空は決して青空とは言えない。純粋な青色や水色をしていない。本来天井がある場所に張られた一枚の結界障壁が快晴の青空に靄をかけている。その靄を一点に見つめながら、千鹿は一人物思いにふけっていた。
拓相と楓、二人の背中と表情が頭から離れない。あの後、楓に通知を見せてもらい二人が試合をすることになったのを知った。確かに驚きはしたが、校内戦が始まる前に『お互い当たっても恨みっこなしね』と言った張本人である楓がその言葉とは真逆の表情をしていたことに、千鹿は理解を示せなかったと同時に憤りすら感じていた。
-第三試合開始十分前、同施設第一訓練場-
「三試合目開始まであと十分となりました。出場される皆さんも観戦される皆さんも準備は整っていますか?第三試合および第四試合に出場される皆さんは控え室にお集まりください。えー…昼休憩前は掲示板にて、昼休憩中は放送にてお知らせがあった通り、第三試合は初日に全校生徒を魅了した四選手が登場します。第一訓練場では鳳 楓選手vs鳳 拓相選手の従姉弟対決がなんと実現しました。第二訓練場では風早 千鹿選手と篝 愛紅美選手。剣士同士戦いです。どちらも非常に気になる対戦ですので、もし第二訓練場へ行かれるという方はお急ぎください」
約一時間の休憩を終えた生徒がぞろぞろと帰ってきて段々と人が増えていく第一訓練場内に、真っ先に休憩を終え仕事に戻っていた桜田 香華の声が響き渡った。
-展望テラス-
昼休憩の間、体勢はコロコロと変えながらも、結局、千鹿はボーッとしたまま約一時間過ごしていた。第一訓練場では第二の、第二訓練場では第一の、それぞれ二試合のハイライトが電光掲示板兼電子モニターで流されていたが、千鹿は見向きもしていなかった。
「楓。さっきからどしたの?柄にもなく緊張でもしてんの?」
「…ううん。大丈夫」
「…」
「それよりも遥ちゃんはどう?勝てそう?」
「いや、何度シミュレーションしてもボロ負け…妄想の中ぐらいは勝たせてくれないかね」
「ふふっ、本当にそうだよね」
「わたしたちはもうないもんねー」
「そ、そうですね」
気の抜けたような声と共に、それに似てこちらも気の抜けた、そして、それら二つとは相対的な男前な二つの声も同じところから聞こえてきた。昼食を終えた撫子達が屋上から帰ってきたようだ。普段は同じ三年の友人と食べている楓と遥だが、どうやら、その日は珍しく二人も一緒に昼食を取っていたようだ。
「いやー…それにしても、食べた食べた」
散々千鹿に言われていることを気にしているのか、単語の一つ一つは淑女を気取っていても、撫子の言動はそこそこ歳のいった男性の食後のそれと酷似していた。そして、その言葉もまた、多分無意識なのだろうが、試合前で気を張っている三人の前で発していいものではなかった。
「撫子さん…それはちょっt…」
「あれ!?千鹿ちゃんだー」
撫子が飛鳥の言葉を遮った。
これは飛鳥の指摘が耳障りだった為のものではなく、声どころか頭からも気が抜けている撫子の本能に近しいものなのかもしれない。
最後に撫子が見た時とは随分と変わり、終いには、両膝の上にそれぞれ肘を置いたまま視点を靴と靴のちょうど真ん中に固定させて俯いていた。余った両手はクロスさせたり顔を覆ったり軽く指を組んだり、無意識の内に手を動かして思考を巡らせていた。
「えっ…あ…」
コミュニケーション障害に陥ったのか、普段なら、突然声をかけられたとしても流暢に口から出てくる言葉が、この時は喉の奥に詰まったまま出てこなかった。
「こんなとこにまだいてもいいのか?お前、そろそろあっちだろ?」
「も、もうこんな時間」
仲間外れと怒っていた数時間前の千鹿はそこにはいなかった。それはもう怒っていなかったわけではなく、確かに、その事に対してはもう怒っていなかったが、別の事に対して怒りは湧いてくれど、どうすればいいのか分からなかった。しかし、それがあの時幻舞が見せた表情だっただけに、それを理解できた千鹿は行き場の失った感情をどう処理すればいいかわからなかった。
頭の中を整理するように辺りを見渡して拓相の姿を探すが、どこにも見当たらない。一生懸命別の事を考えようとする千鹿だったが、それでも考えてしまうのは拓相と楓の事だった。
「…拓相は?」
「もう行ったよ」
「あぁ、そういえb…そういえばそうでしたね」
楓の姿が目に入っておらず、撫子に聞いたつもりが思わぬところから返ってきた言葉に、気づかずに少し口を動かした後、一瞬、口が開いたままの状態で固まった。
「…あれっ、だったら会長は何でここに?」
「幻舞君にアドバイスを貰おうと思ってね。幻舞君は?」
「会長だけ抜け駆けなんてダメですよ。そもそも、私月島の居場所なんて知りませんし」
「幻舞君来なかったの?」
「えぇ、来てませんよ。どうしてですか?」
「そっか…」
「ん?どうしたんですか?」
「ううん。なんでもない。じゃあ、私は行くね。応援よろしく」
「…はい。観戦は出来ませんけど、応援はしてますので頑張ってください」
「ありがと」
またあの表情。月島学園襲撃時の幻舞の表情が、再び千鹿の脳裏を過った。
まさか、楓が幻舞に訊こうとしていたアドバイスとはその事についてだったのかではないか。考えれば考えるほど、千鹿は更に混乱した。
「千鹿ちゃん。そろそろ行かなくてだいじょーぶ?」
「う、うん…またあとで…」
千鹿の後ろ姿と撫子の横顔とを交互に視線を移しながら、飛鳥は撫子の耳元へ口を手を添えて近づけた。
「風早さん大丈夫ですか?一試合空くとはいえ、もし三試合目がすぐ終わってしまったら…」
「千鹿ちゃんならだいじょーぶ。それよりも会長と拓相の試合が始まっちゃうよー」
「多少ではありますが剣術を心得ている身から言わせてもらいますが、集中力が欠けている時の剣は到底人を斬れるようなものではありません。それに、あの様子では相手にも失礼になってしまいます。たとえ、その相手が剣の方でなくともです」
「千鹿ちゃんならだいじょーぶ」
撫子は同じことを繰り返し、飛鳥に向かってニコッと笑ってみせた。
その自信がどこからくるものなのか、千鹿の様子をその目で見ていた飛鳥には全く理解は出来なかったが、同じく千鹿の様子を見ていて且つ、自分よりも遥かに付き合いの長い撫子が言うのであれば、とそれ以上は何も言う事なく口を噤んだ。
「それでは試合を始めさせていただきます。向かって左側に現れましたのは鳳 楓選手!反対の右側から現れましたのは鳳 拓相選手!皆さんは初日の試合を覚えているでしょうか。楓選手は十秒もかからずに相手選手をノックアウト。一方で、拓相選手は確かに会長よりも時間がかかっていたはずですが、決着の瞬間が全く目で追えず、会長の試合よりも遥かに衝撃的な印象を受けました。そんな二人の直接対決となったこの一戦。両選手共に一体、どのような戦いを観せてくれるのでしょうか!!!」
『let’s strike on』フォーン
「無属性加速系魔法…」
「<超速>」
「<追えない斬撃>」
完全に集中を切らしていた楓に、拓相が速攻を仕掛けた。少し反応が遅れたためネルイダーラの切先が制服を掠めたたものの、よろめきながらも楓はぎりぎりのところでそれを躱した。
一方で、楓と同じく、いや、それ以上に昼休憩の間上の空だった千鹿はというと、試合開始の合図と共に即座に頭を切り替え、こちらは拓相と同じく速攻を仕掛けた。
もし初日の様な速さで突っ込まれていたら、集中力が欠けていたかどうかなど関係なく避けれるはずがなかった。
撫子と飛鳥に千鹿、千鹿と楓、楓と拓相、それぞれの思いが交錯する中、そんなことなどつゆ知らず、復活組第七回戦第五、六試合が始まった。
「千鹿。総紀おじさんが…って、あれ?千鹿は?」
本校舎の屋上に顔を覗かせてみると、千鹿を除いたいつもの面々が昼食をとっていた。
「今日はいないよー。声はかけたんだけど…」
撫子は両手のひらを上に向けながら、首を左右に振った。『そっとしておいてあげたほうがいい』正直、そう言いたかったが、自分の入る余地もない何かが二人の間にあることは随分前から勘付いていた為、少し真面目な雰囲気を漂わせるだけに留まった。
「幻舞。お前、俺たちがいつもここで食ってんの知ってたのか?」
まるでここにいるのを分かっていたかのように千鹿の名前を呼びながら屋上の扉を開けた幻舞に、拓相は改めて不気味さを感じ、けれど、敵ではなくてよかったと安心もした。
「まぁな」
去り際の幻舞の後ろ姿にそれまでもが見透かされているように思えて、先程から背中を伝うひんやりとしたしずくが更に身体を冷やし、震えさせた。
-千鹿達が入学してから程なくしたある日、月島学園の屋上-
「あぁ…お腹空いたぁ」
千鹿は、時代を感じさせる使い古された風呂敷の結び目を解いた。広げられた風呂敷の上に置かれていたのは現代風の弁当箱ではなく、重箱だった。風早家ともなれば持ってないことはないだろうが、この時期、本来であれば食器棚の奥で埃を被っているはずの代物がごく普通の昼食時に広げられていた。初めてそれを見た時は『包んでるのも包んでるのなら、中身も中身だな』と意味もなく口調だけは平静を装いながら驚きの声を漏らしていた拓相も、何度も見た今となってはそれが普通の光景のように、千鹿の弁当にはたまに目だけを向けるぐらいで、発声する暇がないほど必死になって自分の弁当を頬張っている。
しかし、毎回、蓋を開けてみれば眼前に現れるのは不格好な弁当。使われている具材は包みや箱に合わせた豪勢なものというわけではなく、近くに広げられている拓相や撫子達のそれと大差はない。それを米粒一つ残さず丁寧に食べ終えると、合わせた手の親指と人差し指の間に箸を挟んで、『ごちそうさまでした』と口を動かしながら会釈までしてみせる。それは、入学式の翌日から、さらに遡れば、入試の時からも毎日の千鹿の習慣となっていた。もしかしたら、中学生の時も、小学生の時も、そうだったのかもしれない。
しかし、今日の千鹿はその一連の流れ全てを忘れているようだった。
オープンカーのような開閉式の天井が、今回のようなイベント事の時に限り開かれる。しかし、そこから見える空は決して青空とは言えない。純粋な青色や水色をしていない。本来天井がある場所に張られた一枚の結界障壁が快晴の青空に靄をかけている。その靄を一点に見つめながら、千鹿は一人物思いにふけっていた。
拓相と楓、二人の背中と表情が頭から離れない。あの後、楓に通知を見せてもらい二人が試合をすることになったのを知った。確かに驚きはしたが、校内戦が始まる前に『お互い当たっても恨みっこなしね』と言った張本人である楓がその言葉とは真逆の表情をしていたことに、千鹿は理解を示せなかったと同時に憤りすら感じていた。
-第三試合開始十分前、同施設第一訓練場-
「三試合目開始まであと十分となりました。出場される皆さんも観戦される皆さんも準備は整っていますか?第三試合および第四試合に出場される皆さんは控え室にお集まりください。えー…昼休憩前は掲示板にて、昼休憩中は放送にてお知らせがあった通り、第三試合は初日に全校生徒を魅了した四選手が登場します。第一訓練場では鳳 楓選手vs鳳 拓相選手の従姉弟対決がなんと実現しました。第二訓練場では風早 千鹿選手と篝 愛紅美選手。剣士同士戦いです。どちらも非常に気になる対戦ですので、もし第二訓練場へ行かれるという方はお急ぎください」
約一時間の休憩を終えた生徒がぞろぞろと帰ってきて段々と人が増えていく第一訓練場内に、真っ先に休憩を終え仕事に戻っていた桜田 香華の声が響き渡った。
-展望テラス-
昼休憩の間、体勢はコロコロと変えながらも、結局、千鹿はボーッとしたまま約一時間過ごしていた。第一訓練場では第二の、第二訓練場では第一の、それぞれ二試合のハイライトが電光掲示板兼電子モニターで流されていたが、千鹿は見向きもしていなかった。
「楓。さっきからどしたの?柄にもなく緊張でもしてんの?」
「…ううん。大丈夫」
「…」
「それよりも遥ちゃんはどう?勝てそう?」
「いや、何度シミュレーションしてもボロ負け…妄想の中ぐらいは勝たせてくれないかね」
「ふふっ、本当にそうだよね」
「わたしたちはもうないもんねー」
「そ、そうですね」
気の抜けたような声と共に、それに似てこちらも気の抜けた、そして、それら二つとは相対的な男前な二つの声も同じところから聞こえてきた。昼食を終えた撫子達が屋上から帰ってきたようだ。普段は同じ三年の友人と食べている楓と遥だが、どうやら、その日は珍しく二人も一緒に昼食を取っていたようだ。
「いやー…それにしても、食べた食べた」
散々千鹿に言われていることを気にしているのか、単語の一つ一つは淑女を気取っていても、撫子の言動はそこそこ歳のいった男性の食後のそれと酷似していた。そして、その言葉もまた、多分無意識なのだろうが、試合前で気を張っている三人の前で発していいものではなかった。
「撫子さん…それはちょっt…」
「あれ!?千鹿ちゃんだー」
撫子が飛鳥の言葉を遮った。
これは飛鳥の指摘が耳障りだった為のものではなく、声どころか頭からも気が抜けている撫子の本能に近しいものなのかもしれない。
最後に撫子が見た時とは随分と変わり、終いには、両膝の上にそれぞれ肘を置いたまま視点を靴と靴のちょうど真ん中に固定させて俯いていた。余った両手はクロスさせたり顔を覆ったり軽く指を組んだり、無意識の内に手を動かして思考を巡らせていた。
「えっ…あ…」
コミュニケーション障害に陥ったのか、普段なら、突然声をかけられたとしても流暢に口から出てくる言葉が、この時は喉の奥に詰まったまま出てこなかった。
「こんなとこにまだいてもいいのか?お前、そろそろあっちだろ?」
「も、もうこんな時間」
仲間外れと怒っていた数時間前の千鹿はそこにはいなかった。それはもう怒っていなかったわけではなく、確かに、その事に対してはもう怒っていなかったが、別の事に対して怒りは湧いてくれど、どうすればいいのか分からなかった。しかし、それがあの時幻舞が見せた表情だっただけに、それを理解できた千鹿は行き場の失った感情をどう処理すればいいかわからなかった。
頭の中を整理するように辺りを見渡して拓相の姿を探すが、どこにも見当たらない。一生懸命別の事を考えようとする千鹿だったが、それでも考えてしまうのは拓相と楓の事だった。
「…拓相は?」
「もう行ったよ」
「あぁ、そういえb…そういえばそうでしたね」
楓の姿が目に入っておらず、撫子に聞いたつもりが思わぬところから返ってきた言葉に、気づかずに少し口を動かした後、一瞬、口が開いたままの状態で固まった。
「…あれっ、だったら会長は何でここに?」
「幻舞君にアドバイスを貰おうと思ってね。幻舞君は?」
「会長だけ抜け駆けなんてダメですよ。そもそも、私月島の居場所なんて知りませんし」
「幻舞君来なかったの?」
「えぇ、来てませんよ。どうしてですか?」
「そっか…」
「ん?どうしたんですか?」
「ううん。なんでもない。じゃあ、私は行くね。応援よろしく」
「…はい。観戦は出来ませんけど、応援はしてますので頑張ってください」
「ありがと」
またあの表情。月島学園襲撃時の幻舞の表情が、再び千鹿の脳裏を過った。
まさか、楓が幻舞に訊こうとしていたアドバイスとはその事についてだったのかではないか。考えれば考えるほど、千鹿は更に混乱した。
「千鹿ちゃん。そろそろ行かなくてだいじょーぶ?」
「う、うん…またあとで…」
千鹿の後ろ姿と撫子の横顔とを交互に視線を移しながら、飛鳥は撫子の耳元へ口を手を添えて近づけた。
「風早さん大丈夫ですか?一試合空くとはいえ、もし三試合目がすぐ終わってしまったら…」
「千鹿ちゃんならだいじょーぶ。それよりも会長と拓相の試合が始まっちゃうよー」
「多少ではありますが剣術を心得ている身から言わせてもらいますが、集中力が欠けている時の剣は到底人を斬れるようなものではありません。それに、あの様子では相手にも失礼になってしまいます。たとえ、その相手が剣の方でなくともです」
「千鹿ちゃんならだいじょーぶ」
撫子は同じことを繰り返し、飛鳥に向かってニコッと笑ってみせた。
その自信がどこからくるものなのか、千鹿の様子をその目で見ていた飛鳥には全く理解は出来なかったが、同じく千鹿の様子を見ていて且つ、自分よりも遥かに付き合いの長い撫子が言うのであれば、とそれ以上は何も言う事なく口を噤んだ。
「それでは試合を始めさせていただきます。向かって左側に現れましたのは鳳 楓選手!反対の右側から現れましたのは鳳 拓相選手!皆さんは初日の試合を覚えているでしょうか。楓選手は十秒もかからずに相手選手をノックアウト。一方で、拓相選手は確かに会長よりも時間がかかっていたはずですが、決着の瞬間が全く目で追えず、会長の試合よりも遥かに衝撃的な印象を受けました。そんな二人の直接対決となったこの一戦。両選手共に一体、どのような戦いを観せてくれるのでしょうか!!!」
『let’s strike on』フォーン
「無属性加速系魔法…」
「<超速>」
「<追えない斬撃>」
完全に集中を切らしていた楓に、拓相が速攻を仕掛けた。少し反応が遅れたためネルイダーラの切先が制服を掠めたたものの、よろめきながらも楓はぎりぎりのところでそれを躱した。
一方で、楓と同じく、いや、それ以上に昼休憩の間上の空だった千鹿はというと、試合開始の合図と共に即座に頭を切り替え、こちらは拓相と同じく速攻を仕掛けた。
もし初日の様な速さで突っ込まれていたら、集中力が欠けていたかどうかなど関係なく避けれるはずがなかった。
撫子と飛鳥に千鹿、千鹿と楓、楓と拓相、それぞれの思いが交錯する中、そんなことなどつゆ知らず、復活組第七回戦第五、六試合が始まった。
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